分布と薬効について

こちらは、創薬アドベントカレンダー(Wet)25日目の記事です。

薬物動態は、ADME(吸収、分布、代謝、排泄)とも呼ばれています。今回の記事では、分布(化合物の生体内での動き)をメインで扱います。さらに薬物の動きと薬効との関連について、いくつか例をあげたいと思います。

1. 分布と分布容積

分布といえば、分布容積を最初に思い出す方が多いでしょう。分布容積は、動態解析を行うと得られる(客観的ないしは主観的)パラメータです。私達はこの分布容積から、薬物の生体における動きを読み取ります。分布容積は、ある時間点における生体内の化合物量を血漿中濃度(ないしは血中濃度)で割った値です。生体内の化合物量と血漿中濃度が平衡に動く時、分布容積はどの時間点でも一定になります。一方で平衡に動かない場合もあります。このとき、分布容積は常に一定とならず、観察する時間点によって変化します。分布容積が常に一定にならならない場合は、話が複雑になるので、今回は常に一定になる場合のみを考えます。

Vd(分布容積)=X(ある時間点における生体内に存在する薬物量)/Cp(ある時間点における血漿中濃度)

2. 分布容積からわかること

分布容積の定義から考えると、血漿中に全ての化合物が存在する時、その式から分布容積は血漿容積と等しくなります(血漿中濃度>組織中濃度)。では、体の隅々に同じ割合で化合物が存在する時(血漿中濃度=組織中濃度)、分布容積は体の容積と等しくなります。さらに、組織に多く薬物が存在する時(血漿中濃度<組織中濃度)、分布容積は体の容積よりも大きくなります。これを理解すると、分布容積から、化合物が組織にどの程度移行しているのかが分かるようになります。

3. 分布と薬効

ここで、薬理やケミストの方が考えるのが、じゃあ分布容積が高い方が化合物はよく効くのではないか?です。この疑問の答えはケースバイケースですが、大抵の場合はNoという答えになります。分布容積の意味からこの答えを考えていきましょう。組織中濃度の方が血漿濃度より高いことは、大抵の場合、化合物が組織中成分に大量に結合していることを示しています。このことはフリー体仮説から考えると、量的な面で薬効に有利に働くわけではないことを示しています(むしろ量的には不利に働くこともあります(投与した化合物の大半が組織に持っていかれ、投与量の割に非結合形濃度が上がらないため)。ただし、組織中に長く存在できるので、時間的には有利に働くことがあります(薬効の持続時間が長い))。したがって、組織中濃度が高い(単位体積あたりの化合物量が多い)ということは、単に組織中に結合している薬物量が多いだけであり、薬効に有効な薬物量は増えていないことが想定されます。また、そもそも細胞内に移行しなくても薬効を発揮できる場合は分布容積が高い必要はありません。むしろ高くない方が投与した化合物が無駄に細胞内移行しないので良いことが多いと思います。

4. 最後に

ここからは極論になります。昔の薬は膜表面の受容体が標的の化合物が多数あり(心疾患や利尿薬、気管支など)、血液にさえ存在していれば薬は効きました。一方で、近年は細胞内の分子が標的となっており、細胞内移行が求められています。つまり、昔は分布を考えなくてよいことが多く、近年は分布を考慮しなくてはならないのです。この論文に書かれているように、POCを取るためには、化合物の標的に対する暴露が達成できていなければなりません。ここら周りの話は、PKさんのブログが勉強になります。したがって、創薬において生体のどこ標的として、どこの濃度を重要だとするのかよく考えることが大切だと思います。


5.  文献

参考文献がなさすぎるのも良くないので、Open Acessの論文を気持ちで一報だけ載せておきます。この論文のターゲットは、血球内なので分布容積を血液の量に近く、さらに血球内移行性を重視しています。

PF-07059013: A Noncovalent Modulator of Hemoglobin for
Treatment of Sickle Cell Disease

In addition, since Vss is the product of clearance and mean residence time, as blood concentration increases, clearance decreases and consequently Vss reduces to a minimum that represents blood volume (or approximately 0.05 L/kg).

ただ本文中の記載は、動態研究員が入っていないためか変な表現になっていると思います。(間違っているような…*、この注意書き(もしくは章)は後で消すかもしれません。)

*分布容積とクリアランスは互いに独立したパラメータで、分布容積とクリアランスが化合物特性で決まった後、両者の比でMRT(keやt1/2と比例もしくは反比例するパラメータ)が定まるとされています。

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