見出し画像

「コロニー落とし」(2005)

こちらは『トンデロリカ』第三話の元になった短編小説です。
ファイルの更新日時は2005年になってますけど、多分もっと前に書いた気がします。

まさかこれが『トンデロリカ』の一要素として組み込まれるとはビックリです。
さすがアレ墨さん、目の付け所が違うぜぇ。

それではお楽しみください。
どうぞ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


『コロニー落とし』

 俺はこの年になっても親から自立したいとか自分の道を歩みたいとか思ったりはしない。この年ってのは、先月で十七になった青い春の季節のこと。
 で、今日も五限が終わって教師が出てって、部活に行くとか映画に行くとかで色めき立つ奴らの中で、スローな動きで席を立って。対向者と肩をぶつけながら廊下を進んで。そうして、階段の踊り場で腕を掴まれた。三瓶だった。
「よ。どうせ暇だろ? ゴリアテが屋上でやるって。行こうぜ」
「まあ暇だけど。相手は誰なのよ」
「一年の女みたいな餓鬼」
「ふーん」

 三瓶の細い足を見ながら階段を上る。彼の靴はパカパカと鳴る。シックな革靴なのに、足音はパカパカ。バカみたいだ。足首も細い。ソックスは水色。スラックスは黒で。センス良いね。
 障壁みたいに重い扉を、肩で押し開ける。湿気の無い風が、ぶわわっと押し寄せる。気持ち良いね。
「始めてる?」と、三瓶。
「いや」と、短く、ゴリアテ。でかぶつ。二メートル。
「もしかして待ってたとか?」
「いや、別に」
 俺はこういう事に興味は無いんで、扉に寄りかかって、二人の獲物を見るともなしに見た。小さい奴。そそり立つゴリアテの前で、縮こまってる。たしかに、女みたいな顔。心底脅えている。気の毒。胸に何か抱いている。安全ヘルメット? 可哀想な奴。
「おい、立てよ」と、ゴリアテ。
「え、立ってます」と、小僧。
「じゃあ座れよ」ゴリアテ。
「寝ろよ」三瓶。
 小僧が俺を見た。黒目の大きい顔。俺は怯んだ。そういう目が苦手なのだ。
 目の小さい奴とか、三白眼なんかは、魚の顔みたいなものとして接することが出来る。格下というか、どうせ大した事を考えてないだろう、と高をくくって接せられる。視線もすぐ追える。どこを見てるか分かる。
 だが、黒目がちの奴は、逆にどこを見ているのか分からない。見つめられると、俺のいったいどこを見ているのか、分からない。どのくらい深く見られているのか分からない。
 で、俺は小僧から目をそらしたのだよ。意味無くポケットを探ってみたりして。あいにくガムの包み紙ぐらいしか入っていなかった。

「うへへへ! お前も笑え!」
 顔を上げると、三瓶が奇声を上げて、小僧をくすぐりにかかっていた。小僧は前髪を揺らして抵抗していた。ゴリアテが、おもむろにジャケットを脱いだ。タンクトップ。肩が盛り上がっている。何のための筋肉なのさ。
「お前も来いよ!」
 三瓶が妙に親しそうに目配せした。目が海の色に光っている。俺は誘われるまま。ひび割れた革のつま先が、のろのろと進む。断る理由もないし、断るのも面倒だし。
 俺が二歩も進む前に、ゴリアテの内燃機関に火が入り、肉じゅばんが獲物に跳躍していた。
「ひっ」
 もちろん小僧の悲鳴。俺の足がとまった。動けなかった。
 ゴリアテの、猛禽類の足のような指が(変なたとえだね)、小僧のワイシャツの襟にかかった。〇.五秒で胸が露にされていた。たぶん、痩せてて、白くて、毛の無い胸。
「うひょー」
 三瓶の間抜けな歓声に乗って、プラスチックのボタンが飛んでいた。俺はそれを目で追った。ボタンは回転しながら飛び、二回転に一度ずつ、光を反射した。緩やかな弧。屋上のフェンスを越えた。落ちてゆく。俺は口を開けて見ていた。小僧の悲鳴。俺はフェンスまで駆け寄った。ボタンは自転車置き場の屋根に向かって落ち、途中で分からなくなった。小僧のすすり泣き。
 俺はしばらくボタンの行方を確かめようと目を凝らしていたが、ついに諦めた。意味のないことだし。そうして顔を上げて、ついでに空を、見るともなく見て、雲が早いなあ、なんて思って、その流れ星に気付いたのだ。流れ星ではなかったのだけど、流れ星に見えたんだよな。
 それは赤い隕石みたいで、まだほんの点に過ぎないのだけど、見つめていると確かに少しずつ大きくなっているような気がした。

「おい、隕石だぞ!」
 俺は叫んだ。背後からの答えはもちろん、蒸気機関の排気音と、うめき声。
 突然、屋上に設置してあるスピーカーがけたたましくハウリングを起こした。俺は驚いて耳を塞いだ。
「「緊急連絡! 緊急連絡! 構内に残っている学徒は速やかに校舎内に入り、教師の指示を待つこと! 繰り返す。構内に残っている学徒は……」」
「おい、聴いたかよ!」
 俺の声に、ゴリアテと三瓶も顔を見合す。ゴリアテの筋肉は湯気を上げている。小僧だけがコンクリートに顔を伏せていた。無理もない。
「きっとあの隕石のことだね。非難勧告だろうな」
 空を仰いだ。赤い点は、予想以上に大きくなっていた。
「あれ、隕石か?」
 三瓶が手を額にやる。
「あれってもしかして……」
「「緊急連絡! 緊急連絡! 外に出ている学徒は速やかに体育館地下二階に非難! この地域は、コロニー落下の衝撃波波及範囲に含まれています! 速やかに体育館地下二階に非難! 緊急連絡! 緊急連絡!」」
 三人、同じタイミングで息を呑んだ。きっと。
「コロニー落としだって」
「やられたな……金星人め……」
 ゴリアテと三瓶が呆然と呟いた。俺も釣られて呆然とした。空を仰ぐ。接近体は、大きかった。スペースコロニーだ。中の移民者はどうなってるんだろう。
「あ、ミサイルかな」
 白い線が幾筋もコロニーに吸い込まれていた。吸い込まれるだけのようだった。
「体育館の地下二階だってさ」
 視線を落とすと、体育館の周りはパニックに陥っていた。半数以上が学徒ではない。近所の民間人だね。
「阿呆か。そんなんで助かったらコロニーなんて落とすか」
 三瓶がフェンスに指を引っ掛けて、軋ませた。嫌な音。

「寒いな」
 ゴリアテが肩を抱いている。むき出しの、汗で光る筋肉を。萎縮してもなお、俺の四倍は質量を感じる筋肉。お前は助かるんじゃないかな?
 そうして、きっととてつもなく貴重なはずの時間を、意味のない事を言ったり考えたりして消費した。地上は相変わらずパニックだし、スピーカーも相変わらずがなっていた。何も耳には入らなかったけど。
 だけれど彼の声だけは、鮮明に、俺の鼓膜を打った。撃った。
〈〈聞いてくれ! 諸君!〉〉
 脳の中に突然他人の声が響いて、俺はもう本当に驚いた。こんなに驚いたのは生まれてこの方、あったかなあ。
〈〈私はキャプテン・モイスチャー!〉〉
 脳の中の声はそう名乗り、俺は驚愕しながらも、ああ、なら仕方ないなあ、とすべてを受け入れる覚悟をした。
〈〈今、この地球は究極のピンチに陥っている! 金星人の超攻撃弾が発射されたのだ! それを阻止するために、諸君の力を貸してくれ! ほんの少しでいい! 私とともに戦ってくれ!〉〉
 俺は目を見開き、口をぱくぱくさせながら、二人を見た。二人とも目を剥き出し、顎を震わせて俺を見て、うなづいた。キャプテン・モイスチャーの声は彼らにも届いていたのだ。
〈〈諸君! 頼むぞー!!〉〉
 キャプテンの声と存在感は、唐突に頭の中から消えた。俺は思わずへたり込んだ。全身汗だくになっていた。
「キャ、キャプテン・モイスチャーが、俺に……」
 三瓶の顔は狂喜にどろどろになっていた。キャプテン・モイスチャーといえば、その存在が国連にも認知されている唯一の超人だ。新聞の社会面の一コマ漫画でしか見たことはないけど、超法規的なガーディアンだって事はマンドリルでも知っている。そのヒーローにお願いされるなんて。

「キャプテーン! 俺の力を使ってくれー!」
 突然、三瓶が両手を天に突き上げた。
「キャプテーン! うおおー!」
 ゴリアテもそれに習う。
 それを合図に、地上でも雄叫びがちらほらと上がり、それが波及し、地鳴りのような大音響となった。俺は思わずフェンス越しに見下ろした。誰も逃げようとしていなかった。突き上げた拳が、全弾一斉発射を待つマイクロミサイル群に見えた。
「キャプテーン! キャプテーン!!」
 三瓶の体から、何やらきらっきらしたものが、漂い出した。ゴリアテの体からも。そのきらっきらしたものは、振り上げた拳の先、巨大な目のように見えてきたコロニーに向かって上っていった。気がつけば、街のいたるところから、きらっきらしたものが昇ってゆく。微細で頼りないきらっきら。空気の抵抗をかき分けながら懸命に昇るきらっきら。決して一直線には進めない。だが一所懸命に昇ってゆく。まるで生まれたてのシーモンキーの群のようなきらっきら。
「キャプテーン! 俺達がついてるぞー!」
 三瓶とゴリアテの体からとめどない量のきらっきらが立ち上っている。蒸気のようだ。
〈〈みんな……あ・り・が・と・うぉう!!〉〉
 キャプテン・モイスチャーの声が再び響き渡った。脳内に。
「ああ、キャプテンだ!」
 三瓶の視線の先、コロニーの手前に、昇り集い、凝ったきらっきらが、人のかたちをとりはじめた。輪郭は曖昧だが、その力強さ、男臭さ、筋肉、長い髪、長いひげ、上半身はだか、腰みのひとつ、冠、の姿は見まごうはずがない。光の巨人。キャプテン・モイスチャー! その姿は太古の神話に語られる神そのものだ。

〈〈うおおおおおおおおお!〉〉
 恐ろしく頼もしい雄叫びが、俺の中身をかき回す。
 空では光の巨人が落下するコロニーを受け止めていた。信じられない光景だよ。でも、いくら巨人とはいっても、コロニーとの体積の差は五十倍ぐらいあるだろう、よく分からんが。体一つで列車を止めるぐらいの無茶っぷりだ。事実、コロニーの落下は止まらず、それに押しつぶされるかのように、キャプテンを構成するきらっきらが、端の方から千切れ飛んでいる。
「キャプテン頑張れー!」
 絶叫する三瓶は、皺だらけの猿のような顔になっていた。隣でうなり声を上げているゴリアテは、ガリガリになっていた。
〈〈ぬぬぬうーん!!〉〉
 キャプテンに注がれるきらっきらは密度を増し、光の巨人は持ち直した。天空で踏ん張っている巨人の太ももが、ふくらはぎが、ぱっつんぱっつんに張っているのが分かる。今、巨人はコロニーを押し留めている!

「うおあああ!」
 己を省みず全開にしている二人の横で、俺はというと未だ両手ぶらりのままだった。タイミングを外していたのだ。気恥ずかしかったし、胡散臭かったし、危機感というか、危機的状況に現実感が無かったし、そもそも生きている毎日に現実感なんて無かったし。でも、まあ、皆やってるわけだし、俺も力を貸そうかな。後から裏切り者呼ばわりとかされちゃかなわんし。
 俺は手首を上げながら、ちらともう一人、ゴリアテと三瓶の間に見えるもう一人を見た。小僧。もうすすり泣いていなかった。顔を伏せてもいなかった。見ていた。コロニーでもキャプテンでもない、この俺を見つめていた。俺は寒気がした。黒目がちの、ビーダマのような目。俺を見ている。俺のどこを見てんだよ! 気持ち悪いよ。何が知りたいんだよ。話すから、見ないで。
〈〈力が……! あと〇.二バトリャスキーだけ力が足りない! 誰か!〉〉
 キャプテン・モイスチャーの泣きが入った。
「きゃ、きゃぷてへ~ん。がんばれ~」
 枯れ木のようになった三瓶が、体を震わせる。ゴリアテの、とっくに髪が抜け落ちている頭には、頭蓋骨の継ぎ目がうっすらと透けて見えた。
〈〈誰か! 力を貸してくれー!!〉〉
 光の巨人はコロニーに押されて、ずるずると落下していった。そんな中で、俺と小僧は見詰め合っていた。俺はすでに体がすくんで、目を逸らせなくなっていた。容赦ない視線が俺を嬲る。怖かった。人形に見つめられているようで。
 そうなのだ、人形に見られているようで怖かったのだ。ああ、そっか、今、分かった。人形って生きていないくせに、時に妙に生命を感じたりして不気味になるじゃん? 動いたような気がしたり、表情が変わったような気がしたり。こっちを見ているような気がしたり。見てるはずないんだよ。そう思い込みたいのに、なんだか怖いんだよ。フィギュアはいいよ。顔と目が一体成型で、目は描いてあるだけなのは。怖いのは、あれだよ、眼窩をくり貫いて目玉をはめ込んであるタイプ! あれが怖いんだよ! あれは勘弁してもらいたい。親戚のおばちゃんとかも、海外旅行のお土産とかで突然プレゼントしてくれないでほしい。
                      おしまい

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

お疲れ様でした。

そして、『トンデロリカ』第三話の幻のネームの一ページがこちらです。
これからアレ墨さんが考えに考えて、第三話の完成形となったのでした。

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?