呪田屋事件

著作:亜未田久志

京都某所の旅館の前。
近藤「ここが例の坂本龍馬がいるっていう旅館か」

沖田「ええ、そうみたいです。しかし二人だけで良かったんですか? いくら相手が一人といえど、坂本は妙な術を使うって噂ですよ」

近藤「そんな眉唾物の噂信じるな。さあ踏み込むぞ」

 旅館の戸を開ける近藤。

近藤「御用改めである! 坂本龍馬を差し出せ!」

 旅館の店員が悲鳴を上げる。
 そして、無言で震えながら階段の上を指さす店員。

近藤「上か、協力感謝する」

 階段を駆け上がる二人。
 二階の部屋の戸を勢いよく開ける近藤。

近藤「坂本龍馬! 御用改めである! 大人しくお縄につけ!」

坂本「おお。怖やか。怖やか。そんなに血気立つ事ないんじゃないが?」

近藤「何を言う、討幕派の一派が!」

坂本「同じ国を思う同士じゃないが。ここは話し合いといかんぜよ?」

沖田「問答無用!」

 刀を抜く沖田。

近藤「沖田! 先走るな!」

沖田「止めないで下さい! 近藤さん!」

 斬りかかる沖田。
坂本「おっと、噂の天才剣士さんか、こういうのはどうが?」

 呪文を唱える坂本。

沖田「カハッ! 何をした坂本!」

 喀血する沖田。

坂本「呪術って知っちょうか? これは呪詛って言ってなぁ。まっこと便利なものよ」

近藤「怪しい技に手を出して! 何が国を思う者同士だ!」

坂本「これは由緒正しき技ぜよ。そこまで否定される筋合いはないで」

沖田「こんぐらい平気です近藤さん……早くコイツを打ちましょう」

近藤「仕方ない」

 抜刀する近藤。

坂本「まっこと怖き事ぞね。これならどうや? ――オンキリキリソワカ」

近藤「身体が動かん!?」

坂本「密教の真言さね。悪しきを祓うき」

沖田「うおおおお!」

 沖田が口の端から血を流しながら坂本へ斬りかかる。

坂本「おっと。危ないぜよ」

 さっと躱し銃を構える坂本。

坂本「やっぱり呪術より、こっちのが分かりやすいのかのお。しっかし呪術のが恐ろしいと思うんじゃが」

沖田「うるせぇよ。呪詛だろうが、銃だろうが、俺は刀を振るうだけだ!」

坂本「血気盛んじゃのお。そろそろ病でくたばらんか?」

近藤「うおおお!」

 近藤が金縛りを自力で打ち破る。

坂本「なんじゃと!?」

近藤「誠の旗に誓った俺らの心意気を舐めるんじゃねぇ!」

沖田「行きましょう! 近藤さん!」

近藤「応よ! 沖田は銃を斬り落とせ! 俺は坂本の口を塞ぐ!」

 斬撃の音と発砲音が同時に響く。

坂本「相打ちか……」

近藤「俺らの勝ちだ坂本」

 坂本に刺さる刀。
 確かに手応えはあった。
 しかし近藤の腹から硝煙が上がっている。

沖田「近藤さん!」

近藤「心配いらねぇ。かすり傷だ」

 そこで坂本が不適に笑う。

坂本「九字護身法って知っちょうか? 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前って奴じゃ」

沖田「まさか今の一瞬で、それを唱えたって言うのか!?」

坂本「さてさて。お遊びもそろそろ終わりにしちょうか」

 坂本の姿が掻き消えて行く。

沖田「逃げる気か!?」

坂本「隠形術(おんぎょうじゅつ)。立派な呪術の一つじゃけぇ。恨んでな? まだおたくらとは決着を付ける時ではないと思ったぜよ」

近藤「何……?」

坂本「もう少しこの幕府の終わりを楽しもうや、なあ幕府の犬」

近藤「テメェ!」

 近藤が刀を振り投げた。
 それは虚空を抜けて壁に刺さった。

坂本「じゃあ生きてたらまた会おうや。新選組」

 そうして坂本は消えた。

沖田「逃がしましたね……大丈夫ですか近藤さん?」

近藤「……なあ沖田、俺らも呪術を覚えるべきだと思うか?」

沖田「何言うんです近藤さん! 俺らは刀振るってなんぼでしょ!」

近藤「悪い、血迷った。次こそは逃がさんぞ、坂本龍馬」

沖田「はい! その調子ですよ近藤さん!」

 人を呪わば穴二つ。呪詛は伝播する。
 近藤が呪術に手を出すが、それはまた別のお話。

・・・・・・

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