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アリー404 ⑶ エラー404

私は今日も路地裏巡りをしていた。
最近の路地裏ブームもあって、普段より人が多く感じた。

「なんのはなしですか」

という看板はだいたい路地裏にある。
私は普段はそれを頼りに、路地裏を巡っていた。
そしてこの辺の路地裏のことはだいたい知っているつもりでいた。
だから、本能に任せて歩いていた。

そして迷ってしまったのだ。
似たような景色が続いている。

あの店、さっきも見た気がする。

それが気のせいではないことに、しばらくすると気がついた。

同じ道をずっと歩き続けている。
間違いない。
あの店の隣はパン屋、そして民家が続いて、八百屋。

少し進むと、今では珍しい、昔のジュースの瓶が、王冠とともに飼い主を待つ犬のように道端に置いてある。

まっすぐ歩いている。
どの店もどの家も、その瓶と王冠も定期的に現れる。

おかしいと思いスマホを取り出し、マップを開くと

『Error 404  ページが見つかりません』

久々に見た気がする。

他のアプリでなんとかならないかと思っても、なぜかブラウザが起動してエラー404が続く。

私はさっきの店を出たあと、うっかりスマホを落としたことを思い出す。
それなのに、ろくに確認もせず拾い上げて歩き出してしまっていた。
あの時、壊れたか…。

帰り道がわからない。
スマホは便利だ。
でも、使えなければただのプラスチックと金属とその他からなる薄っぺらい板でしかない。

私は逆向きに歩いてみることにした。
押してもダメなら引いてみな、という言葉もある。

それでもやっぱり同じ場所に戻ってくる。
こういう話、あったな…と思い出したりもしたけれど、今はそんな思い出に浸っている場合ではない。

私は途方に暮れながら、人を探すことにした。

しかしどういうわけか、建物は綺麗なのに空き家が多そうだ。
立入禁止と書かれている家もある。
注意深く一軒一軒観察しながら人の気配を探す。

そして私はある小屋の窓から探していたものが見えた気がした。
さらに誰かがこちらを見ていた気もした。

近づいてよく見てみる。
ダメだ、文字が小さすぎて読めない。

小窓から中を覗くと、見たことのある本があった。

そして、やっぱり人がいた。

私は思い切ってドアを開け中に入ってみた。

「こんにちは」

「こんにちは」

声をかけたらそのまま返ってきた。
とりあえず話はできそうだ。

私は道を聞きたかったはずなのに、つい、いつもの質問をしてしまった。

「あの…唐突にすみません…なんのはなしですか…って…ご存知ですか?」

「え?ああ…はい…一応…こんなのですかね…」

まるでそんなことを聞かれたのは初めてだという顔をしてその人は言った。
メガネをかけたちょっと歳上くらいの女性だ。

よくわからない、でも何かがあるそんな十人十色なはなし。

路地裏のあちこちにある、よくわからないけど読んでしまうはなし。

ここにあるものも同じだった。


それはさておき、他のものも気になる。

「少し眺めても?」

「ええ、どうぞご自由に。」

私は壁側の棚を眺めた。
よく見ると、私には縁のないようなものの中に、まさしく今私が体験したあの話が少しだけあった。

同じところに戻ってきてしまう、奇妙な冒険の話だ。
そうだ、あれはポストと犬のフンのところがスタートでゴールだった。

そして小窓から見えた文字は

『なんのおみせですか』

だった。
確かに、謎の店だ。
そもそも店なのかどうかすら怪しい。
置いてあるものには値札はついていない。

これください、と言おうものならとんでもない額を要求されるかもしれない。

「あの、ここは…」

「…うっかり屋です」

「へ、へぇ〜」

私は努めて明るく装った。
ものすごく、返事に困る回答だった。

どういう意味なのか。
店の名前なのか、彼女自身のことなのか。
突っ込んで聞いてもいいものなのか。

と迷っていたら、メガネの人が言った。

「実はまだここにきたばかりで、気がついたらこの路地裏のこの小屋で、好きなものを並べていたんです。
なので、お店ではないし、並んでいるものもまだ少ないんですけど…
一応聞かれたら、うっかり屋ですって言おうかなと思って。」

そして、こうも言った。

「ちょっと前に、別の路地裏で『なんのはなしですか』って3年間叫んでいた人がいたという話を聞いて気になってしまって。
…それこそ、なんのはなしですかと思われるかもしれませんが、その人のところに行って戻ってきたら、ここも路地裏だということや、知らない間に好きなものを並べていたことに初めて気がついたんです。」

「同じです!」

私はうっかり大きな声を出してしまった。
そしてまるで仲間を見つけたかのように話し始めた。

「私も『なんのはなしですか』の話を聞いて、路地裏巡りを始めたんです。そしたら、一気に路地裏に引き込まれてしまって。
だいたいのところは見てきたんですが、この路地裏は初めてで…それに、スマホを落としたら壊れてしまったみたいで。道もわからないし、途方に暮れていたんです。」

「ああ、それなら大丈夫ですよ…あっちのドアから出たら、スマホは直りますし、ちゃんと帰れますから。それにしてもこの世界は本当に不思議なことが多いんですね。」


…私は思った。
ちょっと待て。


一つ。
ドアから出たらスマホが直る…さらにちゃんと帰れる。
その根拠が示されていない。
そんなことをなぜ断言できるのか、意味不明。

二つ。
この世界は本当に不思議なことが多いんですねと彼女は言うが、私自身はあまり不思議な体験はしたことがない。
あるとすれば、今さっき、なぜか同じところをぐるぐると歩き回っていたことくらいだ。
そして「本当に」というのはどういうことなのか。なぜ私に同意を求めるのか。

結論。

この場所もこの人も何かがおかしい。

私の頭の中はフルスピードで結論を出した。

早くここを離れた方が良い。

小屋の奥に、ぼんやりと光るドアがあった。
スマホは直るらしいし、ここに長くいるのは何か良くないと思って私はそのドアから出ることにした。

「ああ、あのドアからですね…あと…」

そして私は先ほどの体験は隠して普通に尋ねた。

「ここはなんていう路地裏なんですか?」

「…この辺の人は、アリー404と呼んでいます。」

「アリー404…」

私はそうつぶやいて光るドアに向かい、扉を開けた。
私は誰にも会わなかったけれど、どうやらこの辺にも人はいるらしい。

メガネの女の人が

「そのドアは、途中で振り返っても大丈夫ですよ。ではまた」

と言って手を振っていた。

そうだ、あの奇妙な冒険の話では、帰る時に振り返ってはいけない道を通る必要があった。

「え、あ、はい…」

私は頭の整理が追いつかないまま、適当な返事をしてドアをくぐった。

すぐに見慣れた風景に戻った。
恐る恐る振り返るとドアは消えていたが、別に何も起こらなかった。
彼女のいう通りスマホも直っていた。

なるほど、世の中には不思議なこともあるもんだ。


私はさっそく『アリー404』について調べてみた。
出てきたのは淡々とした一文。

『次の検索結果を表示しています
: エラー404』

違う、そうじゃない…
私は独り言を言う。

なんならあの変な路地裏で、2年分くらいのエラー404を見て帰ってきたところだ。


じゃあ、アリーだけで…と…

…違う、絶対日焼け止めのことじゃない。

私は「英語」と付け加えた。

Ally
「女性の名前」
「味方」
「同盟」

なんか…しっくりくるような、こないような。

スクロールすると別のスペルが現れた。

alley

「路地・細い道」

ああ、そういうことか。

しかし404ってあのエラー404の?


『お探しのページが見つかりません』


今日何度も見たメッセージ。

…アリー404って…
まさか、そういう意味?

もしかすると私はとんでもないところに行ってしまっていたのかもしれない。

検索結果を眺めながら、あの路地裏のことは誰にも話さないでおこうと思った。
話してはいけない気がした。

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