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追補 無愛想なヴァン・モリソン

届きました。アマゾンから。豪華ブックレット版、3000円切るなんて安い、と思ったら今さらに10%オフか、惜しい。

なんだか工業製品のようなジャケットデザイン、音を聞くとこれまたカチッとしたタイトなソウルミュージック、淡々と歌い上げていく。悪くないし、とても70代半ばとは思えない歌声。しかも2枚組のこのボリューム。一曲目、アルバムタイトル曲、「最新のレコードプロジェクトを聞いたかい? そんなに難しくないぜ、今すぐ買いに行こう! 」なかなかいい感じである。

こちら最近のライブ動画、このアルバムの曲も演っている。

しかしアマゾンページの「参考になった」が多い英語のカスタマーレビューを見て、ハッとした。

「2時間以上に及ぶ退屈なサパークラブレベルのジャズとブルースで、ヴァンは女性に対する不満(彼女たちは働くのを怠け、あなたのお金を奪う)、発展途上国に対する不満(彼らが西洋人の「報酬」を盗む)、自分のファンに対する不満(なぜFacebookを見続けるのか?)をぶちまけている。彼は1973年からずっと私のヒーローで、50回以上ライブを見てきたが、このアルバムを聴いて本当に悲しい気持ちになった。ヴァンのあの開放的で、希望に満ち、愛を与え、憧れのある音楽は、今や反動的で、女嫌いで、家父長的な言葉によって窒息そうなものになってしまった。そして…声を聴く。たいていの歌手の声は、70代になるとひどく衰えるものだが、ヴァンの声はむしろ良くなっている。本当に不思議なことだ…歌詞は残念なのだけど。」

うーむ、何か言い得ているような気がする。特に「退屈なサパークラブレベルのジャズとブルース」というところ。言われるとそう聞こえてくる。しかも歌詞は良くわからないが、そんな酷い内容なのか?

最近のヴァン・モリスンの動向をチェックして見ると、コロナ禍になってからというもの反ロックダウン、反ワクチンの活動を強めているという。活動と言っても批判的な曲を何曲かリリースしている、ということくらいのようだが。もともとライブもできず、周りの音楽関係者の収入も減り、そうしたことに対する政府の抑圧に対する反感だったのだろうし、それ自体は十分に理解できることだ。しかしそれがあまりにも強硬で行き過ぎているようだ。影響力のある大御所のミュージシャンが国の感染対策を批判したり、非科学的なデマを広げたりすることへの難色を公言した北アイルランドの保健相に対して、ヴァンが訴えを起こした、などというニュースも報道されている。またそれに懲りずにエリック・クラプトンと一緒に反コロナ政策の「Stand And Deliver」という曲を発売したりしている。ヴァンが作曲し、クラプトンが演奏している。歌詞はこんな感じだ。

自由な男でありたいか
それとも奴隷に成り下がるか
いつか墓場に入るまで
鎖に縛られていたいのか

貧乏人にはなりたくない
王子様になりたいわけでもない
自分の仕事をしたいだけだ
ただ友人のためにブルースを演奏する

マグナ・カルタ、権利章典
憲法に何の価値がある?
奴らは俺たちをひどく扱うつもりだ
痛みに耐えられなくなるまで

これは主権国家なのか
それとも警察国家か?
みんな気をつけろ
手遅れになる前に

有り金をよこせ
ここを立ち去れ
ディック・ターピンもマスクしていたぜ
(※ディック・ターピンというのは昔のイギリスの馬に乗った英雄で、追い剥ぎの罪で処刑されている。鼠小僧みたいなものか。)

エリック・クラプトン、というところがポイントだ。クラプトンといえば、有名なのが1976年のバーミンガムでのコンサート中の移民反対発言。ステージ上で酔っ払っていたクラプトンはイギリスの右翼政治家、イーノック・パウエルを強く支持する内容の演説をした。そして最後にこう叫ぶ。「キープ・ブリテン・ホワイト!」これは当時極右政党「ナショナル・フロント」のスローガンである。その後、自分は差別主義者ではない、と公言しているが、根っこにはそういう考えがあるのだろう。だから僕はクラプトンがどうも好きになれない。移民がいなかったらブルースなんてこの世に存在しないじゃないか。政治思想は音楽と関係ない、というかもしれないが「オンガクハセイジデアル」と思うので。

昨年2022年の5月にアルバムがリリースされているのだが、それも主要なテーマはアンチコロナ対策である。

MEDPAGE TODAYという医療系メディアの記事はこんな感じである。
「モリソンの臆面もない怒りの噴出と極端なCOVID否定に至った根拠は、過去数年間のツアーを禁止してきた予測不可能なロックダウンだろう。「What's It Gonna Take」で彼は私たちを過激派的イデオロギーの「フルフォースゲイル(※1979年のアルバム「Into The Music」に収録された代表曲で、宗教的な啓示を受けたような曲。)」に連れて行き、米国におけるCOVIDによる100万人以上の死者を都合よく無視している。それは防げたはずのものであったにもかかわらず。また彼はアルバムの中で「言ってはいけないこと」を言って真実に近づいたために「危険」だというレッテルを貼られた、とシニカルに自慢している。」
医療関係者から見れば、このロックの殿堂の行動は正直言って、目にあまるものだろう。

うちの実家の父親はもう90歳だが、たしかに反ワクチン、コロナはただの風邪派、マスクも嫌いなようだ。小林よしのりの書いた反ワクチンの新書なんかを読んでいて知ってショックだった。
歳をとると右傾化する傾向があるのだろうか。そういえばこんな本も出ている。

ずっと不可解に思ってきたことだが、なぜ人はトランプのような仕草を痛快に思うのか。外国人を差別し移民に反対し、LGBTを軽蔑し、グレタさんのような環境活動家を忌み嫌い、マスクとワクチンを信用しない。総じて言えばポリティカル・コレクトネスを嫌悪する。もっともらしくて、行儀の良い、良識的な態度を嫌う。「思想信条」などどうでも良くて単に「嫌い」なのだ。クラプトンもインタビューで「僕は政治のことなんかよくわからない」と言ったそうだ。難しいことなど考えたくない、自分のやりたいようにやるだけだ、みたいな感じか。そうした感覚は未来に絶望した若者に特有なものだと感じていたが、老人にとっても共感しやすいものなのだろうか。

もしかしたら勘違いかもしれないが、このヴァン・モリソンの変化にもつながらないか。そんなことを考えながら憂鬱になっている。若い頃からずっと好きだったヴァン・モリソンをこの先も同じ気持ちで聴き続けることはできるのだろうか。前に引用したアマゾンのカスタマーレビュアーと同じような心持ちである。

検索していたら、ヴァン・モリソンは3/10にニューアルバムを出す予定だそうだ。なんとまた二枚組。今回は50年代のスキッフルをテーマにしたアルバムのようだ。楽しみのような、そうでもないような、今は複雑な気持ちです。

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