『ヴィータ大量失踪事件』第2話

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「なっ……これは、どういう……」
 町に入り、その様子にソロモンは言葉を失った。あれだけの数の幻獣、嫌でもグロル村を思い出す。だから最悪の事態は想定していた。だが時に現実は想定を裏切る。
「おかしい、こんなはずは……。一体どうしてなんだ」
 バルバトスまでもが困惑する。それもそのはず。
 見渡す限りの綺麗な建物、行き交う人々、交わされる会話と笑い声。活気あふれる屋台から立ち込めるは、食欲を誘ういい匂い。その全てが外の状況とはそぐわない。
 そう。明らかにこの状況はおかしい。
「あれだけ外に幻獣がいるのに、町の中には何の被害もないなんて……!」

 戸惑いを隠しきれないまま、まずは町長の元へと向かうことにした。そちらにはシバから連絡が行っているはずだ。町の人に道を聞きながら辺りの様子を伺うが、幻獣の痕跡はどこにも見当たらない。
「外にはあれだけ幻獣がいたのに、町は平和そのものという感じですね。一体どういうことなんでしょうか?」
 マルコシアスが問うが、答えられる者はいない。
「自警団が優秀なだけだろう」
「その割には自警団らしき人を見かけねえがな」
 ブネの言う通り。町には自警団どころか武器のひとつさえ見かけない。マルコシアスの言った通り、まさに平和そのものといった印象。
「……とにかく、町長に話を聞いてみよう。考えるのはそれからでも遅くない」
「ああ、そうしよう。失踪の話も聞かなくちゃいけないしね」
 どこかすっきりとしない会話を広げながら町の中心部に向かって歩いていく。すると道は大きな広場にぶつかり、その奥、これまで見た中で最も立派な建物が目に入る。
「うわーっ! この建物でかいでかい! きっと一番エライ人が住んでるに違いない!」
「そうかもな。……あの、ちょっといいかな? 町長さんって今どこにいるか分かるかな?」
 はしゃぐシャックスを横目に、ソロモンは通りすがった男の人に尋ねる。
「ああ、町長ならあそこに――」
 男の人が指差したのはその立派な建物、の隣の小ぢんまりとした家だった。
「あの家にいると思いますよ。何か御用ですか?」
「えっ、こっちのデカい建物じゃねえのか!?」
「ええ、今の町長は派手なものを好まない堅実な方で。不祥事を起こした前の町長とは大違いです。あの建物だって前町長が税金を着服して作った建物ですからね」
 どうやら前の町長は相当嫌われているようだ。あるいはその分、今の町長に対する信頼が厚いということか。
「じゃあ今は使ってねえのか? もったいねえな」
 モラクスが言うと、町民は首を横に振る。
「いえ、現町長のご厚意で、今は教会として皆が使える場所になっているんです」
「教会?」
「ええ。よろしければ皆様もお祈りなさいますか? 心がすっきりしますよ」
「え、いや、俺たちは町長に用があるからさ、また今度にさせてもらうよ」
「そうですか? お時間があれば是非一度、教会にお立ち寄りください」
 男はそう言って自らも教会に入っていく。意識して見ると、かなり多くの人達がそこに出入りしているようだ。
「へえ、ずいぶんと信心深い町みたいね」
 ウェパルの表情が少し曇って見えるのは気のせいだろうか。

「ようこそお越しくださいました。貴方がソロモン王様でございますね」
 ソロモンが部屋に入るやいなや待ち構えていたかのように、町長は深々と頭を下げてみせる。町長の家を訪ねると、現れた侍女らしき女性にこの部屋まで案内された。比較的質素な建物の中で特別豪華な内装に包まれているここは、客を招く応接間として機能しているのだろう。自分たちが普段使う場所は質素だが、客を招く応接間だけは豪華にしている、といった印象を受ける。
 町長は思いの外若い男だった。黒髪をオールバックに撫でつけ、髭も綺麗に剃られている。その有能そうな振る舞いと落ち着いた物腰からは、外見こそ異なれど王都にいるガブリエルが思い起こされる。
「ああ、シバから話が行ってると思うけど……」
「ええ、聞いておりますとも。まずはおかけください、ソロモン王様」
 町長の言葉に従い、ソロモンは革張りのソファに腰掛ける。それを見て町長も向かいに腰を下ろした。部屋の中にはバルバトス・ブネの両名も入り、その後ろに控えるように立っている。
「わが町の窮状を慮り、まさか本当に、そしてこんなにも早く駆けつけてくださるなんて、感謝のあまり言葉にもできないほどでございます。……ああ申し遅れました、私、町長のネビロスと申します。以後お見知り置きくださいませ」
 ネビロス町長のこれでもかと丁寧な挨拶とへりくだった仕草を受け取ったソロモンはすっかり落ち着かない様子。
「あ、ああ、よろしく。……あのさ、その、敬意を払ってくれるのはありがたいんだけど、そこまで丁寧な言葉遣いされると逆に落ち着かないというかさ、もっと普通にしてもらえないかな」
 困った顔でソロモンが言うと、ネビロス町長はさらに恐縮してみせる。
「ははっ! そこまでのお気遣い痛み入ります。さすがヴァイガルドに名を轟かすソロモン王様、心も広うございます。しかしこちらは施しを受ける立場でございますし、何よりこちらからお頼み申し上げたことでもございます。相応の敬意は喜んで払わせていただきますとも。どうかお受け取りくださいませ」
「は、はあ……」
 ソロモンはすっかり相手に飲まれてしまう。
「ところでソロモン王様、喉がお乾きではございませんか。よろしければこの町の特産、天然水をご用意いたしましょう」
「い、いや、お構いなく」
「そう仰らず是非ご堪能ください。おい、ラミア! 水をお持ちしろ!」
 すると部屋の奥の扉が開き、この部屋まで案内してくれた侍女が顔を出した。左手には水の乗ったお盆を持ち、そのままぺこりと頭を下げる。改めて見るとその侍女は、年の頃はシャックスとそう変わらない年頃の少女だった。大きな目に象徴される可愛らしい顔つきもさることながら、最も目を引くのはつややかで流れるように下ろされた黒髪だ。
「これはメイドのラミアだ。ほら、水をお配りしろ」
 ラミアと呼ばれた少女は震える手で水をソロモンの前に置く。続いて後ろのバルバトスとブネに渡そうとしたが、手の震えは更に大きくなる。そして、
「あっ、お水が……! た、大変申し訳ございません!」
 コップから溢れた水が少し、バルバトスにかかってしまった。
「いや、気にしないでくれよお嬢さん。俺のような美男子には水が似合うからね。水もしたたるいい男、ってさ」
 ラミアは冗談に笑うこともなく、ぺこぺこと何度も頭を下げる。また震える手でブネにコップを差し出すが、今度はなんとか零さずに渡すことができた。そのままお盆を胸に当て大きく一礼すると、小走りで出てきた扉に戻っていく。
「バルバトス様。うちのメイドが申し訳ないことを致しました。後で必ずきつく言って聞かせますので……」
「それは不要だよ。さっきも言った通り、俺は全く気にしていないからね」
 そう言いながらぐい、と水を飲んで見せるバルバトス。そして目を見開く。
「驚いたな。凄く美味い。なんだいこれ、本当にただの水か?」
「気に入ってくださったようで幸いです。私共の町は大地の恵みが湧く場所の上に作られておりまして。うちの地下水にもたっぷりと大地の恵みが溶け込んでおります。特にその水は今朝採れたてでございますから、お味も格別かと存じます」
 続いて水を口にしたソロモンとブネも、その美味しさに驚いた様子だ。
「ところでこの水、今朝採れたってことは、フォトン――大地の恵みは、枯れていたりはしないってことだね?」
「もちろん、仰る通りでございます。この町ができてこの方、幸いにも大地の恵みには、文字通り恵まれておりまして。これもきっと神のご加護のお陰でございます」
「幻獣に襲われたりもしていないかい?」
「ええ、そのような事実もございません」
 フォトンは枯れていない。それなのに幻獣に狙われない。バルバトスの質問で不自然な状況を再認識する。
「おいしい水をありがとう。早速で悪いけど、本題に入らせてもらっていいかな。まず、この町で起きていることを教えてほしい。特に失踪のことと、それから町の外にいる幻獣のことを」
 ソロモンが話を進める。ネビロス町長は大きく頷く。
「もちろんですとも。失踪が始まったのはふた月ほど前のことでございます……」

「何か解ったか」
 部屋を出たソロモンたちはそのまま建物の外へ歩き出す。そこで早く説明しろとばかりに、ガープが3人に問いかける。
「そうだな。歩きながらになるけど、情報は共有しよう」
 先頭を歩くバルバトスがちらりと振り返りながら言った。
「まずは失踪の件から。始まりは2ヶ月ほど前。とある家から男性が忽然と姿を消した。その前には何の予兆もなかったし、その後には何の痕跡も残っていなかったらしい」
 ふむ、と一同は考え込む。
「それから数日おきに、数人ずつに同じようなことが起きた。その被害者たちは、男の割合が高かったことを除けば、年齢も職業も住所も、地位も交友関係も趣味も特技も、全ての点において共通点はなかった。ただひとつを除いてね」
「ひとつってなになに!?」
「全員が夜の間にいなくなっていること、だ」
「なるほど、夜、ですか……」
 それが一体何を示唆するのか、皆が意味を捉えかねる。
「これまでに失踪した人は、確認できているだけで延べ89人。洒落にならない数字だね。そしてその全員が帰ってきていないし、かと言って死体も見つかっていないみたいだ」
「失踪したヴィータに共通点がほぼ見つからねえってのが気になるところだな。仮に犯人がいるとして、それがヴィータだとは思えねえ」
 ブネの指摘はもっともだ。となれば。
「やはりメギドラルの陰謀ってことですね!?」
「断定はできねえが、そう考えてもいいんじゃねえか」
 ま、理由も方法も見当さえつかねえがな、とブネは続ける。
「主な情報はこれくらいだね。ブネの言う通り、失踪の原因も手段も何も分かっていない。その辺りはこれからの調査が必要だ」
 めんどくさい、とウェパルはため息。そして歩きながらの会議はもう1つの話題に移る。
「次、幻獣についてだね。初めて幻獣が確認されたのも2ヶ月ほど前らしい。この町を訪れた商人が発見者だ」
「時期が一致しているのか」
「ああ。だからこの2つはどこかで結びついていると考えてもいいだろう。と、俺は思うね」
 バルバトスの見解は、先程のブネの考えとも整合的だ。
「だけど不可解な点も沢山あってね。まず、幻獣は町に入ってこないし殆ど人も襲わないらしい」
「は? どういうこと?」
 ウェパルが怪訝な表情を見せる。
「分からないけど、とにかくそうらしい。この町は何か守りの策を講じているわけでも、自警団が戦っているわけでもないらしいんだ」
 ソロモンが補足するが、疑問は解消されない。
「一体どうして? フォトンを求めるなら、この町もヴィータもうってつけのはずじゃない」
「幻獣も腹いっぱいなんじゃねえの? 他のとこでフォトン食ってたりさ?」
「いや、それはない」
 モラクスの言葉はバルバトスが否定する。
「幻獣と戦ったとき、やけに手応えがなかったのを忘れたかい?」
「そういえばなんかアイツら動き悪かったな、いつもより全然楽勝だったぜ!」
「そうだ。つまり、ここの幻獣は確実にフォトンが足りていない。エネルギー不足の状態なんだ」
「妙だな」
 ガープの呟きに、理解できている者たちは頷く。
「でもでも、ゲンゲンが悪さしてるわけじゃないなら、それはいいことだよねだよね?」
「でもそうじゃないってんだろ? えっと、どういうことなんだ?」
 分かっていないのはいつもの二人。腕を組んだバルバトスが、つまり、と説明を始める。
「幻獣の行動原理はフォトンを集めること。それは本能と言ってもいいかもしれないね。それなのに、町の近くにいながら町もヴィータも襲わないなんて明らかにおかしい。そして、普通じゃないならどこかに必ず理由がある」
「分かったぜ、つまり、幻獣の行動が普通じゃねえってこと自体がよくねえんだな!」
「なるほどなるほど!」
 二人が納得したのを見て、ソロモンが話を進める。
「だけど、その理由はさっぱり見当がつかない。こっちもこれから調査していかなきゃいけないな」
 はあ、とウェパルはため息。
「まあ仕方ないわね。どっちも一度に解決できたらいいのに」
 そう上手くいくといいけど、と一行の表情は曇りがちだ。会話が途切れたところで、ところで、ともラクスが話題を変える。
「なあアニキ、俺たちこれからどこに行くんだ!?」
 聞かれ、そっか、とソロモンは頭を掻く。
「悪い、説明してなかったな。幻獣退治だよ。これからしばらく町に滞在して調査することになったんだ。町長が宿も食事も提供してくれるって言うからさ、その代わりって感じかな」
「そうか! 俺たちの出番ってわけだな!」
 はしゃぐモラクスを横目に、一度来た道を戻って町の外に。いくら襲ってこないとは言え幻獣を放置しておいたっていいことはないし、先に倒しておくに越したことはないはずだ。そう考えソロモンたちは、毎日の幻獣狩りを宿代の対価として提案したのだ。ネビロス町長には相当遠慮されたが、バルバトスの話術でなんとか押し切り条件を飲んでもらった。それでもかなりソロモン側に都合のいい条件であるのは変わりないが。
 しばらく歩き、町に来た時と同じ場所に出た。しかし幻獣たちはどこかに移動したのか、近くには数体のみしか見当たらなかった。これ以上逃がすわけにはいかない、と視界に入った幻獣たちを取り囲み、連携を取って倒していく。しかしやはりと言うべきか、どの幻獣もさほど手応えのない相手だった。

 ☆

「いやあ、怖いわよねえ、初めは男の人ばっかりだから私は大丈夫だと思ってたけど、このところそうでもないみたいじゃない、ここ最近は女の子の方が多いくらいって聞くわ。そしたら次は私かもしれないでしょ? 私みたいな美人が放っておかれるわけないものねえ、そう思わない? ねえ?」
「は、はぁ……」
 戦闘を終えて、ソロモンたちは町の中に戻る。あまりにも早く片付いてしまったため持て余した時間は、町民への聞き込み調査に費やした。しかし既に持っていた情報以上のものはほとんど得られず、やや肩を落としながらまた広場に戻ってきた。ネビロス町長にもう一度会う約束があったのだが、そこで物陰から誰かに呼ばれる。
「……ソロモン王様」
「うわっ!? ああ、キミは確かメイドの……」
「ラミアさんだね」
 ソロモンの言葉に被せるようにし、バルバトスが前に出た。
「覚えてくださっていたのですね。光栄です」
「もちろんだよ。キミのような美しい女性、忘れるわけがないじゃないか」
 ああ始まった、とウェパルが舌打ち。ラミアはしかし完璧な笑顔のバルバトスを無視し、ソロモンの方に向き直る。
「町長から仰せつかりまして、私ラミアがこれから皆様のお世話をさせていただきます。足りない点もあるかとは存じますが、心よりおもてなしさせていただきます。どうぞよろしくお願い致します」
 言いながら、ラミアはソロモンの手を取り両手で包み込む。
「あ、ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ」
 ネビロス町長に倣っているのか、必要以上にへりくだって丁寧な挨拶。慣れていないソロモンはやはり落ち着かないようだ。
「それでは、皆様にお泊まりいただくお部屋にご案内いたします。こちらでございます」
 前を向いたラミアは、ソロモンの手を取ったまま歩き出そうとして、何かに気づいてまた振り向く。
「私としたことが、失念しておりました。皆様のお荷物お持ち致します」
 ラミアはソロモンの手を名残惜しそうに離す。
「いや、荷物は自分たちで持つから大丈夫だよ」
「そうさ。か弱い可憐なレディに荷物持ちなんてさせられないよ。代わりに僕の手でも握るかい?」
 ウェパルたち女子も均等に荷物を持っている。後ろから飛んでくる女子勢の鋭い視線を意にも介さず、バルバトスはラミアの手を取ろうとする。
「そう遠慮なさらず」
 バルバトスの手をあっさりと回避し、ラミアはひょいひょいと皆の荷物を奪っていく。
「ちょ、さすがにそれは持ちすぎじゃねえの!?」
 両手に3つずつの荷物をさすがに見かねてモラクスが気遣うが、ラミアは先程までと寸分違わぬ様子で歩き始める。
「お待たせ致しました、では行きましょう」
 颯爽と歩き出すラミアに呆気に取られつつも向かった先は、お洒落で綺麗な洋風の建物だった。宿というよりも普通の家のように見えるが、実際に先代町長の別宅として使われていたとのことだ。
「こちらでございます」
 内装もシンプルではあるが、その分センスの良さが感じられるものであった。1階に大部屋が2つあり、それぞれ女性陣と男性陣の寝室として用意されている。食堂や風呂も同じ階にあるようだ。ラミアは部屋にそれぞれの荷物を置いて一通り説明を終えると、なぜかソロモンの荷物だけ持ったまま階段へ向かう。段差が急ですので、とソロモンの手を掴みゆっくりと上っていく。
「2階には私の居室がございます。何か用がございましたら遠慮なくお申し付けください。町長からも、ソロモン王様のご要望には可能な限りお応えしろとの命を受けておりますので」
 扉は閉まったままだが、ラミアの部屋の場所を皆が確認する。
「それから、こちらにはソロモン王様の寝室をご用意しております」
 そう言ってラミアが開いた扉の先は、これまでの部屋とそう変わりない内装に見えた。しかし、ベッドだけが大きく豪華で、それは一人で使うにはいささか大きな物に感じられた。
「俺だけ別の部屋なのか? ブネたちと同じ部屋でも構わないけれど……」
「いえ。ソロモン王様には特別なおもてなしをしろと、これも町長からの命でございまして。どうか受け入れてはいただけませんでしょうか。さもなくば私が叱責を受けてしまいます」
「そこまで言うならそうさせてもらうけど……。本当に、ここまで俺たちに礼儀正しくしてくれなくてもいいんだけどな。ネビロス町長にもそう伝えておいてくれないか?」
 言うと、ラミアは深々と頭を垂れる。
「お気遣い痛み入ります。私共にまで心配りをいただけるなんて、ソロモン王様は本当に慈悲深い方なのですね。町長の申していた通りでございます」
「うーん、気遣いとかじゃなくて本心なんだけどな……」
 ソロモンの呟きは届かない。なんとも上手くいかない意思疎通だ。
「ちょっと。あんたらいつまで手握り合ってるのよ」
 ウェパルの刺々しい声にソロモンは慌てて手を引く。取り残されたラミアの手は、少しして身体に引き寄せられた。ニヤニヤして気持ち悪い、これだから男は、とウェパルはなおも毒づく。
「皆様の前で大変失礼致しました。それでは、また後ほど。皆様も、ご夕食の時間になりましたらお呼びいたします。狭いお部屋ではございますが、それまでどうかお寛ぎください」
 すたすたと早足で居室に向かうラミアに、ウェパルは冷ややかな目線を向ける。
「何なのアイツ。嫌な感じ」
 丁寧な言葉遣いだが、その内容には反省の色が伺えない。「皆様の前で」なければいいというわけでもないし、「また後ほど」はソロモンだけに向けられた言葉にも取れる。
「まあまあ。可憐なレディのことを悪く言うのはやめなよ」
「私が可憐じゃなくて悪かったわね」
 バルバトスの言葉は、ウェパルの神経を逆撫でするだけ。
「そうだそうだ! 女の子には優しく!」
 何故か便乗するシャックス。
「ま、シャックスの悪口ならいいけどね」
「バルバル辛辣っ!?」
 即座に振り落とされるシャックスだった。話の流れをぶち壊され、ウェパルはため息をついて視線を逸らす。
「まあまあ。宿も食事も無償で提供してくれるなんて有難いじゃないですか。多少は目をつぶりましょう」
「きっとメシも美味いに決まってるぜ! 肉があるといいよな! な、アニキ!」
 困り顔で話題を変えるマルコシアスに、無邪気なモラクス。
「しかし、こんなにも丁寧にされると、却って裏がないか警戒してしまうな」
「同感だ。この町自体幻獣に困っているわけではないのに、俺たちをここまで丁重に扱うのは不自然だ」
 ブネの言葉にガープが同意した。確かに、ネビロス町長たちのソロモン一行に対する態度は、度を超した丁寧さを感じる。
「何か思惑があるのでしょうか……」
「後からとんでもない要求をふっかけてくるのかも知れないわね」
「それ知ってる知ってる! 『タダより高いものはない』ってやつだ!」
「キミが言うとシャレにならないんだよ……」
 バルバトスは心底嫌そうな表情を作る。
「まあいいじゃねえか、その時はその時ってな! 俺はメシが楽しみだぜ!」
 モラクスは空腹に耐えきれない様子。
「ああ、あることないこと今考えたって仕方ないしさ。とりあえず、ご飯までは休憩にしよう」
 ソロモンの提案に反論はなく、一度各自の部屋に戻ることになった。ソロモンだけが2階に留まり、他の連中は1階に降りていく。とりあえずは、と荷解きをして、着替えなど直ぐに必要とするものをまとめ始める。旅中はいつも誰かと一緒だから、ひとりの時間は新鮮だ。
 と、部屋のドアがノックされた。きっと仲間の誰かだろうと思いつつ返事をすると、扉が控えめな速度で開く。
「失礼致します」
 扉を開けたのはラミアだった。予想外の人物に一瞬たじろぐ。
「あ、ああ、ラミアか。……何か用か?」
「ええ、喉がお乾きではないかと思いまして、お水をお持ち致しました。部屋にお運びしてもよろしいでしょうか」
「ああ、ありがとう。お願いするよ」
 町長の部屋でも出してくれた、フォトンを含んだ水だろうか。ラミアはお盆を手に部屋に入ってくると、水差しとコップを机に置いてくれた。
「無くなりましたら補充させていただきますので、遠慮なくお申し付けください。では」
 失礼致しました、とラミアは折り目正しくお辞儀をする。去り際、頭を上げたラミアと一瞬目が合う。見間違いだろうか、その目は色を失った無機質なものに見えた。不確かな印象でありながら、なぜかそれはしばらくソロモンの頭から離れなかった。

―TAP TO NEXT―
第3話


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