スターライト・ザ・ウサギ! 第三話

シーン①

 勝利の後、視聴者から次々と「凄い!」「期待の新人現る!」などのコメントが流れた。
 兎喜子は褒められすぎて戸惑っている。

 やがて山猫花魁の三人がワープしてきた。
 リーダーの博徒は諦めたように小さく笑い、右手を差し出す。

博徒「…おめでとう後輩」「完敗だニャン」
兎喜子「は、はい! 対戦ありがとうございます!」
酒盗「流石はアルカが選んだ新人だニャン」
葉巻「うう…! 新人に負けても野良猫フォロワーに見放されたくないニャン!」

猫A『バカヤロー! 今さら見放すか!』
猫B『生放送で酔い潰れた日も』
猫C『煙草で嗄れた喉で歌った日も』
猫D『ワシら応援し続けたじゃないか!』

博徒「後輩の前で恥ログ公開するのガチでやめろやニャン!」
兎喜子(な、何て訓練されたファンなの…!)

 山猫花魁のフォロワーは固い絆で結ばれている。
 だがそれとは別に、兎喜子のプレイに感動したというコメントもかなり流れており、アルカはそれを確認する。

アルカ(そろそろかな?)

 東京タワーの上から飛び降りたアルカが、兎喜子の隣に立つ。
 小悪魔全開の怪しい笑みを浮かべ、視聴者のカメラを強制的にフォーカスさせる。

アルカ「勝利をもぎ取ったのは、新人の灰兎(仮)!」「彼女が何者なのか…みんな、気になるよね?」

猫A『なるなる!』
猫B『スプリングの爆速スタートの仕組み教えて!』
猫C『ボロアバターでデビューしていいの!?』

アルカ「うんうん、それも気になるよね」「だけどこれには理由があるの」

猫A『理由?』

アルカ「彼女は悪い魔法使いによって」「この姿に変えられてしまったの」「彼女の呪いを解くには」「数々の実績を積まなければいけないの」
兎喜子(あ、そういう設定で行くのね)

モノローグ:バーチャルアイドルにはキャラクターのバックボーンがある。海賊だったり、亡国の姫だったり、様々な設定や背景を用意する:モノローグ終

アルカ「親友を見捨てるわけにはいかない!」「悪い魔法使いに立ち向かう為に」「私たちはユニットを組んで」「ニューアイドルセレクションに挑みます!!」

 コメント欄が一斉にざわついた。

モノローグ:ニューアイドルセレクション――その年にデビューした新人アイドルの中でトップを選ぶ登竜門!
 新人賞の中でも百年の歴史と伝統を持ち、該当者が一人も出ない年も珍しくない!:モノローグ終

猫A『おおおおおお!!』
猫B『ニューアイドルセレクションにアルカが出るぞ!!』
猫C『アルカの相棒だったのか!?』

アルカ「その辺も含めて、続報を待て!」「今日はこれにて終了!」「ばいばーい♪」

 突然始まった生放送は、突然終わりを告げるのであった。

 シーン②

 モノローグ:けど――問題は生放送の直後。
 社長室で起きた:モノローグ終

 デスクに座る強面の男性が鋭い双眸で兎喜子とエリカを睨む。

社長「…どういうことか説明しろ」
兎喜子(ひぇ…)

 兎喜子は震えて真っ蒼になる。

兎喜子(こ、この人が青春院社長!?)(顔怖い! 絶対堅気じゃない!)

 震える兎喜子を庇うように、エリカが一歩前に出る。

エリカ「社長へ話を通そうとはしたんです」「けど先輩たちに絡まれたので、先に対処をしました」
社長「それは聞いている」「私が説明を求めているのは」「隣の彼女のことだ」

 険しい双眸が兎喜子を睨む。
 覚悟を決めた兎喜子は、深くお辞儀をした。

兎喜子「初めまして」「望月兎喜子です」
社長「そうか」「君とエリカはどういう関係だ?」
兎喜子「っ…せ、生徒と教師の関係です」

 青春院社長の双眸が更に厳しくなる。

社長「公職は副業を許されないはずだが?」

 返す言葉のない兎喜子に代わり、エリカが助け舟を出す。

エリカ「今日はギャランティが発生していません」「収入がなければ公職でもアイドル活動は許されます」

 ホッとする兎喜子。
 大きく溜息を吐いた青春院社長は、背もたれに身を預ける。

社長「エリカ。我が社はアイドルのセルフプロデュースを重んじている」「しかしユニット宣言は早計だったのではないか?」
エリカ「部長がコンセプトを無視したユニットを組ませようとしていたのは知っています」「多少強引な手段を使わないとアルカを守り切れないと判断しました」
社長「…なるほど」「筋を違えたのは我が社が先と言いたいわけか」

 青春院社長はエリカの用意した兎喜子のプロフィールデータと対戦データに視線を移す。

社長「いいだろう。兎喜子君」
兎喜子「は、はい!」
社長「山猫花魁を一蹴した君の実力は見事だった」
兎喜子「ありがとうございます!」
社長「しかし日輪アルカは全てがハイレベルであることを売りにしている」「そのパートナーにも当然」「高い総合力を求められる」

 ゴクリ、と生唾を呑む兎喜子。

社長「私からの要求は一つ」「この場で実力を示せ」

兎喜子「こ、ここで!?」
社長「そうだ」

 兎喜子は「この人、間違いなくアルカの上司だ!」と叫びたくなった。
 しかしエリカはこうも言った。
『今日までの努力が試される日が来たんだ!』と(一話シーン⑥)

兎喜子(なら歌で勝負するしかない!)(でも何を歌う!?)(い、いっそアルカのデビュー曲とか!?)

 緊張で混乱する兎喜子。
 エリカは兎喜子の背中を叩いて笑う。

エリカ「難しい曲を選ばなくてもいいよ先生」「昨日の授業で歌った曲とかいいんじゃない?」
兎喜子「授業…課題曲のこと?」
エリカ「うん。気楽に歌って」

 エリカの提案を、兎喜子は思案する。

兎喜子(課題曲なら授業で何度も歌っているし)(人前で聞かせることにも慣れている)(これなら…!)

 兎喜子は深呼吸して瞳を閉じる。
 喉を開き、胸を満たし、声を震わせた。

「〝Sing a Song of sixpence6ペンスの唄を歌おう
  A pocket full of ryeポケットにはライ麦がいっぱい
  Four and twenty blackbirds24羽の黒ツグミ
  Baked in a pieパイの中で焼き込められた~♫〟」

社長(ほう…イギリスの童謡か)

モノローグ:十八世紀の童謡――〝6ペンスの唄〟。
 二十三世紀にも残る童謡の中で、最も有名な曲の一つ。
 軽快で子供にも大人にも親しまれ、家事をしながら鼻歌交じりに歌う女性も海外では多い:モノローグ終

「〝When the pie was openedパイを開けたらそのときに
  The birds began to sing歌い始めた小鳥たち
  Was not that a dainty dishなんて見事なこの料理
  To set before the king王様いかがなものでしょう?♬〟」

社長(綺麗なソプラノだ)(抑揚をハッキリつけて表現力もある)(アマチュアとは思えない)
エリカ(先生、英語の発音も上手いな)(洋楽好きなのかな? 私も好きだぞ)

モノローグ:童謡は親から子供に歌い聞かせることで語り継がれてきた。
六百年前の歌でありながら途絶えずに伝わったのは、何気ない幸せな日々の中で受け継がれてきた文化。それは二十三世紀でも、決して変わることのない家庭の色彩:モノローグ終

 兎喜子の歌声に、社長は歌の背景を幻視する。

社長(見える…)(パイを焼き、洗濯物を干しながら)(童謡を口ずさむメイドと子供たちが)

社長「よろしい、十分だ」

 青春院社長がストップをかける。
 兎喜子は顔面蒼白になっていたが、隣に立つエリカは満面の笑みだ。
 プロフィールデータと睨めっこしていた青春院社長は、思い出したように笑う。

社長「…そうか」「君は井之頭の歌姫だな?」
兎喜子「うぉへあ!? な、何ですかそれ!?」
社長「井之頭公園の隅で歌の練習をしていただろう?」「その裏側がコズプロの寮でね」「寮に住む者には有名らしいじゃないか」

 兎喜子は恥ずかしさで真っ赤になった。何時も兎喜子は井之頭公園の定位置で発声練習とボイトレ、そしてその日の気分に合わせた曲を歌っていた。

兎喜子(あの裏側がコズプロの寮なんて…世の中狭い!)

 余りの狭さに震えてしまう兎喜子。
 青春院社長は真剣な表情でプロフィールデータを読んでいく。

社長「事務所に所属しているものと思っていたが…」「まさかアマチュアだったとは」
兎喜子「す、すいません……」
社長「謝ることはない。君の実力は見させてもらった」

 ゴクリと生唾を呑んで合否を待つ。
 鼓動の音が太鼓の様に響く。
 青春院社長は新天地の開拓に挑む挑戦者のように瞳をギラらつかせた。

社長「ゲームテクニックに加えて歌唱力もある」「アルカのパートナーとしてこれ以上の逸材はない」「…改めて私から言わせて欲しい」
「その才能、コズミックプロダクションで輝かせてはみないか?」

 今度こそ、胸が張り裂けそうになるくらい熱い思いと涙が込み上げてきた。ゲームで勝利した時も、アルカに誘われた時も、ここまでの感動は無かった。
 潤む瞳の中に、今は亡き母との思い出が蘇る。

母「兎喜子は歌が上手ね」「将来はアイドルかな?」

 楽しそうに問う母に、幼い兎喜子は満面の笑みで頷く。

兎喜子「うん! 私、歌うの好き!」
母「そっか…その夢、絶対に諦めないでね」「お母さん、ずっと応援してるから!」

モノローグ:あの日の約束は…努力し続けた日々は、間違いなんかじゃなかった…!:モノローグ終

 感極まり零れ落ちる涙を抑えきれないまま、兎喜子は嗚咽交じりに頷く。

兎喜子「はい…!!!」「よろしくお願いします…!!!」

 涙と共に、兎喜子は喜びを胸に刻みつける。
 そして青春院社長は、静かな双眸で問う。

社長「…それで、教師はいつ辞められる?」
兎喜子「へぁ!!??」

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