君たちは風をどう受けるか
今回は風力発電について考察していきたい。当方は風力発電は現状の産業界において非常に現実的な発電方法になり得ると考えているが、この点についてはかなり意見が分かれるのは理解している。
ヤフコメ、Twitter、その他ネットを見れば一目瞭然だが、日本人のマジョリティ意見は「日本で風力発電は無謀」だろう。肯定しているのは左巻きの思想家、政治家、環境団体などのクセ強タイプで、民間人では業界関係者を除けば、風力発電をまともに肯定している人を少なくとも当方は殆ど見かけたことがない。孫正義などの有名人も風力発電を肯定しているのだが、反グローバリズムがトレンドの昨今では、環境利権として批判の的になっている。
政治家が推すものは大体は間違っているのがこの国の歴史ではあるが、果たして風力発電は本当に有り得ない発電方法なのだろうか。
「日本は良い風が吹かない」「台風の通り道」「景観が損なわれる」「中国が儲かるだけ」「日本企業は撤退した」「送電網の整備で莫大な費用が掛かる」「欧州だって風が吹かなくて電気代が騰がった」「鳥がぶつかって命を落とす」「土地がない」
確かに、いくらでも無理と言えそうなネタがあるのは承知している。そもそも当方も、昔は「日本企業が出来ない風力発電はそもそも非現実的じゃない?」と思っていた側である。しかし、現在の科学技術や風力発電業界の歴史を見ると、その考えは間違っていたのではないかと思うようになり、今では有望な再生可能エネルギーとの位置付けだと考えている。つまり、太陽光に並ぶ、この国にとってのゲームチェンジャー的発電方法になり得るということである。ここで改めて、風力発電に関する情報を整理して考えていきたい。
発電コスト
エネ庁の資料より、2020年時の発電コストである。火力発電や原発が11~
13円/kwhであることが分かる。しかし、ウクライナ戦争の影響で世界はエネルギー不足に陥り、石炭もLNGも世界で取り合いである。ロシアから買わなくなった西側諸国はオーストラリアやカナダから買うようになったが、当然、ロシアというサプライヤーから置き換わる影響は大きい。現在ではこの発電コストでは成立しなくなり、日本でも毎月の電力料金の値上げが始まっている。
2021年7月12日、経済産業省の発電コスト検証ワーキンググループ(WG)が発表した2030年時の試算資料も貼っておこう。
ここでは太陽光が1桁円で最安になっていることが分かる。一方で風力発電だと陸上風力は安いものの、洋上風力は26円台後半という非常に高価格になっている。陸上風力はもちろん土地に制約がある。これを眺める限り、確かに原発は魅力的な発電方法である。石炭もLNGも、戦争や東西分断によって火力発電の高騰がいつ終わるのかも分からないし、そもそも今後は火力発電が安くは出来ない可能性もある。
ぶっちゃけ、LNG価格が2019年以前のチャートに戻る気がしない。戦争次第だとは思うが、もう元の世界情勢には戻らないので厳しそうである。金融機関も化石燃料にはファイナンスを減らしている。
しかしながら、世界の太陽光と風力の価格は日本に比べて圧倒的に安い。しかも多少ではなく、遥かに安いのである。洋上風力発電だって8円/kwh程度の発電コストとされており、日本での試算と随分とかけ離れている。これはつまり、日本が再エネに適さない国だからなのだろうか。我々はその真実を探りにアマゾンのジャングルの奥地へと向かうのであった。
現代の風力発電機
日本には風力発電機のメーカーは存在しない。三菱重工はMHIヴェスタスという資本提携中の会社が、デンマークのヴェスタス社から発電機を輸入してくる体制、日立製作所は2019年に撤退してしまった。
しかし、この記事の通りであるが、実態としては世界での風車の大型化と競争が進み、日立は付いていけなくなったのである。つまりは競争に負けたのである。選択と集中、というのは勝っていたら不要な言葉だ。
国内にほとんど市場がない日本メーカーではやはり勝てないのか。いや、そんなことはないだろう。ヴェスタスだって国内市場は小さいが、近場の欧州でシェアを獲得しているし、MHIヴェスタスを経由してアジアにも進出が可能だ。
日本メーカーだって近くにアジア市場があり、コスパの高い風力発電機があれば十分戦える立地にある。アメリカのGEだって、遥か遠くから日本市場の風力発電プロジェクトに参入出来ている。
つまり、大型化する業界動向の中で、日本メーカーは技術的に付いていけなくなったと考えるのが妥当である。風力発電機というのは2万~3万点の部品点数を有し、これらをくみ上げるのは相当な労力である。日立や三菱重工のような、他に本業を抱えているメーカーは、十分な技術者を割り当てることが出来ない。世界の風力発電機メーカーは殆どが専業メーカーなのである。
わざわざ大掛かりなプロジェクトを推進し、失敗するようなことがあれば大損害である。風力発電に十分な知見を有した経営者が、この業界に選択と集中しない限り、片手間では世界で勝ち抜くことは出来ないだろう。
風力発電機の大型化
風力発電のタービンの構造は、部品点数2~3万点という割にはシンプルと言える。風を受けるブレードとナセルというギアボックスなどが入ったボックス状の筐体、これがタワーにくっ付いているだけである。
ブレードで受けた運動エネルギーをギアボックスで回転数を増やし、最終的にはその回転力でタービンを回して電気エネルギーに変換するだけである。
技術的に難しい要素と言えば、大きく分ければ2つ。ブレードの素材開発と、壊れないタワーの建設である。浮体式洋上風力となれば土台を海に浮かべないといけないので、海洋建設技術がものを言う。
もちろん、あれだけ大きい羽根車を扇風機のように首を振らせたり、異種材料接合技術が必要、強風の日は動作を止めるなどの制御も必要になるので、それ以外の要素も一筋縄ではいかない。
また、風車のトレンドはここに来て急変している。つまりは大型化である。
現代の洋上風力は東京タワーやエッフェル塔レベルの超大型構造物であり、これが出来るようになったのは建設技術の向上や、炭素繊維複合材の素材開発の発展が寄与している。ブレードには「ひねり」が加わることから設計が難しく、言ってみれば航空機の羽の設計技術の応用とも言えそうだ。
GEはアメリカのメーカーであるため、ハリケーンの襲来などが頻繁に起こるし、台湾の洋上風力はシーメンスやヴェスタス製であるが、台風が頻繁に通るので、それに耐えうる設計にしなければならない。(当然耐える。台湾の同僚にも「台湾でも普通にやってるから日本も大丈夫だよ」と笑われたのが記憶に新しい)
また、こちらの安川電機のサイトを見ても分かる通り、これだけの大型風車の発電を可能にしているのは発電機(永久磁石式同期発電機)やコンバーターなどの電子機器の存在も大きい。
東北帝国大学の本多光太郎博士は、鉄の磁性研究に取り組み、従来の3倍の抗磁力をもつ 永久磁石鋼(KS鋼)を発明レアアースであるネオジムを発見。その後ネオジムはモーターなどに活用されてきた。こういった日本人の偉人たちの功績があり、ネオジムが現在技術にも活用されているのである。
昔よりも良い素材、良い製品が揃ってきており、これらが技術革新を可能にしている。
規模の経済と大型化
産業界における基本的な法則がある。それは「規模の経済」である。量産化したり、大型化すると価格が安くなるという、製造業経験者なら誰でも分かる理屈である。
しかし、最近のネットでの意見を見ていると、この「規模の経済」という感覚が無くなってきているように感じる。商用化ベースに乗せるよりも、原理的に成立すれば良いだろうといった論調が強くなっている。だから太陽光発電という昭和時代からのローテクが、半導体全盛の現代に価格が激安になっていることが理解できないのかもしれない。(太陽光も半導体)
リチウムイオン電池の価格がどんどん下がっているのも、日本にいるとなかなかイメージが湧かない。
風力発電に関しても、昔と今では大きさも数量も異なる。つまり、価格はまだまだ安くなる余地がある。これは原発などと異なる点である。例えば、小型原子炉というのも、大きさを犠牲にしているため、価格が下がる余地は少ない。数が増える分、共通部品でモジュール設計にすれば効率的に生産できるという意見も見かけるが、小型原子炉を一体何基作る気なのだろうか。基本の方向性としては、大きさを犠牲にしており、それを補う以上の数を増やすとなると、原発という特性と歴史の反省から、災害対策や防衛対策費用が今まで以上に増える。そこに規模の経済の恩恵はない。
もちろん、原発が不要と言っているわけではないのでここで念押ししておこう。石炭、LNG、石油での火力発電は今までのように出来なくなってしまった以上、代替手段は必要であり、風力発電だけでは埋め合わせられる国は皆無だろう。その意味では、全方位戦略ですべての発電方法を突き詰めていくのは長期的視点では大事なことだ。核融合発電だって、いつか人類が太陽から離れていく時のエネルギー源になるので、後世のためにも研究は当然に続けるべきである。リスペクトは忘れてはならない。
話は戻るが、風力発電というのは大型化することで規模の経済の恩恵を受けられる。
翼面積が大きいほどたくさん発電できる。
単位面積あたりに設置できる発電量が増える。
高さが高いほど強い風が吹いている。
タービン翼端が同じ速度ならば回転数が抑えられる。
翼は大きいほど、特に低風速域で効率が良い
例えば、風車の直径に2倍になると、専有する敷地面積も2倍幅広になる。しかし翼面積は4倍になる。よって、小さな風車をたくさん設置するよりも大量に発電できる。
文系には複雑な式はアレルギー反応が出て鳥肌大量発生になってしまうと思うが、要するに、風車はデカイとめちゃくちゃ効率が良いという理解でいい。わずか数十メートル大きくするだけでも相当効率が違うのである。
ちなみに、大きくすると建設が大変になるかと思うが、その労力より得られるメリットが大きいというのは世界の常識である。改めてこのサイトのURLを貼っておくが、これを読めばおおよそ納得できるのではないだろうか。
再エネは発電が不安定問題
いつだって再エネについて回る課題がこれである。
当然、自然は気まぐれであり、風が吹かなければ発電は出来ない。台風が通れば安全制御装置が作動し、ブレードは回らないようになっている。
しかし、風が吹きすぎる時もある。風が吹きすぎて電気が余りまくり、2019年時にドイツは電力が無料になったこともある。
日本ですら、すでに電気が余る時間帯がある。再エネ後進国である日本ですら余るタイミングがあるのというのだから、世界でも同様の現象は起きていると推測できる。ちなみにどこかの資料で見たが、2021年の時点で高知県の1年間の電気分くらいは余って「制御(捨て)」していたらしい。これからどんどん再エネが増えるので、そのうち四国の1年間の使用分くらいは捨てることになるだろう。
それなのになぜ、電気代が高騰しているのかというと、火力発電を裏でスタンバイさせてるからである。ダブルスタンダードになっているのである。再エネは発電のタイミングが読めないので、保険として火力発電を用意しておくのは当然の策であろう。
ドイツは原発を止めたが、彼らはいざとなったらEUの他国から電気を買ってくるという保険を持っている。しかし、毎回そんなことをしていたら国家エネルギー戦略としては余りにお粗末すぎるので、本命は再エネで余った電気を蓄電しながら調整して使うということである。
そう、必要なのは蓄電。
BEVは蓄電システムの第1ステージなのである。三菱自動車のPHEVですら、10日分の生活電力を貯められる。最近のBEVのバッテリーであれば2週間は余裕で行ける。これらの電気は、需要が少なくて電気代が非常に安い夜間に充電して貯めておくのである。
急速充電というのはあくまでも長距離移動の際の必要経費であり、この価格はガソリン代とさほど変わらない。基本は電気代の安い夜間に、家で充電して運用することで圧倒的に安いライニングコストを実現するのがEVオーナーたちの常識となっている。
これらをよくよく理解すれば、再エネというのは蓄電とセットで運用しなければその効果は半減してしまうということが分かる。今、世界は一生懸命にリチウムイオン電池を製造しているが、まだまだBEVの需要を捌き切れていない。まだまだ足りていない。
もちろん、蓄電の前駆体としてはBEVが望ましいのであるが、最初からレッドクスフロー電池やBEV落ちの中古バッテリーのような蓄電システムを再エネ発電所の近くに設置しておくだとか、再エネ発電所の近くに大口の電力需要家(アルミ精錬工場や電炉工場など)が移転するなどの動きも望ましい。
良質な風が吹く場所はどこか
日本は陸地が少ないので、風力発電の本命は洋上風力である。しかし、遠浅の海が少ないので浮体式洋上風力の開発を進めなければならない。台湾のような着床式タイプではないので開発難易度は上がる。したがって、世界に比べてまだまだ実績としては少ないのであるが、それも時間の問題であろう。
風自体はちゃんと吹く。基本的には高緯度で、西側の方が風が吹くのが地理で習った基礎であるし、日本海側は「やませ」が吹くことでも知られている。
EVネイティブさんが、命を賭けた頭のおかしい企画を敢行しているが(褒めている)、この動画の20:00前後などでも分かる通り、北海道の西側の風の強さは凄まじいものがある。
また、幕張の千葉ZOZOマリンスタジアムは風速10メートルが通常運転であるが、沖に出て風車を大型化すれば良質な風は得られることが感覚としても理解できる。
陸上も含めているが、やはり日本で多いのは北海道、青森、秋田辺りである。地理で習った通りだ。特に秋田の洋上風力は三菱商事などの総合商社も参画しており、これはつまり投資対象としては非常に有望なことを意味している。
ちなみに洋上風力のポテンシャルを踏まえると、この最安値11.99円/kwhは大した衝撃ではない。世界では5円付近まで下がっており、しかもこのプロジェクトは浮体式ではなく、着床式である。ちゃんとマージンが取れるだけの価格で落札しており、今後の技術革新のことも踏まえると妥当だろう。
既存プレイヤーたちが騒ぎ立てて入札ルールが変わったが、三菱商事ですら卑怯者扱いされて虐められるのがこの業界なのである。怖い。
余談だが、風力発電業界はファイナンスがモノを言うので金融屋が非常に多い。技術が重要である一方、群がる金融屋がキラキラと華やかに立ち回っており、風力関連の会社のホームページを見れば、当方が言っていることはすぐに理解できるはずである。つまり、本当に技術的に商用化ベースの土俵に乗せようとしている勢力と、そうでないファッション系の勢力が混在しているので注意が必要である。
日本の風力発電の問題点
エネルギーを毎年数十兆円輸入しており、昨年は赤字を20兆円垂れ流した日本は、風力発電というエネルギー自給の手段は少なからず進めるべきだと当方は思ったのだが、意外とそうではないのが日本の現状である。
つまり、日本人の理解がまだ十分に得られていないのが風力発電という発電方式なのである。(まあ原発も石炭火力も地熱も、何だろうと反対勢力はいるものであるが。)
もちろん、先ほど述べたように、蓄電システムも追い付いていない。日本にはまともなBEVメーカーが存在しないので、国内における総蓄電容量は諸外国に比べて小さい。
そして何より重大な問題なのが、風力発電機メーカーが存在しないという点である。
先ほどの三菱商事のこれは、アメリカのGE製である。基本は米国で製造し、上海で東芝が組立てをし、あとは海洋建設の会社たちが設置する流れである。肝心のタービンがアメリカ製なのが個人的に残念だと思うと同時に、こんな円安×インフレしている中で国産化しないのは時代の流れに反しているのでないかと感じる。
このプロジェクトの採算が合わない場合、日本が洋上風力を続けるのであれば国産化しなくてはいけない。そうでなければ諦めて太陽光と原発で火力発電の不足分を補うしかない。これは非常にもったいないことだと思うのは当方だけだろうか。
部品点数が2~3万点もあるのであれば、自動車産業の部品メーカーは是非とも参入して欲しい。550万人の雇用を守るために必死にEVシフトを拒んでいるト○タも限界が見えてきており、焦っている下請けの部品メーカーも多いだろう。そうであれば、今のうちからこのような新しい産業にもチャレンジしてみてはどうか。ホリ○モンが提唱するロケット産業などもあるが、自動車ほど数が出ないので風力発電業界にも分散するなど、部品メーカーの多角化が求められるかもしれない。
ただし、部品メーカーだけでは駄目で、きちんと国産の風力発電機メーカーがいなければサプライチェーン的に厳しい。これはBEVでも同じことが言える。部品メーカーが組み立てメーカーに転身するのは資本力から考えても厳しく、やはり大手企業が主導して欲しい限りである。
課題解決について
一応おまけとして、冒頭のよくある風力発電への疑問についての回答を記載しておく。ただし、これはあくまでも海外で言われている内容であり、実際に日本で成立するかは関連企業や行政の手腕にもかかっている。
「日本は良い風が吹かない」・・・風況マップ的にはクリア
「台風の通り道」・・・ハリケーンや台風も耐えている
「景観が損なわれる」・・・沖合の風車は肉眼では見えない
「中国が儲かるだけ」・・・西側の発電機を輸入するべし
「日本企業は撤退した」・・・競争に負けただけで海外製の技術レベルが高い
「送電網の整備で莫大な費用が掛かる」・・・蓄電システムやグリッドの整備が必要
「欧州だって風が吹かなくて電気代が騰がった」・・・蓄電システムが未完成
「鳥がぶつかって命を落とす」・・・バードストライク対策をする必要あり。そもそも飛行機は風車以上にバードストライクが発生する
「土地がない」・・・洋上風力に期待
おわりに
各所の予測では、ちょうどこれから洋上風力、とりわけ浮体式洋上風力が劇的に増えてくるのであるが、日本でどのような形で進むのかはまだ分からない。
今は輸入タービンが多いが、まずはメンテ需要を取り込みながら、徐々に国産化比率が上がってくるかもしれないし、市場が大きくなってくることで国産化に名乗りを上げる企業が出てくる可能性もある。
一方で、三菱商事の秋田沖のプロジェクトや、ガス大手や電力大手が取り組む九州のプロジェクトなど、いずれも輸入であるために円安の逆風から特損を計上して終え、日本の衰退に歯止めが掛けられない世界線もある。戦争が終わって化石燃料の価格が下がり、原発再稼働だけ何とかなってしまう未来もあり得るだろう。
しかし、当方のポジションとしては、風力発電は伸びるし、コスパ的にも非常に現実的な発電方法だと明言しておきたい。太陽光に並ぶポテンシャルがある。せっかく記事を執筆するのであれば、ポジションはしっかり取るべきなので、ここで改めて記載しておく。その他の記事やTwitterの投稿でもこの「再エネ×蓄電×BEV」の三位一体の優位性主張は一貫しているつもりである。もしも同様の考えを持っている人がいれば、是非ともお気軽に絡んでいただければ幸いである。
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