過去最大規模! 総額約1兆円の予算が計上されたスタートアップ育成。公表された「スタートアップ支援5か年計画」のここがポイント
岸田内閣は2022年を「スタートアップ創出元年」と定め、議論を続けてきました。
2022年11月24日、その議論の集大成とでもいうべき「スタートアップ育成5か年計画(案)」が公表されました。
5年間でなにを目指すのか、その目標を達成するために国はなにを計画しているのか、いまだ詳細が決まっていない項目はあるものの、具体的に示されています。
公表された25ページ、全49種類の取り組みをまとめた資料から、重要なポイントとなりそうな部分を抜粋して解説します。
企業を巡る日本の現状
スタートアップに関する日本の現状についてまずは見ていきましょう。
世界各国を対象とした研究で、企業の参入率・退出率が高いほど一人あたりの経済成長率が高まることが確認されています。
しかし、世界50か国の18歳から64歳までを対象として行った調査で、中国や欧米と比べ日本では起業を望ましい職業選択と考える割合が低い数値にとどまっています。
あるアンケート調査では、起業家を増やすにはなにが必要かという問いに、「意識・風土・風潮」の改善が必要との回答が多く集まりました。
現在の日本では、起業は危険やリスクを孕んでおり、起業するよりも大企業に勤めたり公務員になったほうが良いと考える風土が根強く醸成されているようにも思われます。
ベンチャーキャピタル投資を見てみても、日本はアメリカより投資件数も投資額も少なく、活動が低調であることが分かります。
シカゴ大学などの経済学者の研究では、ベンチャーキャピタル投資を受けた企業はそうではない企業と比較すると雇用の拡大やイノベーションに積極的になっているとのことです。
ベンチャーキャピタルは成長企業を優位に評価する能力、育てる能力があることが確認されています。
時価総額10億ドル以上の未公開企業である「ユニコーン企業」数も、日本は世界各国と比べて圧倒的に少ない状況です。
2022年7月時点で、アメリカは633社、中国173社を数えるユニコーン企業も、日本はわずか6社。これがかつて世界第2位の経済大国と呼ばれた国の現実です。
このような状況を受けて、岸田政権は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけ、研究・議論を続けてきました。
2022年11月24日、「スタートアップ育成5か年計画」が発表され、数々の施策や目標が定められました。
5年後の2027年度に10兆円規模の投資額を目指す
5か年計画では「大きな目標を掲げて、それに向けて官民で一致協力して取り組んでいくことが必要」とし、「5年後の2027年度に10倍を超える規模(10兆円規模)とする」ことが目標と定められたのは大きな一歩だったかと思います。
5年で10倍というの文言は、これまでもたびたび出てきていましたが、なにを10倍にするのかは明確に語られてはきませんでした。
開業数なのか時価総額なのか、それともまったく別の数字なのか議論を呼びましたが、スタートアップ育成分科会での検討の結果、現在8200億円規模である投資額を、5年後に10兆円規模(約10倍)にすると明確にされました。
また、将来においては、現在6社しかないユニコーンを100社創出、スタートアップも10万社創出することによって、世界有数のスタートアップの集積地になることを目指すと謳われています。
では具体的にどのような施策を行うのでしょうか。
スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
オープンイノベーションの推進
の3本柱です。
それぞれ個別にポイントを見ていきましょう。
第一の柱:スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
第一の柱「スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」では、若手世代を中心とした起業家教育の底上げと、既存の起業家・経営者はもちろん、海外の優秀な人材やベンチャーキャピタルといった起業家周りのネットワーク構築を主題に、多くの施策が定められています
(1)メンターによる支援事業の拡大・横展開
現在、IT分野では、「未踏事業」において、産業界・学界のトップランナーが、メンターとして才能ある人材を発掘し、プロジェクト指導を実施しています。
これまで多くの起業家が生まれている等評価する声も高いこの施策ですが、プロジェクト指導は年間70人という規模にとどまっています。
これを横展開し他事業へと広げるのと同時に対象を広げて、育成規模を年間70人から5年後には年間500人とする目標を掲げています。
(2)海外における起業家育成の拠点の創設
いわゆる「出島事業」と呼ばれるものです。
現在、起業を志す若手人材を20名選抜してシリコンバレーに派遣しています。
この派遣規模を5年間で1000人規模に拡大することを目標にしています。
派遣先もシリコンバレーだけではなく、ボストンやニューヨーク、オースティンなどさまざまなアメリカの各都市はもちろん、アメリカ以外にもイスラエルやシンガポール、北欧などにも選択肢を広げていきます。
(5)大学・小中高生でのスタートアップ創出に向けた支援
科学技術振興機構において、5年間分1000億円の基金を立ち上げます。これは現在の10倍規模となります。
また、大学発の研究成果の事業化を5年間で5000件以上作ることも目標として定められました。
小中高生に対しては、経済団体などとも連携し起業家を講師に招いて出前授業を行い、若い世代から起業家マインドを醸成していくことを目指しています。
(10)海外起業家・投資家の誘致拡大
スタートアップビザの関係で海外の投資家を誘致しづらい現状にもメスを入れます。
現在、スタートアップビザとして、外国人起業家の入国および最長1年間の在留を認めています。しかし、その確認を行う者は、国が認定した地方自治体に限られています。
今後、さらなる外国人起業家の誘致を加速するため、地方自治体だけではなく、国が認定したベンチャーキャピタルやアクセラレーター等の民間組織も、スタートアップビザの確認手続きを行えるようにするとともに、最長在留期間の延長を図るとのことです。
第二の柱:スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
第二の柱である「第二の柱:スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化 」の内容は全28項目で、3つの柱の中では最多。金融機関、投資家などがスタートアップに投資をしやすくする施策はもちろん、海外投資家や地方の起業促進まで、幅広く資金を投入し環境整備を行っていく意図が見て取れます。
(1)(2)出資機能の強化
中小企業基盤整備機構のベンチャーキャピタルへの有限責任投資を念頭に、200億円の出資機能の強化を図っています。
また、過去4年間で1200億円のファンド実績を持つ産業革新投資機構において、さらに2倍程度の投資規模のファンドを立ち上げます。
(4)新エネルギー・産業技術総合開発機構による研究開発型スタートアップへの支援策の強化
今後、補助上限の拡大、支援メニューの拡大、海外ベンチャーキャピタルを含めて対象となるベンチャーキャピタルの拡大が行われます。
現在(年間60億円)に比べて3倍規模の5年間分1000億円(年間200億円)の基金を新規造成するとのことです。
(5) 日本医療研究開発機構による創薬ベンチャーへの支援強化
日本医療研究開発機構において、10年間分3000億円の基金を積み増して創薬ベンチャーの支援を行われるということです。
支援対象は感染症関連以外で資金調達が困難な創薬分野にも拡大されます。
(7) スタートアップへの投資を促すための措置
(8)個人からベンチャーキャピタルへの投資促進
創業者や個人の資産家などから、スタートアップへの資金供給をより活発に行われるようにするため、保有株式を売却して再投資する際に優遇税制を整備します。
また、エンジェル税制について、税制優遇を受ける際に必要な申請書類の削減などの手続きの簡素化・オンライン化も検討されています。
将来的には社会的起業家(インパクトスタートアップ)の取扱いに対する措置を検討するとも定められました。
実際に、2022年12月13日に報じられたニュースによると、株式売却益を原資にスタートアップに再投資する場合、20億円までは譲渡益への課税を免除する施策が2023年4月から実施されるとのこと。
自己資金を活用した起業と一定の条件を満たしたスタートアップへの再投資が優遇措置の対象となり、いずれも上限は20億円。
超過分は課税を繰り延べできます。
譲渡を行う段階で損失が生まれた場合には、他の株式譲渡益と損益通算することができ、3年間の繰り越し控除も可能となっています。
正式な内容は税制改正大綱で発表される予定。
(9)ストックオプションの環境整備
スタートアップについて、ストックオプション税制の権利行使期間の延長を図るとのこと。
現在は10年の権利行使期間を伸ばそうとしています。
たとえばディープテックの分野で考えたとき、IPOのタイムフレームでは時間的に合いません。
期間を延長することでよりフレキシブルに活用できるよう調整していく意向のようです。
(12)SBIR(Small Business Innovation Research)制度の抜本見直しと公
共調達の促進
アメリカのSBIR制度を参考に、創業間もないスタートアップへの支援を抜本的に改革するとのこと。
内閣府を通じて新たに5年分2000億円の基金が新規造成され、「フェーズ3」をバックアップします。
(13)経営者の個人保証を不要にする制度の見直し
起業に失敗した際、経営者個人に降りかかるリスクを軽減するための措置も講じられようとしています。
スタートアップの創業から5年未満について、120億円の予算を投じて個人保証を徴求しない新しい信用保証制度が創設されます。
また、日本政策金融公庫が行う貸付けに、スタートアップの創業から5年以内について経営者保証を求めない貸付け要件も設定されます。
ほかにもキャッシュフローが不足するスタートアップや、一時的に財務状況が悪化した中小企業に対する資本性ローンの継続が図られます。
(14)IPOプロセスの整備
2022年4月の「IPOプロセスの見直し」に即して、証券業界や競争当局による制度見直しや、運用の改善が進められます。
また、先端領域で新技術を活用するディープテックのスタートアップのように、企業価値を正しく評価することが難しい企業に対応した上場審査の実現や新株を発行せずに既存株のみ上場するダイレクトリスティングの活用も図られます。
(16)未上場株のセカンダリーマーケットの整備
現在は、証券会社が運営する私設取引システム(PTS)で、プロ投資家向けにも非上場株式の取扱いが認められていません。
スタートアップが未上場のまま成長できるよう、プロ投資家向けの非上場株式の取扱いを可能にするため、2023年度中に金融商品取引法の関係政令を改
正することが定められました。
同時に、未上場企業の証券等のデータの標準化についての民間の取組を進めるなど、セカンダリーマーケットでの取引円滑化のための環境整備を推進していくとのこと。
(18)海外進出を促すための出国税等に関する税制上の措置
スタートアップの海外進出時、経営者が海外赴任する際に自身のスタートアップの株券を担保として提供しなくても、会社が保証することで出国可能であることが確認・周知されます。
また、従業員も株式を質権設定すれば同様に株券の担保としての提供が不要となり、スタートアップの海外進出が促進されます。
(22)銀行等によるスタートアップへの融資促進
銀行法で銀行から事業会社に対しては、5%を超える出資が禁止されています。
しかし、2021年に銀行法を改正し、設立から10年以内のスタートアップに対して出資する場合には5%超の出資を認める例外措置が取られました。
これについて周知活動を行うのと同時に、実施状況についてフォローアップを行い、銀行に対して積極的なスタートアップへの出資を促します。
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西尾公伸 / Authense法律事務所 Managing Director
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