『ヴィータ大量失踪事件』第3話

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 夜にラミアが振る舞ってくれた料理はどれも絶品で、ソロモンたちは心ゆくまでそれらを味わった。どの料理にもこの町で取れた食材が1つ以上は使われており、そしてそのどれもがフォトンを多分に含んでいるらしく、特にメギドたちはこの町の食事にすっかり心を奪われたようだった。
 そして翌朝。ソロモンはかなり早い時間に目覚めた。上半身を起こすと、水差しの水をコップに注ぎ、一気に飲み干す。冷たい水が体中に染み渡り、意識が一気に覚醒するように感じる。
「……ん?」
 一晩置いていたはずなのに水が冷たい。それに昨日飲んで半分以上は減ったはずなのだが、今は水差しの8割ほどを満たしている。
「モンモーン! はやくはやくー!」
 そんなことを怪訝に思う間もなく階下から呼ばれる。ソロモンは手早く身支度を整えると階段を降りた。既に皆は準備ができているようだった。
「それでは、参りましょう」
 一行はラミアに連れられて外に出る。
「昨日話していた『朝礼』に向かうのかい?」
「左様でございます。朝早くから心苦しい限りですが、この町全体の決めごとですので。どうかご容赦ください」
 この町では毎朝朝礼が行われていて、町に住むものは少なくとも週に一度必ず参加しなければならないという決まりがあるらしい。旅人も例外ではないらしくソロモンたちも参加を打診された。調査に差し支えるようであれば断っていただいても構いません、とラミアには言われたが、宿と食事を無償提供してもらっている手前断るという選択肢はなく、こうして朝早くから彼女の後を歩いているというわけだ。
「ソロモン王様。ゆうべはいかがでしたか」
「ん? ああ、ご飯も美味しかったし、夜もぐっすり眠れたよ。ありがとう、ラミア」
「いえ、礼には及びません。当然のおもてなしをしたまででございます」
 一晩明けてもラミアの丁寧な姿勢は変わらない。
「それと、……昨夜、お気づきの点はございませんでしたか」
 珍しく少し躊躇ったような間を置いて、ラミアが問いかける。
「夜? いや、特に……。俺はぐっすり寝てたから」
 的を得ない質問にソロモンは首を傾げる。
「でも、どうして?」
「いえ、何か至らぬ点がなかったかと存じまして。不躾に申し訳ございませんでした」
 違和感を残したまま会話が途切れる。ラミアが向かうのは広場のようで、近づくにつれて徐々に人の量が増えていく。
「ソロモン王様。手を。万が一にもはぐれてはいけませんので」
 ラミアはソロモンの手を取って強く握る。
「ちょっと、昨日から何なのあいつ」
 面白くなさそうなのはウェパルだ。
「人の手握るのは失礼に当たらないわけ? なんとかしなさいよバルバトス」
「何で俺なんだい!?」
「女をたぶらかすの得意なんでしょ。ソロモンから引き離して」
「人聞きの悪いことを言わないでくれるかな!? それに生憎、ラミアさんは俺に興味ないみたいでさ」
「そうそう! だってバルバル、昨日の夜もフラレてたもんね!」
「キミは余計なことばっかり見ているんだね……」
 どうやら事実らしい。ウェパルは昨日から数えて何度目かのため息を漏らす。
「うわあ、すげえ人の数!」
 広場に入るとそこは、既に沢山の人で埋め尽くされていた。町中の住人が集まっているのだろうか、ちょっとしたお祭り騒ぎにも見える。一行は集団の横を抜け広場の奥へ向かっていく。大きな教会の隣には演劇でもできそうな広さの壇があり、その上には椅子が一脚用意されていた。
「これだけの人が住んでいるのだと考えると、大きな町だというのが実感できますね」
「裏を返せば、それだけのヴィータが危険に晒されてるってことだな」
 ブネの言葉に、マルコシアスは改めて真剣な表情を見せる。
「皆様はこちらでお待ちください。町長が参上し次第始まります。もうすぐに参りますので」
 そう言ってラミアが指差したのは、壇を舞台とすれば舞台袖に当たる部分だった。そこにも一脚の椅子が用意されていたが、明らかに壇上のものよりも豪華だった。
「ソロモン王様はこちらにおかけください。お仲間の皆様は、恐縮ですがその後ろにお立ちいただけますか」
 言われるがままにするソロモンとメギドたち。豪華な椅子にしばらく落ち着かない表情でいると、少ししてどっと広場が湧き上がった。
「町長が参りました」
 ラミアは失礼致します、と頭を下げソロモンたちの元を離れた。ネビロス町長は皆に手を振りながら歩いて壇上に向かう。ネビロス町長に向かう視線と声は、気軽なものから丁重なものまで様々であったが、そのどれもが愛に溢れているようだった。町民からは大層慕われているようで、その様子は理想の町長像にさえ思える。
 ネビロス町長は壇上の椅子に腰掛けると、隣に来たラミアと一言二言会話を交わす。そして立ち上がると、広場に向かって声を張り上げる。
「町民の皆様、お早うございます。本日もこうして新しい一日を迎えられたことを神に感謝し、今日という尊い一日を全力で生きることを共に誓いましょう」
 ネビロスは大仰な挨拶とともに祈るような仕草を見せ、町民もそれに従う。
「さて本日は、皆様に是非ともお伝えしたいことがございます。先日からこの町で、尊き隣人たちの失踪が相次いでいることは皆様お聞き及びかと思います。不肖私も自体解明に尽力しておりますが、残念ながら現在も解決には至っておりません。これもひとえに私自身の力不足、そのことは重々承知しておりますが、そうは言っても物事は急を要する事態でございました。恥を忍んで藁にもすがる思いで王都に救援依頼を奏上致したところ、なんとすぐにお応えいただき、そして早くも昨日、皆様到着されました。ご紹介致します。ソロモン王様、こちらへ!」
 まさか自分が呼ばれるとは思ってなかったのか、ソロモンはびくりと跳ね上がるように立つと、ぎこちない仕草で壇上へ。そんな「王」の姿に、後を歩くブネは苦笑を浮かべる。
「皆様、こちらがわが町の救世主となるべくお越しくださいました、ソロモン王様でございます。町民の皆様におかれましては、背後に並んでおられるお連れ様共々、どうか失礼のないよう、また可能な限りの力添えを惜しまぬよう、よろしくお願い申し上げます」
 町民たちからは拍手が湧き上がる。ソロモンがぎこちない仕草のまま頭を下げると、その盛り上がりは一層大きくなった。
「それでは皆様、本日も朝の一杯を!」
 言うと、最前列にいた聴衆が一斉に動き出す。彼ら彼女らは壇のすぐ下に集まると、ラミアから順に何かを受け取る。
「なになに? あたしもほしいほしい!」
「頼むからキミはじっとしててくれ……」
 バルバトスがシャックスを必死に押さえつけているうちに、壇の下にいた町民は元の場所に戻っていた。ラミアから受け取った何かを、後ろに渡して回っているように見える。
「ソロモン王様も、是非」
 隣に立つネビロスが何かを差し出してくる。
「ありがとう! これは、水か?」
「左様でございます」
 この町の特産品というフォトン入りの水。町民たちが受け取っているのも同じもののようだ。ネビロス町長は後ろに立つメギドたちにも渡して周り、最後に自身とラミアの分を用意すると再び皆の前に。
「皆様行き渡りましたでしょうか。それでは、大地の恵みに感謝を捧げ、乾杯と致します」
 ネビロスの簡潔な挨拶の後、乾杯! と町民の声が重なり合う。皆がごくりと水を飲み干すやいなや、途端に場が騒がしくなった。皆が皆、近くにいる者と語り合う。その声、声、声に広場全体が満たされる。
「すごい活気だな!」
 ソロモンがネビロスに話を振る。騒がしい中ではソロモンも自然と声を張り上げざるを得ず、皆が皆そうしているせいか、ざわめきはさらに大きくなっているように感じる。
「ええ、私にとってはこれ以上ない喜びです」
 その言葉の通り、ネビロスの目には隠しきれない笑みが浮かんでいた。町民を思うその姿は、町を治める者の鑑だ。だったらなおさらこの町を救いたいと、ソロモンは密かに決意を新たにする。
「この朝礼はいつから始めたんだい?」
 後ろからバルバトスも会話に加わる。
「私が町長に任ぜられた時からですから、半年ほど前からでしょうか」
 むしろネビロスが町長になってまだ半年しか経っていないのか、と驚く。そうとは思えないほど、彼は町長としての振る舞いが板についている。
「へえ。一体どうしてこんなことを?」
 バルバトスも少し驚いた様子。
「色々と理由はございますが、毎朝決まった時間に集まることで町民の皆様に規則正しい生活をしていただけること、また皆様が同じ場所に集まることで交流のきっかけが生まれること、この2点を大きな目的として始めたことでございます」
 なるほど、とソロモンは頷く。
「ソイツを実現するため水を配ってる、ということか。よく考えたもんだ」
「水とこれにどういう関係があるんだ?」
 成程な、と呟くブネにモラクスは首を傾げてみせる。
「モラクス、もし毎朝会いに来るだけで肉をやるって言われたらどうする?」
「会うだけでいいのか!? なら毎日会いに行くぜ!」
「そういうことだ。つまり、水でヴィータを釣ってるってことだ」
「でもでも、どうして水なんかで集められるの? あたしは水なんて欲しくないない」
 シャックスはなおも納得のいかない様子。
「ただの水じゃないからだよ。この水は大地の恵みを多量に含んでいる。味が良いのはもちろんのこと、健康にもかなり貢献してくれるんじゃないかな。よほどのお金持ちじゃない限りこれを毎日飲むなんてことはできないと思うね」
「この水、そんなに良いものなのですか?」
 コップを片手に、マルコシアスが問いかける。
「ああ。俺もあちこちを旅してきたが、これだけ多くのフォトンを含んだ水は初めて見たくらいだ。多分だけど、ゴールドオイルとそう変わらないくらいの値段がするんじゃないかな」
 バルバトスの言葉に、ソロモンたちは凍りつく。
「そ、そんなに良い水なのかこれ!? 俺、ちっとも味わわずに飲み干しちまった……」
 顔を青ざめるモラクス。コップに残った水滴を舐め取ろうとするシャックスはバルバトスがなんとか止める。
「いえ、さすがにそこまでは高くも希少でもございませんよ」
 笑顔を浮かべるネビロス町長だが、今ばかりは笑顔が怖い。間違っても全額請求なんてされないよう、必ずこの町の問題を解決しなければ、とソロモンは再度決意を新たに。
「でもさ町長さん、この水タダで配ってるってことだろ? 町長さん損しかしてなくね?」
 モラクスはネビロスに視線を向ける。するとネビロスは、ふるふると首を横に振ってみせた。
「いえ。先程も申しました通り、水をきっかけとして皆様が集まる機会を作れるのなら、そして町民の皆様が健康で幸せに過ごすことができるのなら、私にとってそれ以上の望みはございません。ですから、これは私からしましても願ったり叶ったりといったところでございまして」
「そっか。……なんか、町長さんっていいヤツだな!」
 どこまで理解できているかは分からないが、少なくともネビロスの気持ちは伝わったのだろう。モラクスはニカッと笑う。
「なあアニキ、俺町長さんのこと気に入った! 絶対に助けてやろうぜ!」
「ああ、もちろんだ!」
 ソロモンが頷いたその時。
「町長っ! ネビロス町長っ!」
 血相を変えて男が壇の真下まで走り込んできた。そのただ事ではない様子に、ネビロスは口端の笑みを引っ込めて相対する。
「一体いかが致しましたか。そんなに慌てて」
「妻が……俺の、妻がっ……! 朝、俺、だっていつもアイツが起こしてくれるのにっ、なんとかしてくれよ、なあ! どこにいるんだよ! 分かんねえのかよ!」
 男の話は要領を得なかったが、ネビロスが根気よく聞き出したところ、どうやらこの男の妻がいなくなったということだけは分かった。
「いなくなった……つまり、『失踪』ですかっ!?」
「結論付けるにはまだ早い」
 あくまでガープは冷静。
「貴様の妻がいなくなったのは今朝だな? 何故もう『いなくなった』と断言できる」
 ガープの言うとおり。妻の不在についさっき気づいたところだというのに、単なる外出ではなく「いなくなった」と表現できるのは不自然だ。
「それは、だって、俺、朝は起こしてもらってるのに、毎日、それなのに」
 相変わらず的を得ない説明に、ガープは呆れ顔を見せる。
「まあ、待ちなよガープ。……キミ、一旦落ち着いて。深呼吸をするんだ」
「はあ、すまない。お、俺……」
 少しは落ち着いたようだ。男の声がワントーン下がる。
「妻は毎朝、朝礼に間に合うように俺を起こしてくれるんだ。それなのに今朝は起こしてくれなかった。ベッドにもいなかったから、おかしいと思って家を探したが、どこにも妻がいなかったんだ!」
 男の話を聞いて、ソロモンたちはしばらく黙りこむ。
「えっとさ」
 気まずい沈黙を破ったのはモラクス。
「気を悪くしねえでほしいんだけどさ、ソレ、おっさんが奥さんに夜逃げされたってだけじゃねえの?」
 モラクスが問うと、男はぶんぶんと首を横に振る。
「そんなこと有り得ない! だってアイツとはケンカさえしたことないし、今だって仲良くやってるぐらいなんだ!」
 敬語を忘れるほどの勢いで強く否定するが、すんなりと納得することはできない。
「うーん。レディの考えていることは往々にして男には窺い知れないものだからね。それだけで断言するのは難しそうだ。他に、何かそう思った根拠はあるかい?」
 聞かれ、男ははっと顔を上げる。
「そうだ! 書斎の窓が粉々に割れていたんだ! 妻はそこから入ってきた奴に連れ去られたに違いない、そうだろ!?」
「成程な、そいつは怪しい」
 ただ出ていくだけなら窓を割る必要などない。誰かが、あるいは「何か」が侵入するために割ったと考えるのが自然だろう。
「だろ! なあネビロス町長、失踪した奴らがどこにいんのか分かってねえのか!? 手がかりとかさ! 俺、助けに行きてえんだ」
「と申し上げられましても、私共も一連の失踪には手を焼いているというのが現状でございまして……」
 町長は顔を曇らせる。
「いや、逆にこれはチャンスかもしれねえ」
 ブネは男に詰め寄る。
「オマエの家、調べさせてもらってもいいか?」
「そうか!」
 バルバトスがぽん、と手を打つ。
「単なる外出と失踪を区別するには時間がかかるのが普通だ。だから失踪だと分かっても、その時には手がかりが失われてしまっていた。でも今は違う。失踪してから時間が経っていない今なら」
「何か手がかりをつかめるかもしれないのか!」
 ソロモンも得心したようで、一気に前のめりになる。
「俺からも頼むよ。いなくなった奥さんや町民のためと思って、調べさせてくれないか」
「私からもお願い申し上げます。もちろん無理にとは申しませんが、ソロモン王様にご協力いただけないでしょうか」
「ああ、分かった。妻を見つけてさえくれるんだったら何だってしてくれて構わない」
 男も異論はないようだ。ソロモンたちは急ぎ壇上から降り、走る男の後についていく。

「おいソロモン、こいつを見てみろ」
 男の家で捜索を始めてすぐ、ブネが書斎の割れた窓に近づいて言う。
「ん? ここから見る限り、別に何もないように見えるけど……」
 床にひっかき傷のようなものが見えるが、それくらいだ。
「そう、何もねえんだ」
 ソロモンが近づくと、ブネは窓の外を指差す。
「ところが外はどうだ」
「ガラスの破片……? 待ってくれ、破片が外にしかないってどういうことだ?」
「この窓は内側から破られた。普通に考えればな」
 それはおかしい。外から窓を割って入ってきた何かが失踪の原因ではなかったのか。これでは順番が逆になってしまう。
「ソロモン!」
 その理由を考える暇もなく、別の部屋を捜索していたバルバトスに呼ばれる。ブネを書斎に残して声の方へ向かうと、ガープとバルバトスが床にしゃがみこんでいた。
「どうした?」
「ヴィータ、こいつに見覚えはないか」
「ん?」
 ガープが指差す床に目を近づける。
「これは、毛か? 見覚えって言われても……ん? この色」
 毛は一本だけでなくあちこちに落ちていて、小さな束ができるほど。それを見たソロモンはなぜか昨日の戦闘を思い出した。どうしてだろう、と考えてすぐに思い当たる。
「まさか、町の外にいた幻獣じゃないか!?」
「やっぱりソロモンもそう思うか」
 昨日倒した幻獣の毛の色、それとそっくりだったのだ。バルバトスたちの見解も同様らしい。
「どういうことだ? 幻獣が中に入ってきて奥さんを拐っていったってことか?」
「その可能性はあるね。少なくとも幻獣はこの部屋に入っていた、それだけは確実だ」
「でも待ってくれ、その幻獣はどこから入ったんだ?」
「割れた窓からだろう。キミたちはその書斎を調べていたんじゃないのかい?」
「それが……」
 ソロモンは窓が中から割られていたことを2人に伝える。途端2人の表情が曇った。
「そうか、窓から入ってきたわけじゃないのか……」
「それなら他の場所から入った、それだけだ。鍵でも締め忘れてたんじゃないのか」
 いや、とバルバトスは異を唱える。
「入れる場所があったのなら出る時もそこを使えばいいだろう? それだと、わざわざ窓を割る必要がなくなってしまう」
「となると、その入口は一方通行だったってことか?」
「かも知れないね。もしくはその幻獣が奥さんを拐ったと仮定するなら、入るときは幻獣1体だが、出る時は1体と1人だ。だから同じ入り口は使えなかった、と考えることもできるけど……」
「だが、あの幻獣の大きさは人とそう変わらん。ヴィータ1人増えたところで通れなくなる場所があるとは思えない」
「それもそうだな。一度しか通れない道だったのかな……」
 考え込むソロモンとバルバトスから距離を取り、ガープは床にしゃがみ込む。
「どちらにせよ、現状では材料が足りん。もう少し詳しく調べる必要があるな」
「ああ。ソロモン、急に呼び立てて悪かったね」
「いや、いち早く教えてくれて助かったよ。なあ、この失踪には幻獣が関係してる、もうこれは確実だって考えてもいいよな?」
「間違いないだろう」
「俺も同感だね」
 2人の返事を聞くやいなや、ソロモンはすっと目つきを鋭くする。
「それなら、今から幻獣を追いかければ助けられるかもしれない」
「!」
 失踪の原因に気を取られていたバルバトスは、その発想に素直に驚く。
「そうか、その通りだ。流石だよソロモン」
「俺は町の外に行こうと思う。バルバトスとガープは、ブネと一緒に家の捜索を続けてくれないか」
「俺たちがいなくて大丈夫かい?」
「ああ、ウェパルたち4人を連れて行くし、もし何かあったら指輪で喚ぶよ」
「了解だ。ヴィータ、そっちは任せたぞ」
 返事を聞くが早いか、ソロモンは飛び出すように家を出る。家の外を捜索していたウェパルたち4人に、ついてくるようにだけ頼むとそのまま町の外に向かって走り出す。奥さんを助けられるなら今しかないかもしれないのだ、1秒だって惜しい。走りながら4人に事情を説明し、昨日と同じ幻獣やその痕跡を探しつつ全力で走る。
 とは言え、走りながらで細かい痕跡を見つけろというのも無理な話。何も見つけられないまま町の外に出てしまったソロモンたちだがしかし、そこですぐに幻獣を見つける。
「いた! アニキ、アイツか!?」
 昨日戦ったのと同じ種類の幻獣が1体。つまり、家の中にあった毛の持ち主かもしれない。
「ああ! 近くに奥さんは……いない、か」
 幻獣が拐ったのなら近くにいるはずなのだが。
「もう手遅れだったと、そういうことですか……?」
「獲物は『処分』された後かもしれないわね」
「そんな……」
 ソロモンは唇を噛みしめる。
「モンモン! ゲンゲン、町の中を見てる見てる! 中入っちゃうかも!?」
「アニキ、やっつけちまっていいんだよな!」
「ああ、どちらにせよ放置するわけにはいかない! とりあえず幻獣は倒そう!」
 言うが早いか4人で急襲をかけると、幻獣は戦う姿勢すらろくに見せず無抵抗であっさりと倒すことができた。ソロモンたちはすぐに辺りを捜索したが、奥さんに繋がる手がかりを見つけることはできず、他の幻獣が現れることもまたなかった。

 ☆

「で、そっちはどうだったんだ」
「まあ、聞くまでもなさそうだね……」
 町に戻ったソロモンは家の探索を終えた一行と合流する。
「お察しの通りだよ。奥さんはいなかったし、その手がかりも見つけられなかった。同じ種類の幻獣は1体だけいたけど、そこからも何も分からなかった」
 項垂れるソロモン。モラクスが話を継ぐ。
「なんか俺さあ、あの幻獣がヴィータを拐ったとは思えねえんだ。俺たちに対しても全然好戦的じゃなかったしな」
「うんうん! あのゲンゲンならペットにもできそうできそう!」
 戦う意思すら見られなかったあの幻獣が人を拐うとはどうしても思えない。ソロモンを含めた5人の考えは一致していた。
「とは言え、家の中にヤツの毛があったのは事実だ」
「そうなんだよな……」
 ブネの指摘はもっともだ。だけどそれが何を意味するのかソロモンたちには掴みきれない。
「それに、幻獣の侵入経路は不明のままだ」
「そっか……」
 ガープの言う通り、家の捜索からも新たな手がかりは見つかっていないらしい。失踪と幻獣、それぞれ繋がっていることは間違いないはずなのだが、その繋がりがなかなか見えてこない。
 家からは毛の他に爪痕などの幻獣の痕跡は見つかったが、それ以外は何も見つからなかったようだ。奥さんの血痕が見つかってないのだけは朗報かもしれないが、捜査が進展したとは言い難い状況だ。
「それから、家の中にいた幻獣は1体だけみたいだね。爪痕の癖がどれも一緒だったんだ」
「単独行動する幻獣か。それも腑に落ちんな」
「幻獣の痕跡は寝室にもあったが、男が一切気づいてないってのも妙だ」
 小さな疑問は後から後から出てくる。本当に、これが全て片付く答えがあるのだろうか。
「まあ、書斎の窓が割れたのにも気づかなかったって言ってるくらいだし、あの男の人は相当ぐっすり眠ってたんじゃないかな」
「現場を目撃してくれてたら話は早かったのに」
 ウェパルの呟きには同意しざるを得ない。
「まあとにかく、今日はここまでにしよう。もう日も暮れてるし、調査はまた明日がんばろう」
 これ以上考えたって埒が開かない。ソロモンはそう判断し皆に同意を求める。
「そうだな! もうすぐメシの時間じゃね? 今日もうめえ肉用意してくれんのかな、楽しみだぜ!」
 切り替えの早いモラクスはスキップするような勢いで宿に向かう。ソロモンたちもその後を追いながら、どこかスッキリとしない思いを振り払うことができないでいた。
 少しずつピースは見つかっている。なのにそれが上手く噛み合わない、そんな違和感。何かが間違っているようで、その何かが分からない。情報は増えているのに進歩が見られない、そんなもどかしい状況でこの日は終わりを迎えた。奥さんは、そして過去に失踪したヴィータは無事なのか。いくら考えても答えは出ず、ソロモンは寝床についていながら中々寝付くことができなかった。

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第4話

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