遠いデータ

市場調査は定量調査、定性調査ともに言語表現を使って仕事をしている。
使う言語は一意性が強い表現と多義性をもつ表現がある。
<言語表現の一意性と多義性>
調査を企画・実施・分析するとき、回答選択肢や対象者への問いかけで使われる表現(コトバ)を一意性と多義性で分ける。
一意性が強いとは誰がどこでどんな場面で表現しようと本人と周囲の人間の意味することと感情に大きな差異がない表現のことである。
多義性とはその表現が各自の文化や社会や状況によって意味があいまいになったり、意味内容や感情に大きな開き(分散)がある表現をいう。
「(晴れ渡った)青空」は意味内容や感情に大きな開きはないのに「(どんよりした)曇り空」は明るさ、雲量、雲の種類によって意味内容は変わってくるし、そこから出てくる感情も人によって、文化によって、状況によって大きく変わってくる。
一意性が強い表現は企画から報告まで安心して使えるのに対して、多義性をもつ表現はその都度、定義と使い方を再考する必要がある。
あまり厳密にやりすぎると調査がストップしてしまうが、最終報告書ではチェックするようにする。
<流行している表現は多義性どころか意味が定着していない>
市場調査ではその時の流行表現はなるべく使わないようにする。
打ち合わせやデブリーフィングでは使ったほうが盛り上がる場合もあるが、回答選択肢やインタビューフロー、調査報告書では使わないで済ませられるように工夫する。
これら流行表現は意味が一意になっていないどころか誤解、曲解される場合も多い。
最近の表現では「推し」がそれに当たる。
「推し」は直感的理解はできるものの、お勧め、好き、ファンなどの表現との違いが定義されていない。
日本語の日常表現として定着するか、バズワードとして終わるかの判断はついていない。
その点、一般表現になりつつあるコスパも消費者は単に「やすい」の代替として使っている傾向があり、コストとパフォーマンスの関係を正当に考えていないことが多い。
価格評価のとき、グラム単価まで比較していればコスパ比較と言えそうだが、日常生活でグラム単価まで計算している消費者は極めて少ない(関西の主婦に多いという都市伝説がある)。
タイパはニュースサイトなどマスコミが無理やり作り出した表現であり、直感的理解もできない。
タイパは速さ、時間節約の表現であり、パフォーマンスとの関係は意識されていない。
<壮大な概念を含む表現は調査では使わない>
グローバル、地球環境、脱炭素、潜在意識、深層心理などの概念的表現は使わないほうが無難である。これらの表現は多義であるだけでなく、イデオロギーに結びつきやすい。市場調査・マーケティングリサーチはイデオロギーとは一定以上の距離をおくことが要請されている。
こういった表現はできるだけ回答選択肢にいれない、インタビューでもこちらからは発しないようにする。
報告書では使うこともあるがメインの表現にはしない。
<「健康によいファーストフード」は二重に多義的である>
今でも時々「調査は役立たずの金食い虫。調査通りにやったら大失敗」というトップマネジメントの嘆き、怒りの事例として、消費者は健康に良いファーストフードを望んでいるという調査結果があるので発売したが失敗したというのが取り上げられる。
この事例の「健康」表現は概念的であり多義性を持っている。
ファーストフード市場の健康と一般的な健康とは意味が違う。
それを一意に考えてファストフードの製品コンセプトにしてしまったことが失敗の主要原因であろう。
調査現場からの報告では「健康」の多義性を前提にした分析だったはずである。(そうでなかったらリサーチャーがクソ)
ところがトップマネジメントは分析結果(データ)がほしいのではなく「うまく行く方法」という御託宣がほしいのである。
市場調査の結果報告は分析からご託宣に変身させられてしまうことがしばしばある。


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