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続く静寂の日々:火葬のつらさと意味するもの

 Moon(Mini Rex)を15時の予約で病院へ連れて行ったのが先週の金曜日、もう一週間が過ぎたにも拘わらずあの日に気持ちが立ち止まったままの私には流れた時間に実感がない。
 検査の結果、悪性腫瘍或いは胸腺腫の数値が疑わしく希望の灯が悲しいくらい頼りなげだった夕方の診察室を今も鮮明に思い出せる。
 既に呼吸が苦しかった君を家へ連れ帰っても辛くさせるだけと引き裂かれる思いでそのまま入院を択んだ。様態が落ち着いたならステロイドで腫瘍を小さく出来ます、その先生の言葉だけが頼りで私たちは自宅に戻ったが君は深夜に私が触れることもできない離れた場所で息を引き取ってしまった。

 土曜日、午後診療の前に君を迎えに行く。
 白い小さな箱の中に先生が用意してくださった花束の横で眠っていた。
 「今にも起きそうに眠っている」という表現があるが、君は常にとても浅い眠りだったからそこに眠る君がもう目を覚まさないことに何の説明も不要だった。いつもの「もう待ちくたびれたよ」と大きな伸びをみせてはくれない。

 「ご自身を責めてはいけませんよ」
 「この人は(先生は常にそう表現された)本当に最後まで頑張っていました。」
 「スタッフにも警戒せず接していました」
 「5年の命を短いととってはいけません。しあわせは長さではありません。」
 先生が慰めてくださった言葉を何度もこころで繰り返しながら運転の支障になってはいけない為泣かないよう表面張力ギリギリの感情を保って君を連れて帰る。パートナーが運転を代ろうと云ってはくれたが、君を膝に帰ることの方が辛過ぎて私は運転することを択んだ。

 土曜の夜、家で最後の夜を過ごすが全てがあまりにも唐突過ぎてほんの僅かずれたトレッシングペーパーの文字のように現実に追いつけない感情。
 中々現実を受け止めきれないままに、それでも一晩しか離れていなかった君を愛おしくいつものように撫でる。此処からもうどこにもいかないでという叶わない気持ちでそれでも撫でてしまう。

 日曜日の午後、連絡を入れていた火葬場に君と最後のドライブ。

 火葬の流れは人と変わることはない。
 火葬の最後の扉が閉じるあの非情さも人と何ら変わらない。

 荒療治のような悲しみの中での火葬ではあるが、そうでもしなくては最愛の家族の死を受け入れる現実が厳しいことは確かだ。
 パートナーとMoonの小さな白いお骨を収めながら、その所作一つ一つが死を受け入れることのようにみえた。

 多くの場を踏まれた担当の方が最初に「とても丈夫なお骨で驚きました。」とおっしゃった。
 それは彼がまだ老齢でなかったからなのか、それとも、我が家をお庭からルーフバルコニーまで自由に走り回り良い食事のお陰だったのか。これはいつか直接彼に訊ねる宿題となった。

 
 


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