繊細なあなただからこそ、できることがきっとある
私はいろんなことに疑問を抱いてしまうタイプの人間だった。社会人一年目のころは特にそれが顕著で、
この仕事は何のためにやるんだろう?このルールは正しいのかな?これでお客さんは本当に喜んでいるのかな?
とずっと考えていた。周囲の状況にもすごく敏感で、
あの人、すごく辛そうだな。明るく振る舞ってるけど、全然楽しくなさそうだな。あの子、もうすぐ辞めちゃうんじゃないかな。
といつも気にしていた。でもそれで不満を言い散らかしたり、全部を投げ出すわけでもなく、やるべきことはちゃんとやる。けれど、完全に自分の気持ちを無視できるほど器用ではなく、モヤモヤした感情は次第に自分への苛立ちへと変わっていった。
そんな私が唯一弱音を吐いたのが、当時の上司。彼女はとてもできる人だった。昔から結果を出しつづけて、社内でも名前が売れていて、その人が上司になると告げるとだいたい「おぉ、それはきっと鍛えられるよ。がんばりな」と言われるような人だった。
そんな上司によく弱音を吐けたなと今では思うけど、きっとそれくらい切羽詰まっていたのと、彼女のことを人としてとても信頼していたのだと思う。
もう何年も前のことだからくわしくは覚えていないけど、たぶんいきなり「相談があります」とメールを送った。すると彼女はすぐに、「ひさびさにご飯でも食べながらゆっくり話そうか」と返してくれた。
入ったのは、たまたま会社の近くにあったベルギー料理屋さん。美味しいものをひたすら食べて、ソーセージ美味しいね!ビールとあいますね!なんておしゃべりをしながら、思っていることを包み隠さず全部話した。
いちいちいろんなことに疑問を感じてしまうこと。周りがひたむきに頑張っている中で、自分だけが立ち止まっているようで申し訳ないこと。この先、ここにいる人たちのように走り続ける馬力が私にはないこと。
たぶん話は支離滅裂だったと思う。いろんな理由を並べて「もうがんばれない」と伝えようとした。叱られても仕方がないと思っていた。けれどひとしきり話終えたら、こう言われた。
「そうか、あなたは繊細なんだね」
「でもすごいよ、私にはそんな風に一つひとつのことに気付いたり違和感を感じたりできないからさ」
「そんな繊細なあなただからこそ、できることがきっとあると思うよ」
いままで邪魔だと思っていた自分の弱点を、はじめて受け止めてもらえた瞬間だった。
それからというもの、彼女は「これやらなきゃ、達成しなきゃとか、もう思わなくていいよ」と言いながら、私が違和感を感じていた社内の働き方を改善するプロジェクトを一緒に企画してくれたり、「あなたが本当に必要だと思う提案をお客さんにしよう」と一緒に考えてくれたりした。
すぐに変われたわけじゃなかった。だけど少しずつ、自分なりの違和感や気付きをもとに仕事をして、お客さんに喜んでもらえる瞬間が増えていった先に、はじめて「自分にもできることがあるんだ」と思えるようになった。
仕事は我慢をして耐え凌ぐものではなく、今の自分にできることや、得意なことを生かして人から感謝されるものだ。
そう教えてくれたのは、彼女だった。
あれから5年。もう彼女は私の上司ではないし、私も「もうがんばれない」と泣きつくような歳でもない。自分のご機嫌くらい自分でとる。だけどいつでも彼女の言葉が心にある。何があっても、あの頃を思い出すとまた前を向ける。
離れていてもあの人はずっと、私にとっての上司なのだと思う。
* * *
これを読んでくれているあなたはどうだろうか。
もしかしたらあなたも、当時の私と同じように、自分のことを責めているかも知れない。
どうしてこんな当たり前のことができないんだろう。社会人として失格なんじゃないか。いちいち考えずに走れるような、強い人になりたかった。
たしかに、今の仕事ではあなたの個性は生かしづらいのかも知れない。だからといって、あなたがダメなわけじゃない。
目の前のことをがんばることは大切だし、言い訳をして逃げてばかりではよくない。だけど誰もが最初から完璧にできるわけじゃない。立ち止まることは無駄なことではないし、自分の中の違和感を殺してはいけない。
あなたが弱みだと思っていることは、それを受け止めてくれる環境や人との出会いによって、いつかきっと強みに変わる。
「繊細なあなただからこそ、できることがきっとある」
この言葉を信じて、もう少しだけ、未来に希望を持って欲しい。
一足早く夏を感じながら、ふと5年前の出来事を思い出した。
いつの日か、彼女が私にしてくれたことを、誰かにできるような人になりたい。
そんなことを思った週末だった。