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小説トンデロリカ EP04「ワイズマン」

■prologue

アッチャメ、ラッチョ、ピウ。
なんて言っても分からないよね。
これは、今度生まれてくるグミ型知的生命体の挨拶の言葉だよ。
直訳すると「口の中がジャリジャリする」。
まあ、それはいいとして。
今日の銀河説法は……。

■chapter1

ここはロリカの部屋。

俺は床に新聞紙を敷き、その上で戦闘服をオーバーホールしていた。
とは言え、この家にはろくな道具がないので困る。
針金ハンガー、栓抜き、孫の手、先割れスプーンを駆使してメンテナンスしているが、なかなか難儀していた。

そんな奮闘中の俺の横では、ロリカが勉強机に向かっていた。
勉強中のはず、だが。

「はあ~。i<3u……。128√e980……。恋の方程式ってやっぱり不可思議。彼への想い、まっすぐに伝えたいのに、点Pがどうしても動いちゃう。ふぅ~」

鉛筆を意味もなくコロコロ転がしたり、指で弾いて回転させたり、定規をビヨンビヨンさせたり。
まったく集中しとらん。

「おい、明日は数学のテストなんだろ? そんなんで良い点取れんのかよ? 例の、お前の意中の教師(やろう)の担当だろうが」

「ん~。不合格だったら~、居残り勉強させられちゃうんだよね~」

鼻の下に鉛筆を挟んで口を尖らすロリカ。
椅子の背もたれに寄りかかってギシギシ鳴らす。

「だったらちゃんとやれよ。恥かきたくないだろ」

「ん~。でもさー。皆が帰った後でさー、先生と二人で居残り勉強なんだよね~」

天井の隅っこを眺めるともなく眺めながら、鼻の下から鉛筆を落とした。
口元に薄ら笑いを浮かべている。

「おい、お前、まさかそれも美味しいなんて思ってるんじゃないだろうな。けしからんぞ、コラ!」

久々に、新兵をしごいていた頃の血が騒いだ。
俺はくず鉄を鋼に変える方法を知っている。
火とハンマーだ。

「そのたるんだ精神、俺が叩き直してやる!」

「あひい」


それから俺は地獄の特訓をロリカに課した。

ロリカの「必勝」鉢巻には角のように低温蝋燭が差してあり、うつらうつらすると蝋が顔に垂れる仕組みだ。

耳にくくりつけた時計からはカチコチと秒針が鳴っている。
試験は時間との戦いだ。
時の経過を体に刻み込む。

脳の処理速度が落ちれば、気付け薬としてアンモニアを嗅がせた。


俺は終始ロリカの耳元で数式を絶叫し、ロリカはひたすらそれを復唱した。

あらゆる数式を丸暗記した後は応用だ。
問題文によってどの数式を選択するかの訓練だ。
問題文から要素のピックアップに五秒。
脳内の数式ライブラリーの検索に五秒。
これを越えれば俺の竹刀が机を打った。

後は簡単だ。
単に計算するだけだ。

一夜漬けするまでもない。
数学なんて機械にやらせるもんだ。
つまり、機械でも出来る程度のものなのだ。

しかしここで、ロリカがごく単純な分数計算も怪しいという事が露呈した。

俺は一瞬ひるんだが、ロリカはエヘエヘと照れ笑いするだけだった。

ふふ。そうだよな。
恐れる事など何もない。
今からでも十分に巻き返せる。

いざとなったら、俺の手製の特殊栄養ドリンクがある。
脳の神経伝達物質を過剰に供給させるブースト薬だ。
まあ、これは奥の手だから、必要ないだろう。

■chapter2

そして翌朝。

ロリカはベッドから出られなかった。

高熱を発し、頬はゲッソリ、目の下には濃いクマ、そしてガタガタ震えている。
完全にダウンしている。

昨夜は結局、特殊栄養ドリンクを八本も空けてしまった。
最終的にロリカは鼻血を随分出していた。
視界もレッドアウトしたようだ。

「ゼーハー、ゼーハー。も~、ファルくんのせいだよ~。昨日まで元気だったのに、こんなんじゃ学校行けないよ~。数学のテストだけやる気のない奴だって思われちゃうよ~」

体力が落ちたせいで気弱になり、めそめそ泣くロリカ。

「もうおしまいだよ。もうどうだっていい。神様、宇宙を滅ぼして下さい。全ての生命体を無に帰して……」

「そこまで言うなよ……」

「じゃあ責任取ってよ! 私、先生に嫌われたくないんですけど!」

「ぐ……」

「あと、ラムネ持ってきて。それからママに、お昼はピザ取ってって言ってきてよ。それからそれから、やっぱりちゃんと責任取ってよ!」

■chapter3

クラスメイトでガヤつく教室。
この星のガキどもはどうしてこうも喧しいのだ。
全員、性根を叩き直してやりたい。
が、ロリカで失敗したばかりの俺には、それを言う資格はない。

ロリカの席に、「ロリカ」が座った。
机の天板には鉛筆でアホみたいな恋愛ポエムが書いてあった。
「大切なことを教えてくれたのは君」とか「世界の終わる時に一緒にいたい」とか、まあ、その手のアレだ。

ポエムをなぞった小さい手には鉛筆の粉はつかない。
が、その内側にある毛の生えた手には光沢のあるHBの色がついた。

そう、今ロリカの席に座っているのは、「ロリカ」に化けた俺だった。
古式デラムク兵術『変わり身モード』ってやつだ。

いや……、「替え玉モード」と言った方がいいかもな。
とにかく、俺はロリカの代わりにテストを受けにきてしまったのだ。
我ながらどうしようもない。

とは言え、ロリカと言い張るにはあまりに出来損ないの姿だった。
肌も髪も生気のない質感の、ポリゴン数の少ない初期の3Dゲームのような、カクカクしたデザイン。
そもそも体型は俺のままであり、低身長だった。
足が床に届いていない。

明らかにグラフィックエンジンのパワー不足だ。
実は、動物パニック映画を「カブト」の電脳にダウンロードし過ぎて、容量が足りなくなっていたのだ。
まだ観てないので削除する事も出来ない。

古式デラムク兵術の使い手とはとても言えぬほどの、不出来な変装。
こんな姿でやり過ごせるのか?

「ロリカー、どう? ちゃんと勉強してきた?」

うっ。
このおかっぱは、ロリカの親友、山田ヨミ。

「ま、まあな」

「えらいねえ。私は忙しくてさ、全然勉強してないよ。ラッパーの彼氏が離してくれなくてね。そこに黒人の元彼が寄りを戻したいって来ちゃったもんだから大変。フリースタイルでバトっちゃって、もう感激。審査員はつらいよ」

「なるほど難儀したな。腐ったBEEFは犬も食わんからな」

「……あれ、あんた」

山田ヨミがこちらを凝視していた。
つり目の横に汗が浮かび、流れ落ちた。

ま、まずい!

「「もしかして、うたがってる?」」

二人の声が重なる。

「え?」

「え? いや、何も疑わしくないぞ。お前は微妙に大人びているところがあるからな。同級生では物足りんだろうよ。先日言ってた、なんだ、モデルの彼氏、あいつの事も見限ったんだろう?」

「あ、ああー、そうそう、あいつね、意外とせこくてね。おととい来やがれって感じで」

幸いバレてないようだ。いい加減な奴だ。
だが助かった。

山田ヨミの(架空の)彼氏自慢にてきとうに付き合いながら、どうにかこうにかやり過ごす。


そうして、数学のテストが始まった。

「電卓の持ち込みは可だからね。ただしスマートフォンは禁止です。自分で考える事、それが一番大切だからね」

教壇で教師が言う。
例の、小紗院(こさいん)先生とかいう鼻持ちならん野郎だ。

「僕は君達に単なる歯車になってもらいたくはないんだ。想像力を鍛えて、道理と不条理の間で呻吟するソフトマシーンになってもらいたいんだ。記憶をカットアップして因果地平の果ての真理を見つけよう。開始!」

問題用紙には、

ランバダ振動係数予想……
テトリス落下変数予想……
チリチリパーマ衝撃減殺角度予想……

超難問の数々。

「上等だよ」

俺はカブトの演算機能を切った。
代わりに、バッグからソロバンを取り出す。
ギターのように抱え、ジャカジャカと奏でる。

「ロリカに恥はかかせん!」

ソロバンが火花を散らす。
指先が血を噴く。

俺の視界に、雨だれのように数字が縦に流れ落ちていく。
雨は大地に吸い込まれ、消える。
そして……、花を咲かせるのだ。

アヴさん小説04

■chapter4

放課後になっていた。

一限の数学だけ受けて帰るつもりだったのだが、結局全ての教科をこなしてしまった。
つい興が乗ってしまって。
我ながら大人気なかった。

で、今教室に残っているのは、俺と、小紗院先生だけだった。
クラスメートはもちろん、山田ヨミもとっくに帰っている。

俺だけが、小紗院先生に呼び出され、残るよう言い渡されたのだ。

教壇には小紗院先生が座り、テストの答案を厳しい目付きで眺めている。
その前に、俺は立っている。
もちろんロリカに化けたままだが。

俺は気が気ではない。
テストを派手にしくじったか。
それとも、俺が替え玉だとバレたのか。

真相は他の教員へも報告されているのか。
それともこいつだけしかまだ知らないのか。

それならば、こいつを消せば、揉み消せる……。

俺は後ろに回した手の中に、電磁クナイを展開させた。

「無州倉(むすくら)君」

「なんだ」

クナイの刀身から、ひそやかに火花がこぼれる。

「すばらしい」

「え?」

「よく頑張ったね。前回のテストとはえらい違いだよ。劇的な成績アップだ。今期のMVPだよ。おめでとう」

「そいつは……、どうも」

ホッとした。
してもいいよな。

「正直驚いているよ。分数の計算も怪しかった君が、まさに幾何級数的なペースで成長している。このまま順調に成長曲線を描けば……、ミレニアム懸賞問題も夢ではないかもしれない」

「まあ、頑張りましたからね(俺が)。数学にゃあ興味があったんですよ。その、なんだ、あんたの授業が面白いってね」

ついでに、ロリカの為にゴマでもすっといてやるか。

「無州倉君、どうだろう、君の才能を僕に預けてくれないだろうか。僕が君を鍛え上げる。数学アマゾネスとして、地下数学コロシアムに旋風を巻き起こそうじゃないか」

「なに? おい、ちょっと待てよ。アマゾネスってなんだよ」

「君ならきっと行ける。僕がたどり着けなかった境地に」

ガッと、小紗院先生が俺の手を掴んだ。
ずいっと顔を寄せてくる。
小紗院先生の前髪が乱れ、髪で隠れていた額の十字傷が露になる。

「ちょ、ちょい、落ち着けって」

「これもめぐり逢いだ。カオス理論、いやバタフライ・エフェクトだよ。子供の頃の盗まれた給食費、ほどけなかった海パンの紐……、そういったあらゆる事は、僕らが巡り合う為の原因、初期値鋭敏性だったんだ。それが今実を結んだ。いいかい、僕らは」

「やかましい!」

思わず、頭突きをかましてしまった。
衝撃に仰け反る小紗院先生。

構うものか。

俺は机に飛び乗り、小紗院先生に指を突き付けた。

「おう、先公。ツバつけた気になってんじゃあねえぞ。いいかい、無州倉ロリカの成績アップはあんたのお陰なんかじゃない。勘違いするんじゃないぜ。あんたの授業は毒にはなっても薬にゃならないんだよ。分かったか? 分かったら出過ぎた真似するんじゃないよ!」

机から飛び降りる。

「じゃ、帰るぜ」

「ま、待ってくれ!」

後ろから、手を掴まれた。
まったく、この野郎は。
口で言っても分からないなら……。

「え?」

振り向くと、血に塗れた小紗院先生の顔があった。
俺の頭突きで、額の古傷が開いたのか。
だが、俺が驚いたのはそこではない。
そんな事は気にならない。

血だらけの顔の、その頬に、熱い赤みが差していた。
瞳は涙で輝いていた。

「僕では力不足だと言うなら、それは認めるよ。僕も努力する。君に見合うだけの教師になってみせる。だから、僕とともに、真理の星を目指してくれないか。手が届かなくても、君と歩き出せば、きっと」

窓の外は夕焼けになっていた。
カーテンが揺れる。
反対側の壁に、俺達二人のシルエットが映っていた。
二人の影は、手を繋いでいた。

「星、ねえ。へえ。学者なんてみんな冷たい皮肉屋だと思ったのに」

「少なくとも数学屋はリアリストでロマンチストさ。おまけに狂信者。でなきゃ未知の領域に挑み続けるなんて出来ないよ」

「情熱家なのは認めるよ」

俺は、掴まれた手をちらと見下ろした。

それに気付いたのか、小紗院先生は慌てて手を離す。

「だがな、あんたの目指す境地がどこか知らんが、しょせんは負け犬の領分から見える星だろ。低い位置から見上げる星なんざ、高が知れてるのさ。無州倉ロリカって女は、そんな所でグズグズしてるタマじゃないんだよ。遠くまで行くのさ。あんたの知らん場所まで」

小紗院先生に背を向ける。

「授業にゃ出てやる。特別扱いなんかしなくていいぜ。だから、あんたもせいぜい気張んな。てことで、明日もよろしくな、先生」

「無州倉君……!」

俺は背を向けたまま、手を振った。

顔の半分が夕日に眩しかった。
赤い光線がホログラムの「皮」を貫通していく。
壁に映っている影は「ロリカ」ではない。
ちんちくりんなデラムクの姿だ。

当たり前だ。
俺はあんな娘じゃないからな。
俺も、この先生も、いずれ皆、ロリカに置いてきぼりを食うのさ。

■chapter5

翌日。

戦闘服のオーバーホールを終えた俺は、伸びをして、一眠りしようと横になった。

そこへロリカが血相変えて帰ってきた。
手には「数学上の未解決問題」という本を抱えて。

「こんなの渡されちゃったよ~! 何書いてあるのか意味不明だよ~~!? ファル君昨日何したのー!?」

泣きながら訴えてくる。

俺は、ロリカの突き出した問題集を寝転んだまま受け取り、開いて、顔の上に乗せた。
こいつはよく眠れそうだ。


おしまい

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