アリー404 ⑴ 変身したかった男
「どこだここ?」
俺は声に出してみた。
声は出る。
ただ、周りに人はいない。
だから誰も聞いていない。
気がついたらそこにいた。
どうやらここに来る前の記憶がないようだ。
来たことがあるような、ないような。
空き家のような古そうな住宅もあれば、真新しいカフェがあったりする、いわゆる路地裏だった。
何か思い出すかも知れないと思い、ぶらぶらと歩いてみた。
しかし似たような景色が続くばかりだ。
引き返すか。
そう思った時、小さな小屋が目に入った。
他の建物とは何かが違う。
そしてその違和感の正体が分かった。
入り口がないのだ。
興味がわいたので近づいてみた。
小さな小窓がある。
俺はそっと中を覗いた。
「嘘だろ…」
うっかり声に出してしまった。
そこにあったのは、俺が子供の頃に持っていた戦隊モノの変身グッズだった。
他のことは思い出せないが、あれは見覚えがある。
むしろしっかり覚えている。
何度も変身ポーズを練習した。
ロボットも欲しかったけど、買ってもらえなかった。
さらに窓に近づいて小屋の中を堂々と覗く。
マジか?
聞き覚えのある音楽がかすかに聞こえた。
英語の部分は適当に歌っていた、あの主題歌だ。
もっと他にも何かないのか?
俺は中の様子が気になり出した。
中に入りたい。
あの頃のものが他にもあるかも知れない。
それに、この小屋の主人はどんなやつなんだ?
ドア、どこにあんだよ…
俺はどこかに秘密のボタンがあったりするかもなどと、SFじみたことを思いつき、探るように壁に手をついた。
あの、指紋認証付きのドアのことも思い出した。
何しろ気がついたらこんなところにいたのだ。
夢か何かに違いない。
何か不思議なことがあっても不思議じゃない。
「あ…」
思ったとおりだ。
すんなりと小屋の中に入ることができた。
辺りを見回すと、他のヒーローのグッズや人形、DVDもあった。
しかしそれだけではない。
懐かしい曲を聞きながら、窓際に目をやる。
「…?」
なんだろうこれは。
ポエム?
こっちは、手作りの、コースター?
妻が好きそうだな、と思って、ああ、自分には妻がいるのだということを思い出す。
これは…聖書?
こっちは…なんだ?
あ、これは見たことがある。
多分有名な画家の騙し絵だ。
そして俺はうっかりしていた。
そこにある変なものを眺めることに夢中になって、この小屋の主人の存在を忘れていたのだ。
だからそこに人がいることに気が付かずにいた。
しかし、それを悟られないように俺は言った。
「あ…すみません」
何を謝っているのかわからないが、とりあえず謝った。
目の前の相手はじっとこちらを見つめて、微笑んでいる。
メガネをかけた、年齢不詳の女だった。
怪しい人ではなさそうだが、何を考えているのかわからない。
俺は思い切って尋ねた。
「ここはなんのおみせですか」
店主は言った。
「販売をしているわけではないので、お店ではないんです。ただ、並べてあるものを自由に眺めてもらう小屋、とでもいいましょうか…一応うっかり屋というんですが…」
「はぁ…」
俺に言えるのはそれだけだ。
欲しかった答えではなかった。
しかしここへ来て初めて出会った人間だ。
気になっていたことを聞いてみた。
「あの…俺、記憶ないみたいで…ここ、どこなんですか?」
「アリー404」
「アリー?404?」
「正式な地名は知りませんが、この辺の人たちが、ここはアリー404だと言っていたので…」
なんだか話がよくわからない。
「いや…何県の何市なのかってことなんだけど…」
「…わかりません」
店主…いや、店じゃないというのだから、この小屋の主人というべきか。
その女は目を合わせずに答えた。
「私も気がついたらここにいたんです。うっかり迷い込んだというか。ちょっと前のことです。」
「なんだって?」
「この辺に来るのは初めてですか?」
「…ああ」
すると女は、この小屋のことを語り始めた。
気がついたらここにいて、好きなものを並べていた。
そしてなぜか俺のようにうっかり迷い込んだと思われる人がたまに訪れるらしい。
そんな人が来るたびに徐々に並べるものも増えていき、こんな小屋になったという。
話を聞きながら俺はあの変身グッズに再び目をやった。
「…変身、してみます?」
俺の視線に気がついたのか、不意に聞かれて、俺は黙ってしまった。
歳上なのか歳下なのかもわからない女に、少年のように答えることなどできない。
そんな心を見透かすように、あの変身グッズを差し出しながらその女は言う。
「…レッドじゃないんだね。」
そう、俺は。
ブラックが好きだった。
なぜわかるんだ。
それになぜ急にタメ口になったんだ。
「いいだろ別に。」
このわけのわからない世界なら
そしてこのわけのわからない小屋の中でなら…
変身できるかも知れない。
でも。
「…やっぱりやめる?」
「俺…おっさんだし…」
「そんなの関係ない…疾風さんが変身するところ、見たいな。」
「え?」
俺は…何かを思い出す。
あの時のあの子か?
女子なのに、いつも俺たちとヒーローごっこをしていた子がいた。
いや、まて。
全然違う。
でもまあいい。
こんな機会は二度と来ない。
俺は変身ブレスを着けた。
もう、やるしかない。
そしてあの頃と同じように、セリフを言いポーズを決めた。
きまった!
というか、覚えていた!
「ではまた」
何が起きたんだ?
俺は今、年甲斐もなく変身ポーズを決めたはずだ。
あの変な小屋の中で。
しかし俺はなぜか小屋の外にいた。
振り返るとその小屋のドアの前であのメガネの女が手を振っている。
ドア、普通にあるじゃねえか…。
俺は今起きたことを思い出しながら、来た道を引き返した。
角を曲がると、見慣れたいつもの帰り道だった。
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