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アリー404 ⑺ 船着場

月月火水木金金……
曲調は嫌いじゃないんだけどな。
どこか別の世界の、昔の海軍の軍歌らしい。

僕は海軍に所属していないので、その使命感や気持ちはよくわからない。
でも、同じ海を職場にしていると思うといろいろ考えてしまう。

「おはよう」


声がする方を向くとレラさんがいた。
この人は気分屋で、なんの前触れもなしに急にやってくる。


「おはようございます。」
「ちょっと相談していいかな。」
「だめです。」


この人の「相談」は面倒なことが多い。
それに僕は今勤務中だ。
もっとも、僕はここにいる限り勤務中なのだ。休日はない。


「…君の仕事にも関わると思うんだけどな〜。そっか、ダメなら仕方ない。他を当たるよ。またね。」


他にあてなんてないだろうし、天邪鬼で素直じゃないこの気分屋のことを、僕は僕なりに理解しているつもりだったので仕方なく話を聞くことにした。

僕はこの特殊地帯エラーゾーン、アリー404に海から入ろうとする人を監視し、上陸可能かどうかの判断をする仕事をしている。

といっても、滅多に船は来ない。
昼間は海を眺め、夜はアラートが鳴った時だけ監視業務をするだけでいい。
noteの世界の管理局の、辺境地方公務員といったところだ。
だから、毎日が勤務日だけど、毎日が休日なのと大して変わらない気もする。

レラさんは僕が管理局の仕事を始めたばかりの頃からの付き合いだ。
何を考えているのかよくわからないことが多いが僕たちはなんとなく気が合った。

わかりやすく帰ろうとするフリをするその友人を、僕もわざとらしく引き留める。


「わかりましたよ。今日は何です?」


「ここの住人同士が出会える方法を教えたい人がいるんだけど…」


ははぁ…最近来たうっかり屋の人か。
相変わらずわかりやすいな。


「それは、自分で見つけるしかないんですよ。それにあなた、ここへ来たばかりの時に何回もその方法を聞きに来て、その度に、『自分で見つけるしかない』って何度も教えたじゃありませんか。」


「まあ、そうなんだけど……どうしても?」


期待を込めた視線を僕に向けてくる。


「どうしても、です。例外はありません。規則は変更されていません。その方法を自分で見つけるまでは、偶然にしか会えません。ただ、ヒントはたくさんあるのです。探していたら見つかりませんけど。」


「ちぇ……」


そんなにがっかりされても困る。


「それに『会えるか会えないかわからないくらいがちょうどいい』んですよ。」


僕がこの路地裏で出会った人の言葉。
僕はその言葉を忘れたことはない。

それはレラさんもきっと同じだ。

小さな声で「それは、そうだけどさぁ…」と呟くのが聞こえる。


「ちなみにこっそり答えを教えるのも規定違反になります。最悪の場合両者ともアリー404にはいられなくなります。」


「だったらさ、君からも何か少しヒントを…」


「そんなに会いたいんですか?」


珍しいなと思った。
気分屋のレラさんがここまで言うとは。


「それは…わからない…」


気分屋は本当に気分屋だけど。
思っていたより真剣なのかもしれない。


「大丈夫ですよ、アリー404の皆さんは今のところ全員その方法を自分で見つけていますから。」


「そう、だね。」


「僕だってあなたにヒントをたくさんあげたでしょう?」


「…だから…彼女にも…」


「レラさん、僕がこれだけヒントを出しているのに、何の罰則も受けずここで働いているんです。それがどういうことかわかりますか?」


この人は、多分鈍いんだろう。
僕はほぼ答えとも言えるヒントを言っているのに。


「…あ!」

「わかりましたか?」

「君、もしかしてすごく偉い人になっちゃったの?」


やっぱりだ。全然伝わっていない。


「僕のヒントであなたも他の人に会う方法を自分で見つけたでしょう?大丈夫ですよ、彼女もヒントを見つければちゃんと答えを見つけられます。」


「…僕……僕も君みたいに、彼女にヒントをあげたいんだ。でも、なかなか会えない。だから、君に頼みたい。」


なんだ、本当は自分でヒントを教えてあげたいけど会う手段がない、か。

はじめからそう言えばいいのに。


仕方ない。


「あ、そういえば最近、お昼前くらいにいつもあの辺から海を見ている人がいるんです。たまに僕のことを見ているみたいですけどね。」


「うん…でも僕、次はうっかり屋で会おうって約束したんだ。ここに来てるのは知ってる。」


レラさんは気分屋なのに、約束はきちんと守るのが僕には不思議だ。
ここで待っていれば彼女に会えるのに。


「じゃ、僕が話しかけてみようかな。」


「トマリ!ありがとう!」


僕がこの人を嫌いにならないのはこういうところだ。
裏表がなくて、落ち込んだり喜んだり、悪いと思えばきちんと謝るし、手助けをすれば笑顔でお礼を言ってくる。


「別にまだ何もしてませんよ?」


「だって、今の、ヒントだったんだろう?」


「さあ、どうですかね。」


それにしてもこの気分屋をここまでの気分にさせるとは。
うっかり屋は一体どんな人なのか。
僕も少し興味がわいてきた。


「その人はどんな人なんです?」


「…話してみたらわかるよ!あ、これは独り言だけど、僕は今日はこの後ロージーでパンを買ったら家に帰ってのんびりしたい気分なんだ。でももしかしたらうっかり出かけようっていう気分になるかもしれない。」


「…大きな独り言ですね。あ、僕も独り言ですが、今度はレラさんとうっかり屋さんとここで3人で話したいなと思っていますよ。」


僕とレラさんは笑い合いながら手を振って別れた。



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