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あの世とこの世 〜鹿の教え

こんにちは。
今日もお立ち寄りくださってありがとうございます。


今年は、今日9月20日が秋の彼岸の入りですね。

同じものなのに、
春はぼた餅と呼び、秋はおはぎと呼ぶ。

風流といえば風流ですが…
(…納得いかない)

初めに

さて、今日は「死」にまつわるお話です。
と言いつつあちこち脱線しております。

あるものが写真に写り込んでしまいました。

その光景を目の当たりにして私が感じたことや
気がついたこと、をご披露したいと思います。

心霊写真とかではありませんが
苦手な方もいらっしゃると思います。

そうした方は目次の中の

“違和感の正体”

というところは読み飛ばしてください。

読み進んで鳥の羽の画像が出たら、
その次が「違和感の正体」です。

コメント欄への近道は、目次の最後に作りました。
よろしかったらご活用くださいませ。

それでは、お時間あればごゆるりと。


吉野川へ

昔から、水のある風景が好きです。

これは台風直前の吉野川。


四国の真ん中近くを源流として
西から東へ向かって
徳島県北部を走る一級河川です。

古くから暴れ川として有名。

四国三郎の異名を持ちます。
(太郎と二郎はドコ?)


子供の頃を過ごした家の前には、
普段の流量がほとんどない
小さな二級河川が流れていました。

そもそも香川県に一級河川は
ひとつしかありません。

だからなのか?

県外に出て大きな川を見ると
物珍しくてワクワクします。


そんなわけで。

徳島に行って時間があれば
川土手や法面(のりめん)を散策するのが
楽しみのひとつ。

たくさんの草が生えるから、
鳥や動物、昆虫も数多く集います。


川土手の生きものたち

これは土手に咲いていたキンミズヒキの花。

とても目を引く明るい黄金色。

フラワーエッセンスそのものの創始者
バッチ博士が最初に創られたエッセンスに
アグリモニーという花のエッセンスがあります。

その日本版のお花がこれです。

アグリモニーは、いつも明るく笑顔で
悩みなんてなさそうに振る舞う人に。
内面で実は深い悩みを抱えているのに
人に弱みを見せたくなくて
つい、元気に振る舞ってしまう、
そんなお人に良いとされています。

これは切株に生えたキノコ。
キノコの名前はさっぱりわかりません。

お花の名前にもさほど明るくないので、
とりあえず写真に収めて帰ります。

帰宅してからゆっくり落ち着いて
名前を調べることが多いです。

この、名前を調べて確定させる作業。
やや専門的な言葉で

「種の同定(シュのドウテイ)」

といいます。


この植物ならココとココ。
この動物ならココとココ。
あの昆虫ならココとココ。
その菌類ならココとココ。

というように、ある程度

“押さえておくポイント”

というのがあって、
そこがわかるように写真を撮ります。

それでも似たようなのはワンサカいるし
肝心のところが写っていなくて
絞りきれないことも多いです。

同定には謎解きのような楽しみや
わかってスッキリしたときの喜び、
そしてなにより
その生きものの生き様、
歴史や生態を知ることができるので
やめられない止まらない。

いや、キノコは止めたのでした…。


ちょっとした冒険

それで、この日。

台風接近の影響だけでなく
それまでに降り続いた雨の影響か
いつになく吉野川は増水していました。

いつも行かない門扉の向こう側、
少し先まで降りてみようと進みました。

このとき私が立っていたところから
はるか見上げた上方にあった銘板です。

この平成16年の台風23号は
四国各地に大きな爪痕を残しました。

台風慣れしている上に
ほとんど自然災害のない香川県でも
土石流が起きたり河川が氾濫したりと
とにかくいろいろ「想定外」でした。

徳島県でもダムの放流によって
吉野川流域では中流域から河口付近まで
相当の広範囲にわたり浸水したそうです。


この擁壁に沿って付けられている
緩やかな坂道を降りていくと
だんだん川が干上がったときの
生くさいにおいがしてきました。

ヘドロのにおいとも少し違います。

まだ私が小学生だった頃までは
毎年田んぼに水を引く時期になると
家の前の川が干上がったものでした。

割れた川底には、
逃げ遅れた巨大な台湾うなぎやら
フナやらボラやらいて、捕り放題。

そのときのにおいと同じでした。

足元には川砂が打ち上がっていました。

砂の湿り具合を見れば、
長雨でここまで増水していたのが
昨日今日で一旦ひいたのだなとわかります。

くさいし、足もとの砂も靴底に詰まるし
一瞬、引き返そうかなと思いました。

しかし、目の前の水鳥やトンボ、チョウや
野の花を眺めつつ、好奇心もあって思い直します。

そのにおいにわずかばかりの郷愁まで感じつつ
結局行き止まりのところまで行き着きました。


目と鼻の先には人工物ではなさそうな崖。
あまり見かけない花が咲いています。

そこからは歩道のコンクリート上に
流された川砂がたまっているせいか?
草が生い茂り、その先へ進むのは無理そうでした。



しかたない…よっこらしょ、っと。


カシャーン♪


いつものごとくタブレットでその花の写真を撮ります。


昼は明るすぎて画面を見ても確認しづらいのだけれど、
どう見ても遠くてこの花の様子がわからない感じなので、
もう少し崖の方に寄れないかなと思いました。

タブレットから視線を外へ移そうとしたとき、
目の端に突然襲いくる激しい違和感。

本当にごく一瞬のことですが、
ものすごいスピードで脳内再生され…

結果、スローモーションのように
違和感の正体へと意識が集中しました。


違和感の正体


…おわかりいただけたでしょうか。


ヒッ…
(私の息が止まる音)


イノ…シ、シ……?


えーっと、、、、

話しかけたら通じる?

(まず通じないと思う)


どぅやったら通じる、、、?

(だから通じないってば)


いや、待って? 


…ツノ?

…え? は?

…ツ、、、ツノ…?

(落ち着け自分)


シカ!!!シカ!!?

鹿!カモシカ?? 

ちゃう(違う)!シカ!!!

(だから落ち着け)

なんでシカ?

っていうか死、んでる?


バクンッッ

(心臓止まるか思た…)


…………。

あ…。


そうか。


上から流されてきたんやね…

(´;ω;`)ブワッ

この場所は吉野川中流域。

そのため、さほど距離を置かずに
左岸には讃岐(阿讃)山脈、
右岸には剣山系の山々が迫っています。

どちらもシカの食害が増えている地域でもあります。

人間に撃たれたん?
いやまだ禁猟期やんなぁ…

小柄やし、ツノが若そうやね…
縄張り取れんで負けたん?

それとも病気やったん?

河川敷でなんか食べようとして足滑らせたん?

上流から流されて打ち上げられたん?

それにしては体きれいやんな?

いったいなにがあったん…(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

頭の中がザワザワうるさいながらも
このとき私は目の前の光景に足がすくんで、
しばらく茫然と立ち尽くしていました。

このサイズの野生動物のなきがらは初めてで
さすがに驚きはしましたが、
恐怖で動けなかったのではなく。

ただただ

どうしよう、どうしたらいい?と

自問自答を繰り返していました。

どうしよう…

保健所に電話する?

でもゴミ扱いされるのいや…よねぇ?

土…(キョロキョロ)
無いなぁ…

川に流す?

………。

あ、今晩から台風来るやん!

ここきっとまた浸かるから大丈夫や!!

(ほんまに浸かる?)

元気でな、海まで流されてお行き!

(いや、もう死んでるから)

一人立ち尽くし困っていたのですが。

草の向こうで斃れている
鹿の姿に、ふと再び目をやりました。


ちょうど私が立っていたところからは
うまい具合に草の陰になって鹿の顔は見えません。

しかし、私の眼の端に映る雰囲気から、
顔は既にその形をとどめていないように思われました。

初め見つけたときは
びっくりしすぎて気がつかなかったけれど、
よく見るとハエだけでなく
オオスズメバチをはじめとする肉食昆虫が
数多くたかっていました。


あ、これはまずい…


見つかると私まで食われてしまいます。

やっとのことで正気に戻った私は、
姿を見せてくれた鹿に胸の内でお礼を言って
そーっと慎重にその場を離れました。



この鹿のなきがらが台風通過後どうなっているかはわかりません。

河川管理者でさえほとんど立ち入らないであろう場所。
ましてや一般の人が散策で来るような場所でもありません。

願わくば台風の影響による増水で海まで流されてほしい。

たとえ途中で引っかかっても、

コンクリートの上ではなく

土のあるところに流れ着きますように。

この肉体は、この先
カラスなど肉食の野生動物や、同じく肉食の昆虫の滋養となり。

彼らの生命をつなぎ育むことでしょう。

水に入れば水生の肉食生物の滋養ともなり、
その排泄物は藻類の養分となり。

巡りめぐってゆくゆくは
大海の一滴となることでしょう。



土と、水さえあれば。



土と水があれば。


最終的には、分解者と呼ばれる菌類などの微生物により

再び皆、土へ、水へと還ってゆきます。

それはヒトも同じ。


鹿の教え

帰りの道中。
夜道に車を走らせながら、いろんな思いが流れました。

あぁ…

2ヶ月ぶりにやっとのことで徳島に来て。

日帰りなのに時間ができて。

迷ったけどあの道を選んだ。

あそこでチョウやトンボを見なければ

崖までは行っていなかった。

たとえ行ったとしても。

写真を撮らなければ気がつかなかった。

いや、あのときの強烈な違和感がなければ。

写真を撮っただけでは気がついていなかったかも。


………。


…見せられた?



……鹿、ちゃん?



つつかれ朽ちようとするその姿。



私だったら見られたくない。

なのに…

あぁ、あぁ…そうなのか。

わざわざ見せてくれたんやね…

ありがとう(´;ω;`)ブワッ



しかもホラーとかサスペンスとか超苦手で

『名探偵コナン』さえ見るの避けてたような私のために、

まるで寝てるだけかのようないつもの姿で…



……。

で、なんで見せてくれたんやろ?

なにごとにも意味があるように思ってしまうワタクシ。

それがいいか悪いかは置いといて。

やはり気がついたことがありました。


いかに大河であれど、
源はたった数滴の水分だったりします。

周りの土から滲み出す数多の水滴を抱き込みながら
徐々に一条の流れとなり、
遠く海へと流れゆくにつれしだいにその流量を増します。

山の土は天然のフィルター。

壮大な濾過装置、天然のカラム。

様々なものを濾し取り
清らかな水だけにして海へと送り出す。

途中にはこの鹿のごとく
山に住まうありとあらゆる生きものの、
なきがらもあれば排泄物もある。

それらも総てその大きな山ふところに抱きこんで
濾し、清らかな水だけを届けてくれる。

海を育てる森、というものもあります。

魚(うお)付き保安林などと呼ばれます。

海の魚を健康に育てるために、上流の森を保護する施策。

それと同じ性質のことだなと思いました。


私たちは今、遠くへ水を汲みに行かずとも

蛇口をキュッとひねれば

いや、それどころか

レバーをシュッと動かせば

いつでもきれいな水が好きなだけ飲めます。

その水源は山であったり川であったり、ごく稀に海であったり。

土地によって様々です。

もし、目の前に清水が流れていて、
その水を汲んで飲もうとしたときに
すぐ上流側に野生動物の屍があったら?

私だったら気持ち悪くて
飲むのを諦めると思います。

でも、見えるか見えないかの違いで、
本質では同じこと。

今日見た鹿のなきがらも、
いつかまた必ずや、一滴の水に還る。

その一滴は、この地に直に浸みこむものもあれば
海へ流れるものもあるかもしれない。

あるいは蒸発して一度天に昇り、
雨となってふたたびこの地に降り注ぎ、
また水として還るかもしれない。

他の生きものの体を通して還ることもありましょう。


生命は水でつながっている。


それを助けるのは、土。


健康な、山の、土。


もちろん、植物も大事。


でも、やっぱり、土。


私を生かす水にも、
こうしてたくさんの生命のカケラが詰まってる…


なんてこと…。

(オーマイガッ)


全国各地に「水脈」と呼ばれるものが走っています。

これまでは、それがどういうものか?
わかったようでいて、今ひとつわかりませんでした。

この鹿に出会ったことで、

水脈というのは

山がその土をもって水を濾過し、清流とせんがための
一条の流れがいくつも寄り集まっているところ

をいうのかも、と思いました。

この、水脈というものは、当然のことながら
そのほとんどが地中にあります。

トンネル工事や地下鉄工事、高層マンションの基礎工事で
そこをウッカリぶった切ってしまうと、どうなるか。

既に実際に切ってしまった地もあります。
ウッカリと言いつつ確信犯かもしれません。

気が遠くなるような時間をかけて
土、つまり地球そのものが
システムとして創り上げてきた
清らかな水の流れ製造法。


断ち切るのは、そんな悠久の刻に比べたら
ほんの一瞬。

断ち切るとどうなるか。

田畑に水が入らない、

川に水が流れない、

飲用水が濁り飲めない、

地形が変わってしまう、

結果、土砂災害を引き起こす…等々。


地下鉄、
新幹線、
リニアモーターカー。

超高層マンション、
高圧送電鉄塔、
ソーラーパネルやメガソーラーシステム。

山を迂回しなくて済む高速道路トンネル。
いるのかいらないのか、よくわからないダム。


人は、便利な生活のためならば

生命の水

をも平気で犠牲にできるものなのでしょうか?


それとも、自分の目の届かないところで
起きていることだから?

目の前に鹿が死んでいなければ気づかない?

いつか、自らの首を絞めることになるというのに。


ここは徳島県にある家賀(ケカ)集落からの眺め。

標高500m越えで、地元の方は「ソラ」と呼ぶ地域。

山向こうに見える斜面の白いポツポツも民家です。

最寄駅まではここから険しい山道を車で30分以上。

電気は来ていますが水は沢の水を引いているそうです。

ごみ収集は月に3回とかそんな感じ。



それでも、ここで暮らす人がいます。



平家の落人などと呼ばれようとも。

ひたむきに山を守り、水を守り。

山に抱かれ、水の恩恵に浴す。

守り、護られ。

これこそが自然との共生の在り方ではなかろうか、なんてことも思います。



10年前の大津波。


10年前の停電。


海へと還っていかれた方々。


あの世とこの世。


川の向こうとこちら側。


彼岸と此岸。


秋のお彼岸を迎える直前に、
鹿ちゃんから様々な気づきを得ましたが、
実際のところどうすればいいのかわかりません。


けれど、一人でも多くの方が

経済活動よりもまず、私たちを生かす土や水が大事

だと知ってくださればなにかが変わるかもしれない。

そんな他力本願ちっくな思いもあって、
あえて鹿ちゃんの写り込んだ画像を掲載しました。


便利さが、幸せですか?

お金さえあれば、幸せですか?

幸せって、なんだろう。


ほんとうに大切なものって、なんだろう。



失くしてからでは、きっと、遅いのです。



すっかり長くなりました。
最後までお目通しくださり、ありがとうございます。


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(コメント欄への近道用)

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