「いつかの君にもわかること」
原題:Nowhere Special
監督:ウベルト・パゾリーニ
製作国:イタリア・ルーマニア・イギリス
製作年・上映時間:2020年 111min
キャスト:ジェームズ・ノートン、ダニエル・ラモント、アイリーン・オヒギンズ
「余命宣告を受けたシングルファーザーが、自分が亡き後に息子が一緒に暮らす“新しい家族”を探し求める物語だ。監督が実際の記事から着想を得たという本作は、力強く紡がれた父子の絆を通じて、ヴェネチア国際映画祭をはじめ世界中で共感の嵐を巻き起こした」*公式ホームページより
余命宣告を受けた父ジョンの仕事は窓拭き清掃。オープニング彼の手で綺麗なる幾つもの窓は、同時に其処に住む人の生活を垣間見せていく。
ジョンはその作業できれいになっていく窓の向こうに時折自身の生活を重ねてしまうのか悲しそうな表情を見せることがある。
叩くなら容易に割れそうなガラス一枚が向こうとこちらにしあわせと悲しみを無常に隔て、観ていて切ない。言うまでもなく決して彼の仕事が悲しいのではない、余命宣告された彼の人生との比較。
妻は男の子マイケルを残しロシアへ帰国、連絡先も知らされない中でジョンは4歳のマイケルを愛情深く世話をすることを生活の核にし日々を送る。
その生活は実に丁寧で、溢れるばかりの愛情を注ぐ。
終始映像は静かに進行し、感情を煽り立てる音楽も流れない。ただ、ただ、淡々と父と幼い子を見守って話はそれでも彼の決断へと進んでいく。
ジョンの病気については詳細は語られることはないまま、それでも映像の中で少しずつ彼が体の自由を奪われていく様子を映していく。そして、当然ながら4歳の子であるマイケルにもそれは伝わるほど悪化していく。
もし彼にパートナーが傍らにいたならどれほど精神的に救われたことか。
33歳の死も早過ぎる、まして僅か4歳の子を一人にすることになる。
生と死の隣り合った風景をこの父子が描く中で、もう一つ原題もあるように「Nowhere Special」どこも特別ではないことが主題として次第に大きくなっていく。
4歳の子に死というものをどう伝えるのか、彼は悩む。また、父が死を迎えた後のマイケルの生活についても配慮出来る残り時間が少なくなっていく中で決断をしなくてはいけない。
ジョンは試行錯誤しながら様々な形態の養子縁組家族を敢えて択びマイケルと訪問し始める。
子の成長にとってしあわせになるために必要なことは何か。
マイケルにとってしあわせな場所は言うまでもなくパパと一緒の場所。
ジョンが病院で苦しむ場面も臨終といった涙を誘うシーンは一切ない。
彼が置かれた「妻が去った上に4歳の子は父をも失う」という状況はどこにでもある家族というには厳しい。しかし、加えて監督はジョンの経済的厳しさにも触れることもなく、フラットな感覚で彼を特別視せずある家族の一例としてやさしく描いているように映った。あくまでも二人で居る時間が限られた父と子を。子が4歳であってもそこには深い父と子の絆が見える。
マイケルにとって必要な新しい家族の条件は何か。
献身的なソーシャルワーカーのお陰で本来のルールを多少超えて短期間に多めの養子縁組候補と会う中で、同時に観ている側も考えさせられる。
ジョンとマイケルの短いながらもこれまでの二人の生活に実はその答えは出ていた。だからこそ、ジョンの最後に択んだ結果に私は大きく安堵する。
作品鑑賞後、ケン・ローチ監督の「わたしはダニエル・ブレイク」を私も一緒に観た友人も思い出した。
声高には叫ばなくても弱い立場の人への応援を感じる温かさが作品を悲しみだけの低温にはしないのだろう。
★★★★☆
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