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アリー404 ⑸ もうひとつの世界

今日は一日中晴れという天気予報だったから、僕は久しぶりに外を散歩することにした。

その日に何をするかは天気で決めるのが僕だ。

僕は気がついたら路地裏に1人で住んでいた。
もうすぐで2年だ。

時々表通りに行ったりもするけど、やっぱり人の少ない、この路地裏が一番路地裏らしくていいと思う。

よし、今日は散歩の日だ。
そう思って散歩をする。
相変わらず人と会うことは滅多にない。

ここはアリー404。
誰かと出会うためにはちょっとしたコツがいる。

『でも会えるか会えないかわからない、くらいがちょうどいい。だからここにいる。』

それは、僕がここへ来たばかりの頃にこの路地裏にいた人の言葉だ。

僕はここが好きだ。

でもたまに思う。

本当の自分は、どこか別の世界にいるんじゃないかと。

今はただ、このnoteと呼ばれる世界に迷い込んでしまっているけれど、なんとなく、別の自分の記憶のようなものもある。
あれはなんなのか。

子供のころ公園で友達とブランコを漕いだ記憶。
片思いをしていた初恋の子に恋人ができた時の記憶。
会社に入って、そして、辞めてしまった記憶。

記憶はあるのに、それはすべてこの路地裏には存在しない。

表通り、いわゆるnoteの世界にも、僕が記憶している会社もないし、僕の知る友人もいないし、子供の頃に遊んだあの公園もないようだった。

僕の記憶、だと思っているものが夢だとしたら、具体的すぎる。

あれは、なんなんだろう。

僕は初めてこの路地裏で出会った人の家を訪ねた。
今はそこにはいないのはわかっている。
しかし彼女が戻ってきた時のために僕はたまに様子を見にくる。

僕はその家のドアの横に置いてある、僕か野良猫しか座らないガーデンチェアに腰掛けた。
白い、鉄製のものだ。


昔遊園地で見たような……あれは誰の記憶なんだろう。

この路地裏は車が入れない。
それだけでも十分に静かだ。
その上、人通りもない。
とにかく静かなのだ。


僕は、その白いガーデンチェアにもたれかかり、ここへきてからのことと、ここへくる前のことをいろいろと考えていた。

不意に数羽の鳩がバサバサと飛び立つ羽音で目が覚める。

どうやらうっかり眠っていたようだ。

そして誰かがまた迷い込んで来たらしい。

僕はあたりを見回した。

メガネをかけた女の人がこちらに向かって歩いてきて、僕に気づく。
そして僕の前で立ち止まった。

「こんにちは」

僕が声をかけると

「あ、こんにちは」

と返ってきた。

「どうかしましたか?」

僕が尋ねると

「いえ、この道で人と会うのが初めてだったのでちょっと驚いてしまって。すみません。」

と言う。
どうやらこれは。

「…この道、よく通るんですか?」

僕は立ち上がり、思い切って尋ねてみた。

「たまに通るくらいです…普段はあっちの道を使うんですけど、今日は天気も良かったのでそこの公園に寄ろうかなと思って。
あの…こちらにお住まいなんですか?」

「いや、ここは…知り合いの家。僕のホームはあっち。そうだ、よかったら僕のところに寄っていきませんか?僕もこの道で人に会うことは少ないし。」

彼女はちょっと緊張が解けたようで、笑顔を見せた。
黄色と白のボーダーのTシャツに、ジーンズ、スニーカー。
見た目は普通だ。
多分。

「え、いいんですか?」
「もちろん。」

僕たちは話しながら歩いた。

彼女はちょっと前になぜかここに迷い込んだらしい。

うっかり屋という小屋にいると聞いて、僕は『うっかり屋登場!』と書かれた404ジャーナルを思い出した。


僕のところは気分屋なんだ。


そういうと、彼女はそうなんですね〜とあっさり受け入れてくれた。

ここにくる人はみな、なぜか自分のホームに〇〇屋という名前をつける人が多い。

そんな話をしながら僕のホームに着く。

「ここです。」
「え?」

彼女は驚きながらこう言う。

「私のところは、あそこなんです。」「え?」

次は僕も驚いた。
指差した先は斜め向かいの黄色い壁の家だった。

あの家は前からあった。
でも、人が来ていたことに気づかなかった。

「ご近所さんだったんですね。ふふ。」

そう言って彼女は笑う。

「そうみたいですね。ではあらためて、よろしく。僕は……レラ…」

「レラ…素敵な名前ですね!…あ、もしかしてそれで、気分屋…なんですか?」

「え?」

「あ、いえ、なんとなく思っただけです。気を悪くしたらすみません。私はアトイです。」

レラ、と言うとたいていは、女の子みたいとか、元ネタはなんのキャラですか?と表通りではよく言われた。

僕は適当に、思いつきでつけただけだよ、と答えていた。

noteの世界に来た時、自分で自分の名前をつけることができたから。


しかし実は彼女の言う通りだ。
レラ…だから…気分屋。
逆かもしれないな。

この世界に来る前の僕の名前がなんだったのかはもう思い出せない。

僕がそんなことを考えていると声がした。


「レラさん、これ、なんですか?」

彼女は紫色に怪しくひかる壁を見て尋ねた。

「あー、それは…今日はそこか…」

僕のホームには不思議な出入り口があるが、それは毎日変わる。

今日はまるでゲームに出てくるあのゲートのようだ。

「これ、どこかで見たことがある気がします。」
「ゲームじゃない?あ、…すみません、実は僕…敬語苦手で…」

これで何度か失敗もした。

馴れ馴れしい!と先輩に言われたこともある。

あれは、いつ、どこでだっただろう。

僕は、敬語が苦手で…。
そこから先は思い出せない。

彼女は少し黙ってこう言ってくれた。

「…わかった。気にしなくていいよ、普通に話して。私もなるべくそうする。」
「え?」
「だってもっとレラさんと話したいから。」

ありがとう、嬉しい。

そんな一言が僕には言えない。

そんな思いを知ってか知らずか、彼女はどんどん話しかけてくる。

「うん、思い出した、確かにあのゲートに似てる!いや、そのものだよ!でも、なんでこんなものが?」

「多分アトイさんのところにもあると思うけど…他のところに行ける、ポータルっていうんだって。」

「あー、前に行ったところとか、誰かのおすすめとか、いろいろなところに行ける出入り口のこと?」

「うん…人それぞれホームの様子は違うみたい。僕のところのポータルは、気分屋だから、日によって変わるんだ。昨日はそこの鏡だった。でもちょっと狭くてね、僕には通れなかったよ。」

ふーん、なるほど、と聞こえそうな顔をして彼女は大きく頷いた。
そして、何かを思い出したように聞いてきた。

「うちのは光るドアなの。ねえ、レラさん…」

「何?」

「どうやったら他の人に…この辺の人に会えるの?」

「さぁ……知りたい?」

本気で知りたいのなら…でも、僕が教えてはいけない気がする。
トマリに相談しようかな。

「ちょっと知りたい、かな。私、ここ気に入ってるし、アリー404っていう響きも好きだし。」

僕はやんわりと、探るように尋ねた。
気分屋ではあるけど、警戒心だってある。

「アリー404って?」

「…ここへきたばかりの頃、あの船着場のところで『ここはアリー404だから君はその船を降りられないよ』って言っている人を見たの。」

…トマリに会ったのか。

「船着場、よく行くの?」

なるべく怪しまれないように僕は尋ねた。

「海が好きだから…それにあそこにはいつも働いている人がいるでしょう?だからあそこに行くと、ああ、1人じゃないんだな、って安心する。まだ、あの人と話したことはないけど。いつも掃除をしていたり、カモメを見つめていたり…なんか、邪魔しちゃ悪いかなって思ってしまって。」

トマリはここの住人じゃない。
でもこの路地裏の海の玄関…もちろん誰でも通れる玄関ではないけれど…大きくもなく小さくもない船着場で特殊な仕事をしている。

だから、あそこに行けば誰でもトマリには会える。

「あと、そこの曲がり角で話している人達がいて…私もまだ来たばかりだったから、立ち聞きみたいになっちゃったんだけど、『やっぱりアリー404に何度もくる人はなかなかいないな』『うん、あの人くらいだよね…』って話しているのを聞いて、ああ、ここはアリー404なんだなって思って。もしかして、違ってた?」

…それ、この前の僕とエミナだ。

「試すようなことを聞いてごめん。君の言う通り、ここはアリー404。」

「じゃ、404ジャーナルはレラさんが?」

404ジャーナルも届いているということは、本当に彼女はうっかり屋のアトイさんに間違いない。

「あれは、情報屋が月に一度配ってる。僕たち、なかなか出会えないからね。この辺の出来事をまとめてくれてるんだ。君の店のことも読んだよ。」

だから僕は、どうしたら君に会えるか考えてたんだ。

そう心の中で続けた。


「あのジャーナル、取っておきたかったのになくしてしまったみたいで…」

「ああ、あれは、そういう素材なんだよ。手に取ってから6時間で消える。測ったことがあるんだ。」

「ねぇレラさん、ここは不思議なことが多すぎると思う。」

彼女は僕の目をまっすぐに見て言った。
僕は静かに問いかける。

「…どこと、比べて?」

「それは……どこだろう……あれ…おかしいな…」

僕はその反応を見て、彼女も他の世界の記憶を持っているかもしれない、そんな気がした。


「いや、深い意味なんてないよ、変なことを聞いてごめん。さあ、そろそろ帰った方がいい。日が暮れてきた。」

僕ははぐらかすように言った。

「あ、ほんとだ。」

「今度は僕が君のところに行くよ。」

「ええ、いつでもどうぞ。今日は誘ってくれてありがとう。じゃ、またね。」

彼女はまだ知らないんだ。
この路地裏でどうしたら他の人に会えるのか。

それでも彼女のホームはわかった。
あとはタイミングを待つだけだ。

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