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小説トンデロリカ EP06「エデン」

■prologue

皆さん生きてる~?
こちらはMCロリカだよ。
この電波は脳みそが10cc以上ある生命体に直接送っています。
明日を生きるための有意義な情報を大盤振る舞いするよ。
最後まで楽しんでちょうだいね。
チェケラッチョ。

■chapter1

ここはロリカの部屋。

ロリカは学校に向かい、俺は一人、戦闘服の手入れをしていた。
部屋に忍び寄る気配を感じ、手を止める。

「ファルちゃ~ん」
ロリカ母だ。

いつもの、意味のない日課の始まりだ……。

ロリカ母は満面の笑みを浮かべ、俺の方へテニスボールを転がした。
俺は無視した。

「んん~? どうしたの? ボール嫌い?」

ロリカ母はニコニコ笑いながら、俺の頭や背中を撫でまわす。
俺は顔も合わせず、無言でその手を払いのけた。

「お腹減ったでしょう~。おやつですよ」

ヨーグルト(※)の入った器に、砕いたチョコレート(※)、ナッツ(※)、レーズン(※)をたっぷりトッピングし、仕上げにブランデー(※)をかける。
俺は顔を背けた。

「あら? 嫌い? 甘いの嫌い? じゃあこっちはどうかなあ。うちのパパの好物なんだけど」

アボカド(※)と玉ねぎ(※)のサラダ。
もう一つの皿にはイカ(※)の刺身。ワサビ(※)もたっぷりと付いている。

バイザーのスクリーンには、それら食材の全てが有害だと表示されている。
くそったれ。


(注 「※」は犬猫に有害)


だが、ロリカ母のこの邪気のない笑み。
俺は長年の兵士生活から、いやその前にゴミ溜めのような街で育った経験から、悪意ってもんを嗅ぎ分ける事が出来る。
それが、このメスからは感じられないのだ。

「あら~。これも嫌? グルメだね~」

困った顔をするロリカ母。
本当の親切心からなのだろうか?

ただ単に、俺を手懐けようとしているだけなのか。
媚びたような声を出して、サービスの押し売りをする。
そうまでして俺に気に入られたいのか。

上目遣いの、下卑た笑み。
それは、自らを下に下に貶めようとする、奴隷種族の顔だ。
誰か、強者に取り入って、支配されていないと安心出来ないのだ。

そういう奴らは勝手に下僕に成り下がっていればいいが、不幸なのは、そいつが組織の長だった場合だ。
子の親だった場合も同じだ。
奴らは自分の同胞をも、下の下へ引きずり込む。
害悪だ。

こんな奴にロリカを任せていいわけがない……。

だが、それも本当のところは分からない。
どんな下心があるのだ。
偽装のプロなのか。

厄介な相手だ。

「じゃあ、ママが食べさせてあげますね~」

ロリカ母が有毒ヨーグルトをスプーンで掬い、俺の顔に突き付けてきた。

「やめろスカタン!」

俺はその手を払い、ヨーグルトもアボカドサラダもイカの刺身も蹴散らした。
ヨーグルトがビチャッとロリカ母の顔に飛んだ。

「あら~」

ロリカ母の顔が悲しみにゆがむ。
涙がこぼれる。

俺はその姿に怯み、急いで部屋を出た。

■chapter2

繁華街の裏道。
壊れた自販機のボタンを特定の順番で押す。
それがキーとなっている。

金属で出来ているはずの自販機が、水面のように波打つ。
それから、自動的に「開く」……。

そこに現れたのは、大量のジュースの缶、ではない。

光が、渦を巻いていた。
その中へと、一歩を踏み込む。

水の中を行くように、息を止める。
入り、抜ける。
息をつく。

そこは、既に自販機の中ではなかった。

狭く、薄暗い、バーだった。
マスターも、客達も、ホモサピエンスではない。
地球産の生物ではない。
様々な星から来た異星人達だった。

ここは異星人達の集うバー。

入り口は偽装されており、店本体は商店街の裏道とは別の空間にある。
空間歪曲装置ってやつだ。

紫煙で煙たいが、ニコチンほど有毒ではない。
なんとかいう星の鉱物から作る物だそうだ。

「よおファルクス。まだ毛皮のコートに加工されてなかったのかよ」

カンガルーに似たウェイカム星の脱獄囚が言った。
甲虫を発酵させて作った酒を飲んでいる。

「ぬかせ。お前こそ餅肌服(ヴェルベティ・スキン)が破れて市役所で一騒動起こしたらしいじゃないか」

「イケメンがバレただけさ」

店にいるのは大概同じ顔ぶれだ。
暇を持て余している連中。
とは言え、ただの旅行者などはいない。

俺と同様に、脛に傷持つ輩だ。
ただでは故郷に戻れない、日陰者。

このバーはそういった連中の避難場所でもあった。

様々な星の出身者達だが、この地球の陸上で生活出来るだけあって、そこまで極端な生態のものはいない。

実際、「帰化」している奴もいる。
知恵がある分動物よりもタチが悪いがな。


このバーのある「裏空間」に、どこからか別の星系の食材が流れてくるらしい。
マスターは目ざとくそれを釣り上げて、調理して店に出す。
この星では調合出来ない麻薬や酒なんかも隠し持っている。

客はマスターの言い値で買うしかない。
夢も希望もない連中だ。
今の憂鬱を忘れられるなら、なんでも払うし、なんでも口にする。
酩酊出来るなら接着剤だって飲む奴らだ。

向こうに座っている昆虫眼(ベム)野郎なんぞは、頭からキノコを生やしている。
自ら寄生させているのだ。
言葉は不自由になるが、たいそう気持ちが良いらしい。
俺はごめんだが、他人がどうこう言うもんではない。

■chapter3

カウンターに座る。

「あれ、ある?」

「はいよ」

ひび割れ巨人(クラックオグル)のマスターがグラスに紫色の「酒」を注いでくれる。
バイザーのスクリーンには、データ不足で識別不能の表示。
地球の酒は俺には有毒だが、こいつはそれよりマシな事は実験済みだ。
しかもなかなか「効く」ときた。

「我輩にも同じものを」

もう一匹が俺の隣に座った。

「エミリオか」

「ドン・エミリオだ」

惑星ミーアクラアの知的生命体だ。
地球の生物だと比較的ネコに近いか。

アヴさん小説06変身前

好奇心は強いが飽きっぽく、残酷だが怠惰、物事を突き詰めていかないタイプだ。
チームには入れたくない輩だ。

まあ、そんな種族の中でもコイツはドロップアウト組だけあって、自暴自棄な分、付き合いやすい。

「やけ酒かい? つるふさガールに捨てられたのか?」

「そりゃないな。うちの子は俺がいないと寝つきが悪いからな」

「人間に飼われている奴の気がしれないよ。吾輩なら首をくくっているね」

「飼われちゃいない。食客だ」

「ペットを飼うのも飼われるのも、互いに自信がないからだろうな。主従の関係のようでいて、実は共に依存し合っているのさ。互いに嫌われるのが怖いんだからな。それはつまり自分の事しか考えていないって事さ。愚かな連中だ。ま、群体生物の出来損ないだろう」

辛らつな奴だ。
こいつらは群れを作らない。
組織の強さが分からない。
だから星間戦争で覇権を取れないのだ。

「俺とロリカはそんな安い間柄じゃない。あいつは……、俺の相棒だ。あいつは未熟だが、自分の人生を生きていける」

言ってから顔が赤くなる。
口がすべった。
酒のせいだ。

「ふむ、上官殺しの脱走兵と聞いたが、随分と丸くなったようだな」

「牙が抜けたわけじゃあない」

歯を剥いてみせると、エミリオは肩をすくめた。

「この星は居心地がいいって事だろ、な?」

マスターがさりげなく間に入る。

「俺もそう思うぜ」

ウサギに似た、赤目のパックが会話に入ってくる。

「俺なんかこの星に来てから、やたらと『カワイイ』と言われるので、何か俺の知らない別の意味の言葉だと思ったよ。翻訳インカムで追いきれてないのかなってね」

「私もだ。『カワイイ』ってのは私に付けられた名前かと思った」

シマリスに似たハイデッパが言う。
ちなみにこいつは外見こそリスに似ているが、体の作りは哺乳類より粘菌に近い。骨も筋肉も無く、胞子で増える。

「故郷でどんな生活を送っていたかもしれない私をだよ。この星の人間てやつが愛しく思えて仕方ないよ。ぜひわが子の苗床にしたいと思っている」

皆で笑う。

「諸君らには自尊心てもんはないのか? まあ、君らはしょせんは負け組だ。元から上等な部類じゃないか」

エミリオがやれやれと首を振った。

■chapter4

バーの帰り道。
ほろ酔い気分で、無意味に植え込みの葉っぱをバサバサ叩いたりしながら歩く。

と、曲がり角の先にいたのは、ロリカ母!?

やばい!
俺は咄嗟に身を隠した。

幸いロリカ母は俺には気付いておらず、駐車中の車の前にしゃがみ込んでいる。

買い物帰りのようだ。
ロリカ母は袋から、高カカオチョコレート(※)と、レーズン(※)を取り出す。

(注 「※」は犬猫に有害)

「可愛いわね~。ほら、おやつ、食べる? 美味しいわよ~」

車の陰で見えないが、どこかの低脳生物を餌付けしているようだ。

巻き込まれちゃたまらん。
俺は遠回りして帰った。

くわばらくわばら。

■chapter5

翌日。
暇を持て余した俺は、またも例のバーに来ていた。

「どうやら吾輩はこの星の連中にとって神にも等しい存在だったらしい……」

カウンターに座ったエミリオが、ぼんやりと言う。

「どうした。変なもんでも食ったか。モロコでも飲めよ」

俺は笑いながら、エミリオのグラスにミルク状の酒を注いでやる。

エミリオはグラスの白く光る液体を見つめながら、

「君は愚かだが……、嫌いではない……」

「そりゃ嬉しいね」

「吾輩の権限で……、君は優先的に救ってやろう……。世界を溶かして……、混ぜて……、固めて……、作り直す際には……、君の足と尻尾を増やしてやろう……」

呂律が回っていない。
目の焦点も合っていない。

手が震えて、グラスを落とした。
飛び散るミルク。

「おい、本当にどうした? ちょっと吐いてくるか?」

「なんだって? とんでもねえ、吾輩は神様だ」

まいったな。
こいつは元々、口は達者だが脳みその足りないところがあった。
が、下手な酔い方をする事はなかったぞ。すぐに寝るからな。
今日は異常だ。

「おい、店を汚すなら帰ってくれ。お前さんの好きな、車のボンネットの中で寝てこい」

マスターが言う。

「無礼者! 貴様は……、虫にしてやる……」

エミリオがあちこちに体をぶつけながら立ち上がる。

「こりゃ介護が必要だな」

体を支えてやるが、その手を払われる。

「介護!? 結構毛だらけ! 余計なお世話だ。世話をしてくれる人間はいくらでもいるのだ。吾輩はカワイイからな! さらば、誰にも愛されぬ憐れなブサイクどもよ!」

エミリオはわめきながら店を出て行った。

■chapter6

それからさらに数日が経った。

最近はロリカ母が家を留守にする事が多い。
変に構われる事もなくなったので、俺としては気が楽だ。
しかし、どうやら家事も疎かにしているようで、ロリカの食事が用意されていない事も多々あった。

「なんか忙しいみたい。何してるのか知らないけど」

ロリカが菓子を食べながら、無気力に言う。

今ではロリカの主食はスナック菓子とジュースになっている。
栄養不足からか、ロリカの肌は艶を失い、日に日にやつれていった。
目の下に隈が出来ている。

「まあ、どうでもいいか……」

ロリカが面倒くさそうに寝転んだ。

家の中は散らかっていった。
キッチンのシンクには汚れた食器とペットボトルが溜まっていき、洗濯機も汚れた衣類で溢れていた。

「おい、ロリカ、しゃきっとしろ」

「んー」

母親の目がないだけで子供というものはここまでダメになるのか。

■chapter7

ロリカは学校をサボるようになり、パジャマのままダラダラと過ごしていた。
寝転んだままテレビをつける。

テレビの情報番組。
そこには、今主婦層の間に大ブームを起こしている新興宗教モコフワ教を特集していた。

おばさん特有の派手な花柄服なんかを着た人間達が、御輿を担いで練り歩いている。
そして、御輿に鎮座しているのは、

「エミリオ!?」

御輿の上で、エミリオは目の焦点が合っておらず、涎を垂らしていた。

テレビのレポーターが、「では、教母様にお話を伺ってみましょう」とマイクを向けたのは、

「ロリカ母!?」

ロリカ母は派手に着飾っていた。
マイクを渡され、ニコニコ笑いながら、

「んもー、本当に可愛くって! 本当にもう癒されるーって! 可愛いんですよー。本当にもうフワフワで。可愛いんです、本当に!」

意味をなさない言動。

そうこうしている間も、御輿の担ぎ手は増え続け、街はパニック状態に陥っていく。
誰もが「ネコチャン」「カワイイ」と念仏のように唱えつつ、恍惚とした表情で祭りに加わっていく。

「おい、ロリカ! お前のママさん、ヤバイことになってるぞ!」

「んー? どうでもいい……」

ロリカはソファに寝そべり、頭をもたげる事もしない。
寝転んだままスナック菓子をボリボリ食べている。
ソファも床も食べかすだらけだ。

「ネコチャン」「カワイイ」「ネコチャン」「カワイイ」
テレビの中では群集の媚びたような笑みが映され、スタジオのコメンテーターも、「実は私も先日改宗しまして」なんてニコニコしながら、エミリオのブロマイドを見せる。
なにかにキマってイッちゃっているエミリオのバカ面。
あんなの、まともな猫の顔じゃないだろ。

「これが……人間の狂気か」

誰かを祭り上げ、神に仕立て上げる。
神が人間を造るのではない。人間が神をでっち上げるのだ。
なぜか。
自分がその下僕になる為に。

「口では自由な社会を求めるような事を言うが、その実は自ら奉仕生物になりたがる。攻性マゾヒズムってやつか……」

■chapter8

モコフワ教の教団はあっという間に大きくなっていった。

野良猫を地域猫として管理しているボランティアを蹴散らし、無秩序な餌付けを行った。

野良猫は幾何級数的に増えていった。
爆発的に数を増した生物を待っているのは、闘争だ。
食物が足りない、土地が足りない。
排泄物と死体が浄化されるまでの時間が足りない。

都市部の野生動物の間に、疫病が蔓延した。

同時に、人間界も荒れ果てた。

数を増した教団は政界に進出。
国会は麻痺し、公務員はストライキを断行、様々な活動家に扇動された団体がデモと破壊を繰り返す。
電気、ガス、水道、すべてのライフラインはストップ。
混乱に乗じて軍部はクーデターを起こし、それを認めない民兵とぶつかり、国は内戦状態となった。

この混乱に他国が侵略してこなかったのは、既に諸外国にも主にSNSを通じて教団のパワーが感染していたからだった。
低脳セレブの拡散力というのは驚くべきものがあった。

瞬く間に教団は国境と人種を超えて拡大し、それを阻止せんとする三大宗教との間に血みどろの宗教戦争が勃発した。
教会、寺院、歴史的な建造物や神の像が、打ち壊され、火をつけられていく。

ヒトの世は滅びへと向かっていた……。


そして、ロリカは。
ボロボロの衣類をまとい、足は裸足。
引き千切られたカーテンを毛布代わりにしてくるまり、教団の配布する四コマ漫画を読んでいる。

飢えた民のもとへ派遣されたネコ天使が、バスケットから生魚を取り出して、「おいしいデスよ」なんて言いながら自分で食べて、「なくなっちゃったんで今日は帰りマス」なんて言って、飢えた民がギャフン・ズコー・ヘコー、とか言う。

みたいな、脳みそを一ミリも使わないで描いたような漫画だった。

アヴさん小説06ミケエル

「こんなもの読むな!」

漫画を取り上げると、ロリカは、「ネコチャン……カエシテ……」と、力なく俺にすがりついてきた。
目は落ち窪み、爪はひび割れていた。

その情けない様に、涙が出てきた。

エミリオ……、お前を殺すしかない。

■chapter9

早々に国連軍を取り込んだ事で、モコフワ教の教団本部は今や世界一強固な要塞となっていた。
「神の間」への潜入は地球のどんな特殊部隊にも無理だろう。

俺の戦闘服のステルス機能を使っても、難儀する事は必須だ。

しかし……。


廃墟と化した街の一角。
破壊された自動販売機の前にて。

バーのマスターが俺に言った。

「贔屓にしてもらったからな。礼だよ。受け取ってくれ」

硬質なひび割れた巨大な拳を突き出す。
そこに握られていたのは、蚊取り線香のような渦巻状の物体だった。
空間歪曲装置だ。

「これがなかったら、あんたの店はどうなる。リアル空間に潰されちまうのか。それとも、永久に〈裏空間〉に閉じ込められるのか」

「店じまいだよ。別れた女房がヨリを戻したいとか抜かしてきてね」

嘘をつけ。
こいつの故郷の星は彗星の直撃を受けて粉微塵のはずだ。

だが。

「ありがとう。お前さんの家の近くを通った時は寄らせてもらうよ。ちっとはまともな物を食わせてくれるだろう」

■chapter10

戦闘服を着込む。

そして、空間歪曲装置を発動させる。

目の前の、扉一枚分の空間が、渦巻き状に歪む。
俺はその中へ飛び込んだ。

そして俺は、モコフワ教の教団内部にある、「神の間」へワープしていた。

大量に焚かれた香で、視界が悪い。

「くっ。この臭い」

俺は慌てて戦闘服のインテークを全て閉じた。
バイザーには気体の有害表示が踊っている。
僅かに取り込んだだけで、戦闘服の浄化フィルターが腐食している。

「神の間」の奥に玉座があった。

エミリオが座っていた。
完全に目がイッちゃっている。

体中に点滴やら何やらのチューブが繋いであった。
心電図や脳波のデータでモニターが忙しく瞬いている。

見ていられない。
ここまで、されていたのか。

エミリオはチューブの付いていない方の前足で、ロリカの好みそうな人間用の菓子を食っていた。
口から泡を吹いて、それでも食べるのをやめない。

「エミリオ! おい、ドン・エミリオ! それを食うのをやめろ!」

俺の声が聞こえないようだ。

「やめろって言ってんだよ、馬鹿!」

やっとこっちを向いた。
いや、視線はフラフラしていて、本当に俺を見ているのかは分からない。

ただ、「アアー、ウ、ウウー」と、怯えたような唸り声だけを出した。

白痴の神。
神という名の舞台装置。
奴隷。

「アアー、アアー、フウ!」

エミリオは玉座から立ち上がると、点滴のチューブを引き千切った。
背中の毛を逆立てる。

「フウー! ハアー!」

威嚇の吠え声を立てると、「変態」を始めた。
バキバキと音を立てて骨格を組み替え、筋肉をパンプアップさせる。
体が大きくなり、完全な二足歩行形体となった。

それはまるで、猫風のメイクをした人間のミュージカル役者のような、不気味な姿だった。
これが薬の成果なのか、エミリオが元から使える術なのかは分からない。
とにかく、戦闘準備完了のようだ。

アヴさん小説06変身

俺は電磁クナイを展開した。

「神を救えるのは、神を信じぬ不敬者だけだ」

エミリオが飛び掛ってきた。
俺は走っていた。

爪とクナイ。

交差。

大量の獣毛が神の間に舞っていた。
その中で、首から下を丸刈りにされたエミリオが、よろけ、膝をついた。
形体は人型から猫型へと戻っていた。
まるで、皮膚病の治療で獣医に毛を刈られた猫のようだった。

「エミリオ」

俺の声に、奴が振り向く。

「ファ、ファルクス……か……? 頼む、見ないでくれ……」

俺を見て、力なく呟く。
視線は定まっていた。
涙が溢れていた。

「吾輩は……、愚かな……、恥ずべきケモノだ……」

「恥ずかしいってのは裸に剥かれたからだろ? そいつは、お前に知恵が戻ったって事さ」

俺はエミリオを無理矢理起こした。

「行こうぜ。知恵を得た神の子は、楽園から追放される運命だ」

■chapter11

神が行方不明になった事で、モコフワ教の教団は猛烈な速さで力を失っていった。
同時に、混乱していた世界も急速に落ち着きを取り戻し、あの騒動が嘘のように、回復していった。

ロリカ母も教母を辞めて、元の様に、家事に勤しむようになった。
ロリカも元気を取り戻した。

「ママ、夕飯はハンバーグにしてね。いってきまーす」

ロリカが登校し、家事が一段落すると、ロリカ母が俺のところへやってくる。

「ファルちゃん~。おやつの時間ですよ。鶏ひき肉の白菜ロール。美味しいわよー」

バイザーには有害の表示はない。
最近は、ロリカ母も「手作りワンちゃん飯」みたいな本をよく読んでいる。

俺はハンモックに横になりながら、それをつまむ。
ふむ、悪くはない。

「美味しい? 食べられる? ああー、良かった! お昼ごはんも楽しみにしててね」

なるほどね。
エミリオのバカは偽物の神だったから毒に苦しんだ。
俺は本物だったって事だ。


おしまい

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