【地縁家庭モデルの街づくり・生活実験】

(ユートピア妄想会議室 6/19記)

近未来の都市生活モデル。

テクノロジーの充実と共にシェアリングエコノミーが現代的に成熟した特定エリアでは、

あらゆる施設がサブスクリプションによるシェアモデルを採用することで、
個人にとっては従来の家が持っていた機能が街全体に分散した状態になる。

同時に、夢のマイホームを謳い文句に進んだ核家族化や、大量生産と廃棄による環境破壊、貧富差などは、

人と人の心の繋がりの大切さ、
所有ではなく共有する、
勝敗ではなく共生の精神を、
現代の都市生活者にもたらしたのではないか。

結果として、
街の空間ごと家のように、
またそこに暮らす人々を家族のように感じながら生活するような、
古き良き"地縁家族" の意識が街全体で再認識され、
現代的にアップグレードされる形で再生するだろう。

しかし、いかに仮説が正しく見えたとしても、すべてをトップダウン的にデザインしきれると勘違いしないこと。
街も一つの生命である。これは何より重要な、過去の失敗からの学びだ。

いま僕が個人的にやってる生活実験は、
このような背景に基づいて、実践している。


[key theme]

・マネーレスライフ

お金を介在させない価値交換は、
共有や寄与が自分たちの豊かさにつながることを実感する学びになるはず。

ちなみに僕は貨幣や資産を否定しないし、
現代に生きてる限り使わざるを得ない、増えたら増えた方がいい。

僕が問題とするのは、
それらを第一目的とすることで逆に貧しさを増長しかねない"拝金主義"である。

2021年現在のところ、
これを実践できる可能性があるのは、ごく少数の色んな意味で
"恵まれた環境にいる人"

だと思うし、かつ僕の場合は、生活の全てではなく、ほんの少しの部分的な実現にとどまる。

マネーレスは、
ハッピーな未来につながる思想であり、
とりくむべき実験課題であり、
現段階で、カネか否か、0か100か、の話をしたことはないのだが、

どうしても、
現代のお金、お金を稼ぐこと、またその努力を否定していると思われがちだ。

また、無償で心身を捧げるボランティアだと思われたり(結果的に同情されたり)
反社会的な活動家だと思われたりすることもある。

どれも違ってぼくの取っ掛かりは快楽主義だ。

13:41 ユートピア妄想会議室 (続き)
つまり、バーニングマンでの体感が大きく後押ししている。
めちゃくちゃ幸福度高い数日を体験したわけだけど、そこは祭典でありつつ、暮らしでもあった。ハレ でもあり、でも ケ でもあった。
だから日常生活に落とし込めるんじゃないかと思ってる。

さらに、
遠くない未来を想像してみると、マネーレス化は現実的に起こりうるようにみえる。

キャッシュレス化の進行で紙幣が事実上消滅し、価値交換は完全にデータ上で行われるようになる。

そのことで交換の評価が、
ブロックチェーンに見られるように多くの視線とAIに担保され、
公平かつ円滑に行われるようになるとすれば(すくなくとも現在、このジャンルはそれを目指しているように見える)、

各個人の意識の中で、

アウトプット(自身の活動)と
インプット(収益など)の交換自体が、

より "無自覚的なもの"に

変化していくのではないか?

さらに資産運用の世界も同様で、AIがそれぞれに適した運用を自動的に行う時代に入っている。

13:53 ユートピア妄想会議室 貨幣が不要になり、
交換が効率よく公平に行われるようになることで、

マネーが、
人々の "意識から消え去る"
感じになっても不思議じゃないような。


それと並行して、先進国の人々の意識の変化がリンクしていく。

競争による成長からシフトしないと、
地球を殺してしまうかも知れない。
幸せを感じられず、ストレスばかり感じてしまう日々から逃れられないかも。

捧げ合う精神で成り立つ社会、
なんて無理だってのが一般常識だけど、

昔の人は結構やってたみたいなところあるし、
歴史に残るほど偉大なレベルで頭いい人は結構そんなことみんな言ってるっぽいじゃん、と。

ピッピーはホントに単なるドラッグ中毒者で、コミューンはフリーセックスないかれた連中なの?

いまの情報化とテクノロジー社会の上に立って、
あらためて理想の未来をニュートラルに覗き見てみると、どうなんだろう?

ぼくは、始めるときはいつも直感的だけど、改めて考えると、

マネーレス化

っていうのは、そういうの諸々ひっくるめて、いい実験課題だな!と思ってます。


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