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山と川

飯塚バスセンターも通り 伊田で降りる 起きてから山に向かう 添田まで電車で行き そこからバスを二つ乗り継いで行く バスには両替機がないので「両替はできませんので着いたところの自販機で崩して払いよってください」と運転手さんのアナウンスがある 彦山駅でバスを乗り換え神宮下で降りる 一緒に降りた足が不自由そうな男性は杖を使いながらゆっくりと進んでいる 英彦山神宮の入口まで行くと 土産物屋のおじさんがお店から出てきて「これ持っていきよって」と杖を手渡される「あった方がええよ」と言われ「ありがとうございます」と杖を借りる 地図も渡されて「上まで今上がれんようになっとるよ」「行けるところまで行ってみます」と返事をして だいぶある階段を登って社のあるところまで行き そこからまた階段を登り 御堂のあるところを通り山の方へ入っていく 「息子のサッカー教室終わるまでにと思って来よったけど だいぶあるんですかね?」と声をかけられる 「まだ ありそうですよ」と答えると「行けるんかな」と女性が先をいく 途中鎖を使わないと行けない斜面があって この肩で行けるかなと思って 引き返そうとして やっぱり行ってみようかと登ってみる そこからまた山道をゆっくり歩く 途中戻ってくる人たちとすれ違う 山頂に行く途中のところは修繕工事で立ち入ることができず その手前のところで登ってきた人たちはお弁当を食べている 残りのペットボトルの水を飲みきり 少し休んでから 来た道を戻る さっきいた場所でお弁当を食べていた 小学四年生くらいの女の子とお父さんが少し先を歩いていて 道の途中で女の子が 「ここにも かみさま いる?」「おるよ」とお父さんが言う 登っている途中に遭遇した女性にもまた遭遇し「上までは行けんようになっとるの知らんで来よった 悔しかね」と声をかけられる 「そうですね せっかく来たんにね」 「どうぞ先行ってください」と言われ 会釈して進む 鎖を使って登る斜面で 登ってくる小学三年生か二年生くらいの男の子とお母さん 帰りたがっている男の子にお母さんが「登ってみ 行けるけん」と言っていて 男の子がまだ迷っていて 会釈して先に通してもらい 男の子に「気つけて行ってらっしゃい」と声をかける そのまま見晴らしのいい御堂のある場所に出て ベンチに座ってると隣のベンチの女性に声をかけられる 「よく来よっとですか?」 「そんなに来ないですよ」と答える 「さっきすごい速さで歩かれてたから よく来られるんかと思って 今足元見たら サンダルやから びっくりして」 「そうですか そんなに登山と思ってなくて来たもんで」 「結構あるでしょ?」 「ほんとですね」 「最近NHKでここの特集やってたの見ました?」「テレビはあんまり見てなくて」「それ見てたから 今日天気よかでしょ? 起きて行ってみよ思って長崎から飛ばして来よっとですよ」「そやったんですんね」 と会話していたらほら貝の音がして振り向くと 山伏の格好をした人が吹いていた 寺の事務所らしきところではずっと住職に何か相談している若い女性がいる 横にいた女性に挨拶して階段を降りていく 土産物屋で「杖ありがとうございました」と杖を返す「お疲れさん お茶飲んでいき」と言われベンチに腰掛け甘酒も注文する 向かいのお店には さっきの女の子とお父さんがお茶を飲んでいる 女の子がジュースを飲みたいと言っている 「はい 甘酒 来月あたり来るともっとええよ ちょうど紅葉でね」「そうでしょうね」「次は別のルートで登るんもいいよ」と言われ 店内を見させてもらい 「また来ます」と言ってバス停まで歩く バスを乗り継いで道の駅立ち寄って 肉ゴボ天うどんを食べ伊田に戻る 次の日 石炭資料館に行き 誰もいない館内をゆっくりと見る 出口近くには無くなった映画館の資料が展示されていて 田川ターミナル会館の閉館の時に「ふたりぼっち」と「極道渡世の素敵な面々」が無料上映されていたことを知る 資料館の前の公園でベンチに座って少し休む スピーカーからは炭坑節が小さい音で流れている 後藤寺に移動して行こうと思っていた珈琲屋に向かう 店に入り端っこのテーブル席に座る メニューを見て「マンデリンお願いします」と注文しまたメニューを見る しばらくすると珈琲が運ばれてくる カウンターに座る女性と店主の声がする「お母さんによろしくね」「また寄るけん」と女性が出ていく 「豆も注文したいんですけど」と言うと「ここのカウンターに座る人で男性はほぼマンデリン注文するんよ 珈琲好きでしょ?」「好きですね」「うちのは深煎りが多いから 人に持っていくならブラジルくらいがええよ」と言われマンデリンの他に中深煎の豆を二種類選ぶ 「昨日は珈琲の日やったね」と店主が言っていて カレンダーを思い出す 常連らしき男性がカウンターの端の席に座る これも持っててと珈琲羊羹を二つもらう お店を出て 連絡のないに「どうする?」と連絡すると 直ぐに電話がきて Iが「sどこにおるん?」と言うので「今 後藤寺」と答える「後藤寺? 遠い」「じゃあ 今日はやめよか?」「うーん いや 後藤寺でいいよ」「直方あたりにする?」「後藤寺でいいけど 一時間はかかるよ」「そやろね 待っとるよ」駅近くの閉鎖されたバスセンターのところで 網目の隙間から白っぽい椅子が並んでいるのを見る 道路を渡って喫茶店に入る 「いらっしゃい こちらへどうぞ」 と案内され カウンターの席に着いて「ホットサンドとアイス珈琲お願いします」「はいはい 待っとってね」とパンを取り出す カウンター席に座る女性たちが家のことを話している 「庭木の手入れやらお父さんが細かくやりよるんよ 他のことも私より細かくやりよるけん 合わせるのが大変なんよ」 「そんくらい 我慢せんと やるだけよかたい」と聞こえてくる 注文したメニューが届くまで本を読みながら待つ ホットサンドには果物が添えられて出てくる 食べているとIから着信があって 店の外に出ようとすると 「中でもよかよ」と言われるが 会釈して外に出て電話に出る「後藤寺で喫茶店とかある? 駐車場もあるところがええけど」「あるにはあるけど もう珈琲飲んだよ」「そやったら やっぱり伊田にしよ」「伊田か わかった」「あと少しで着くから 駅前にいて」と田口に言われ 電車に間に合うようにホットサンドを食べる 後藤寺から小倉行きの電車に乗り伊田で降りる 駅前のベンチに座って待っていると その日着ていた薄いピンクベージュのシャツとグレーのズボンと全く同じ配色の服を着ているIが来て「このあたり紹介してください」と言うので 「そんな知らんしね 車は?」と言うと「ずっと 先 ちょっとトイレ行ってくる」 Iが出てきて 「どっち行く?」と言うと Iが指差しその方向へ歩きはじめる 「Tから生まれた子どもの写真預かってて 見る?」写真を見ながら 「はっきりした顔しとるね」とIが言い 「いい顔しとるよ 名前はYくんだって Tが修学旅行行ってる時に産まれたみたいよ」とIに知らせる
「ふーん Tに子どもね」
「今からだから子ども20歳になる頃にはTも67とかだね 大変だな」
「まあなんか あいつは子煩悩な感じはしよるね」
「そうなんかね 伝言ある?」
「いや 特にない」
「そうなん」
「もうこっちには帰ってこんやろね」
「どうだろうね 篠栗のあたりに住みたいとか言っとったかな そっちは 引き継ぎで延長するなんて珍しいね」
「ちょっと生活のことも考えてさ」
「Iから 生活なんて言葉出ると思わんかったな」
「出るやろ そんくらいは」
「そうかな」
「俺の後に入る人の方が全然出来る人やったから 引き継ぐこともそんな無かったけどさ」
「前に言ってた税務署勤務だった人?」
「そう だから引き継ぐこともなかったんよ 週3のバイトでよかったから 延ばしよった」
「それでも珍しいね」
「あ 冷蔵庫は?」
「買ったよ」
「音は?」
「大丈夫」
「慣れた?」
「慣れたかな どうかな また梅の木があるとこだよ そっちは? スーツとかどうした?」
「ほぼ家におるよ えー スーツは着てませんね 時間あるからさ 洗濯はようしとるよ 粉石鹸使ったりして」
「粉石鹸か 自分も使う時あるけどさ 黒っぽい服だと すすぎ大変やない?」
「そうそう だから黒っぽい服着んようになったよ 面倒やから」
「へー」
神社の前を通り 坂を登って行くと 高台から小学校が見える 校庭のあたりを眺めているIに「引っ越してから キャリーケースに必要な物まとめて入れとるんよ」と言うと 「俺は何もせんよ ひとりやし」とIが言う 
「なんとなくやけどな」
「残すもんもないからな」
「残すもの自分もないけどね」
「からだ悪くないやろ?」
「ちょっと悪いかも 左の奥歯の神経抜いたし 左の肩もなんか変なんよ 筋痛めたんかね」
「ほんとに そりゃきついね」
「そうだよ 何もない?」
「何もないよ」
「じゃあ仕事も探せるね」
「ちょっと休んでからにするけど」
「また似たような仕事?」
「そう」
「2年くらいはやったん?」
「そうね ずっと続けるつもりはあったんよ 所長の娘さんが好かんかったからさ それがなければ続けてたけど」
「何が好かんかったん?」
「なんか嫌やったね」
「ふーん 少年院の時は4年やった?」
「そう」
「今回が2年? 働いとるねえらいね」
「何もえらくないやろ」
「借金返せたし ええんやない」
「定年までいるつもりだったけどね」
「少年院行った時は Iみたいな人がおる方が 子どもたちに良いような気したけど」
「子どもたちはよかったよ」
「胞子飛んでる部屋でようやったな」
「掃除せんかったからね 職場も男ばっかで 女の子おらんかったしね」
「女の子は関係ないやろ」
「また 仕事探すんは面倒やね」
「まあね 最近はどの仕事でも これ出来る体力あるか?ってなるな いつまで動けるんやろって」
「結婚したら? お金ある人探して」
「それはないな」
「探したらおる気もするけど」
「そうかな いないと思うよ」
落ち葉と木の枝が落ちている道を行こうとしたら Iが戻ろうと言うので来た道を戻り駅前のロータリーに出る シャッターが閉まるアーケードを歩き
リュックから珈琲豆を取り出して「持ってく? 豆だけど 今日行ったとこの」とIに言うと「どうも」とIはポケットに仕舞う 
「前に送った豆 どうだった?」
「あれ Sの焙煎?」
「あれは違うよ京都の豆 Iに送るのは 自分が飲まないタイプの豆だから」
「酸味があって美味しかったよ」
「ならよかった このあたりだと鎮西団地の方にもあるでしょ?珈琲屋さん」
「あったかな? ああ あるね」
「前来た時 帰り寄ったんよ」
「今日のところはどうだった?」
「よかったよ 店主の人が珈琲のこといろいろ教えてくれたし もっと早く連絡あれば一緒に行けたけど 駐車場もあったし」
「店は?」
「続けとるよ バイトも相変わらず こっち来る時に件数多くて 浜松町の病院が届けだけやったから間に合ったけど走ったよ」
「俺なら休むよ」
「自分はどっちでもいいからさ 天神で友達に会えたしね バス乗り場で立ち話だけやったけど」
「友達?」
「昔阿佐ヶ谷の時近所に住んでて 鳥栖に引っ越して 今大牟田でさ 職場が博多なんよ」
「大牟田から博多 遠いな」
「実家が荒尾の人だから」
「俺もさ 行きたい訓練校が福岡市にあるけど 通いが遠いからさ 飯塚の方にしようかなって」
「何 やるの?」
「プログラミング」
「ふーん」
「いや 会計と相性いいんよ 飯塚の方はちょっと内容違うんやけどさ」
「会計好きだね」
「こんな自分に合うと思ってなかったからさ 前は全然興味なかったけど 資格の勉強もひとりでできるしな」
「ほんと そういう勉強好きだね」
通りかかった肉屋の前でIに「ここ前に謝りに行くって言ってたところ?」「そう 所長行かないから行ったよ」とIが言う
「そうなんだ Iは普通に仕事しようと思ったら 自分なんかより出来ると思うよ」
「そうかね Sはずっと休まんやろ」
「そやね 休んでないな」
「俺は休めるだけ 休むからね」
「ひとりやし それもええと思うよ」
「でも 誰かいたらがんばれたかもしれんけどね」
「幻想やね それ」
「そうそう 幻想なんやけどね」とIが少し笑って言う「幻想に違和感持たなければ そのまま行けるのかもしれんけどね」ミニストップの前を通り「夕飯買わんでいいの?」とIに言われ 店内に入り お弁当 おにぎり パンと見るも 「見てるとなんかお腹いっぱいになるな まだいいや」とコンビニを出てまた歩き出す 
「Iは入れ違いだから会ったことないけど Hくんとかはまだ納棺やってるんよ」
「続いてるんだ 前実家帰るとか聞いた気するけど」
「まだ東京にいることにしたみたいよ」
「どこの人?」
「愛媛 今治」
「四国か 行ったことないな」
「そろそろ辞めてもいい気がするけどね」
「そうなん?」
「Iはちょっとだけだったからね あの頃より大変なんよ やることも増えてて  友引も火葬しよるしね今は 特にHくんには皺寄せがきとるよ」
「大変やね」
「Iみたいに辞めれん人だからね」 
「俺なら辞めるよ」
「Hくんは行動の人だしね いろいろ見えるとやってしまうんじゃないかな 見てると男の人やなって思うよ」 
「そうですか」
「そういや 車 修理できたん?」
「できたよ 会社行く途中に動かなくなってさ」
「困るね それ」
「父親と母親にそれぞれ車で来てもらってさ 母親の車借りて 仕事行って」
「来てもらったん? Iの家よりもかかるやろ 若松だっけ?」
「そうそう たまたま 二人ともおったんよ」
「でも まだ乗るんだ」
「まだ 乗るね お金かかるから あんまり乗らんようにしとるけど」
「あの車のエンジン音が必要なら 仕方ないわ」
「あほやろ」
「あほはあほやね 扇風機は回して寝とる?」
「回しとるね 音消すのに 最近はたまにやけど 昨日はどこ行ってたん?」
「山の方 英彦山神宮の上の方まで 降りたらさ 歩くの速いですねって 声かけられたけど」
「速いんだ」
「知らんよそんな 自分ではゆっくり歩いてた気がしたけど 足元見たらサンダルでびっくりしたって」
「俺は寝とったよ 明日はどこ行くん?」
「決めとらんよ 空港に向かうだけやし」
「そりゃ そうやろうけどさ」
「用事も済んだしさ 明日だったら 黒崎に寄れたかも そっちの方が近かったね」
「ええよ それは」
「Iは実家には戻らんの?」
「戻る気はないね 今くらいがいい距離かな」
「へー あったらあったでそんなもんかもな 自分は最近になってようやく お店続けたくなってるよ」
「人来とる?」
「そんな来ないよ 自分がやってる限りは繁盛店にはならん気はする」
「どして?」
「自分がやってるからとしか言えんけどさ なんかがわからんままなんやろね」
「Sに会いに来る人もおる?」
「どうかな そんないないんじゃないかな 男の人はほぼ来んね 女の人がひとりで来ることが多いかな お酒飲む人もほとんどいないな みんなお茶とか珈琲だったり」
「それ儲からんね 男の人が来ないってのもなんかあるんやろね」
「どうだろうね わからんけど」 
「飲まん人ばっかってのもな」
「昔自分がバイトしとった店あるでしょ? 最初に会った時の TがI連れて来た あんな感じかな 感じは違うかもだけど」
「あん時も珈琲淹れとったねSは まあ 行かんとわからんわな」
「お店の場所借りた時さ 2か月くらい何もできんでさ 毎日掃除してお店の周り歩いてただけでさ その話した時 Iが それは理想的やね俺でもそうするわ って言ったんよね」
「そんなん言ったかね 続きそうなん?」
「今はね 続けたいって思ってもさコントロールできるもんやないしね」
「頑固やね」
「そうかな?」
「そう見える時があるよ」
「昔より見えてるものがあるだけ楽しいけどね」
「そりゃ ええことやね」
「そうね でもそっちも頑固だと思うよ やりたくないことはやらんもんね」
「もうちょっとやってもよかったかなとかさ 思う時もあるんよ ほらSは何でもやってから 合わんとかするやろ? 俺からするとそう見えるんやけどさ そういうの俺はなかったからさ」
「働かんのも そうしたくてしてるように見えてたけどね 動く時に動いとると思うよ」
「小学校の低学年の頃かな 親とかに 明日からは良い子になりますって宣言するんよ手上げて でも次の日からやっぱりできんのよね」
「そんなもんやない」
「でも またできんかったなって思うんよ」
「真面目やね」
「変なとこな」
「東京いた時 毎日 大学の図書館に籠ってたでしょ? そういう時間あったんはよかったりした?」
「なんもだよ いろいろ調べてたけどさ 調べてわかるもんでもなかったね」
「早稲田松竹行くと この後Iと会ってたなってたまに思うよ」
セブンイレブンが見えてくる「夕飯どうする?買うならあとここくらいだよ」「見てみようかな」店内の弁当が置かれる棚のところで Iが欧風カレーを指差して「このカレーばっかり食べとった 前の職場の時さ ここが一番近いコンビニやったし Sの味覚とは違うかもしれんけどさ」惣菜の陳列された棚を見ながら「かしわうどん 茶漬け 茶漬けかな」「少なくないかね? 梅干しとかが似合うけどねSは」「こっちかね」と鮭茶漬けを取る 「酒は?」「いいかな特に そんな飲まんし」鮭茶漬けを買って 直ぐの橋を渡る 何周かしているうちに日は暮れていて 橋を渡ったら一瞬暗闇で 暗闇に入るように歩く 
「Tは雑司ヶ谷?」
「また雑司ヶ谷に戻ったね」
「もう教員辞めんやろね」
「続けるんやない Tのお母さんは喜んでると思うよ」
「そやろね」
「前 Tのお母さんとTの部屋掃除したことあるんよ お母さんわざわざ掃除の為だけに久留米から来とってさ Tが生徒の発表かなんか見に行くとかで手伝い頼まれて ライターだけで200本出てきたりしよったもんな」
「人のこと言えんけど あいつも相当やったな」
「三人で雑司ヶ谷で飲んで帰れなくなってTのところ寄ったの覚えとる? 床が見えんかったやん? Iが台所で寝る言ってさ 自分もソファーかわからんソファー借りてさ 結局 Tだけ寝てて歩いて帰ったの」
「あったな 俺が長野行く前やろ」
「送別会とか言って Tがほとんど奢ってくれて」
「あいつ学生の時から同じアパートやったもんな」
「掃除できんで 島の学校希望出した言うてたしな」 
「そんなTくんがね」
「Iが長野行って その後Tが島行って その間にIが福岡帰ってだったかな?」
「だいぶ会ってないからな」
「三人で会った最後が Iが研修で来てた時かな 9年経つか 会いたいらしいよ」
「まあ どっちでもええかな」
「9年か 納棺からしばらく離れて 石の会社にいた頃だな 自分は」
「石は覚えとるよ」
「石の標本作って 昼休み将棋会館の方まで歩いたり たまに御苑の中歩いたりしよった」
「稼げそうにないことしとったね」
「そやね そっちは お母さん体調大丈夫なん? 前なんか動けんとか言ってなかった?」
「骨は弱いけどね なんとかね 毎日妹たちが 子どもと一緒に来よったりするからさ」
「賑やかやね」
「近所に住んどるからさ毎日来て夕飯食べたりしとるよ」
「お父さんも元気なん?」
「まあ 元気やね 持病はあるけど ダンベルとか持ち上げとるよ」
「それ すごいな」
また同じシャッターが降りているアーケードを歩き 「これ読まん?」と本を見せると 表紙を見て「いや いい」とIが言う
「荷物軽くして帰ろうかと思ったけど」
「もう読んだ?」
「読んだよ 小説だから言葉で書かれてるけど 行動で書かれてるような本やった」
「本も読まんからさ」
「うちの母親とか全く読まんかったよ 
字見ると直ぐ頭痛くなるって」
「Sは読むね」
「読んでるんかな? 現在地を知りたかったからね 地図見てるようなもんやったかもね」 
「少しわかる気するな」
「Iとも付き合い長くなったけど 不思議やね そんな会うわけでもないしな」
「話相手は必要なんよ」
「へー 必要そうに見えたことないけど」
「たまにでええし 人は選ぶけどね」
「選び方がようわからんけどな 自分は 知り合って10年くらいしないと 輪郭が見えんで 20年くらいでああってなるかな」
「Sは どの人とも長く付き合いよるね」
「その人のその先が見たくなるんよ 見てたい人だけやけど 存在に励まされるってあるしな」
「楽観的やな」
「実験で二回結婚して駄目になるくらいにはな」
「駄目になったんやなくて 必要ないのがわかっただけやろ」
「そうやね もう実験はせんでよくなったよ」
「やって要らんって言えるのは説得力あってええな」
「あほなだけやな」
「それは言えとるな」
「うちの父親って 若い頃 家出て知らん土地行って そんで菓子パン買いに入った店の人に 養子にならないか?って言われてそのままなった人なんよ 自分も最初の結婚は3回会った人としてみただけやったな」
「そやったかね」
「子どもの頃 夜天井見てると なんでこれ見てるんやろ?って 思いながら寝とったな」
「なんやそれ」
「なんやろな」
「昔のSは 楽しいとか うれしいとかこの人にあるんかな?って感じには見えてたよ」
「そんなんだったかな 何も思っとらんかったけど」
「立ってるようで 立ててないと思っとったな 不安定なままいることが安定なんかもなSは」
「前こっち来て帰りの飛行機に乗ってる時 父親の輪郭が少し見えたんよね 14年暮らして33年経って はじめて言ってみたかったことの感触に触れよったかも」
「俺にはわからんな」
「こんなんがあったんだなってだけだよ あれ何周目?」
「何周目やったかね?」
「数えてないね もうすぐお誕生日だね 49?」
「そっちは来月?」
「そう 47」
「意識は変わらんのにな」とIが独り言のように言う 
「そろそろ 帰る?」
「そやね 宿は?」
「あっち」川の方を指差す 
「駅のところじゃないんか?」
「そう」
駅のロータリーまで戻る Iの輪郭を見ながら「じゃあ 元気でいてください」と言うと「そっちも 少し痩せたかね?」とIが言う「わからん 変わらんと思うよ」と答えると「そうか」と言い「車そっち? 気つけて また」と手を振る「そんじゃね」とIも手を振る 別方向へ歩きだす 靴だけは黒と白で違う 信号を渡り またアーケードを歩く くすりや めがねハウス ランジェリー ファンデーション 看板の文字が通りすぎる 天井には世界の国旗の旗が続いている アーケードを抜けて そのまま歩いていると ミニストップの看板の青と黄色と白で構成されたロゴがよく見える 店内に入り 350mlの黒ラベルを1缶買う 煙突のある方を背にして路地を抜け 川沿いの道に出る 橋の近くにある階段を降りて 川のほとりで さっき買ったビールを飲みながら 彦山川を眺める 川の写真を撮って「川見ながらビール」とHに送る 橋を車が一台通っていく Hから「満喫してますね」と返信が届く

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