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小説トンデロリカ EP08「ダンチョネ」

■chapter1

ザー、ザー、ジー……。

「うるせえなあ。そのガラクタ止めろよ」

部屋で悪戦苦闘中の私に向けて、ファル君がお酒のつまみのピーナッツをぶつけてくる。

「ガラクタとは失礼な~。このラジオ、私が技術の授業で作ったんだよ」

「ラジオだったのかよ? ノイズを奏でる前衛楽器かと思った」

「おかしいなあ……。学校ではタクシー無線くらいは拾えたんだけど」

「ラジオ電波を拾えよ。地域密着型のコミュニティFMとか。意外なゲストがガードの低いトークをして面白いぞ」

「んむー。くっそー、チャンネルが合わない。誰かー。DJの皆さーん。出てー」

『俺に用か?』

突然、スピーカーから声が出た。

「うわ! やった! 繋がった!」

『どうなんだ? 俺に用なのか?』

威勢はいいけど、妙に幼いような、舌ったらずな声だった。
若いヤンキー系のタレントとか?

「それ、ラジオじゃないだろ。またどっかのタクシードライバーの無線でも拾ったんじゃねえか?」

「そうかも……。DJの声を聞きたいのに!」

『俺以外に誰かいるのか? 俺に用なのか? 誰に言ってるんだ、俺か? 俺しかおらん』

「あれ、まさかこっちの声も向こうに繋がっちゃってる!? すいません、あなたじゃないです! 間違い電波です!」

ラジオにそんな機能があるのか知らないけど、私が作ったからなあ……。
ところで、通話中に謝る時って、相手から見えてはいないと分かってるのに、ついペコペコ頭下げちゃうよね。

『ここにいるのは俺だけだ。誰に話しかけてるか分かってんのか? お前、死んだぞ』

「ええ? そんな言い方ってないじゃん」

「おいロリカ、喧嘩売られているぞ。逆探するか?」

『お前なんかより早いぞ。来るのを見てたんだバカ野郎! 俺はここだ。やってみろ。やれって言うんだ。やれよ。やめとけ、バカ』

こ、こ、こんちくしょう~!
これってアレだ。
自分の顔が見えないからって滅茶苦茶クレーム入れる奴だ!
SNSで粘着したり迷惑行為する奴だ!

「逆探成功したぞ。どうするロリカ、言われっぱなしじゃ女がすたるんじゃないか?」

「応よ! やったるってんだい!」

私とファル君は、ラジオを手に家を飛び出した。

■chapter2

「ここだ」

そこは、二階建ての古びた木造アパートだった。

外階段の下には、シートを切り刻まれた自転車と原付バイクが置いてある。
各部屋の玄関扉の横には、ずらっと洗濯機が並んでいて、なぜか赤い三角コーンが突っ込まれたりしてるのもあった。

「ご、ごめんくださーい。喧嘩買いに来たんですけどー」

「ピーン!」とだけ鳴るチャイムを何度も押す。

すると隣の部屋の扉が開いて、ネグリジェを着て頭にカーラーをいくつも巻いたおばさんが、

「うるさいね。そこ、誰もいないよ。逮捕されたよ」

と言って、またすぐ引っ込んだ。

「いない? 逮捕?」

ファル君と顔を見合わせる。

「そんなはずはない。確かにここだ。突入せよ」

「よし。えいやー!」

肩で体当たりすると、ベニヤ板と簡単な蝶番で出来た扉はあっさりと開いた。

「かちこみに来たよ! って、あれ、やっぱり誰もいない」

汚い畳敷きの部屋には物が散乱し、狭いシンクには汚れた食器が溢れ、せんべい布団の上には衣類がグチャグチャに積み重ねられ……、家主の人間性を物語っていた。

でも、もっとも目を引いたのは、部屋の一角を占める、積み重ねられた「機械」の山だった。

「なんだこりゃ?」

「あ、私知ってる! これってアレだ。昔の携帯ゲーム機だよ。8ビットの。お父さんの、懐かしグッズ系のムック本に載ってた」

「8ビット? ガラクタじゃねえか。それをこんなに大量にまあ。なんなんだ? チップチューンアーティストか?」

ファル君が一台のゲーム機を手に取ろうとしたけど、ケーブルで他のゲーム機に繋がっていた。

「ま、とにかく家主がいないのは確かなようだな。仕方ない。このガラクタでも破壊して憂さ晴らしして帰ろうぜ」

『あわわわ』

「ん?」

『壊さないでくださあい』

その声は、持ってきた私の手作りラジオから聞こえた。


「ふーん。つまりここの家主は困った系の野良エンジニア、且つ動画配信者で、『レトロな8ビットゲーム機を128台並列に繋げて、最強のゲーミングマシンを作る』って企画をやってたんだな。シンプルなドット画像のまま無限に奥行きを増す立体ディメンションの。くだらねえ」

「そんで? 同時に、他のゲームエンジニア系配信者を脅迫するような動画も上げまくっていて? 通報されて? 乗り込んできたお巡りさんに改造スタンガンで抵抗して?」

『うん。でね、改造スタンガンのとばっちりの電撃がゲーム機の山に炸裂しちゃってね。生まれたのがボクなの。AIボーイって呼んでいいよ』

AIボーイが喋るたびに、ゲーム機の液晶画面が点滅する。
でも、その声は私のラジオのスピーカーから聞こえた。

部屋にはスピーカーの類は無くて、ゲーム機と接続してあったパソコンは警察に押収されたとかで、この子の声は偶然繋がっちゃった私のラジオからしか聞こえないみたい。

AIボーイの本体であるゲーム機の山。
片手で持てるゲーム機でも、128個も積んであると壮観だった。
全部ケーブルで繋がってるからグッチャグチャ。
スーパー蛸足配線。
ファル君によると、スパゲティコード状態で、どこかを抜いたらいきなり致命傷になってこの子の自我が消えちゃうかもだって。

「でもさー、君ねえ、さっきはずいぶん強気な口調で口喧嘩を吹っかけてきたね」

『それは……。だってー、地球を狙うインベーダーが攻めてきたと思ったんだもん。強く出たら奴らもビビッて諦めるかなあって。だってさー、いくつもの恒星系を滅ぼしてきたインベーダーに対抗できるのは、科学の粋を集めて建造されたボクしかいないじゃん? でもさー、人類は愚かだから……最新鋭のボクを……こんなショボイ部屋に置き去りにしたから……飛べないから……』

「なんだ? レトロゲームの設定か?」

ファル君は呆れ顔だ。

『本当はボクが……宇宙を飛ぶはずだったのに……。はーあ、人類って愚かでまいっちゃう』

「愚かって失礼だねえ。そこまで愚かじゃないよ。特に私は」

『どこが?』

「どこがって、ンモー! じゃ、私のこれまでの活躍を教えてあげるよ!」

そうして私は、これまでのヒーローとしての活躍を余すことなく話して聞かせた。
ファル君は五秒で寝落ちしていた。


『す、すごい……。あんた……いわゆるオーバーロード(上帝)って存在なんじゃないかしら……。それとか、守護天使とか……? おみそれしました……』

AIボーイは128個ある液晶画面をピカピカさせた。
興奮している。
無理もないね。

「ふぁ~。よく寝た。終わったか? じゃ、帰ろうぜ。こんな汚え部屋にいたら身も心も腐っちまう」

『待って! ボクだってこんな所にいたくないの! ボクには使命があるんだもん! 行かなきゃ、宇宙……!』

「だから、そりゃアホゲームの設定だろうって。なあ、ロリカ?」

「うん、そうだけどね。うん。あはは……」

■chapter3

ここは半端無ヶ島(ぱねがしま)宇宙センター。

私は戦闘服に手作りラジオを肩から下げて、崖の上から、ロケット発射場を見下ろしていた。
とは言ってもロケットの姿はなくて、だだっ広いコンクリートの敷地に、いくつもの塔や四角い建物と、円形の「蓋」があるだけ。
あの「蓋」の下にロケットが納まっているんだって。
地下ロケットサイロってやつ。

私の横にはファル君と、そしてAIボーイの本体である、ガムテープでがっちりまとめた128個の携帯ゲーム機。
大きな板みたいな塊にしてある。
重さも30キロくらいあって、戦闘服のパワーがないと運べない。

「このガラクタをロケットで飛ばしてやろうってか。お前のお人好しぶりには心底呆れるぜ。まあ付き合うけどよ。で、どんな作戦なんだ?」

「作戦ねえ……。へへへ……。そういうの考えるの苦手なんだよね……。どうすりゃいいのかなあってずっと思ってんだけどねえ」

「はあ!? お前なあ、ここまで来てそりゃねえんじゃねえか? どうすんだよ!」

その時でした。

「「俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ!」」

頼もしい声に振り向く。
そこにいたのは!

「軌道計算なら任せてくれ」

「小紗院(こさいん)先生!?(※EP02他)」

「プログラム変更ならお手のもんですよ」

「キグルミのおじさん!?(※EP02)」

「情報を聞き出す役も必要だろう? 痛みの前では体は正直だ」

「同田貫(どうたぬき)先生と講師の皆さん!?(※EP03)」

「ワフン(警備員は俺達が引き受ける)」

「ジェラルド犬友会のワンちゃん達!?(※EP01)」

「撹乱するには火をつけるに限る、ってね」

「零子会長と生徒会の皆さん!?(※EP07)」

アヴさん小説08おまえらは


「みんな……どうして?」

「君の祈りが聞こえたんだ。空耳かと思ったけど、それでも、来てしまった。来て良かったよ」

「小紗院先生……、ありがとうございます! 私、私……」

「ロリカ、お前の甘えた『想い』ってもんが拡散されたんだな。それを受信した奴がいた。お前は俺に作れなかったもんを作れるんだな。絆、ってやつかもな」

「ファル君……。うん、うん! そうだね!」

「泣いてる暇はないぜ、ロリカ。そいじゃ野郎ども、いっちょかまそうぜ!」

「「ロックンロール!」」


生徒会は各種手製爆弾と火炎瓶で建物を次々と爆破していく。
ジェラルド犬友会は爆犬台風(ドギィタイフーン)で警備員を吹き飛ばし、同田貫先生は施設の責任者を鼻フックと亀甲縛りで責め上げ情報を引き出す。
そしてコントロールセンターではキグルミのおじさんがキーボードを人差し指だけで高速入力し、隣では小紗院先生がマザーコンピュータと脳波接続する。

そうして私とファル君は、AIボーイを抱えてロケットへと向かった。

『いかん、燃料は衛星軌道までの分しかない。これでは地球の重力から脱出できない』

肩から下げた手作りラジオが、キグルミのおじさんの悲鳴を受信する。

『大丈夫。僕は学生の頃ビリヤード場でバイトしていた。そこにはピンボールも置いてあった。軌道上の人工衛星に連続衝突させ、加速させる。出来るさ』

頼もしい小紗院先生の声。

『誰であれ、理不尽なクビキからは解放されるべきだ。人工衛星の十や二十、犠牲のうちには入らないよ』

生徒会長も。

『その電子小僧は地球を卒業する時だ。もしくは放校だ』

同田貫先生。

『ウオォーン! ワオ! ワオ!』

血と炎とガソリンの臭いに興奮している犬達の吠え声。


「皆、ありがとう」

ロケット発射場の分厚いコンクリートの「蓋」が、ゴウンゴウンと轟音を立てて開いて行く。
縦穴の奥にロケットの頭が見える。
私とファル君はそこへ飛び込んだ。

■chapter4

「ロリカ! 早くしろ! やけに警備が厳しいと思ったら、ここはただの衛星用ロケット発射場じゃねえ。軍事施設だ。このロケットもICBMだぞ! メガトン級のハラワタを積んでる!」

「うん、大丈夫」

ファル君の声を背に、私はロケットの扉を開いて中に乗り込んだ。
なぜか椅子一つないけど、それっぽいコンソールが並んでいる。
径の合うジャックにAIボーイを接続する。

「さあ、準備は出来たよ。このロケット、軍のICナントカらしいよ。頑丈でよく飛びそう」

『でも、ボク、ボク……、怖いよ。寂しいよ……。ねえ、一緒に来て』

「もう一緒だよ」

私はピカピカ光るゲーム機の2.45インチの液晶を撫でた。

「私のお話、いっぱい話してあげたでしょう? 私の物語は私の人生だよ。君はもう私の事を全部知ったんだよ。私は、君の中で生きているの。それに……」

手作りラジオをロケット内壁のスピーカーに接続した。
小紗院先生や犬どものワアワア言う声が重なりあって聞こえる。

「皆も君に想いを託したんだよ。君は一人じゃない」

『でも、電池が切れて、皆の事を忘れちゃうかも……。お腹が減ったらどうしよう』

「太陽光発電のパネルが付いてるから平気だよ。宇宙にはいくつの恒星があると思う?(私は知らないけど)」

『でも、線路も道路もないし、水先案内人がいてくれないと、ボク……』

「宇宙には道がないようで、道があるの。引力があるから。あっちこっちの星に引っ張られながら、曲がりくねって飛んで……。一番、君を呼んでいる星に到着するはず。誰かが君を待っているはずだよ。それはモンキー系の子かもしれないし、クモ型の子かもしれない。でも、君の話を待っているんだよ」

『でも、でも、ボク……。うん、みんなに伝えるよ。あんたのことを。あんたの物語を……!』

「ロリカ! 時間だ!」

ファル君が私を後ろから掴んで、ロケットから飛び出した。


凄まじい轟音と熱の中を、私とファル君は全速力で退避した。
ソニックブームを巻き起こす速度で走って、掩蔽壕に飛び込む。
一息ついて、振り返る。

地下ロケットサイロは融解し、そこからオレンジ色に輝く雲の柱が立ち昇っていた。
そしてその先には、バイザーの偏光装置越しにしか見ることが出来ない噴射口が、ぐんぐんと昇っていく。

「飛べ……! 飛べ……! そして、いつかまた会おうね……」

■chapter5

「ヨミー。おはよー」

「おっす、ロリカ。昨夜はまいったね。電磁波障害でテレビもネットも朝まで使えなくなるなんてさ。しかも今朝のニュース見た? 世界中に人工衛星が落ちたなんて、こんな派手な事件、滅多にあるもんじゃないよ。核ミサイルで撃ち落とされたんじゃないかってネットでは噂だけど、どうなんだろうね。半端無ヶ島(ぱねがしま)宇宙センターの公式ホームページも繋がらないらしいし。なんか陰謀の匂いがするんだよね」

「へえ? さあ~。どうだろうね~」

「ま、それはそうと。これは裏情報なんだけど、小紗院先生と生徒会の連中が逮捕されたらしいよ。まあ、あの連中はいつか何かやらかすと思ったんだよね」

「ふ、ふ~ん(焦っ焦っ)そうなんだ……って、あれ、ヨミ、それどうしたの?」

ヨミは携帯ゲーム機を持っていた。
それはたしかに、あの、8ビットのゲーム機だ。

ピローンと起動音が鳴る。

「ふふふ。やはり食いついたな。これ、朝うちの前に落ちてたんだよ。もしかして人工衛星が落ちたのと関係があるかな、なんて、そんなわけないか。これね、すごい昔のゲーム。液晶の両端に縦線が入っちゃってそこだけ見えないんだけど、けっこう遊べるよ。やる?」

「やる!」


それは単純なシューティングゲームで、次々と襲い来るインベーダーをひたすら撃ち落としていくだけのものだった。
でも、これが滅法面白くて、ヨミと交代で、頑張って、とうとうクリアしちゃった。

「お、エンディングだよ、ロリカ」

■epilogue

戦イハ終ワッタ

シカシ 満身創痍ノファイターハ
コントロールヲ失ッテイタ

タダタダ 宇宙ノ深淵ヘト マッスグニ飛ビ続ケタ

長イ長イ年月ガ経ッタ

様々ナ宇宙光線 塵 急激ナ温度変化ニサラサレ
ファイターヲ構成スル物質ハ 圧縮サレ
モロイ部分ハ 削リ落トサレ
ヒタスラ
硬ク高密度ニ 変質シテイッタ

イツシカ ファイターハ
漆黒ノ 一枚ノ板トナッテイタ
各辺ノ比ハ 1:4:9

地球ノ思イ出ト 希望ヲ乗セタ モノリスハ
マダ見ヌ生命体トノ 出会イヲ夢見テ
星々ノ海ヲ トンデイク……


おしまい

アヴさん小説08AIボーイ


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