見出し画像

大迷惑

紹介状を貰う際に、腎臓担当の医師から言われた事が1個ありまして。

「まずは腎臓内科への紹介状を窓口に出してくださいね。で、腎臓の治療方針が決まってから、先生に他の紹介状渡してください」

なるほど、丸焼けの腎臓でがん治療は難しいのでしょう。そう納得して、朝一番で大学病院の窓口に腎臓内科の紹介状だけを出しました。診察前に採尿採血胸部レントゲンと一通り検査を済ませて、いざ診察で他の紹介状を出したところ、

「初診の受付は11時までだから。今から(正午前)じゃ無理だねえ」

「窓口に紹介状3つとも出してくれてよかったのに(笑)」

嘘つきーーーーー。ばかーーーーー。折角仕事休みの土曜日に1日潰すつもりで来たのにぃぃぃぃぃ。

結局、その日は窓口で他の科の初診予約を取って帰る羽目になったのでした。


腎臓内科の医師によると、私の腎臓はもはや腎不全の末期ステージまで行ってしまった、ということらしいのです。これ以上症状が進めばなんらかの手段を選ぶことになるだろう、と。

この「手段」について、医師からこんな言葉が出ました。

「まだ若いので、早いうちに腎臓移植も考えましょう」

移植!!!

医師が私の家族構成とか聞いていたようでしたが、こっちは思考停止状態です。え、え、え、まじで。移植、いしょく、なんだそれは、なんだっけ、え、え、え。

あとで考えてみると、私は今まで自分が「誰かに臓器を貰わなければ生きていけない存在になる」という想定を、ほんの爪の先ほどもした事がありませんでした。最近は健康保険証にも付いている「臓器提供意思表示欄」を見て提供する側のことを考えたことはあっても、提供される側なんてそれはもう、全く、した事がありません。

そして、生きている誰かから腎臓を1個貰うだなんてこと、どうしても、したくないのです。どうしてもです。

臓器提供された人、した人に対して何か思うところがあるわけでは、全然ありません。しかしそれが自分の身に降りかかった途端、え、え、え、なんでなんでちょっと待ってとなるのです。

そして、なぜ嫌なのかを突き詰めると、つまり、私はずっと誰にも迷惑をかけずにひとりで生きてきたような気でいたのです。というか、なぜかそんな気でいたことをたった今、思い知ったのです。そして、できればこのまま誰にも迷惑をかけず、ひとりで生きていきたいと思っていたのです。

もちろんそんなことあるわけはないのです。家族もいます。友人も少ないながらいます。現在進行形で迷惑はかけまくってると思います。それでも消えないこの「誰にも迷惑をかけたくない」という強迫じみた感覚は、なんなんでしょう。

だって人から腎臓を1個奪うなんて、大迷惑じゃないですか。


幸いにも、腎臓が丸焼けになっている割には、現状それほど体に支障は出ていません。むくみもそれほどではなく体に水が溜まっているようなこともありません。一応仕事もできています。医師も「1ヶ月に1度くらい様子を見てればいいでしょう」とのことで、次の診察はなぜか1ヶ月半も先でした。

どうにかこのまま、今の状態をキープしたいものです。ずっとです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?