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もし大企業が内部留保をしなくなったら

はじめに

 大企業が儲けに儲けたお金を中にため込んでいることを「内部留保」というらしいです。大企業が稼いだお金を中にため込んでいるから不況が続くし労働者の給与が上がりません。内部留保をたくさん持っている企業は悪い資本家です。
 では、大企業が内部留保をしなくなったらどんな世界になるのでしょうか。

内部留保を暴け!

 正確に内部留保とは何かを定義すると、「純利益として会社の中に残り、それを放出せずに利益剰余金や資本剰余金としてため込んでいるもの」です。これは、貸借対照表(バランスシート)という財務諸表上の定義です。バランスシートは、左側に「資産」を、右側に「負債」を記載するものです。そして、負債と資産を比べると、たいていは資産のほうが多いわけですが、この資産と負債の差額の大半が利益剰余金と呼ばれたりするわけです。この部分は、純利益を上げれば増え、配当などで資本家に還元すれば減ります。
 もう少しわかりやすく説明します。ある会社が、最初に100円を持っていました。それから、さらに200円を借金し、合計300円でリンゴを3個買いました。この時のバランスシートは、左側に「リンゴ3個、300円相当」、右側に「借金200円、元手(資本)100円」と書かれた状態です。次に、リンゴ3個を、500円で誰かに売りました。すると、バランスシートの左側には「現金、500円」と書かれ、右側には「借金200円、資本100円、利益剰余金200円」と書かれます。借金と資本はいずれ返済しなければならないものなので、持っている現金から300円を引いた200円がその企業の純粋な利益であり、これが「内部留保」になります。

 さあ、内部留保の正体は大体わかってきました。この会社は、200円の利益を出したのに、それを自分の財布にしまい込んだまま社会に還元しようとしないわけですね。これは確かに悪い。仮に借金と資本を残された現金500円の中から返済したとしても、手元に200円も残しているわけです。これを経営者が持ち逃げするわけです。これは本当に悪い。

大企業の内部留保を晒せ!

 では、実際の大企業がどのくらいの内部留保をため込んでいるのかを見てみましょう。日本の大企業の代表格、トヨタ自動車と、純粋な素材製造業の代表格、日本製鉄の財務諸表を見てみると、おおよそこんなことになっています。

トヨタ
 ■資産(左側)
  現金と証券                 5兆円
  子会社、工場、リースプラン用車両とかの設備 55兆円
 ■負債と資本(右側)
  借金と資本                 35兆円
  利益剰余金                 25兆円

2021年頃のトヨタのバランスシートの超デフォルメ

日本製鉄
 ■資産(左側)
  現金と証券                 1兆円
  子会社、工場設備              8兆円
 ■負債と資本(右側)
  借金と資本                 6兆円
  利益剰余金                 3兆円

2021年頃の日本製鉄のバランスシートの超デフォルメ

 トヨタの内部留保は25兆円。素材業の日本製鉄でさえ3兆円です。これだけのお金が日本の市民の間から消えてしまい企業の財布の中にしまわれているのですね。

もし大企業が内部留保をしなくなったら

 トヨタ25兆円、こんなに貯め込んでいるのは、大変よくない状態です。これをすべて社会に還元しなければなりません。そこで、ここで「もしこれが内部留保されていなかったら」というシミュレーションをしてみます。

 さて、先ほどのバランスシート、右側に内部留保25兆円がありますが、これをため込まず、すべて社会に還元したことにしましょう。とすると、左側の合計が60兆円、右側の合計が35兆円です。これは、60兆円相当のリンゴを35兆円で買った、という意味になります。そういうことは許されません。35兆円しか元手がないのであれば、35兆円分しかリンゴを買えません。バランスシートを見ればそのことが一目で分かるわけです。
 そこで、現金と証券5兆円、それから、設備から20兆円を削りましょうか。と思いましたが、実はそうはいきません。トヨタは、毎月2兆円ほど、何らかの経費支払いをしています。現金を全部無くしてしまうと一瞬で倒産です。そのため、実は5兆円の現金でも正直心もとないくらいです。現金には手を付けず、設備を25兆円ぶん削りましょう。大丈夫、単なる設備ですから。

 さて、設備とは何でしょうか。工場の機械とかそういうものですね。なんにしろ、誰かから買ったものです。こういう設備を買うことを「設備投資」と言います。もっと儲けるためにもっと設備を買う、というわけです。こんなに儲かってるのにもっと儲けようだなんてけしからんですね。それを25兆円ぶん。もちろん買わなかったことにしましょう。
 さて、工場の機械とかなんとかですが、誰が作ったものでしょうか。それは、機械会社ですね。また、実際には、設備というのは買って終わりではありません。買ったものを運んで、据え付け工事をして、動作チェックをして、……大変な手間がかかります。これは私の肌感覚ですが、100万円の物を買うと、周辺の作業費はその倍はかかると思ってください。そして、ここすごく重要なんですが、そうした作業費は、設備費として計上されます。買った設備の付加価値として設備の金額の中に足しこまれるんですね。作業費は払ってその場でおしまい、というわけではないんです。逆に言えば、設備費の中には様々な作業の人件費がたっぷり含まれているということなんです。先ほども書いた通り、100万円の物を買うと200万円は人件費が付いてきます。25兆円の設備が存在した場合、16兆円は人件費です。ついでに言うと、元の機械も、誰かの人件費を使って製造されたものですから、最終的には、設備費の大半は人件費でできています。

 ということで、25兆円の機械設備を買わなかったことにしたので、おそらく20兆円以上の人件費は払われずに済みました。つまり、内部留保をしなくなったら20兆円ぶんの失業を生んだわけですね。では25兆円はどこに行ったのか、それはもちろん、トヨタの株券を持っている人に配当として支払われたんです。

 日本製鉄でも同じですね。3兆円の内部留保をしないことにしてみると、同社も毎月0.4兆ほどのなんらかの支払いをしているので、現金に手を付けるわけにはいかず、3兆円ぶんの設備を買わなかったことにするしかありません。結果、2兆円以上に相当する失業を生みました。その分は、日本製鉄の株券を持っている人がもらったのです。

 日本の企業の内部留保の総額は500兆円近いらしいので、すべての企業が内部留保しなくなったら、500兆円ぶん、年収500万円換算だと1億[人・年]が失業する計算ですね。

 いやあ、素晴らしいですね、内部留保のない世界。資本家は肥え太り、労働者は職を失ってさ迷う。明日食べるものもない労働者を見下ろしながら食べるフルコースはたいそうな美味に違いありません。

どこでまちがったのか

 どこで間違えたんでしょうか。それはそもそも「内部留保とは企業が貯め込んでいる儲け」という誤解がスタートです。財務諸表の上では確かに「純利益」を「配当せずに積み上げたもの」なので、利益を貯め込んでいる、と表現しても誤りではありません。しかし実際は、そのお金を設備投資に回しています。設備投資=ほぼ人件費、として社会に回っているんです。
 最大の勘違いの源を指摘しましょう。「内部留保は悪いことだ」というのは、資本家の目線です。「その儲けは資本を出した俺たちのものだからさっさと還元しろ」というのが内部留保に対する資本家の態度。一方で、企業が内部留保したお金は、確実に誰かの賃金になっています。労働者は、「資本家になんて還元せず、そのお金をキープしてもっとモノを買え、人を雇え」と言うべきなんです。内部留保=利益剰余金に関しては、経営者と資本家は利害が対立していますが、経営者と労働者は(その人自身が資本家でない限りは)利害を共有しているのです。なぜなら、資本家からもぎ取ったお金を手元で回し続ける限り雇用を生み賃金がもらえるからです。もし資本家が「はい、利益は全部還元ね、会社も清算、資本も回収、おしまい」と言ったら、一番損をするのは、まぎれもなくその会社の従業員であり、その会社の取引先の従業員たちです。もし明日トヨタが清算になったら、何十万人という労働者が失業しますよね。内部留保をしない、というのは究極的にはそういうことです。
 内部留保がさも悪いことかのように報道する資本家の手先に騙されるな! 内部留保はもっとやれ、カネ出してるだけの銀行や資本家を太らせることはねえ! ……ってのが筆者の立場です(笑)。

まとめ

  • 内部留保=設備投資≒人件費

  • 大企業が内部留保をしなくなったら大失業時代到来!

  • 「内部留保=悪」は資本家の目線、戦う相手を間違えるな!

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