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欧州往復書簡2 自他の境界と映像人類学について

*このマガジンは、欧州の大学院に修士留学をしている3人が、いま感じていること、考えていることを伝えあう往復書簡です。

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黄色と赤茶色の家々が立ち並ぶSkagenという小さな街で、Anna Ancherというスケーエン派画家の絵画を眺めていました。バルト海と北海に挟まれた広大な砂浜と草原のある街は、19世紀後半から多くの芸術家が集い、様々な作品を世に出していったことで知られています。

彼女の作品の中には、Skagenの漁村をその内側から描いたものが多く存在します。窓から差し込む日差しの中で黙々と手作業に没頭する老人や、仕留めた鳥を片手に佇む屈強な男性からは、静けさの中に確かに存在する人々の日々の営み、生きることを中心に添えた力強い人々の関係性が垣間見える。同時に、民族誌(エスノグラフィ)として人々の生き様を描いてきた人類学は、彼女の絵画と何が異なるのか(同時に何が共通するのか)を、静かに考えています。

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こんにちは、牛丸維人です。今年の夏からデンマーク・オーフス大学修士課程で映像人類学(Visual Anthropology)を学んでいます。他のお二人とは異なりいわゆる「社会科学」に分類される領域ですが、映像制作、デジタルリサーチ等も学ぶので、そういった意味では共通項があるかもしれません。普段活動をしているのは13人という小規模のラボ(通称:Eye and Mind Lab)で、人類学理論やエスノグラフィに加え、映像やサウンド、デジタルテクノロジーを駆使した様々なリサーチ手法について研究をする組織です。オーフス郊外のモースゴーミュージアムという巨大な施設の中にあり、理論の文献も読めば制作もするという、目まぐるしい日々をなんとか生き抜いています。


表象の可能性について

私は人類学という学問を、自己と他者の間の境界に厚みを持たせ、その曖昧な世界をともに表象する営みから捉えたいと考えています。明確に線引きができない自他を受け入れることから出発し、自己でも他者でもない(と同時にいずれでもある)現象について、自他の協働によって世界を理解し、新たな知識を生み出していく。英国の人類学者Tim Ingold(2018)は人類学を「他者とともに哲学すること」と表現していますが、その哲学の場は自他が混合し生成しあう複雑な世界にあるからこそ面白いのではないか。

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ただし人類学は、その歴史の中で西洋中心的な立場から、西洋人研究者によって「他者」を研究対象に、そしてエスノグラフィという言葉の集合体で一方的に「表象」してきました。この態度に対する自己批判と学問的危機の先にあるものとして、映像人類学の領域に強い関心を持つようになりました。自他の混ざり合う複雑な世界を、言葉に限定しない「マルチモーダル」な手法を総動員して探究する方法を日々考えています。(最近は「マルチモーダル人類学」と表現されることもあります)

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身体、知識、テクノロジー

具体的にどのような研究が生まれるのか。学部時代から関わりのあるフィールドのひとつに、フィリピン高原地域があります。そこでは視覚や聴覚に不自由を抱える人々が、マッサージ師としてのトレーニングを受けて専門職として働いている実態があります。その背景には社会の制度だけでなく、「ふつう」とは異なる感覚バランスを持った彼ら・彼女ら独自の身体感覚、知識の形成、そして周辺のテクノロジーとの絡み合いの中で生まれる独自の世界が存在するように思えるのです。インタビューや参与観察を通して収集される言語情報に限定しない、映像メディアやサウンドを含めた他感覚メディアを導入した調査ができないか。他者のように映る彼ら・彼女らとの共同の中で、その経験世界を描いていくことはできないか。修士課程の2年間を通して考えていきたい問いです。

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デザインと人類学

森さんが言及されたとおり、デザインリサーチと人類学のエスノグラフィには共通点が見られますし、世の中の議論でも多く指摘されています。ただし、人類学が得意とする長期間にわたる参与、膨大な資料を前にした科学的分析という点においては、やはりまだデザイン含め他領域への展開可能性に関して議論が十分でないように感じます。

デンマークで人類学をやっていると、「危機」というワードに多々出会います。それは言葉で他者を表現してきた人類学そのものの「表象の危機」であり、すなわち閉塞感漂う「学問の危機」でもあります。同時に、人類学をその外に開いて行こうとする研究者やその取り組みにも多く出会います。この往復書簡を通して、自分も何か未来のヒントが得られると良いな、と思っています。

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Ingold, Tim. (2018). Anthropology why it matters. Wiley. 


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