思い出カフェ 冬

 寒い冬はキット、誰だって温もりを求めてる。
 寒い北風をほほに浴びて、私は前かがみで、そそくさと家から飛び出した。
 大学の授業がない月曜日。
 私は少し遠出しようと、朝から家から居なくなる。
 私には、家の中の方が寒いんだ。居心地が悪くて、どうにも居た堪れなくなるから。北風に吹かれたって、ここより寒い場所はなかったから。
 

 私の家では、ずっと喧嘩が耐えないでいる。
 妹の紗希はずっと家で引きこもっていて、すでに3年は殆ど外に出ない生活をしている。
 
 紗希はよく泣き、母を怒り、父を無視した。私は私で、紗希にどうやって接していいのか分からず、どうにも距離をとって生活をしている。お婆ちゃんは、最近は言うことも少なくなり、部屋で独りでいる時間が長くなった。


 どうしてだろう
 なんでこんなことになってしまったのだろう
 答えなんてでないって知ってるのに
 どうしてだろう
 答えを求めている
 
 家族はどうして
 苦しいのに
 バラバラにはできないのだろう

 私は寒空を通り抜けて、ある町に向かっていた。今日は特別に寒い。もうすぐキット雪だって降り始めるのかもしれない。
 雪が降ったら、家に早く帰らなきゃいけないのかぁ。なんだかおっくうで嫌だなぁと、私は空を見上げた。
 どんよりした、低い雲が重く頭を抑えてる空を抜けて、私は電車に乗り込んだ。

 今日はある町までお出かけなのです。この前噂で聞いた、あるカフェに向かっているのです。

 
 なんでも、そのカフェに写真を持って行けば、その瞬間に還らせてもらえるとか、なんとか。そんな、胸をときめく話を聞いてしまったら、行くっきゃない!と、私はカバンに大きなアルバムを忍ばせて、私は遠い町まで向かっている。
 私は、どんな瞬間に戻っていくのだろう?

 あの瞬間に戻って、悪さをしてやろうか。

 あの瞬間に戻って、あの時言いたかった言葉を、ちゃんと伝えようか。
 と私は頭の中で妄想しながら、窓の外に広がる、冬の街を眺めていた。


 友達に教えてもらった、その駅を降りて、私は冬の空に背伸びをした。
「結構遠かったなぁー。」
 その町は、本当に小さな駅で、ホームから、高い建物がないのがよく分かる。
 そりゃあそうだよねー。こんな小さな町なんだもん。私はホームから、町を眺める。 小さくて素敵な町。キット夕暮れが似合う町。
「おかえりって、あたたかいご飯が似合う町。」
 私はそんな事を不思議と思ってた。キットこの町にも色んなストーリーがあるのだろう。
 さっ早くカフェを見つけなくちゃ。私は早足で、小さな町に駆け出した。


 小さな商店街を抜けて、そこの路地を曲がってもうすぐなのかな。冬の風が赤くなった耳を切るように、私に吹き付けてくる。

 あたたかい所に行きたいなぁ。私はふと思っていた。
 それが、場所なのか、人間の関係の話なのか、それとも全部なのか。
 体をぶるっと震わして、私は少し苦笑いをした。
 さっ早く行かなくちゃ

 えぇーとでも、これはどっちなんだ?
 小さな地図とにらめっこしていると
「どこかへ向かわれているのですか?」
 そんな声がしたので、私は振り返った

「迷子ですか?」
 と優しそうに笑う、背の高いハーフの顔をした、男性が立っていた。
「えぇ。初めて来たもので。」
 なんだか恥ずかしくなってしまった私はうつむき加減に答える。

なんだ!このかっこいい人は!

 懐深そうなオーラと、年齢不詳の微笑みを有したその人物に、私はドギマギしてしまう。
「こんな町のどこに向かわれているんです?」
 そう優しく聞いてくる男性の笑顔に、私の胸が高鳴る。

 声が低くてかっこいい!

「あの「思い出」ってカフェを探しているんです…」
 私も精一杯の笑顔で答えると
「あれっ?「思い出」は、僕の働いてるお店ですよ!」
 なんて目を丸くして、その男性はおどけて見せた。

「えぇ!そうなんですか!」
「えぇ、そうなんです。そして僕は「思い出」のマスターなんですよ。」
「えぇ!そうなんですか!」
「えぇ、そうなんです。そして、今日は残念ながら「思い出」は月曜定休日です。」
「えぇ!そうなんですか!」
「えぇ、そうなんです。」
 そう言ってマスターは苦笑いをする。その笑顔は本当に年齢不詳の、少年のような笑顔だった。


「えーーー。そうなんですかぁぁ。」
 私はがっくり肩を落とす。
「えぇ、そうなんです。」
 マスターは鼻の頭をかいてから
「どちらから来られたんですか?」
 そんな事を聞いてきた。私はなんだかがっくり肩を落としながら、自分の街の名前を口にすると
「えぇ!そんな遠くから!!?」
 とマスターはびっくり声を上げた。


 しばらく、マスターは頭をぽりぽりとかいてから
 マスターは前かがみになり、うつむいている私を覗き込むと、
「じゃあ、今日は特別お店を貸切ですね。」
 そんな事を言ってきた。
「いやいや!お休みの日に申し訳ないですよ!」
 私は必死に断ろうとしたのだけれど
「そんな遠くから来ていただいたのに。そ
れに、偶然僕がこんな道端でお会いするのも、何かの縁じゃないですか。だから大丈夫ですよ。」
 そう優しく微笑むのだ。
 なに!この優しい系男子は!
 私は、どういう顔をしたら分からなくて
「ありがとうございます!」
 と、キットこの数年で一番深く頭を下げた。

 冬風が吹く。私はもうすぐ雪が降って来そうな空を見上げていた。木枯らしが寒くて、体が震える。早くあたたかい所に行きたいよう。

 私はさっきから、体を震わせてマスターの横に立っているのだが、マスターはさっきから
「ちょっと待ってくださいね。」
 と言ったまま、自分のカバンの中を大捜索中だ。
「あれぇ?」だとか「いつもここに入れるんだけど。」とか「かっこ悪いなぁ。」なんて言いながら、お店の鍵を探しているのだ。
「ごめんなさいね。僕こういうおっちょこちょいなとこありまして。」
 なんて子どもみたいな顔で、苦笑いするものだから、私は何も言えないでいる。

 そんなところも、かわいいじゃないか!

 私は微笑みながらその光景を見ていると
「あったーー!」
 と、マスターは宝物を見つけた少年のように笑った。
 その笑顔ずるいー!
 私は、寒さで震えているのか、なんで震えているのだか分からないのだった。

 カランカラン

「どうぞどうぞ。本当ごめんなさいね。」
 マスターはそう言うと、バタバタと店の奥まで走っていって、店内の電気をつけてくれる。
「いらっしゃいませ「思い出」にようこそ。」
 そうマスターは、私服のままカウンターの向こうに陣取った。
「まぁ、私服じゃ決まらないですよね。」
 と自分の服を引っ張る。
 そんな仕草がいちいち子どもっぽいのだけど、と私は笑ってしまった。


「さっご注文は、思い出のコーヒーでいいですよね!」
 マスターはもう、お湯を沸かし始めていた。
「えっ、思い出のコーヒーってなんですか?」
 私は、思わず聞き返してしまう。
「思い出に還れるコーヒーですよ。還りたい瞬間があるから、あんな遠くから来られたんでしょ?」
 マスターは私の方を振り返ってから、首をかしげて訊ねてくる。
「えぇ。そうなんですけど。」
「大きなカバンですから、おおきなアルバム持ってこられたんじゃないですか?」
 なんだか見透かされてるみたいで、恥ずかしい。そう、実は別に特別還りたい瞬間を思いつかないのに。


「マスター実は、私、特別戻りたい瞬間なんて思いつかないんです。」
 私は恥ずかしくなって、うつむいて言う。
「大丈夫ですよ。そんなお客様も多いんですよ。でも、そんな方に限って、自分でも気付いてないような、大切な瞬間に戻っていくんです。そこで、大切な気持ちに気付いてかれる方は多いですよ。」
 マスターは真剣にコーヒーを淹れている。
「だから、楽しみですね。何が待っているんですかね。」
 そんな事を言って、マスターは私の方を振り返り。
「はい、お待ちどう様でした。思い出のコーヒーです。素敵な思い出に還れますように…」
 そう言って、コーヒーを私に手渡した。


「このコーヒーを飲めばいいんですか?」
「そうです。思い出の写真をみながら、ゆっくり飲んでください。キット、思い出の時に還っていけますよ。」
 マスターはそう優しく答える。
「ちなみに、どんな時に戻ると思います?」
 そんな風に意地悪そうにマスターは笑う。
「えぇ。そうですねー分かんないなぁ。」
 私は戻ってみたい瞬間を考えてみたけれど、あまりそんな瞬間はないように思えた。
「あんまり考えたことないですねぇ。とっても楽しかった瞬間に戻って、いっぱいまた楽しんでみたいって思うことは、ありますけど。」
 そう言う私にマスターは可笑しそうに笑った
「キット大丈夫ですよ。キット大切な思い出に還っていきますから。自分でもびっくりするぐらいの。」
 そんな事を言った。

 私はコーヒーを飲みながら、大きなアルバムをめくった。
 最初のページは、私が生まれた時
 まだ本当に、これが私なのだろうかと思うほど、小さな小さな赤ちゃん。
 思ってみれば、こんな瞬間もしっかりと記録し、こんなアルバムにしている、お父さんとお母さんが凄いと思う。
 私を抱くお父さん
 私と寄り添うお母さん…


 歩き出す私
 笑う家族
 これは、紗希が生まれた時
 初めての妹
 家族の写真
 笑いかけるおばあちゃん
 紗希を抱きしめる私
 家族の旅行


 幸せだったんだなぁ
 こんなに私たちは、家族だったんだ
 私はなんだか今の家族との違いに、びっくりしながらアルバムをめくっていた。

 紗希と一緒に寝る私…


 その写真は、私と紗希がこたつで、二人で寝ている写真だった。
 私はその写真を見た瞬間に、猛烈な眠気に襲われた。
 えっ。どうゆうことだろう。
 どうなっちゃうの私は
 どの瞬間に戻っていくの?
 
 私は、くるくると滑り台を落ちるように、意識を失っていった。


 目が覚めると、そこは家だった。家だけど違う。どうしてしまったのだろう?と思っていたら

 「なっちゃん起きたの?」

 とお母さん覗き込んでいた。今よりずっと若い、あの時のお母さんだった。
 持っていたカメラを下ろして。
 「もうすぐで夕飯だからね。」
 そう言って、私の頭をくっしゃと撫でたあと、嬉しそうにキッチンへ向かっていった。


 リビングには、小さなテレビと大きなこたつ。私は、そこに横になって眠っていたのだ。
 横には妹の紗希も一緒に寝ている。

 私、こんな瞬間に戻ってきちゃった!

 なんでなんでだろう?この瞬間が、私が一番還りたかった瞬間なの?今は、私が一番帰りたくない場所。自分の家なのに。
 私は昔の家に帰って来ていた。

 もう、家族の団欒もなくなってしまった。寂しいリビングも、今はとっても暖かい雰囲気に包まれている。それはキット…この今、暖めている雰囲気は、私たち家族が失ってしまった、なにかなのだろう。


 テレビはつきっぱなしで、日本の昔話のアニメを流している。
 美味しそうな匂いが台所からしている。キット今日はシチューなのだろう。紗希が大好きだから。お母さんのシチュー。
 扉の向こう側では、お父さんとお母さんの楽しそうな会話が聞こえる。
 
 あたたかいリビング。当たり前のご飯。
 笑顔。いつもの会話。
 なんでそんな大切なものが無くなってしまったのだろう?
 


「おねぇちゃん?」
 横に寝ていたハズの紗希が目を覚まして、私の手を引っ張っていた。
 私は少し体を強張らせる。そう私は、もう紗希にどうやって接すればいいのか、こんなに長い時間忘れてしまっていたから。紗希が怖い。そんな感情になってしまっている、自分自身にも哀しくなった。

 でも、子どもの紗希は…
 今、目の前にいる紗希は、
こんなにも小さい。こんなにも幼い。こんなにも、可愛いのだ。


「きょうはさむいね。」
「そうだね。」
「ねぇおねぇちゃん。」
「なに?」
「あしたはおやすみだから、いっしょにあそぼうね。」
「そうだね、一緒に遊ぼうね。」
「やった!なにしてあそぶ?」
「何して遊ぼうねぇ。紗希は何がいい?」

 私は紗希とゆっくりと会話をする。
 そうだ、私と紗希はこんなにも仲の良い姉妹だったのに…なんで変わってしまったのだろう。
 なんで人は、ずっと同じ関係でいられないんだろう?
 なんで人は、大切な人に甘えてしまうのだろう?
 大切だから、どうしていいのか分からなくなるのだろう?
「さきはねー。おねぇちゃんといっしょならなんでもいいよ!」
 紗希は本当に可愛い笑顔で、私に微笑んだ。


 こんな安らかな笑顔をまた見れるのは、もうないのかもしれない。私の胸はキュウと音を立てた。


 神サマ。私は、どうしたらいい?
 素直な弱音を言えばいい?
 言えなかった、素直な気持ちは
 どこに消えるの?
 届かない気持ちは、どこに行くの?


 私がそんな事を思っていると
 昔話のアニメが終わって、歌が流れ出した。そう昔あんなに聞いていたあの歌だった


くまの子みていた かくれんぼ
お尻を出した子 一等賞
夕焼けこやけで また明日 また明日

いいないいな にんげんっていいな
おいしいおやつに ほかほかごはん
子どもの帰りを 待ってるだろな
ぼくも帰ろ お家へ帰ろ

でんでんでんぐりがえって バイバイバイ

もぐらがみていた 運動会
びりっ子元気だ 一等賞
夕焼けこやけで また明日 また明日

いいないいな にんげんっていいな
みんなでなかよく ポチャポチャおふろ
あったかいふとんで 眠るんだろな
僕も帰ろ お家へ帰ろ

でんでんでんぐりがえって バイバイバイ

いいないいな にんげんっていいな
みんなでなかよく ポチャポチャおふろ
あったかいふとんで 眠るんだろな
僕も帰ろ お家へ帰ろ

でんでんでんぐりがえって バイバイバイ

 私はこの歌を聴いて、胸がキュウと締め付けられるのを感じていた。

 お母さんの腕の中。お父さんの笑顔。おばあちゃんとの内緒。紗希との思い出。

 朝のあいさつ。朝ごはん。目玉焼き。キラキラした太陽。掃除機の音。宿題をやりなさい。おもちゃを広げて、怒られて。簡単にお昼食べるよ。

 お昼寝。お母さんとお買い物。遊びに行ってくるね。5時までに帰ってきなさい。楽しい友達。夕焼け。おいしそうな夕飯の匂い。ただいま。おかえり。今日はシチュー。おいしいね。お父さんはいつものお酒。一緒にお風呂だよ?分かってるよ。笑顔の食卓。

 おばあちゃんは早く寝ちゃう。お風呂に入って。あったかい。早く寝なさい。まだ寝たくない。それでも眠い。おやすみ。おやすみ。また明日。あったかい布団で、おやすみなさい。
 

 こんなにあたたかい家は、確かにあったんだ。こんなに安心して安らげる瞬間は、確かにあったんだ。
 なんでそれは、あんなにも変わってしまったのだろう?


 私は紗希を抱きしめていた。まだ何も分からない紗希を。
 強く。強く。精一杯の気持ちで。
 家って言うのは、建物のことじゃないんだ。
 家って言うのは、家族ってことなんだ。
 家は、家族の気持ちなんだ。
 私も帰りたい。私もあたたかい家に
 
 ごめんね。ごめんね。ごめんね

 ごめんね。ごめんね。
 私はずっと紗希を抱きしめながら謝っていた。
 なんでこんなに、私は不器用なんだろう。なんでこんなに、私は自分勝手だったんだろう。
 紗希を守ってあげなきゃいけないのは、私だったのに。傍にいるべきの人は、私なのに。
 私は、紗希のことが
 大好きだったのに!
 なんでなんで、守ってあげることができなったんだろう。
 守ってあげれなくてごめんね。キット、紗希も寂しかったんだよね

 誰が悪いとか
 誰がいけなかったとか
 ずっとずっと
 想ってきたけど


 どうしてこうしてくれなのとか
 どうしてこうならないのとか
 考えてきたけど


 なんでなんで
 家族なのに
 家族なのに
 家族のなかで
 そんな悪者をつくらなきゃ
 いけなかったんだろう

 誰がいけなかったの?
 誰が悪かったの?


 お父さん?
 お母さん?
 紗希?
 お婆ちゃん?
 それとも
 私?

 違う
 キット
 ちがう
 全部ちがう


 みんなが少しずつ
 幼かった
 頑固だった
 許せなかった
 自分勝手だった


 
 みんなが少しずつ
 わがままで
 ぶきようで
 うまく愛せなかった


 誰が悪いわけじゃない
 誰か一人が
 私たちを
 苦しめたわけじゃない


 みんな傷ついていた
 みんな考えて
 みんな悩んで
 みんな苦しんでいた
 でも
 誰も踏み出せず
 みんな泣いていた
 みんなひとりで泣いていた


 家族なのに
 家族なのに
 みんな少しだけ
 ありがとうが
 上手に言えなかった
 それだけなんだ


 私は
 私もひとりで
 ずっと悩んで
 苦しんで
 泣いてきたけれど

 私は
 本当の意味で
 みんなの苦しみを
 分かってあげれていたの?


 私の涙の分だけ
 キット皆
 泣いたハズ
 私の怒りの分だけ
 誰かが
 苦しんだハズ


 どうして
 どうして
 こんな普通に
 笑い合えなくなってしまったのだろう

 
 どうして
 すれ違ってしまったのだろう


 すれ違って
 傷つけ合って
 逃げてみたけれど


 やっぱり私は
 家族を愛していました
 生まれて
 愛されて
 笑い合って
 育まれて

 
 やっぱり私は
 家族を愛していました


 私は
 理想の娘でいれましたか?
 私は
 理想の姉でいれましたか?
 私は
 理想の孫でいれましたか?


 私は求めるばっかりで
 甘えたいばっかりで


 傷ついて
 傷つけて
 苦しいばっかりで


 でも
 もがく私がいました
 それは
 やっぱり
 家族が好きだから

 うそじゃありません
 神サマ
 うそじゃありません


 私は

 家族が

 大好きです

 バラバラにできないのは
 やっぱり
 心の中で
 家族を想っているからでした

私は紗希を抱きしめて、頭を撫でた
 今までで、一番の優しさをこめて


「おねぇちゃん?」

「なぁに?」

「ないてるの?」

「うん。」

「さきがいたいいたいしちゃった?ごめんね?」

「ううん、違うよ。紗希はとってもいい子だよ。」

「ほんとう?」

「本当だよ。」

「ありがとう。」

 紗希はぎゅっと私の腕につかまって、笑っている。そして急に大人びた顔をして、私に語りだした。


「さきがいるよ?」

「うん。」

「さきがね、いっしょにいるよ。」

「うん。」

「だいじょうぶだよ。」

「うん。」

「いっしょにいてね?」

「うん。」

 
 紗希。あなたはとってもいい子。とっても優しくて繊細な子だよ。それに比べて私は、本当に自分勝手な、不出来な姉だった。
 なんでもっと、あなたを認めてあげなかったのだろう?

 今の紗希のように
「大丈夫だよ。」
 って、なんで、もっと言ってあげなかったのだろう?

 なんで、家族なのに、家の中で戦わなくちゃいけなかったのだろう。
 誰だって、本当に安心する場所があれば、ひとりで色んなことに立ち向かっていくものなのに…


「一緒にいるよ。」

「うん。」

「だって私は、紗希のお姉ちゃんだもん。」

「うん。」

「大好きだよ。」


 私は本当の気持ちで
 紗希を優しく抱きしめた。

「さきもねーおねぇちゃんだいすき。」

 あぁキット、私もこう言われたかったんだ。
 ずっとずっと、こう言われたかったんだ。

 だいすきだよって
 やさしくいってほしかっただけなんだ


 意地を張って、ずっと言えなかった言葉がキットたくさんある。
 それを素直に言えたなら、どれだけの笑顔があったのだろう。


 私が大切な人の、素直な気持ちを聞きたかったように
 キット大切な人も、私の素直な気持ちを待っていたんだ


 神サマ。答えが欲しいわけじゃないんです
 神サマ。
 少しだけの勇気をください
 キット、少しづつ変わっていきます


 私は願いをかけて、紗希をもう一度抱き寄せた。
 神サマ。これは本当の素直な気持ちです


「大好きだよ。ありがとう。」

 
 ずっと、心に響け!

 弱虫な私の心に響け!

 素直な心よ、私の心に響け!

 素直な言葉よ、ずっとずっと


   響け!




「おかえりなさい。」

 私はマスターの声を聞いて、目を覚ました。

 私は思い出カフェに帰ってきていた。さっきまでのあたたかい家じゃなく、現実世界に帰って来ていた。
「どんな瞬間に還っていらしたんですか?」
 マスターは優しく訊ねてくる。あぁ、私は本当にあの瞬間に還っていたんだなぁと、苦しく胸がキュウと音を立てた。

「マスター。私ね。すっごく意外な瞬間に戻っていたんです。家族の、昔のすごっく仲が良かった時の家族の瞬間に還っていたんたんです。」
「へぇそうなんですか。それはキット素敵な時間だったんですね。」
 マスターは笑いながら、私に話しかける。
「マスターの言う通りでした。なんだか意外な瞬間に戻っていきました。でも、本当に戻れてよかったって思います。」
 私は今キット、子どもみたいな顔をしているのかもしれない。
「どんな気持ちになりましたか?」
 マスターは優しく聞いてくる。外はパラパラと雪が舞い始めているみたいだ。

「家族って大切だなって。本当に、一つしかない、大切な場所なんだって。でもマスター、私どうやって大切にしていけばいいのか分からないんです。」

 私はやっぱり意気地なしだ。意気地なしで意地っ張りだ。

 現実に戻ると、心は急に弱くなる。とっても楽しい小説を読んで、いっぱいの勇気をもらっても、次の日には、また弱い自分に戻っているように。
 ただの色んな気持ちに押しつぶされてしまうんだ。
 気持ちはいつだって、いっぱいあるのに、それを一人で抱えてる。
言っていいのか、悩んでばっかりで、家族になれずに泣いている。
 家族だって人だから、みんなそれぞれなんだ。みんなそれぞれの中で、どうやって慈しみあっていけばいいのだろう。
 家族なんだから、とっても簡単そうに見えて、とっても難しい。


「そうですね。家族を大切にするって、キット一番難しいのかもしれないですね。」
 マスターは懐かしそうな顔を、窓の外に向けていた。
「家族だから、甘えてしまう。家族だから、言ってしまう。家族だから言えない。でも、家族は世界に一つだけ。」
 だから
「大切にしたいけれど、上手にできないんですよね。」
 マスターの笑顔は、少し悲しそうに見えた。
「私はとってもおばあちゃん子だったので、おばあちゃんにとっても甘えていました。それで恩返しする前に、おばあちゃんが亡くなってしまって…とっても悲しかったです。なくして気づくのは、大切だったからですよね。」
 マスターの気持ちは凄くわかる。
「家族だから、ずっと一緒にいる、だからって流している気持ちはいっぱいあるんでしょうね。なんでもっと、素直に気持ちを伝えれないんだろう…言わなきゃいけない言葉もあるし、でも言ってしまって傷つけることもあるし。そればかりじゃいけないですよね。」


 難しいですけど…マスターはそう言ってから、優しい顔で私に語りかけた。


 おばちゃんが言ってました。

 大切な人がいるなら
 この三つの言葉をしっかり
 何回でも伝えなさいって

 いっぱいの「ありがとう。」

 素直な「ごめんなさい。」

 心からの「大好き。」

 これだけは忘れちゃダメだよって教えてくれました。


 どんなに口下手で、うまく伝えられなくたって。素直な気持ちは伝えなきゃ、何も本当に伝わらないですから。

 僕は、ずっと言うようにしています。だって、言葉っていつだって、あの時こうやって言えばよかったって、そんな後悔の繰り返しでしょう?今は、一瞬だし、伝えられるのは今だけ。
 人が一番勘違いするのは、大切な人はずっと傍にいるんだって思うこと。
 大切だから、いつまでも傍にいるんだって誓うけれど…
 本当はそうじゃない。
 大切なものほど、失うことに気づく。だってどうでもいいことは、失っても気づかないですから。

「ありがとう」も

「ごめんなさい」も

「大好き」も

 伝えなきゃ
 大切な人に伝わらないから

 大切な人を笑顔にしたいなら、先に自分が笑いかけなきゃいけないですよね。


 だって鏡は

 先に笑わないですから

 そう言って私に笑いかけた。
 つい私は、その少年の様なマスターの笑顔に、つられて笑ってしまった。
 なんて素敵な笑顔をするんだろう。私はなんだか、見とれてしまっていた。でもキットキット、それはマスターが色んな経験をしてきたからだ。


 キット、マスターの言うとおりなんだ

 幸せは、誰かの犠牲の上にあってはいけないんだ。

 幸せは、繋がっていくものなんだ。


 自分が幸せになったのなら、誰かを幸せにしなきゃいけない。
 自分が幸せになりたいのなら、誰かを幸せにしなきゃいけない。
 でも、それでも自分を犠牲に誰かを幸せにするものじゃない。
 誰かを傷つけて、幸せにするものじゃない。


 難しいけれど
 素直な心で
 少しづつ
 幸せをつくっていくんだ


 キット今までは
 してあげたことを誇って
 してもらったことを流していた
 されたことを覚えているのに
 してしまったことを忘れていた
 幸せを数えずに
 不幸せを数えていたんだ


 それじゃダメなんだね。
 感謝の気持ちを持っていなくちゃ
 もっともっとって、思ってしまうから。

 そうじゃないんだ。幸せは仰ぎ夢見ることじゃなくて、手の中にあるものを感謝すること。

 それに気付けなかった自分は、どれだけの人を傷つけたのだろう?
どれだけ大切な人を傷つけたのだろう?


「大切な人を守るって、大変ですよね。」
 マスターが急にそう話しかけた。
 人と接するのは、とっても難しいと想います。だってなかなか人の心は分からないですから…
 昔おばちゃんにこう言われました…


 人ってのはね
 体は元気でも
 気持ちは元気でも
 心は元気じゃないかもしれない


 人は辛くて、苦しくても
 大切な人が傍にいれば
 なかなか弱音は言わないものよ


 元気だよって
 体中でアピールして
 気持ちよく笑うかもしれない


 でも、本当に辛いことがあったら
 体は元気でも
 気持ちは元気でも
 心は元気じゃないかもしれない


 それに気づいてあげたいよね
 でも、それに気づけるのは大変
 だって、それに気づけるのは
 心を通わせている人だけだから


 だから、大切な人がいたら
 体じゃなくて
 気持ちじゃなくて
 心をみてあげて


 そして、
 心から
 接してあげるんだよ


 そう言って、また優しくマスターは笑った。


 私はマスターに精一杯のお礼と、また来る約束をして、足早に電車に飛び乗った。

 お店をでた瞬間に、冬風は冷たく、私の心を折ろうと吹き付けてくる。
 雪はやっぱりチラホラと、空から舞い落ちてきていた。キット明日の朝には、真っ白につもるのだろう。
 私は凄い速さで暗くなっていく、冬の空を、電車の中から見つめていた。

 少しづつ暗くなっていく空。少しづつ灯っていく明かり。
 そう、あの窓一つ一つに、キット語り尽くせないストーリーがある。
 あの窓一つ一つにキット、幸せな笑顔がある。
 あの窓一つ一つに、私以上の苦しみがある。

 私は、ひとりぼっちなんかじゃない
 こんなに窓はいっぱいあって
 こんなにも人はいっぱいいるんだ
 その中で出会った大切な人を
 精一杯大切にしなきゃいけないんだ


 嬉しいことがあったら
「ありがとう」って伝えればいいんだよね
 いけないことをしてしまったら
「ごめんなさい」ってちゃんと言えばいいんだよね
 大切な人がいるんだから
「大好き」って抱きしめればいいんだよね


「ありがとう」って言ったら

「ありがとう」って言ってくれるはず

 ごめんね」って言ったら

「ごめんね」って言ってくれるから
「大好き」って言うから

「大好き」になっていくんだ


 私も、子どものように伝えなきゃ
 みんな苦しんでる。みんな生きてる
 みんな色んな事を考えてる
 だから、せめて大切な気持ちだけは
 子どもみたいに伝えなきゃ
 大切な人に伝えなきゃ

 ごめんね。ありがとう。大好きだよ

 って

 私は家に向かってとぼとぼ歩いていた。
 冬の風が、私の体を小さくする。雪が私の頭も心を冷やす様に、ずっとずっと降り続いていた…
 
 私はこれから家について、しっかりやっていけるのだろうか?またあの家の、独特の雰囲気に、辟易して、口をつむんでしまうのではないか?
 
 あんなに電車の中では、キラキラした気持ちだったのに、家が近くなると、急に心は空気が抜けたように、また弱くなる。


 なんで、なんで人の心はこんなにも、本当に弱いのだろう…
 いつだって、自分の強さを保つのは、本当に難しい。
 でもそんな事を考えている時、笑顔のマスターを思い出した


 だって鏡は
 先に笑わないですから
 

 そう笑う、あの笑顔を。


 そうだ

 そうなんだ

 気持ちが人をつくる

 それならば

 人生をつくるのは

 行動なんだ

 私は、自分の頬を両手で、ピシピシと叩いた。今からだ。昔は関係ない。ここからだ。


 今日から私が
 家族をつくろう
 少しづつでも、家族になろう
 大切に想っていたって
 行動にしなきゃ伝わらない

 言葉で伝えよう
 行動で伝えよう


「ただいま」からはじめよう

「おやすみ」からはじめよう

「ありがとう」からはじめよう

「ごめんなさい」からはじめよう

 あたたかい気持ちで家族になろう

 どんなに寒い家だって

 雪は溶かせばいい
 ゆっくり溶かせばいい

 雪が溶けたら

 春がくるから

 私は少し緊張しながら玄関の前に立つ。
 ここからはじめよう
 キュッと笑顔をつくった

「ただいまー!」

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