やりたいことをやるということ

やりたいことをやる。

シンプルだけど、ハードルが高い言葉だ。

「やりたいことを仕事にして生きていけたら幸せ」

みたいなことが言われるのは、やりたいことをやるのは簡単じゃないからだろう。

でも、なぜだろうか。

やりたいことをやってお金を稼ぐのが難しいからか。

そもそもやりたいことが見つからないというケースが多いのかもしれない。

僕はいま転職活動をしながら「やりたいことってなんだ」と日々思いを巡らせているが、なかなかやりたいことに辿り着けない。

身近なやりたいことならすぐに出てくるのに。

「今日はカレーを食べたい」とか「映画を観に行きたい」「たくさん寝たい」「このマンガを読みたい」「あの子と付き合いたい」「英語が喋れるようになりたい」「海外旅行に行きたい」

どこからか突然ハードルが高くなってしまって、やりたい仕事となるとものすごくぼんやりしてしまう。

なんでだろう。

やり直しが簡単かどうかが、この「やりたい」という欲求の鍵を握っている気がする。

カレーは一日三食あるうちの一食だし、映画もいつでも観れる。

「付き合いたい」は少しハードルが上がるように感じるのは、振られたときの怖さや恥ずかしさが心理的ハードルを上げているのだろう。

この「怖さ」がやりたいことに対する欲求を隠してしまっているのだと思う。

こう考えると非常に情けない。

やる前から失敗したときのことを考えて、やりたいことをやりたいと思えていないのだ。

酸っぱいブドウの話のように自分の手が届かなさそうなものは、自分にとって欲しいものではないと思い込んでしまっているのだ。

もっと物事をシンプルにもう少し安直に考えて、やりたいと思ったことにどんどんチャレンジしていきたい。

そのためにまずは自分の欲求に耳を傾けること。

常識なんて考えないで

素直に生きること。

そう意識したらやりたいことがちゃんと見える気がする。