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定期購読マガジンのはじまりとおわり

 定期購読マガジンをはじめたのはちょうど昨年の7月。
今月でちょうど一年になるので、これを機にお休みすることにしました。

 マガジンをはじめたキッカケなんですが、昨年はかなり大きなメディアに取り上げてもらったこともあり、自分自身発言にはとても気をつけていたし、ある意味で神経質なまでに達していたように、今振り返ると思います。

取り上げられたメディアに関しての名前はここでは避けますが、
ローカルラジオ出演、全国紙にクリエイターとして掲載、地域紙の一面に人物風土紀的なものとして掲載 といった具合です。

つまり、自分が日々発信しているところとは全然別世界の属性の人たちに自分を知られることになった訳です。
それはとても喜ばしいことであり、誇りに思っても良いことだと思います。
知名度を上げる・ブランディングなど昨今持て囃されている中、こうやってメディアに取り上げられることはとてもありがたいことです。

ですが、そうやって自分の守備範囲以外の広範囲の人にアクセスされることによって、「今までは許されていた発言」「その属性の中では話せた内容」が、多くの人の中のどこかで許されない事態にならないか、誰かを傷つけてしまうことにならないか。
そういった懸念が自分の中に思い浮かびました。

 そして、一時はSNSのコメントを閉じたり、そもそもSNSにUPする内容もかなり吟味して相当慎重になっていた時期がありました。

 そこで定期購読マガジンをはじめようと思ったのでありました。
公の場所では言いづらい内容・もしかしたら誤解を与えてしまいかねない内容など、書きたいけど声を大にしては言いたくはない、でもこの思いのたけを吐露したい。
誰にでもオープンではない場所、でも本当に読みたいって思っている人には届けられる場所として私はこのnoteの仕組みを利用しました。

だって、子どもの学校の先生や、近所の話したこともない人・はたさて夫の会社の取引先の方に「見たよ!」って言われたりすると、なんだろう、悪いことなんて全然してないのに、「言動には気をつけよう!」って思ってしまうじゃないですか。  もちろん恥じらいもありました。

人が役を作るのではなく、役が人を作るってこういうことか、と神妙になってみたりもしたものです。

 ということで、そのマガジンでは自分の中でもやもやしていたことや、
オープンにするにはもう少し検討したほうが良さそうな内容、でも自分の気持ちの整理のためポロッとでた何かが後々役に立つかもしれない可能性を天秤にかけていたという訳です。

 そして、そういった自分の避暑地的な居場所も、人の噂も七十五日という諺、SNS以外で知り合えたたくさんの友人たちとのリアルな交流、昔からの友人とのおしゃべり、仕事を少しペースダウンさせたことによる心の余裕が自分の中での逃げ場の必要領域を小さくしたと判断したので、1年という区切りをもって卒業することとしました。

というより、私の神経が図太くなっただけかもしれないんだけど(笑)
なんにせよ、拠り所の必要はなくなったわけです。
いままでありがとう、マガジン「Aura ZiNE 「視点 」web ver.」。
もう私は大丈夫そうです。
このマガジン内の記事は内容によっては改訂し、「日々考察」、「作品アーカイブ」等他マガジンへお引越しします。

ここで一言自分の考えを言うとしたら、
「個人が読んでもらいたい・知ってもらいたい権利があるとするなら、
読んでもらいたくない、知られたくない権利もある」
ということです。
もちろん刑事事件に発展しそうなもの、名誉毀損にあたるもの、誰かに損害を与えるもの、そういったものはログとして残すのは当然と思いますが、
個人の思考など、日々移ろい行くもの・時代の流れによって変化する周囲の環境など考慮すると、ネット上でも「削除する自由」も尊重されたらいいかな。と個人的に思います。
だって、過ぎ去って風化しかけているものまで、他人が掘り起こして晒す必要ないじゃないですか。
個人的なものならなおさらの事。 私個人としても一意見として、これはここに記しておきます。
自己責任ばかりでは、社会は成り立ちません。

こうやってここに書くことによって過去・未来の自分が癒されますように。

今日はここまで

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