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生まれ変わるということ

 幻獣と向かい合い、一息ついたタイミングで私は仲間の位置を視界に収める。と、その端で何かが光る。
「ハルファスちゃん、そこ!」
 見つけたのはフォトンの光。近くにいたハルファスちゃんに合図を送り、私自身も攻撃に移る。
「傷つけたくはないけど、向かってくるなら容赦しません」
 攻撃の最中、私自身も新たなフォトンを見つけ手に入れる。直後のハルファスちゃんの攻撃を見届け、再び槍代わりのスコップを構える。
「これでおしまいっ!」
 攻撃後、敵を一掃したことを確認し私は警戒を解く。
「運がよかったわ!」
 無事倒せてよかった。そう思ったのも束の間。
「全くだ、何だその運任せな戦い方は」
 この説教臭い口調、振り向かなくても誰か分かる。言葉の主はうんざりとした私の前に回り込むとさらに続ける。
「そもそも武器の構え方からなってない! おまえの不安定さが味方を危険に晒す可能性だってあるんだぞ、もっと鍛錬しろ!」
 説教の主はもちろんフォカロルさん。無駄だと分かっていながら私は反論してみる。
「もー、いいじゃないですか勝てたんだから! それにあなたにだってフォトン見つけてあげたでしょう!?」
「それは結果論だ。いいか、俺たちはヴァイガルドを背負って戦ってるんだぞ! だから万が一にでも負けるわけにはいかない。そのためには可能な限りリスクは排除する必要がある、それが分からないのか!」
「うっるさいなあ、そんなに文句言うなら私なんか呼ばなきゃいいじゃないですか! だいたい私は戦いたくなんて――」
「甘えたことを言うな! おまえも軍団『メギド72』の一員だろ、戦うべき時には全力で戦う、それが務めというものだ!」
「だから今回来てあげたんですよ! だったらそもそも私なんかの手を借りる前に、あなたが倒しちゃえばよかったじゃないですか!」
「待て、俺はおまえの戦い方の話をしている。論点をすり替えるな」
「すり替えてるのはそっちじゃないですか。あなたじゃ倒せないから私が呼ばれたんでしょう!?」
「ぐっ」
 ここで初めてフォカロルさんの言葉が詰まり、私の胸中は少し晴れる。
「俺には俺の戦い方がある。速攻は俺にそぐわん、それだけだ」
「だったらこれだって私の戦い方なんです! 文句言わないでください!」
「その戦い方自体が良くないと言っているんだ! 俺はおまえのために……」
「余計なお世話です!」
「……ラス」
「私は強くなりたくなんて――」
「ストラス」
「だから戦いたく――」
「ストラス!」
「っ!? あ、あれ……?」
 顔を上げるとそこはいつものレストラン。そんな私を覗き込むのはよく見知った二人。
「おはようストラス」
「うなされてたみたいだけど、大丈夫?」
 そう言うリリィとマーサはしかし、さほど深刻な表情ではない。それどころか、
「なんか、笑ってませんか」
「いや、だって……」
「突っ伏して寝始めたかと思ったら、急にうなされ出して、ちょっと、面白くて」
 いつまで経ってもストラスは変わらないね、と言う二人に、私は曖昧に笑うしかできない。
「で、どうしたの? 変な夢でも見てた?」
 それでも話を聞いてくれるのはありがたい。
「えっと、理不尽に説教された時のことを、ちょっと」
「あー、あるわよね、そういうこと」
「騎士団の上司とか? 厳しそうだもんね」
「ううん、もっと前の話なんですけど」
 二人に向かって話すうちに疑問が生まれてきた。とっくに忘れてたはずの出来事なのに、どうして今更夢に見たんだろう。
 いや、本当は分かってる。これは私が今悩んでいることで、それから認めたくはないけど、きっと。
 フォカロルさんの言うことが正しいと、私自身が理解しているからだ。

 騎士団に入ってしばらく。追放メギド故の強靭な体だけで戦ってきたこれまでに呆れられながら、私は一から戦い方を学んでいる。自分の周りにある普通を守るため。そう思えば戦いのための訓練も苦にはならなかった。
 あの決意をした時リジェネレイトの兆候が見られたけれど、あれからソロモンさんに会うことはなくて、まだ再召喚は叶っていない。
 噂に聞いたところによれば、再召喚されることで今までと違った能力が身につくだとか。私もそうだとしたら、新しい能力って一体何なんだろう。半分興味本位でそう思う。残りの半分は、うまく言葉にはできないけど、複雑で切実な思いだ。
 周りの日常を、普通を守るために戦うことは、何かを守るための戦いは、絶対に負けが許されないものだ。そう痛感した上で考えれば、今までの私の戦い方は決してそれに適したものではなかった。それが分かったからこそ、あの時のフォカロルさんの言葉を思い出したのだろう。
 もし本当に再召喚してもらえるのなら、できることなら皆や世界を守るのに相応しい能力を身に着けたい。そうは思うけれど再召喚についてはまだまだソロモンさんたちも分からない部分が大きいようで、この願望が反映されるかどうかも不透明。だからもし望んだ能力と違ったら、そう考えると怖いのだ。そのせいでいつか負けたり守りきれなかったりしたらどうしよう。守るべきものをはっきりと意識したことで、私は始めて、戦うことに恐怖を覚えている。
 とは言えまだ再召喚できるって決まったわけじゃない。だったら今考えたって仕方ない。私はそう自分に言い聞かせ、半ば逃げるように忙しく毎日を過ごしていた。

「どうしたの、またボーッとして」
「あ、いえ」
 マーサさんに声をかけられ、また我に返った。リリィさんがいつものように茶化そうと口を開きかけて、しかし真剣な表情に変わる。
「本当に、どうかした?」
「えっと、そうですね」
この二人になら、相談してみてもいいかもしれない。
「もし、ですけど。生まれ変われるとしたら、二人はどうなりたいですか?」
 とは言えそのままを伝えるわけにはいかず、結局曖昧な質問になる。
「そうね……」
 二人が真剣に考えてくれているのに安心する。本当に、いい友達を持った。
「わたしはお姫様になりたいかな。それで、イケメンの王子様に求愛されて……」
「出た、マーサの乙女思考。アンタって本当そういうの好きよね」
「何よ、悪い?」
「そう言えば『ストラスロマンス』も熟読してたものね」
「それは……、あなただって夢中になってたじゃない」
「まあね。なかなか面白かったわ」
「ふ、二人とも読んだんですね……」
 私の名前を借りて、いつの間にか出版されていた恋愛小説。ヒュトギンさんの提案を軽い気持ちで許可したものの、一体どうしてなのかすっかり有名になってしまって困っている。
「一応言っておきますけど、あれ全部フィクションですからね」
「もちろん分かってるわよ。あんなのちょっと読めば、私達の知ってるストラスじゃないってことくらい分かるもの」
「そうそう。……って話が逸れてるわよ。で、リリィはどうなりたいの?」
「私は……そうね、いっそ男になりたいかもね。それで沢山の女をたぶらかすの」
「うわサイテー、女の敵だわ……」
「いいじゃない、どうせありえない仮定なんだから。私だってもちろん、女を雑に扱う男は絶対に許せないけれど、だからこそそっちの立場も一度体験してみたいのよね。絶対に共感はできないと思うけど」
「そう言われるとちょっと納得しちゃうのがムカつくわ」
「素直に納得しなさいよ」
 二人の答えを受けて、私はさらに問を重ねる。
「じゃあ生まれ変わったとして、もし、なりたい自分と全然違う自分だったらどうしますか?」
 二人は流石に不思議そうな顔を見せる。
「仮定に仮定を乗せられると難しいわね……でも」
 リリィさんは笑顔で続ける。
「私はそれでもいいわ。だって、ただ生まれ変われるってだけでラッキーじゃない。それ以上を求めるのは高望みよ」
「わたしも同意かな。どんなわたしになったとしても、そこでまた頑張ればいいしね」
「そこで、頑張る」
 マーサさんに聞き返す。
「そう。例えばもし、今のわたしを知ったままで生まれ変われるのなら尚更よね。二人分の経験があれば、きっと今より上手くやれるはずだもの」
「へえ、マーサにしてはまともなこと言うわね」
「何よそれどういう意味?」
 マーサさんの抗議はさらっと流される。
「これが何の喩えでストラスが何に悩んでるのかは分からないけど、そうね、生まれ変わった理想の自分を描いておいて、そうなれなかったとしてもそこを目指して努力していけばいいんじゃないかしら。最初から全てが理想なんてことはきっとないだろうから、多かれ少なかれその努力は必要になるだろうし」
「なる、ほど……」
 リリィさんの言葉は、確かにその通りだと納得できた。
「もしかして生まれ変わるっていうのも喩えじゃないのかもね。最近のストラス、今までとはちょっと違う気がするもの。まるで生まれ変わったみたいにね」
「生まれ変わるはちょっと大げさだけど、でも私も、アンタの言うことは分かる気がする」
 二人は時々鋭いことを言う。私は笑顔で誤魔化すことに。
「よ、よく分かりましたね。そうなんですよ。私、生まれ変わったんですよ」
「またストラスったら……。でも、こういうところよね」
「そうね。前のあなたならこんな余裕の返しはしてこなかったもの」
 意識はしてなかったけれど、そう言われてみればそうか。私はもう、リリィさんやマーサさんに振り回されることはない。
「ストラスを見習って、いい加減マーサも成長してほしいけどね。分かってる? アンタに王子様は現れないのよ?」
「分かってるわよ。だからちゃんと現実見て彼氏だって作ったもの」
「え? ええ、ちょっと待って、それ初耳だわ、知ってたストラス!?」
「少しだけ聞きました、確か――」
「ちょっとどういうこと、じゃあ私だけなの!? マーサひどいわ!」
「そうやって大騒ぎするから嫌だったのよ……。あーもう、ちゃんと全部教えるから大人しくして」
「もちろんよ! 隠し事なんてしたら許さないわ!」
 ついさっきまでの真剣な雰囲気はどこへやら、気づけばいつもと変わらない女子会に。そんな中で二人に言われた言葉を反芻する。理想の自分を描いておいて、そうなれなかったとしてもそこを目指して努力していく。それでいいと思えば、不思議と焦りはなくなった。
 じゃあ「理想の自分」って何だろう。
 そこで浮かんだのは不本意ながら、またしてもフォカロルさんだった。彼の武器が相手に一定のダメージを与え続けていたさま。不安定と言われた私とは違う、安定した能力。私の理想は、そうしたものかもしれない。

 その後、無事リジェネレイトを果たした私が身につけた能力は「点穴」だった。自分の攻撃力や相手の防御力なんかに関わらず、常に同じダメージを叩き出す安定した力。それでいてなお、大きなダメージを期待できる攻撃的な力。考えていた理想に近い能力だったのは、ちゃんとそれをイメージできていたから、だとしたら少し嬉しい。
 これでもうフォカロルさんに文句は言わせまい。もっともリジェネレイトして戦闘スタイルの変化した私が、彼と一緒に戦うことはないだろうけど。

 と、思っていたのだが。
 久しぶりに召喚されると、当然のようにフォカロルさんが一緒だった。
「ど、どうして!? だってあなたは……」
「何だストラス、おまえもリジェネレイトしたのか」
「『も』って、まさか」
 どうやらフォカロルさんも再召喚され、また私と同じスタイルになったらしい。
「ごめんストラス、今戦えるラッシュの前衛はフォカロルしかいなくて……」
「いえ、全然平気です」
 状況がどうあれやるべきことは変わらない。世界の普通を守るため、私は私の最善を尽くすだけ。平常心を取り戻しフォカロルさんに言う。
「私の足引っ張らないでくださいね」
「誰に言っているんだ? 当然だろう」
 そう真面目に返す彼の自信を、素直に頼もしいと感じることができた。

「待てストラス! 俺の点穴を奪うな!」
 慌てふためいて叫ぶフォカロルさんは無視。槍を構えて真っ直ぐ敵へ向かっていく。
「諦めが肝心ですっ!」
 点穴を乗せた渾身の一撃はトドメには十分。動かなくなった敵から離れ、私は堂々と振り向く。
「何か言いましたか? これが私の戦い方です」
 圧倒され言葉を失うフォカロルさんを、私は得意気に見下ろした。


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