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ベトナム経済から紡ぐ未来予測

なぜ唐突にベトナムなのか。なぜこのnoteアカウントの記事の流れでいきなりベトナムなのか。その理由は至って単純明快である。今年ベトナムに出張するのであるが、ベトナムについて本当に何も知らないからである。ユニクロの製品の生産をベトナム工場で行っているのは耳にしてはいるし、日本が最大の援助国、そして今後の経済成長が期待される国というのも聞いてはいるが、その程度である。

vietnamgroove

GDPの推移を見てみると、1~9月で8.83%・・・?何だこれは。コロナ明けの2022年のGDP成長率が凄いことになっている。Moody'sやS&Pも格付けはBa2級に上昇してきていて、投資適格まであと少し。国債のジャンク債脱却の道が見えてきている。どうやら、2045年頃を目標に先進国入りする気満々の勢いのある国だそうで。何となく伸びている印象があったが、これは想像以上かもしれない。

Neemo Investment

HSBCなどのエコノミスト予測だと、2030年までにイギリスやドイツよりも大きな「世界10位の消費市場になる」とのこと。人口は2021年で約9,800万人。確かに人口ボーナス市場だ。

一方で、その予想はあまりに楽観的過ぎるという声も上がっている。確かに来年もGDP成長率は6%付近の凄まじい数字を叩き出す可能性は高い。しかし、中国からの輸入や自国での加工、海外市場への輸出など、製造業の伸びがベトナムの成長の源泉であるものの、労働力不足や資源インフレによるコストプッシュ構造など、不確実性は依然として高い。格付けが上がっているとは言え、所詮はまだ「投機的」なのである。世界経済の波に飲まれればベトナムだってただでは済まない。

ベトナム製造業

言語や文化、政治的要因などその国を見るにおいてはチェックポイントは沢山あるが、まずは素直に当方が分析しやすい製造業について深堀りしておきたい。

Tradingeconomics
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製造業PMIは2022年10月50.6、11月に47.4と、順調だった数字が久しぶりに50を割れた。これは世界経済の減速に連動している。第3四半期の国営繊維・アパレル最大手のビナテックスの純利益は3割減だった。そして過去のチャートを見ても、特別ものすごく強いと言ったことはなく、良くても55付近である。アメリカのPMIと比べればそこまでベトナム製造業が断トツで良いというわけでもない。(下図はアメリカの製造業PMIチャート)

Tradingeconomics

やはり中国に代わる下請け、工場というのがベトナム製造業のベースとなっており、世界経済の波に連動するということが仮説立てられる。

ジェトロ

こちらは2019年のデータではあるが、ベトナムの輸出品目を見る限り、電子部品や縫製品が多いので、やはりこれはPCやスマホ、アパレルの下請け生産工場となっているのは明白である。輸出先は約30%がアメリカとのことなので、中国リスクによる生産拠点代替の恩恵が米国経済の減速で相殺される若しくはマイナスに影響する可能性もある。とは言え、外務省の個別ページを見ると、主要産業(2020年時点)は、農林水産業(GDPに占める割合14.85%)、鉱工業・建築業(同33.72%)、サービス業(同41.63%)というようになっており、製造業だけでは分析が足りていないことがよく分かるが、もう少しだけ製造業の分析を続けていく。

サプライチェーン再構築

Apple製品の生産工場サプライチェーンが脱中国で再構築が進んでいる。そのターゲットがインドとベトナムというのは有名な話である。Appleの製品は鴻海の中国工場を中心に、9割近くが中国生産である。また、iPhoneも上海や深センを中心に販売があり、同社の2割強が中国市場での販売である。

このような構造を変えようとするのだから、インドとベトナムは非常に美味しい話である。最新機種のiPhone14の生産はインドで、Mac BookやAir Podsの生産はベトナムで行う再構築は順調に進んでいる。現在は中国外のサプライチェーンでApple製品はほぼ作られていないが、2025年までには1/4程度が中国外で完成するようになる。

ということはApple製品の需要動向をチェックしておくことが、ベトナム製造業の業績の指標となる。ポイントは噂されているLightningコネクタの廃止か。TypeCコネクタに統一されたらiPhoneを買い替える人は続出するだろう。当方は会社支給のiPhoneが今後も間違いなくLightning版のままなので私用のiPhoneも今のままで良いと考えているが、TypeCを希望する声はよく聞く。

話は脱中国に戻るのだが、これはそんなに簡単な話ではない。以下のようにAppleと一蓮托生の企業が中国にはいくつもある。前回の記事で取りあげたBYDすらもApple経済圏の一員だ。それによくよく考えれば、ジャパンディスプレイの液晶パネルを切り捨てたAppleが、SamsungとLGの有機ELだけでApple製品を生産しきれるとも思えない。液晶パネルはここ10年で圧倒的に中国企業が強くなってしまった。挽回は不可能である。

  • 立訊精密工業(ラックスシェア):iPhone向けコネクタやマイクロフォン生産、Air Pods受託生産

  • 歌爾声学(ゴーテック):iPhone向けコネクタやマイクロフォン生産、Air Pods受託生産

東洋証券

こうしてみると、ベトナム製造業はApple経済圏に加えてもらったが、単純に全てがベトナム(+インド)に移管されるわけではないことは自明の理である。結局はアメリカだけではなく、中国経済についても把握しなければベトナム経済を見通すことは出来ない。もちろんこれは世界のほぼすべての国がそのような経済構造である。

ただ1点だけ興味深い仮説が立てられるのであるが、日本という国だけが米中対立による「漁夫の利」を得られる可能性があるということを指摘しておきたい。日本の製造業というのは、部品と装置が得意である。特に半導体製造装置と工作機械については未だに世界トップの強さがある。

iPhoneの生産が本格化した2015年頃、工作機械メーカーのファナックが中国に異常な数のマシニングセンターを輸出し、業績がフィーバーしたことがあった。製造業で給料の高い会社と言えば、昨今の半導体業界を除けばキーエンスとファナックの双璧であるのは有名な話だ。それだけファナックの工作機械は優秀で、どこかの大型工場の建設の際には必ず受注が増える。

『日経ビジネス』 2015.06.08号

今後インドとベトナムに生産拠点を分散させるようなことがあれば、必ず装置の需要が増えるのである。この話は別の記事で、米中分断により半導体製造装置が米中両方のデバイス工場に出荷できるようになるという話をしたのと同じで、それの工作機械版である。部品と装置に強い日本企業というのは、工場の設備投資が増えれば増えるほど儲かるという構造になっており、言ってみれば米中の最終製品の製造には欠かせないサプライチェーンを有しているのである。

インフレ継続と各国中銀の利上げが企業の設備投資意欲を抑制してしまっているが、設備投資案件が増えれば日本企業は特需の恩恵を受ける可能性がある。そのため、一度リセッションが起きたとしても、生き残っていれば金利やインフレ率低下→設備投資再開という流れの波に乗ることができる。しかも米中両方に売れる。これが日経平均のバブルシナリオであり、最後に神風が吹く日本という国であれば有り得ない話でもない気もしている。ただし、各国とも技術力は日々向上していくので、日本も成長をしていかなければ、自慢の部品や装置企業も世界で敗北してしまう。多くの企業は深刻なリセッションが起きたら生き残れないので、神風が吹くのは生き残った一部、ツラ構えの違う強者のみかもしれない。

ベトナム製EV「VINFAST」

VIETEXPERT

ビンファストという新興EVメーカーがある。2022年11月、米国に初めてSUVタイプのBEV「VF8」を999台出荷したという、これはベトナム製造業の今後を占うビッグニュースが飛び出した。別のnote記事でも言及しているが、昨今の産業革命というのは旧来の化石燃料からのエネルギーシフトを巡る変化の渦中であり、その性質上、キーワードとなってくるのが「地産地消」である。少なくとも米中分断によるブロック経済圏が形成される様相なのはこの記事を見ていても明らかである。その意味で、ベトナム市場を見据えたビンファストのEV生産というのは時代のトレンドに沿っている。

ベトナムの9,800万人の市場もいずれはEVの販売ターゲットになるとは思うが、この国は中国への態度が日本などと違ってすこぶる悪いので中華製EVメーカーは参入が難しい。それもそのはずで、2,000年の歴史の中で日本は元寇の2回くらいしかまともな侵略行為を受けてはいないが、ベトナムは1,000年を超えるほどの侵略、支配を受けてきているのである。反中感情は日本よりも強い。

となると、中国自慢のEVというのはベトナム市場ではあまり売れず、性能さえまともであればビンファストの国産EVにもチャンスが出てくる。もちろん、電池が圧倒的に足りていない昨今の状況ではベトナム製EVの生産数量はたかが知れた数だが、ビンファストはベトナム最大のコングロマリット企業で巨大資本がバックに付いている。技術が蓄積され、まずは充電インフラの整備が早いEUや北米市場辺りで実績がつき、ベトナムの充電インフラも少しずつ整備されてくれば話は変わってくるだろう。すでに北米のサブスク企業「Autonomiy」などに、合わせて6.5万台もの受注契約を結んでいるようである。

ビンファストは創業してからまだ5年だが、創業当時にBMWから知財を購入したことで、2018年にすぐに車両を生産・発売することが出来るようになったようだ。また、フェラーリのデザインなども手掛けるイタリアの「Pininfanina」という会社と提携したことで、爆速で新車販売に漕ぎつけている。電池調達はおそらくCATLかLGと思われ、もしそうであれば既存のEVメーカーと遜色のないスペックのEVが生産可能。2024年7月の稼働を目指して米国ノースカロライナ州にEV生産工場を建設するという話もある。

ベトナム国内では、2,000か所の充電スタンドを設立するという国家プロジェクトも進行中で、もはやガソリンスタンドを新設するのでなく、いきなりEV充電インフラを整備しようともしている。ガソリン車用のインフラが不十分な国がいきなりEVインフラを構築し、いきなりEVを走らせるという、固定電話をすっ飛ばしていきなり携帯電話を所有したときのそれに似ている。

1人当たりGDP

Tradingeconomics

ベトナムの1人当たりGDPは約3,400ドルにまで急成長を遂げている。5年前は3,000ドルにも達していなかった国が、である。一般的に3,500ドルを超えると家電製品や家具などの耐久消費財が普及する水準で、5,000ドルにまで行くと自動車が普及する水準と言われている。ハノイやホーチミンなどの大都市はすでに3,500ドルの水準はとっくに超えており、ホーチミンは5,500ドルも超えている。

まあ、そうは言ってもまだまだ先進国と呼ぶにはまだ早く、FRB
FRBによる金融引き締めが続くと新興国ほどマネー流入が無くなり厳しくなるので、ベトナムがどの水準まで成長するのかは現時点では読めない。

世界経済のネタ帳

ベトナムのエネルギー事情と日本のエネルギー事情

Google Map

このアカウントが経済分析する以上、エネルギー事情の確認は欠かせない。ベトナムのような新興国なら水力発電と石炭火力がきっとメインだろう。再エネに関して言えば、シーレーン国家なので、風力発電に力を入れているだろうか。ただ、東側に海があるので、偏西風が吹かないのだろうか。洋上風力に適したエリアは意外と少ないかもしれない。

そんな仮説を立てつつ、ベトナムの発電容量を調べてみた。

JETRO

2021年の電源構成に占める再生可能エネルギーの割合は27%で、風力発電の設備容量は前年から約8倍に増大した。おおよそ予想通りなのであるが、風力発電の拡大が想定以上に早い。たった1年で原発約4基分インストールされている。(原発1基=1GWと仮定/※もちろん再エネは24時間発電出来ないので原発より発電できる量は少なくなる/※GWとGWhの違いに注意)

VietBiz

ベトナムの場合は5~7月頃に降水量が減ると、水力発電の発電量が下がる。そのため石炭火力で補う必要があるのだが、特にここ1~2年は石炭価格の高騰やサプライチェーン混乱による長納期化、コロナによる人出不足問題などがあり、特に北部では電力ひっ迫の危機に晒された。やはり石炭火力はコロナの影響をかなり受けた発電方式である。レイオフされた社員は石炭まみれになって働くよりもEC系の配達業者の方が快適であり、なかなか旧来の肉体労働に戻ろうとせず、現場仕事系はどの国も人出不足が解消していない。

8月には石炭火力発電所「ギソン2」が完成し、ベトナム全体の発電量の2.8%に相当する。尚、これは日本の誇る高効率石炭火力発電所となっている。丸紅(出資比率:40%)、東北電力(10%)、韓国電力公社(KEPCO、50%)が共同出資しているプロジェクトである。

もちろん、ベトナムも2050年までのカーボンニュートラルを掲げており、おそらくは石炭火力の今着手しているプロジェクトを完成させた後は再エネを中心にインストールを増やすはずである。経済成長に比例して電力需要は年々増加しており、これから10年毎に倍々で電力需要が増える予測もある。そうなると原発などのいわゆるベースロード電源による安定供給も純増させる必要があるのだが、原発の新設には下手すると20年掛かる。もちろん新設はしていくものの、時間軸から考えるとやはり再エネに力を入れることになると思われる。なんせ2021年はたった1年で風力発電が4GW近く増えているのだから、風力の方が原発よりも立ち上がりが早い。もちろんデメリットは不安定発電なので、蓄電という課題解決も同時に進める必要がある。

こう考えると、日本は「ベースロード電源による電力供給の全体底上げというよりも、需要ひっ迫時にフレキシブルに対応できる発電を重視すべき」という考え方をするのが望ましい。

資源エネルギー庁

上図の通り、「電力需要の負荷標準化」というのがキーワードであり、電力需要のピーク時への対応をすれば良いということである。日本でも停電の危機があるとすれば電力需要のピーク時くらいであり、夜間まで停電ということはまず有り得ない。原発の再稼働による安定供給の論点は置いておくとして、原発を再稼働した場合でも夜間電力は無駄となり「制御」という名の「電気を捨てる」という行為が発生することになる。それはもったいない。

電気事業連合会

日本は少子高齢化で今後も人口は減るので、いくらEV普及やデジタル化が進もうとも、差し引きするとそこまで劇的に電力重要は増えない。いざとなれば得意の「節電」だ。今でさえ停電にはなっていない。となると今後必要なのは火力発電による需要ピーク時の炊き出しまたは再エネ+蓄電によるサポートとなる。もちろんベースロード電源であり、1度稼働したら止めることのできない原発を増やすのであれば夜間に「制御」する電気はどこかに貯めておくべきなのであるが、結局のところ電池が欲しい。こう見ると、定置型の蓄電施設を発電所の近くに設置したり、EVを普及させて電気エネルギーをどこかしらに貯めておきたくなるのも頷ける。

2023年のベトナム経済

2023年のベトナム経済の予想はどこを見ても、世界経済の成長にブレーキがかかるのに連動してベトナム経済の成長もペースが落ちるものの、相対的に最も高い成長率を維持する国の一つになり、GDP成長率は6.5%程度とされている。

コンサル会社マクラーティ・アソシエーツ(McLarty Associates)のスティーブン・オークン(Steven Okun)氏「中国からの移転を計画する大企業を誘致するために、ベトナムは人材やインフラに投資する必要がある。ベトナムは人口が若く、中国に近く重要な航路に沿っているという地の利がある。これらはベトナムが高い競争力を持てることを示すものだ」このように指摘している。

これに関しての当方の意見としては、「実需面を見れば同意だが、問題は金融ショックや突発的な有事によるサプライチェーンの再混乱が生じた場合はその限りではない」ということである。

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