薬局にて学んだこと19 あんパンひとつ

あんパンをひとつ食べて、気持ちがまっすぐになった、というお話です。

ある人が、父親から「おまえは寺にでも入れ」と言われ、禅宗のお寺に放り込まれ、修行僧と同じ生活をすることになったそうです。最近の観光客向けの修行体験とは違い、雲水がおこなう厳しい修行生活で、早朝に起き、粗末な食事とむずかしいしきたり、気の遠くなるような長い時間の座禅、その中で体を動かすと僧に背を激しく打たれ、血がにじむ毎日だったようです。
 
よほどの強い精神力と体力を持ち合わせていない限り、この修行を終えることは難しく、げんに彼も途中で発熱し数日は起きられなかったそうです。雲水以外の人でも修行期間は2週間と決められていて、その間は途中で帰ることが許されないものだったようで、日にちが過ぎてゆくにつれ、雲水も含めた何人もの口から「ここを逃げ出そう」という言葉が出るようになったそうです。でも、誰も逃げ出すことができない。「皆、なんて情けないんだ」ある日、彼は夜中に勇気を出して山を降りました。
 
何時間か歩き駅の近くまで行き、日が昇って店が開くのを待ち、あんパンをひとつ買いました。お寺に入ってから、甘いものを一切口にすることがなかったので、その甘さが体にしみわたり、体調が一気に良くなっていくのを感じたそうです。それと同時に「しまった!」と。逃げることが勇気ある行動ではなく、そこに居続けることが勇気ある行動だった、と気づいたそうです。
 
ワコー薬局では、転機で迷っている患者さんに、気力を出す薬をお出しして、「この薬を飲んでから考えなさい。」と言うことがあります。また、新しい環境で戦っている子どもさんに、まっすぐな気持ちを保たせるよう遠隔を入れる場合もあります。人は、体や心をひどく病むと、気力を失いまともな考え方ができないことがあるのです。
 
彼がその後どうしたかというと、ひどい仕打ちを受けることを覚悟しながら寺に戻り、最後の日まで修行を続けたそうです。

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