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Study85_1.「リンゴ」を一番シンプルで香り良いアップル・バターにするには?(下調べ編)

このレシピは、2022年4月12日から5月22日まで東広島市立美術館で開催されている「グランマ・モーゼス展―素敵な100年人生」に合わせて配信された「アップル・バターづくりのインスタライブ」で公開されたものです。インスタライブのアーカイブは、東広島市立美術館の公式インスタグラムでご覧になることができます*

今回目指すのは、砂糖もバターも使用しない一番シンプルなアップルバター。まだアップルバターを食べたことがなかったので、どんな味がするのか試してみるところからのスタートとなりました。

アップルバターってどんなもの?

試してみたのはこちらの2種類。

「Organic Apple Butter Spread」と「ジェニーさんのりんご畑 APPLE BUTTER」

どちらも食材はシンプルで、EDENの「Organic Apple Butter Spread」はリンゴとリンゴジュースのみ。池上ジェニーさんが作る「ジェニーさんのりんご畑 APPLE BUTTER」はリンゴとシナモンのみでできています。アップルバターと言ってもさまざまで、その名の通りバターが入っている商品や砂糖などの甘味料が入っている商品も多い中で、この2つはとてもシンプルに作られていました。

仲間を集めて食べてみる

1人で食べてもつまらないので、仲間を呼んで味の違いや合う食材をあれこれ試食。

左端のお米は頂き物…

用意したのはパン・チョコスコーン・カカオニブ・豆乳バター・シナモン(追いシナモンしたくなるかなと…)・ナツメグ。この中でちょっと変わっているのは「ソイレブール」という豆乳バター。この時私も初めて試しました。

大豆から生まれた「ソイレブール」

驚くことに原材料は植物油脂・豆乳クリーム・豆乳・大豆粉・食塩。動物性食品は使われていません。味はバターのようなしっかりしたコクがあります。そして、アップルバターととっても良く合いました*

アップルバターはそれぞれの個性が

2つのアップルバターの味の違いはというと、それぞれ個性がありました。「Organic Apple Butter Spread」はリンゴジュースが入っているのですが、本当に「濃縮されたリンゴジュースの味」がしてきます。リンゴの味が濃いのでヨーグルトなどを食べるときのジャムとしてとても良さそうな感じ。

「ジェニーさんのりんご畑 APPLE BUTTER」は、ほのかにシナモンの香りがして上品な味。少量ずつを大切に食べたくなりました。今回は試食会で人気があった「ジェニーさんのりんご畑 APPLE BUTTER」を目指してつくっていきたいと思います。短時間で・より香りよくアップルバターをつくれるでしょうか!まずは論文読みからスタートです。

まずは文献調査から

そもそもアップルバターとは

リンゴも …… 細胞壁ペクチンが多いので,ジャム作りに適している.同じ理由から,リンゴをピューレにしてさっと加熱すれば,トロミがついてアップルソースになる.さらにゆっくりと煮詰めれば「アップル・バター」になる.

Harold McGee(著),マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-(2008)

ピューレにしてゆっくり煮詰めたものが「アップル・バター」。では作り方のポイントはどこにあるのでしょうか?文献から情報をかき集めていきます。

リンゴの種類は?
紅玉とふじを比較

リンゴの種類は何を選べば良いでしょうか?リンゴ5品種を用いて生鮮果実と天然果汁の加熱殺菌に伴う香気成分の変化について調査した実験があります。

加熱殺菌果汁の含有量は,'紅玉'が最も高く(7.58ppm),次いで'はつあき'5.83ppm,'陸奥'3.20ppm,'ゴールデン・デリシャス'1.44ppm,及び'ふじ'の1.41ppmであった.以上の結果より,'紅玉'とその血縁の'はつあき'は加熱殺菌後においても香気成分含量が多く,果汁加工適性の優れる原因であることがわかった.

垣内 典夫, 森口 早苗, 市村 信友, 加藤 豊, 馬場 良明
リンゴ果汁の加熱殺菌に件う香気成分の変化1987 年 34 巻 2 号 p. 115-122

リンゴの美味しさの大切な要素「香り」。加熱してもその「香り」がより多く残るのが「紅玉」だそう。一番よく売られている「ふじ」は「紅玉」の1/5分ほどしか香りが残らないそう。この2つを比較してみたい。

リンゴのどの部分まで入れるか?
皮は一旦入れてみることに

リンゴのどの部分まで入れるかを検討していきます。

皮には揮発性分を作り出す酵素が多いので,香りはほどんど皮に集中している.

Harold McGee(著),マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-(2008)

よく言われることではありますが、香りが多いのは外皮の内側の部分。皮を剥くと一緒に除かれてしまいます。皮はぜひ入れたいですが、舌触りに関わるのでこれも悩みどろです。ですが、一旦やってみないと分からないので入れてみることに。香りがより出るといいなあ。

切り方と加熱方法について
低温・短時間で加熱して風味を残したい

続いて、切り方と加熱方法はどうしていくか検討していきます。

野菜・果実のなかには(ジャガイモ …… リンゴなど),低温で下ごしらえすることで,調理中に柔らかくなりすぎるのをある程度抑えられるものがある.55~60℃で20〜30分間加熱した場合,その後に長時間加熱しても硬さが保たれる. …… このような野菜の細胞壁には,ペクチンをカルシウムイオンで架橋されやすい形に変換する酵素が含まれ,これは50℃前後で活性化される.

Harold McGee(著),マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-(2008)

このことから、今回は柔らかいジャムにしたいので低い温度で長時間加熱しないように気をつける必要がありそうです。なので、リンゴは予め細かくして素早く55〜60℃を通り過ぎ高温にした方が良さそう。さらにピューレの作り方に関してこんな記述も。

ピューレ  …… 物理的な力を加えて細胞をつぶし,細胞を壊すことにより,細胞の中身と細かくなった細胞壁を混ぜ合わせる. …… あらかじめ加熱すれば細胞内の酵素が失活するので,細胞が壊れた時にビタミンや色素が分解されたり,風味が変わったり,茶色っぽく変色してしまうこともない.

Harold McGee(著),マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-(2008)

すりおろしてから加熱はどうだろう?とも考えましたが、加熱してからミキサーにかけた方が、色・風味が良くなる可能性が出てきました。

熟成や加熱による細胞壁の壊れ具合と,つぶし方によって,ピューレ中の固形粒子の大きさ,つまりなめらかさが違ってくる.手でつぶしただけだと細胞が大きな塊のまま残り,フードミルや漉し網を使えばより細かくなる.電動のフードプロセッサーを使えばさらに細かく砕くことができ,さらに効果的な電動ミキサーを使えば非常に細かくなる.

Harold McGee(著),マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-(2008)

つぶし方によってもなめらかさが変わってくるようです。舌触りは美味しさに大きく関わってくることは体感しているので、つぶし方もしっかり比較していきたい。候補となる道具はハンドブレンダーとミルの2つ。滑らかさの比較もするために粗さに差が出そうなこの3つにすることに。

  1. ハンドブレンダー

  2. ミル

  3. 煮崩す

蒸発しやすいように表面積の大きな幅の広い鍋を使って弱火で煮込めば,風味はより新鮮になる.(工業生産では減圧下に38〜60℃で加熱することで,新鮮な風味と色が保たれる.)

Harold McGee(著),マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-(2008)

この記述はブリザーブ(砂糖煮)に関する記述ですが、風味に関しては今回にも当てはまると予想。でも、おやおや?ちょっと前半に記述した「55~60℃で20〜30分間加熱した場合,その後に長時間加熱しても硬さが保たれる.」の内容と矛盾します。どうしよう…

少し迷いましたが、後々ミキサーにかけることを考え今回は低温で調理することに。煮込みにはフライパンを使い、水分を飛ばすのに時間がかかりすぎないように一度につくる量に注意する必要がありそうです。加熱前のカット方法についてはこの2つとしました。

  1. ミンチ

  2. いちょう切り

あまり大きいと加熱に時間がかかり風味が飛んでしまう可能性があるので、基本小さめにカットすることにします。

冷却方法について
冷ましてから瓶詰め・日をおくとプルプルする

いろいろ調べていると、冷まし方にもコツが必要な可能性が出てきました。リンゴジャムの冷まし方や保存温度ごとのゲル強度(どのくらいプルプルしているか)に関する実験です。今回つくるアップルバターよりはだいぶ糖度が高いジャムを対象にしたものではありますが、無視できそうにない内容です。

ジャムの充填温度とゲル強度については充填温度を62.5~94℃とし,水冷と放冷を比較すると,充填温度が高いほど冷却時間を長く要し,全体のゲル強度低下とともに表面と中心部のゲル強度の差が大きく,好ましくない品質のものとなる 。

白井 裕, 永田 善次:リンゴジャムにおけるゲルのセット(凝結)について,日本食品工業学会誌
1963 年 10 巻 7 号 p. 283-288

ちょっと分かりにくいですが、つまり熱いうちに瓶詰めしてしまうと表面と中心部で温度の差が大きくなってしまう(中心がなかなか冷めない)ので、表面はプルプルになっても中心部がプルプルしない。その差が出てしまうと商品としては品質が悪いことになってしまう。このことから言えるのは、冷まし切ってから瓶詰めした方がプルプルする。つくってから時間をおいた方がプルプルする。ということ。そもそもペクチンってどういう性質?と思い調べてみると、こちらの記述も。

ペクチンがゲル化するための至適条件は, pH2.8~3.5(オレンジ果汁と同等,酸濃度は0.5%),ペクチン濃度が0.5〜1.0%,糖濃度が60〜65%である.

Harold McGee(著),マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-(2008)

糖濃度が60%〜でゲル化するそうですが、今回試食したアップルバターの「栄養成分表示」をみても、炭水化物が5g(15gあたり)なので、糖濃度が60%までは高くならなそう。なので今回は気にしなくても良い可能性がありますが一旦、頭においておこうと思います。

そんなこんなで、実験項目をこのように決めました。

実験内容を決定!

リンゴの種類:紅玉・ふじ
使う部位:皮ごと
カット方法:ミンチ・いちょう切り
加熱方法:フライパンで60℃以下加熱を目指し速やかに
ペーストにする方法:ハンドブレンダー・ミル・煮崩す
水分の煮飛ばし方:フライパンで60℃以下加熱を目指す速やかに
冷まし方:バットに広げて速やかに

続いて実験に移っていきたいと思います。続きをお楽しみに*

<今回読んだ文献>

  • 松本 時子, 中村 百合子, 畑江 敬子, 島田 淳子:熟度の異なるリンゴから調製したジャムの嗜好性について,日本調理科学会誌,1995 年 28 巻 1 号 p. 46-49

  • 白井 裕, 永田 善次:リンゴジャムにおけるゲルのセット(凝結)について,日本食品工業学会誌1963 年 10 巻 7 号 p. 283-288

  • 垣内 典夫, 森口 早苗, 市村 信友, 加藤 豊, 馬場 良明:リンゴ果汁の加熱殺菌に件う香気成分の変化,1987 年 34 巻 2 号 p. 115-122

  • 濟渡 久美, 吉成 愛未, 石川 伸一:低温長時間処理が真空調理したリンゴの物理化学および官能特性に及ぼす影響,日本食生活学会誌,2020 年 31 巻 3 号 p. 123-130

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