ガンジイの思い出

 子どもの頃、近所に「ガンジイ」がいた。偉人ではない。「頑固なじじい」だ。ピカピカの禿げ頭にカエザル髭をピンと生やし、見るからに海千山千のツワモノだった。

 秋になるとたわわに実る柿を狙って、ガンじい邸に悪ガキどもが集結する。あともう少しで手が届くというタイミングで、「コラーッ」と雷が落ちる。「ワーッ」と蜘蛛の子が散る中、いちばん年少で、ドンくさい私だ、捕まった。遠巻きに見ている子どもたちに向って、「こわっぱが捕まって、年上が真っ先に逃げるとは、ひきょう者め。恥を知れ!○○、××、▽▽…出てこい!」とガンジイ。

 その声に引っ張られるように、出てくる悪ガキたち。ガンジイは、大きな子にはゲンコツを、私を含む小さな子にはデコピンを見舞った。みんな涙目になった。

 ガンジイは、「しばし待っておれ」と言い残して、家に入った。金縛りにあったようで、体が動かない。しばらくして、両手いっぱいに柿を抱えて出てきたガンジイは、ニカッと笑って、「柿を盗むのは、ほんとに悪いことだ。だが、小さい子を見捨てずに、ゲンコツ覚悟で出てきたのは、よろしい。これを食べなさい。

 今度からは、玄関から堂々と、柿をもらいにきました、と言いなさい。」ドカンと渡された柿は、ガキ大将の両腕のカゴから、あふれて、こぼれた。みんなで我先に奪い合い、「ありがとうございます」と頭を下げる私たちに、ガンジイは「うむ」と言って、くるりと背を向けた。

 私は今も、威厳、気骨ある、凛とした、明治生まれという単語を見ると、あの時のガンジイのピンと張った和服の背中を思い出す。小高い丘で、夕焼けを見つめながら、みんなで食べた柿の味は忘れられない。以来、2度と柿を盗むことはしなかった。もし、幼児から少年に変わった日があるとしたら、あの日ではないか、と今も懐かしく思い出す。

 私が、その思い出の丘の近くで、子ども会をや始めたのは、いつかガンジイになりたいと思ったからだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?