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坂口智隆の居場所はどこだ ●B×S○日本シリーズ2021第2戦

私は、オリックスの坂口を知らなかった。

2015年。ヤクルトが14年ぶりに優勝したその年のオフに、坂口はやって来た。
「ヤクルトの爽やかなイメージに合わせてきた」と、金髪を黒髪に戻し、髭を剃ってきたそうだ。
金髪&髭面の坂口を知らない私からしてみたら、「……水道橋と間違ってるんじゃないのかしら?」という感想だった。ヤクルトで、身だしなみの規制など聞いたことがないからだ。

しかし、坂口の言うとおり、ヤクルトには「爽やかなイメージ」はあると思う。人物はさておき(失礼)、私は子どものころから、清涼感のある赤いピンストライプのユニフォームが大好きだった。
金髪でも髭でも、それすら清々しく見えるユニフォームを着るのだから、自由にすればいいのに。しかし坂口は「けじめだから」と、自分を変えてきたのだった。

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2017年夏、GAORAを通じて出会った北海道日本ハムファイターズの情報収集のため、私はファイターズの動画を検索しまくっていた。ファイターズどころかパ・リーグの試合を見てこなかった私にとって、あらゆる情報のすべてが新鮮だった。
そのうち、関連動画として上がってくるパ・リーグ他球団のザッピングに移行していった。これがまた面白い。ファイターズからどんどん逸脱していく中、ある動画にたどり着く。

2014年、福岡ソフトバンクホークスの優勝の瞬間を収めた動画だ。

1位・ソフトバンクと2位・オリックスの、勝率1厘差で迎えた直接対決は、松田宣浩のサヨナラタイムリーでソフトバンクが優勝を決めるという劇的な幕切れとなった。舞台は、福岡 ヤフオク!ドーム。全周ソフトバンクファンで埋め尽くされたスタンドの歓声がうねりとなり、球場を包む。

歓喜の涙と笑顔で抱き合う、ソフトバンクの選手たち。しかしカメラは次の瞬間、泣き崩れ、チームメイトに両脇を支えられながらベンチに戻るオリックス・伊藤光を捉えた。

歓喜のソフトバンクと、涙のオリックスが交互に映る。ベンチで茫然としたまま微動だにしない糸井嘉男。タオルに顔をうずめて泣く安達了一とTー岡田。まさに「明と暗」。ネガポジが連続する、凄まじい現場だった。

パ・リーグで起きたこんな大きな“事件”を、私は知らなかった。野球ファン失格だ。自分に呆れながら、何度もその動画を再生すると、その画角にいるある人物に気づく。

あ。ぐっちだ。

そこには、安達の袖を引っ張り、ベンチに戻る坂口が一瞬映り込んでいた。

オリックスのビジターユニは、今とは違うグレーの上下だ。今では見ないオールドスタイルは、俊足の坂口によく似合っている。足が細く肩幅の広いスタイルの良さは、今も昔も変わらない。

坂口は、ヤクルトに来る前、こんな壮絶な経験をしていたのか。
急いで坂口の経歴を確認する。2002年高校生ドラフト1位で、大阪近鉄バファローズに入団。2004年の球界再編問題で近鉄球団が消滅し、オリックス・バファローズ所属となる。2011年、最多安打のタイトル獲得。2012年、ヤクルトでもチームメイトとなった大引啓次の北海道日本ハムへの移籍に伴い、選手会長を引き継ぐ。

2014年、目の前で優勝を逃したその年、取得した国内FA権を行使せず、オリックスに残留。その翌年、退団。新天地・ヤクルトに移籍。

大阪近鉄バファローズの最後の優勝は、2001年。オリックス・バファローズ時代には優勝なし。ヤクルトが優勝したその年のオフに入団。

優勝経験、なし。

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ヤクルトファンとして、ヤクルトを優勝させたい思いは常にある。しかし、あの“涙のオリックス”を見て以来、そこに「坂口智隆を優勝させる」という命題が加わった。

しかし、優勝に手が届くところまできた今シーズン、坂口は神宮にいなかった。3月28日対阪神戦で自打球を当て、登録抹消。以後、登録と抹消を繰り返し、スタメンに名を連ねることも少なくなっていた。

このまま優勝したとして、坂口はその優勝をよろこべるのだろうか。

もちろん、監督・高津臣吾の一枚岩のチームスワローズに、坂口も入っている。戸田にいる時間も、坂口にしかできない仕事を任されていたはずだ。
しかし、バッティングが大好きで、足が速く、ファーストと外野を守れるユーティリティープレーヤーが、代打や守備固めの役割のまま迎えるであろう優勝に“居場所”を感じることができるのか。そんな不安が私にはあった。

だから、登録抹消のまま、10月26日の横浜スタジアムで優勝を分かち合う輪の中にいる坂口をファインダー越しに確認した私は、少し驚き、ほっとしたのだった。

◇◆◇

11月20日から始まった、日本シリーズの出場資格者名簿40人に入った坂口は、第2戦の今日、先発メンバーとして出場した。

オリックスのスタジアムDJが、1回裏、守備に就くヤクルトのメンバーを紹介する。

「ライトフィールダー、坂口智隆!」

そのアナウンスは、オリックスの選手を呼ぶ声と同じ高さで、熱がこもっていた。
そして、京セラドーム一周の、拍手。

最多安打、選手会長、FA残留。そんな、オリックスの核となる坂口を、6年前に手放すことになってしまったオリックスファンが、坂口の日本シリーズ出場を祝福していた。
オリックスと、ヤクルト。2球団を知り、2014年の優勝を逃したあの苦しみを知る坂口が、日本シリーズの舞台にいるということに、ただ感銘の拍手を送っていたのだ。

坂口はライトの守備位置につきキャッチボールを始める時、帽子を取った。敵味方関係なく、坂口を応援したい人に対する、感謝を込めたあいさつだった。

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6回、オリックス先発・宮城大弥からレフト前ヒットを放った、坂口。日本シリーズ初安打だった。
優勝に貢献したとは言えない坂口が、優勝を心からよろこべる、そんなヒットになればいい。

この日本シリーズが、坂口の居場所となりますように。そうなれば、この優勝も坂口智隆の居場所になる。そう信じている。

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