2024/8/24
流したものについてはこの動画見て。
今回のイベントは自分の2つの太い軸である「音MAD」と「サンプリング音楽」が人生の中で一番重なったイベントだったと思う。
今回の出演についての経緯を説明したいんだけど、この記事を読んでる人は大体音MADの人だと思うからそういう人たちに向けて説明します。
9年近く前まで遡らないといけない話かも。
俺は中2から音MADを投稿し始めて、その過程で音ゲーにハマり、音ゲー曲を作りたいと思っていた。
当時SOUND VOLTEXをやっていたから公募システムがあり、そういうのを作れる環境が欲しいと思ったため大学入学してすぐDJサークルに入ってDTMを勉強し始めた。
するとDJサークルなわけだからDJする機会もできたわけで、そこでFunkotでDJをし始め、気づいたらサークルとは関係ないFunkot界隈の人たちのイベントにも呼んでもらえるようになっていた。
ある程度DJに慣れ始めた時期にHardtekというジャンルにもハマり、そのジャンルでもDJをし始めた。そのタイミングでWHATEVER WAVESというイベントの存在を知った。
Funkot,Hardtek,Breakcoreを中心としたサンプリング音楽が流れるイベントで、ここでサンプリング音楽という認識を持ち始めたんだと思う。
それと同時に、音MADも解釈や使い方を工夫すれば同じ土俵に上げることが出来るのではないかと思い始めていた。
そこで、よくいろんなイベントで話す機会があり、昔に音MADを作っていたという買物件さんに声をかけ、サンプリングミュージックの文脈で音MADをサンプリングした曲を一緒に作ることにした。
Dr.LoOneyのOhayoやLOLISTYLE GABBERS、Lieber Bitter SampLingerを意識しようみたいなコンセプトで、タイトルもConstructionと着けた。
この後少しダラダラ数曲作ったり、最初のnerdtronicsがあったりと色々模索したが、コロナが流行りクラブイベントが激減したのと、自分の実生活の環境が変わった影響でDJやDTMからは離れていた。
主催させてもらっていたイベントもやらなくなり、M3で出していたサークルも自然消滅した。
そこからは音MAD中心で色々することが多くなり、nerdtronics2や2.5もあった。そこで気づいたら音MAD作者がDJをしていたり、DJやトラックメイカーが音MADに触れるようになっていた。
M.A.Dの曲がどこかで流れたというツイートを見かけることもあり、本当に少しでもサンプリング音楽と音MADの距離を縮める接着剤になれていればいいなと思っていたところで、今回のDJオファーだった。
M.A.Dとしての出演の経験はないし、聞いてくれている人がいるなら1回は出てみたいな思い、作業中は絶対滑ると思いながら準備していたが結果は大うけでこっちがウケた。DJ中は未経験なのにぶっつけVJをしている買物件さんに「やばいっすねw」ってめっちゃ言ってたと思う。
今回のイベントは一個のチェックポイントみたいな印象だった。
音MAD界隈の人とDJでの知り合いが混在しており、結婚式とか葬式みたいだって言っていたけど、割とそのレベルの一大イベントだった。
初めてWHATEVER WAVESに行ったとき、このラインナップに音MADが混ざったイベントがあればいいなと思ってから8年ほど経つだろうが、ようやくそれに近い日が来たんだなと感じた。
音MADはありがたいことに音MDMやnerdtronicsなどで色々関わらせていただけているが、DJやトラックメイクは鳴かず飛ばずのままだったと自分では認識している。
知り合いが大きな実績を公開してもグギギとなることはなくなり、素直にやったじゃんと言えるようになってしまった。
社会人になった今はガツガツした欲求もなくなり、趣味として楽しい事だけやっていればいいやと、余裕のような諦めのような気持ちで向き合っている。この方が楽だけど。
昔に思い描いていたようなビッグな存在には当然なれなかったけど、それでも長く付き合ってる友人とこういうイベントでわいわいしたり、当時憧れていた人とゲームをやったりご飯を食べる機会があったり、DJだったり音MADの企画で関われたことがあったなら、まぁそんな感じでもいいよね~って気持ちも悪くないな~っていうのを思いました。
音MADもDJも曲作るのも、誘われたら余裕あれば協力するので、楽しそうなこと考えたら声かけてくださいね。
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