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坂口智隆の無事を祈る

3月29日公示。坂口智隆、登録抹消。

3月28日日曜日の対阪神戦。4回の攻撃、阪神の先発・ガンケルの3球目が自打球となった。右膝の下あたりを直撃し、坂口はうずくまる。トレーナーがベンチから飛び出してきた。スピーカーから流れていたチャンステーマ「ルパン」が止まる。

静寂に包まれる、明治神宮野球場。1万人もの人が集まっていると思えない。その場にいる全員が、固唾をのんで見守っていた。
坂口はベンチに下がらない。しばらくしてから、そのままバッターボックスに立った。自然と拍手が沸き起こり、再び「ルパン」が流れる。

そこから坂口は粘った。ファウル、ファウル、また、ファウル。ガンケルの球を打ち続ける。しかし、坂口はバットを振った遠心力に耐えられない。打席を外した足取りがおぼつかない。途中、右腿を叩くしぐさも見られた。明らかに、痛みに耐えている。

10球目、またも自打球。右足内側のスパイクに当てた。ベンチから飛び出したトレーナーを、手で制する。
12球目、セカンドゴロで3アウトチェンジとなった。1塁まで走った坂口は、被っていたヘルメットを振り下ろし、うつむいてベンチに戻ってきた。

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1年越しに執り行われた、野村克也追悼試合だった。両チームの選手全員が、ヤクルトスワローズ監督時代の背番号「73」をつけて臨んだ、メモリアルゲームだった。
ヤクルトは開幕カード2連敗。今日も2点先制されている。坂口自身もこの連敗でヒットは出ていない。
2アウトながらもランナー1・3塁のチャンスだった。3塁にいる青木を帰したい、大切な場面だった。

痛みに耐えた根性と、12球の粘りに、意地を感じる。しかしもし、坂口がここでヒットを打ったとして、あの足では走ることなどできなかった。
それでも坂口は、手当てで下がることすらしなかった。

その後、塩見泰隆が交代で守備に就き、坂口は2打数無安打でこの日を終えた。試合も、2対8で敗北。開幕カード3連敗。まだ勝利を見ていない。

そして今日、登録抹消された。球団からは、その理由を明かされていない。
同じだ。2019年3月31日、同じく開幕カード3戦目の阪神戦で、死球を浴び登録抹消された時も、左手親指を骨折した事実が発表されたのは2日後のことだった。

情報を明かさないのは、球団の意志なのか、坂口の意志なのか。坂口はリハビリ中、何も語らなかった。ファンは、戸田にいる坂口をただ見つめていただけだった。ヤクルトは、坂口がいないうちに大型連敗を喫し、最下位に沈んだ。

坂口にしか分からない思いがある。苦悶の表情を浮かべる坂口に、私は何もできなかった。
今はただ、2年前SNSにあふれた「#坂口智隆の無事を祈る」を、またつぶやきながら、戻ってくる日を待つだけだ。

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