「従業員を解雇するのは難しい?」「試用期間中なら簡単に解雇できる?」解雇をめぐるふたつの誤解を徹底解説
2022年11月、Twitter社による大量解雇の報道につづき、フェイスブックを運営するメタ社での大規模な人員削減計画検討の報道と、米大手テック企業の人員削減の動きが加速している様相です。
ところで、日頃、企業の労務や法務の担当者から相談を受けていますと、「解雇はやっぱり難しいですよね?」といわれることがままあります。
「従業員の解雇は容易でない」、確かにこの認識は概ねのケースで当たっているのですが、若干の誤解が含まれている場合があるように思います。
他方で、試用期間についての誤った理解は根深いようです。
経営者や上長と合わない、社風に合わない場合などを含めて、試用期間であれば自由に解雇できると思っていませんでしょうか? これは誤りです。
今回は、解雇に関するふたつの誤解について解説します。
前提としての人事労務管理の違い
優秀な社員は会社に残し、その能力を遺憾なく発揮してもらいたい一方で、一定の能力水準には達せず、成果を挙げられない社員には辞めてもらいたい、それが経営者の本音ではないでしょうか。
とはいえ、労働者の権利は厚く保護されており、経営者の一存で「明日から来なくていい」「クビだ」とは言えるわけではありません。
日本では従業員はなかなか解雇できない、それが広く信じられている「常識」であり、それは一面においてたしかにその通りなのですが、その認識が広がったのには一定の前提があることはあまり知られていません。
それは、「内部労働市場型」といわれる、日本の典型的な人事労務管理です。
人事労務管理は、内部労働市場型と外部労働市場型の2つの類型に大きく分けられます(なお、これは一般的な整理で、必ずしも企業ごとに二者択一ではなく、個別の企業において両者の特徴が混在する場合があります)。
そして、内部労働市場型に比して、外部労働市場型においては、比較的容易に解雇できる、という指摘があります。
2013年、国家戦略特別区域法第37条第2項に基づき、労働関係の裁判例の分析・類型化による「雇用指針」が定められました。
関連:「雇用指針」について【厚生労働省】
この雇用指針においても、労働者を典型的な日本企業に多くみられる「内部労働市場型」と外資系企業や長期雇用システムを前提としない新規開業直後の企業に多くみられる「外部労働市場型」の2つに分類。
その人事労務管理の特徴には相違があり、それが解雇の有効性に影響する旨が指摘されています。
以下では、この雇用指針の内容を参照しながら、説明を進めていきたいと思います。
内部労働市場型と外部労働市場型
内部労働市場型とは、典型的な日本企業にみられる人事労務管理のあり方を指しています。
雇用指針でも、具体的には次のような特徴を持つとされています。
一方の外部労働市場型には、次のような特徴があるとされています。
これまで広く、従業員を解雇することは難しいと認識されていたのは、上記の内部労働市場型を念頭においた正社員についての議論である場合が少なくありません。
内部労働市場型においては、新卒一斉採用を行い、企業特殊的なスキルを含めて企業内で人材を育成・調達・調整し、経営者も内部昇進により育成する仕組みがとられる一方、新卒者の当初の賃金はおおむね低く設定されます。
この場合に、単に能力不足や成績不良があったというだけで改善の機会が与えられなかったり改善の見込みが十分に精査されずに解雇できてしまえば、従業員が不当に搾取される可能性があるため、企業に対しては解雇回避努力が強く要請されるべきこととなります。
これに対し、外部労働市場型では、特定の職務や能力、成果を企業が見込んだうえで雇用された人材についての人事労務管理を想定しています。
そして企業は、育成にかかる費用や時間を節約することと引き換えに、職務内容や能力、成果に応じた処遇を与えるべきこととなります。
そのような場合、入社前に労働者が約束し企業が期待した能力がなかったり成果を出せなかったりすれば、その従業員に与えらえた処遇は不相当なものとなります。
これらの事情を前提として、外部労働市場型の企業においては、解雇回避努力をすべき程度はおのずから少なくなり、解雇が比較的容易に認められるべき場合があります。
労使双方で具体的な目標等をにぎる
上記では、外部労働市場型の場合に、内部労働市場型よりも解雇が認められ易くなる理由を説明しました。それを前提に、雇用指針にも、次のような記載があります。
1つ目が内部労働市場型、2つ目が外部労働市場型を念頭においた言及でしょう。もっとも、外部労働市場型において「比較的容易に解雇を有効と認める事例もある」との記載がありますが、外部労働市場型であることは、解雇の有効性についての価値判断基準において、(重要ではありますが)ひとつの要素です。
すなわち、一方的に設定した成果を達成していないとか、当初は想定していなかた能力や技能を求めているなどの場合にまで、同様の議論があてはまるわけではありません。
ではどうすべきか。
外部労働市場型で採用された場合に、実際の能力や技能、成果に企業が満足できない状況があるとして、それが「不足」と評価されるには、従業員と企業とで合意した能力や成果の水準が明らかであることが前提になります。
すなわち、入社時や人事評価において、企業が要求するKPIなどの目標数値や指数など数値化できるものは数値化しておくべきですし、数値化できない定性的な要求内容も、可能な限り客観的に評価できる内容にすることが適当です。
そして、その要求水準に達しない場合には解雇する旨を雇用契約書等に記載しておくことが望ましいでしょう。
また、特定のポジションや職務などへの配置を前提に採用する場合は、その内容を出来るだけ明確にしておきます。そうすることで、そのポジション等から要求される能力の水準なども一定明らかになりますし、ポジション等が廃止された場合に解雇が認められ易くなります。
なお、最終的に合意等した結果だけではなく、面接時の議事録などを残しておくことも、残念ながら解雇を検討せざるを得ない場合に見通しを立てるうえで、非常に有益です。
解雇が認められた例・認められなかった例
解雇には、普通解雇や懲戒解雇、整理解雇などの区別がありますが、雇用指針では、このうち、内部労働市場型と外部労働市場型の特徴の違いが影響しやすい類型のひとつとして、普通解雇に類される「能力不足」による解雇で参考になる判例が紹介されています。
少し以前のものですが、内部労働市場型、外部労働市場型、ともに参考になる内容ですので見てみましょう。
能力不足で解雇が認められなかった例
【セガ・エンタープライゼス事件(東京地決平成11年10月15日)】
能力不足として解雇が認められた例
【日本ストレージ・テクノロジー事件(東京地判平成18年3月14日)】
【セガ・エンタープライゼス事件】は、解雇が認められなかった事例です。
問題を起こし上司に注意を受けたり、顧客から苦情を繰り返し受けるなど、勤務成績が低い社員に対し、会社は退職勧告を行ったのですが応じませんでした。
そこで、「労働能率が劣り、向上の見込みがない」という就業規則上の普通解雇事由に基づいて解雇しています。
これに対し、裁判所は、解雇の無効を認めました。
裁判所は、絶対評価ではなく、相対評価による成績が平均的な水準に達していないからといって、直ちに労働能率が著しく劣り向上の見込みがないということはできないとしました。
そして、会社がさらなる体系的な教育、指導を実施することでその労働能力を向上する可能性もある上、雇用関係を維持するための努力をしたと評価することもできない、と判断しました。
【日本ストレージ・テクノロジー事件】は解雇が認められた事例です。
物流の専門職として採用された社員でしたが、入社から10か月以上経過しても商品納入に欠品を生じさせたり、発注の確認や書類提出の遅延などを繰り返しました。
その結果、顧客や他部門の社員から、業務の不適切さ、不誠実さ、強調性のない言動について苦情が寄せられてしまいます。
会社は、そのたびに指導・注意を行いましたが、報告書を提出せず、弁解をして指導・注意に従わず、反省した様子がみられませんでした。
会社はこの社員を他部門に異動させ、最後のチャンスであることを告げましたが、それでも上司の指示に従わず、顧客からも多くの苦情が寄せられる状況が続いたため、会社は自主退職を勧奨しましたが拒否。やむを得ず解雇しました。
裁判所は、この社員は業務の遂行に必要な能力を著しく欠き、解雇は客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当であったと判断しています。
なお、雇用指針では、「最終的に判決に至った事案では、認容判決と棄却・却下判決の割合は、ほぼ同程度である」との指摘がされています。つまり、裁判で判決になった場合の解雇の成否は、統計的には5分5分ということのようです。
試用期間中の本採用拒否
従業員を解雇することは難しいという認識が広まっている一方で、試用期間中であれば、自由に本採用拒否ができるという誤解をされている場合も少なくないように思われます。
試用期間中、会社側が期待している成果を出せなかった、社風に合わなかった、経営者とウマが合わなかったといったからといって、自由に本採用を見送れるわけではありません。
というのも、試用期間といっても、雇用契約は有効に成立しており、本採用拒否は法的には解雇に当たります。
採用前であれば会社は自由に採用を断ることができますが、試用期間はすでに雇用契約が成立しており、解雇するには一定の制約を受けることとなります。
法的には、試用期間を設けた雇用契約は、通常、解約権留保特約のある雇用契約であるとされています。
試用期間中の解雇(本採用拒否)が認められるケース
では、具体的にはどのようなケースの場合、試用期間中の解雇(本採用拒否)が認められるのでしょうか。
①経歴詐称があった場合
経歴の詐称や犯歴の秘匿など、採用時の提出資料や面接での回答に重大な虚偽があったような場合は、解雇(本採用拒否)が認められる可能性があります。
②勤務成績が著しく悪い場合
指導を継続して改善の機会も十分に与え、本採用に向けた努力を行ったにもかかわらず、業務に必要な能力を身につける見込みがないような場合には、解雇(本採用拒否)が認められる可能性があります。
③無断欠勤や遅刻を繰り返す
特段事情のない無断での欠勤や遅刻など、勤怠不良が継続している場合、解雇(本採用拒否)が認められる可能性があります。
④健康上の理由で労務提供ができない場合
傷病のために出勤ができない状態が続くなど勤務に耐えらえる見通しがないような場合には、解雇(本採用拒否)が認められる可能性があります。
いずれにしても、試用期間中に労働者が他の企業への就職機会を放棄していること等を踏まえ、試用期間の趣旨や目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ、解雇(本採用拒否)は認められます。
なお、解雇(本採用拒否)の事由は、就業規則に記載されている必要があります。
おわりに
今回は、解雇に関わるふたつの「誤解」について解説してみました。
従業員を解雇するのは難しい、たしかに難しいケースはあるのですが、人事労務管理が外部労働市場型の場合や契約上要求される技術や能力の不足が明らかである場合など、比較的容易に解雇を有効と認める場合があることは知っておいてよいでしょう。
一方で、試用期間後なら自由に解雇(本採用拒否)できるというのは、誤りです。
試用期間中とはいえ雇用契約は成立していますので、試用期間の趣旨目的に照らして、客観的に合理的な理由があり社会通念上も相当でなければ、解雇(本採用拒否)はできません。
少なくとも、何となく社風と合わないという程度では、解雇(本採用拒否)はできません。
企業を成長させるのも衰退させるのも「人」。
優秀な人材がその能力を遺憾なく発揮できるよう、適材適所の配置を心がけたいところです。
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