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何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#37.酒は足りているか? 逃げ惑うゴブリン軍を襲う巨大なカエルの前に、一頭の魔犬が立ち塞がった。 大きさでは怪物ガエルに到底及ばないが、地獄から来た犬の異名を持つ双頭の犬は、うなり声に凄まじい殺気を乗せて威圧していた。 怪物ガエルは動きを止めた。フバルスカヤが少し驚いたような声を上げる。 「・・・犬の頭が二つに見えるのは、酔いが回りすぎたせいではなさそうだなあ。ヘルハウンドか?三つ首でないのは残念だが、興味深
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#27. 兄と弟、そして友たち チーグが<林の書庫>と呼ぶ隠れ家に、夜が訪れる。 パチパチと音を立てながら薪が燃える暖炉の前に、第二王子のバレは座っていた。病弱な彼にとって、リフェティからの脱出行は苦難であった。太陽の光が彼の体力を奪い、乾いた空気が咳の発作を引き起こす。木造りの家も苦手だった・・・彼は、エルフや人間ではない。木の匂いは、身体の弱った彼に不快さをもたらした。 リフェティの自分の部屋が一番だ・・・
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#26. 林の書庫にて ダネガリスの言葉通り、枯れ木の塔からダネガリスの野を越えるまでは何の障害もない一本道で、翌日の夕方には、チーグたちはゴブリン王国の南端へと到達していた。 彼らは、チーグが<林の書庫>と呼ぶ、木々に囲まれた古い屋敷へと向かった。 かつて、王国の南側の見張り兵の詰め所であったが、ダネガリスの野から王国へ入る者はいないため、いつしかうち捨てられた廃屋となっていた。それをチーグが補修し、こっそりと
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#25. 大魔法使いヤザヴィの遺志 ゴブリンが魔法の才を持つことは、極めて稀である。 それも、数十年に一人、といった稀さではない。数百年に一人、という稀さである。 それを理解していたヤザヴィは、後世に現れるであろう、才能あるゴブリン族の魔法使いのために、ダネガリスの野を築いた。弟子のダネガリスが、死後もここに留まるという制約をもって、長きにわたって強力な魔法の力を保たせている。 ここは、ゴブリンの魔法使いのた
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#24. 死せるゴブリンたちとの宴 夢とも現実ともつかぬ淡いまどろみから、ポーリンは目を覚ました。 そこは、薄暗い塔の一室だった。黒曜石で作られた黒塗りの円形の部屋で、四方は開けており外の様子が見渡せた。 外に広がるのは荒涼とした大地に広がる枯れ木の森・・・ ポーリンははっきりと意識を取り戻した。 最後に覚えているのは、ノタックとともに骨のヒドラに立ち向かうときのこと。 「おやおや、お姫様がようやく目を
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#23. 全員小悪党 ゴブリン王国の第三王子ヨーは、「ゴブリンは、抜け目なく、ずる賢くあれ」という信念を持っている。 彼が目指すのは、そういう国だ。 打算に満ち、欺き、出し抜く。それができれば、ゴブリン王国はもっと栄えるはずだと信じている。 次の王を継ぐのは、人間どもの文化にかぶれた長兄チーグではなく、もちろん病弱な次兄バレでもない。その目的のため、彼はまず軍を掌握することに苦心した。三人の軍隊長は金で、一人
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#22. リフェティ陥落 ゴブリン王国リフェティの東門―――門とは名ばかりの場所。通称、<谷門>。王国へ繋がる谷間の出口に、王国と東の荒れ地を区切る土塁がつまれ、狼煙台をかねた小さな見張りの塔が付属しているだけである。 見張りの塔には、三人のゴブリンの衛兵が詰めているが、ここは怠惰なゴブリン兵にとって理想の職場である。 <谷門>から出入りする者は、原則的にはいない。飯を食って、昼寝をするだけのお気楽な仕事だ。お忍
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#20.枯れ木の迷宮 『短く、険しい道』 という言葉に反応し、宙に浮く炎の文字は姿を消した。 大地がざわめくような不気味な音を立てながら、枯れ木が生え変わり、彼らの目の前で姿を変えていった。 そして、現れたのは左右を枯れ木に挟まれた道・・・その道の先には、低い枯れ木が密集して作られた、巨大な迷路があった。 地の果てまで続く、枯れ木の迷宮。 彼らは、言葉を失った。 「・・・これが、短く、険しい道?」
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#19.みっつの道 翌朝、早起きのノタックが、ポーリンの身体をゆすった。 「起きてくれ、様子が変だ」 切迫した言葉とともに目覚めたポーリンは、周囲の風景が昨晩とは一変していることに気づいた。 彼女たちは、枯れ木が形作るアーチの前にいた。そして、眼前には、ぼろぼろの木製テーブルと、その上には銀色で縁どられた古い皿が置かれていた。 ポーリンの眠気は一瞬にして吹き飛んだ。 折しも、昨日まで空を覆っていた薄雲は
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#18.呪われた地 ダネガリスの野 チーグ一行がダネガリスの野にはいって、まる一日が過ぎようとしていた。 けれども、彼らは全く前進していなかった。文字通り、「全く」である。 枯れ木が密集する荒れ地を、太陽の位置を手掛かりに進むものの、気が付けば行く手が分からなくなっている。背の高い枯れ木に取り囲まれ、太陽の位置が分からなくなることがあれば、いま通ってきたばかりの道を引き返そうとすると、枯れ木が道を塞いでいたりする
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#17.ゾニソン台地のホブゴブリン その日、チーグを敵視するダンは、秘密裡にゴブリン王国を出て、東の荒れ地にある<枯渇の谷>にいた。 同伴したのは、信用のおける側近の護衛兵三名と、金でやとった<四ツ目>の異名を持つ魔獣使いである。 東の荒れ地はゴブリンたちにとっても危険な土地で、訪れるものはたいてい何か深い理由がある。そこにいるだけで、何かを勘繰られるため、東の荒れ地に来ていることは、他の氏族の族長たちにも伏せて
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#16#16.生と死を隔てる場所で ホブゴブリンたちの虜囚を逃れたゴブリン王国の第一王子チーグの一行は、ドルジ川沿いに北へと向かった。付き従うのは、ゴブリン王国親衛隊長のデュラモ、付き人のノト、そして雇われの魔法使いラザラ・ポーリンの三名である。 川は、丘陵と岩場が入り交じった地形を蛇行しながら流れていた。徒歩であるため、一日の移動には限度があったが、幸いなことに歩きやすい小道が続いていた。 距離をかせぎ、時間が
#15.烈火の魔女と本読むゴブリン ポーリンとチーグ、デュラモ、ノトの四人は、牢になっていた洞窟から外へと出た。 そこは、奇岩で周囲を覆われた、窪地であった。太陽は西に傾き、奇岩のあいだから斜めに光をなげかける。 チーグが言ったように、ここは小さな居留地のようであった。見張りと思われるホブゴブリンが十人ほど、槍をもって彼らを待ち構えていた。 チーグが一歩進み出る。 「俺は、リフェティの次代の王、チーグ。知性あふれる<本読むゴブリン>が、おまえたちに、寛大なる選択
#14.目覚め ホブゴブリンは、ポーリンを殴った。彼女は地面に倒れそうになったが、どうにか踏みとどまり、氷のように冷たい目でホブゴブリンをにらんだ。 ホブゴブリンは、倒錯した興奮に身を包まれたように、怒りと笑いを混ぜ合わせた表情を浮かべた。 「いいぜ、興奮するねえ、醜い人間よ」 再びホブゴブリンが拳で殴った。 今度はポーリンは地面に倒れた。殴られた方の顔は赤く腫れ、地に伏した方の顔はほこりまみれになった。 屈辱的な状況―――だが。 ホブゴブリンは、魔法使