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アリー404 ⑵ ドアを閉めたのは誰

こんなところに来るつもりはなかった。そこは見たことのない、来たことのない路地裏だった。

何かを探していたということは覚えている。
スマホを取り出してみると、左上に二文字。

『圏外』

陽が傾いてきた。
暗くなる前にせめて電波のあるところへ行かなければ。

そして私はあることに気がついた。

どうして人が全然いないんだろう?
ヤバい。
かなり変なところに来てしまった。

いろいろ小さなお店もあるが、人がいるのかいないのかわからない。
しかもなんだか似たような景色が続いている。

そもそも、ここはどこで、私は何を探していたのかもわからない。
何かを見つけた気がして、その方向へ歩いてきただけだ。

そこがどんなところなのか、ろくに調べもせず、やみくもに来てしまった自分が悪いとは思うけど。

落ち着こう…なんとかなるはず。

それでも私はやっぱり焦っていた。
気がつけば早足になり、同じような景色の続く路地裏を歩き回った。

そして私はなんとか人がいる店を見つけた。
正確には、小窓の中に動く人影が見えた、と言うべきか。

仕方ない。あの店で聞いてみよう。

私はそこへ近づいた。
看板も、何もない。

けれど、人はいる。
メガネをかけた女性だ。

窓から中を覗くと、店の中にいるメガネの人は品物を並べたり眺めたりしているようだった。

そして、ある絵にむかって話しかけている…ように見える。

変な人かも知れない。
直感的にそう思ったけど、仕方ない。

優先すべきは帰り道を聞くこと。
私はノックをした。
返事はなかったが、ドアを開けた。

え、無視?

その店の人は「いらっしゃいませ」とも言わず、チラッと私を見ただけだった。

しかし入ってしまったからには仕方ない。

それにあの絵がちょっと気になる。

メガネの女の人は私がいることを知りながら、椅子に座ってクッキーの袋を開けていた。
そして、スマホを机の上に置き、イヤホンをつけると動画を見始めた。

なんなのこの店?

再びチラッと店の人を見るけれど、動画に夢中だ。

そしてどれだけ見つめても、気になった絵は私に何も思い出させてはくれなかった。

他に何かないかと思い、窓際に目をやると、ハンドメイドっぽいアクセサリーが飾られている。
そして本が数冊…子供向けの本と、自己啓発の本、家庭菜園の本、料理の本…特に統一性のないジャンルの本が不規則に並べられていた。

あのメガネの人がいるかどうかもう一度確認する。

…私には目もくれず、動画に夢中だった。

もしかしたら何か見つかるかも。
そう思って反対側の壁側に向かう。

変な絵や、変な紙切れや、私の知らないアニメのポスターなどが無造作に飾られている。
私の知らない、ヒーローのDVDもあった。

とにかくあの絵以外はまったく私には縁のないようなものばかり。

明らかに変な店に来てしまった。

そもそも、なぜきちんと並べないんだろう。
私ならジャンル別に分けるし、本なら絶対あいうえお順に並べるのに。

まあいい。
買い物をしに来たわけではない。
道を聞きに来ただけだ。

私はメガネの女の人に声をかけた。

彼女は私に気がつきはしたものの、適当にうんうんと頷くだけだった。
…イヤホンをしているからだ。

私の話なんて聞く気がない、そう言われた気がして、ちょっとイラッとした。
私はイヤホンを外して欲しいとゼスチャーで伝えた。

彼女はイヤホンを外すとこう言った。

「何かお困りですか?」

…そう言われると、それこそ困ってしまう。
この状況は、困っている、とは違う気がした。

「…道…聞きたいんですけど…」

「ああ、もしかしてうっかりこの辺に来てしまいました?」

「え、あ、はい…気がついたらこの路地裏?にいて…人が見えたから…何かわかるかと思って…」

私は答えながら、こんなところで何かがわかるわけがないと思った。
この人だってきっと何も教えてくれない。
そもそも私のことなんて、はなっから興味がなさそうだ。

「もしかして、何か探していました?」

「ええ、まぁ…でも何を探していたのかも忘れてしまったみたいで…でも、私にとっては大事なことで、それなのになんで忘れてしまったのかなとか、いろいろ考えているうちにというか、この路地裏に迷い込んで余計によくわからなくなってきて…」

「ああ、そういうのって探しているうちは見つからなかったりするんですよね…」

いや、聞くならもう少しきちんと聞いて欲しい…結局、この人は私の話なんて聞く気がないんだ。

探しているうちは見つからない

そんな簡単な一言で終わらせられると少しがっかりしてしまう。

「あのドアから出るといいですよ。」

「え?」

店の奥に、入ってきた時とは別のドアがあった。
なんだか、ぼんやり光って見える。

わけのわからないことばかりだ。

「多分、行きたいところに行けると思います。探し物、見つかるといいですね。」

メガネの人はそう言った。

私は、はぁ…と小さく答える。

考えれば考えるほど、この店もこの人も何かがおかしい。

私はそのドアに近づいた。

ここに来ることはきっともうないような気がした。

そして私が探しているものはきっとあのドアの先でも見つからないだろう。

そう思った時。

「ドアを開けて、外に出るだけですよ。」

その人は静かにそう言った。

ここへ来てから何かがおかしい。
でも今私がすべきことは、彼女のいう通りドアを開けて外に出ること。
むしろそれしかない。


「ではまた」

メガネの女の人は手を振ってきた。
早く帰れと言われている気がした。

私は、あぁ、とも、はい、とも、うん、ともつかない曖昧な言語と笑顔を残して、自分で開けたドアから外に出た。

その瞬間、後ろでドアがバタンと閉まる音が聞こえた気がして反射的に振り返ったけど、ドアも何もかも消えていた。


何が起きたのかはよくわからない。
でも帰って来れた。
そして今さら気がついた。

あそこ、Wi-Fiあったかも。
あの人スマホで動画見てた。

はぁ。
ついため息が出てしまう。
悪い癖だと思うけど、なかなかなおらない。
もっと気楽に生きてみたい、そうは思うけど。

「何かお困りですか?」

あの時、困っている、と答えることができていたら、私の探しているものは見つかったのかな。

とりあえず、今日はあの変な店の話を日記に書くことにした。

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