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山田哲人が村上宗隆をそばに置く理由

山田哲人が2021年、東京ヤクルトスワローズのキャプテンになり、今まで見たことのない神宮の風景を楽しんでいる。

『山田哲人×キャプテン』という組み合わせは、とてもうまくいっている。日に日に加速を増す山田哲人のキャプテンシーに、私はいつも神宮でじんとしびれている。まさに昨日より今日、今日より明日と、キャプテン山田哲人が大きくなっていくのだ。

東京オリンピック日本代表に選ばれた山田と村上のふたりは、いつも一緒にいた。「たくさんの先輩とお話ししたい」村上に、山田は侍ジャパンのチームメイトを引き合わせた。
村上は、広島・鈴木誠也にバッティングのことを聞きにホテルの部屋を訪れるまでに距離を縮めることができ、以降、鈴木とにこやかに話す村上の写真もたくさん報道された。
チーム最年少の村上のために一肌脱ぐ。そんなキャプテンシーも、神宮のキャプテン山田哲人にとっては、もはや“通常運転”だった。

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昨年、この山田・村上のツーショットを見ただろうか。村上は、青木組だった。青木は、村上を見て「自分が育てたい」と、毎年1月ロサンゼルスで行う自主トレに村上を帯同させてる。村上宗隆は、青木宣親のものだった。

山田もまた、村上だけでなく、他の選手に自ら歩み寄る姿勢を見せてはいなかった。山田の周りにいるのは、2018年オフにトレード移籍した北海道日本ハムファイターズの谷内亮太や、山田とともに2015年優勝の立役者となった川端慎吾など、今まで慣れ親しんできた年上の選手が多かった。

そんな山田が「青木さんの背中を見て、キャプテンになりたいと思うようになった」と、自らキャプテン就任を志願した。そして、いつの間にか多くなってきた自分より年下の選手に目配りをし、ひとりひとりとコミュニケーションを取っている。

8月17日火曜日。昨年中止となった愛媛・松山坊っちゃんスタジアムの対讀賣戦は、13対3の大差で快勝した。ヒーローは、ホームランを打ったふたり。27号の村上宗隆と、26号の山田哲人だった。

先に村上がヒーローインタビューを受ける。声のトーンが、何となく低い。落ち着いた話しぶりというより、落ち込んでいるようにも思える。オリンピックの疲れが溜まっているのだろうか。表情も冴えないように映る。

この日、相手チームの讀賣・岡本和真が29号ホームランを放っていた。ホームランダービーの先頭を走る岡本。大敗の中にも希望あるホームランだった。
村上宗隆は、たった2本差で後ろに付けている。しかし、シーズン中断前からバッティングに悩んでいた。そしてその悩みを抱えたまま、侍ジャパンに合流していた。
オリンピック予選でも、結果が出ずに焦っていた。普段は打たない8番という打順にも慣れなければならなかった。

それでも、絶対に負けられない決勝戦で先制ホームランを打ち、日本に金メダルをもたらしたのは村上だ。あの一打で吹っ切れていてもおかしくないと思っていたが、まだ自身のバッティングを取り戻せていないということだろうか。

村上のあと、ヒーローインタビューは山田にバトンタッチした。山田が話し始める。

2年ぶりに、坊っちゃんスタジアムに響く山田哲人の声は力強く、生気がみなぎっていた。
オリンピアンとしての記者会見やテレビ出演で、哲人の声は途切れることなく聞いていたはずが、急に懐かしさがこみあげ、胸がいっぱいになった。
松山は、秋季キャンプを張る、ヤクルトと燕(縁)がある場所だ。山田の自主トレ先でもある。思わず、「おかえり」と声をかけたくなるような郷愁だった。

ヒーローインタビューが終わり、お立ち台を降りた山田は、村上とともに「勝利の関東一本締め」のため、ライトスタンドへ向かう。
そのとき山田は、村上の背中に手を置き、何かを語りかけながら歩き始めた。

ずっと見てきた山田哲人のキャプテンシーを、これからもこうして、私はたくさん目撃するのだろうか。
そして、今年急に見せてきた、この金メダリストのツーショットを、これからも見守り続けるのだろうか。

しかし、どうして?

なぜ山田哲人は、村上宗隆といつも一緒にいるのだろうか。

もちろん、野球をするうえで必要だからいるのだろう。ヤクルトの野球をけん引するふたり。守備ではセカンドとサード。打順も3番山田・4番村上と続く。普段からコミュニケーションを取ることは、野球のプレーにも好影響を与えるだろう。

しかし同時に、ふたりはライバルでもある。ライバルという言葉には、お互いいがみ合い、口もきかないというマイナスイメージがある。
野球界のことは何も分からないが、そんなライバル関係にありながら、山田はいつも村上のそばにいて、村上もまた、山田と積極的に会話している。

清々しいのはほほえましいが、いったいどんな心境なのだろう。

山田は、村上と話していて、「村上の目が、若いころの自分のようにギラギラしている」と言っている。それが刺激になって、「自分も負けられない」と自身を鼓舞している。

私は、山田哲人がもっと若いころ、そんなにギラギラした目をしていた印象はまったくない。(申し訳ない、てっちゃん。)
村上宗隆の目がギラギラしているかと問われれば、それも分からない。(ごめんね、むねちゃん。)

ふたりとも、若さを存分に発揮し、奔放に野球をしているように見える。
しかし、勝負の世界に身を置いているふたりには、「野球という専門性を極める」という課題と常に向き合い、努力しつづける厳しさが求められる。ただセンスだけで進んでいけるわけではないのだ。

そんな中、「負けるもんか」「負けてたまるか」と切磋琢磨する、山田哲人と村上宗隆。山田にとって村上宗隆という存在が、勝負師として必要な刺激なのであれば、そばに置いておかない理由はない。

あの日、ヤクルトを包み込む坊っちゃんスタジアムで、山田哲人はいつもどおり、村上宗隆に寄り添い、励ましていた。
励ます?いや、とんでもない。村上宗隆は、山田哲人に火をつけている。山田はその火を消さず、闘志を燃やしている。

だから神宮は、熱い。9月に入り、急に気温が下がった今なら、打ってつけの熱さだ。

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