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#19 兼業生活「自分らしく、みんなのために」〜狩野俊さんのお話(1)

今回は、東京・高円寺で「コクテイル書房」を営む、狩野俊さんのお話です。このお店は古本屋と居酒屋が混ざり合った空間で、夏目漱石や太宰治をモチーフにした「文学カレー」など文学作品にちなんだおいしいお料理もあり、本も酒も食も好きな私にはたまらないところ(といっても、出産後はあまり伺えていないのですが……)。

初めて伺ったのは、たしか2015年。会社を辞めてフリーランスになったころでした。それを機に『大人ごはん』の座談会を行わせていただくなど、何かとお世話になっています。ですから、2022年の年の瀬に狩野さんから「新しいプロジェクトを始めるので、クラウドファンディングの原稿をお願いできませんか」と連絡があったとき、これは断れないなと思いました。

(このクラウドファンディングは、本を通して人がつながる居場所をつくる「本の長屋」プロジェクトとして2023年2月にスタートし、おかげさまでたくさんの方々にご支援をいただいています。この場を借りてお礼申し上げます)

プロジェクトを進めるなかで私が目撃したのは、いろんな形で協力に馳せ参じる方々の姿。その中心で長屋の夢を楽しそうに語りながらも、いまいち「強いリーダーシップ」を感じさせない狩野さんの佇まいでした。そこで私はふと、「ぐいぐい引っ張るのではない、“弱い”リーダーシップって、組織には大事かもしれない」と感じました。そのことを中心に、狩野さんに仕事と生活のお話を含め、伺ってみることにしました(全4回の記事です)。

(プロフィール)
1972年、福島県生まれ。アメリカ文学者・蟻二郎が開いた神保町の古書店「ワンダーランド」で働いた後、98年、東京・国立に「コクテイル書房」を開業。半年後に店の一部を改装し酒を出し始める。2000年、高円寺へ移転。2度の引っ越しを経て現在の場所に移る。著書に、コクテイル書房の創業時~初期の日記とエッセイをまとめた『高円寺 古本酒場ものがたり』、パートナーである狩野かおりさんとの共著『文士料理入門』がある。

思わず協力してしまうのはなぜか

室谷 今回取材をお願いしたのは、「本の長屋」プロジェクトをお手伝いする中で、狩野さんのリーダーシップのあり方に関心をもったからです。ゆるい感じなのに、たくさんの方が協力してくださるのはなぜだろう、と。そこで取材前にご著書『高円寺 古本酒場ものがたり』を読み直すと、国立で最初に古本屋さんを開くお話が出てきました。そこには当時から、狩野さんの周りに“お世話をしてくれる人”が集まってくる様子が描かれています。

たとえば、開店予定のお店の隣で電気屋さん兼スナックを営む「カラスのおじさん」が音響を設置し、その後も飲食を始める際や高円寺に移転する際、工事や内装を手伝ってくれた、というお話。それから、一橋大学の学生だったハジメちゃん。留守番を頼むほど親しくなった若者ですが、「後年、彼が明かしたのだが、あまりにも僕が店をさぼるので、先行きを憂慮した彼は、僕が休んだ日には合鍵を使い店を開け、勝手に営業をしてくれていたのだという」という下りもありました。

狩野 ああ、そういうことがありましたね。今回のプロジェクトでも、建物の解体・改装は業者にお願いする予定でしたが、高校時代の友人が施工してくれることになりました。

室谷 すごいと思います。狩野さんの指示で動くというよりは、周囲の人ががんばったり、楽しんだりして、気がつくと自分ごとになっている。私も今回お手伝いしてみて、「私がしっかりしなきゃ」という妙な責任感が発生しました。これは何なのでしょうね。

狩野 早く言えば、僕が「ダメだ」ってことじゃないですか(笑)。先日、本の長屋のために撮影してもらった写真をお店のFacebookに載せました。その写真を見て、店の常連であり、ご近所で有志舎という一人出版社を営む永滝稔さんが「きちんとしていない、でも(だからか?)偉そうでない。そんな顔で、いつも夢を語る。そこに、みんなが協力したくなる秘密があるのでは?」と書いていて、そうなのかなって思いました。

私の写真。小さいころから、この顔になじんでいない。どこか他人の顔。鏡も見ないので、年々その思いは強くなる。分析されるといろいろと出てくるのだろう。本の長屋を実現するのに、多くの方のお力を頂いている。マンモスかクジラを追い込んでいる感じ。こんな顔の男に協力してくれてありがとう。

Posted by コクテイル書房 on Thursday, January 26, 2023

以前、別の試みで僕が失敗したときも、永滝さんは「狩野さんだから仕方ないよ」って本気で言ってくれて。わざとじゃないからまあ許そう、というのがそこにあるのかなと思って、ありがたかったです。

ただ言っておくと、僕は今回のプロジェクトで、いろんな人をまとめてリーダーシップを発揮していると自分では思っていたんです。ですからいま「リーダーシップが強くない」と言われて、「あれ?」って思いました(笑)。

室谷 すみません(笑)。今回の文脈でいうと、「リーダーシップが強くない」というのは褒め言葉なんです。リーダーシップがある人がプロジェクトを率いると、その人の意見が強すぎて、ついていける人とついていけない人が出てくる。せっかく手伝ってくれる人を管理して、従わせようとしたりとか。狩野さんにはそういう振る舞いがないから、誰でも参加できて、なおかつ楽しめるのかなと思いました。

狩野 自分でも不思議なんですよ。今回もクラウドファンディングを始める前に室谷さんから「狩野さん、知り合いがいっぱいいるから大丈夫でしょ」と言われて、「そんなことないけどなあ」と思っていました。でも実際に始まると、本当にいろんな方が協力してくださって。そういう関係性を、生もうと思って生んだわけではないということだけは確かですね。

そういえば、古い友人が店で「狩野さんってどういう人?」と聞かれて、「面白いよ」と答えていました。だから僕が次々に新しいことに挑戦するのを周囲が面白がってくれて、でも僕にリーダーシップがないから、みなさんがそれぞれの持ち分でがんばってくださるのかもしれません。

あとは多分、僕にはあまりお金儲けを考えてないところがあって。それは大きいのかな。面白いことをやりたいけど、それは別に自分の利益になるからではなくて、来てくれる人たちみんなと一緒に楽しみたい。その気持ちはずっと変わらない気がします。

室谷 これまでもお店でいろんな企画をなさっていますが、アイディアを実現する・しないの基準はありますか。

狩野 僕はアイディアを出すのが好きだけど、飽きっぽいから言いっぱなしになることも多い。でも中には、時間が経っても熱が続くものがあって。2020年の年末に、店内にレトルト工場をつくって文学カレーを製造・販売できるようにしたのは、その1つでした。

当時はコロナで飲食店をめぐる状況が大きく変わってしまい、同じ形態ではもう続けていけないだろうと思いました。そこで、店で出している文学カレーをもっと多くの人に届けるためのレトルト工場を思いついた。

いろいろ考えるうちに、「シャンデリアがある美しい工場が店内にあったらいいな」とひらめいたんです。ビジュアルが浮かぶと楽しくなっちゃって、なんとか形にしたいと思っていろんな人に話しました。そうすると改装を手伝ってくれる方が現れたり、東京商工会議所からアドバイスをいただきながら助成金を得ることができたりして、実現できた。

だから「熱が続くか」ということ。もう1つは、最大の難関である「妻の壁を越えられるか」(※)ということです。アイディアを話すと、だいたい叩きのめされるんですよ。ぼうぼうと燃えている火に僕がどんどん水をくべて、最後はその火を飛び越えてでも実現する覚悟があるか、どうか……。

(※)パートナーのかおりさんは哲学書の翻訳などを手掛ける方で、狩野さんと共著『文士料理入門』を出版している

ただ面白いのは、反論される理由が結構ヒントになるんです。レトルト工場のアイディアも、「そもそもレトルト食品はおいしくない」「無菌のものなんて食べ物としておかしい」とか。たしかにそうだなと思って、じゃあどうすればいいかを考える。そうやって諦めないで続けていると、向こうは向こうで「こいつ、叩かれてもやる気だな」と思うんでしょうね。最終的には賛成、または反対しないという消極的賛成に転じてくれます。

室谷 本の長屋についても、反対意見がありましたか。

狩野 ありましたね。「これ以上、手を広げるのはやめなさい」「もう歳なんだから、一つのことをつくり上げてから次にいきなさい」と言われて、もっともだなあと。だから本の長屋の一部である「共有書店」に関しては、なるべく僕が関わらないで運営するとか、店主のみんなが自主的に参加できるしくみづくりを考えています。今までもいろいろやったけど、「自分の店」という範疇を超えていませんでした。それを超えるものにしたいと思えたのは、妻の意見のおかげです。

それともう1つ、今回のプロジェクトでは自分の死を意識しています。人間、いつか死ぬじゃないですか。個人店って、どんなにいい店でも店主が死んだらおしまいです。それは個人的に寂しいなと思っていて、僕も50代になったので、そろそろ自分がいなくても何らかの形で店が続いていくしくみをつくっておきたいと考えています。

僕はこれまで25年近く店を続けられて、妻にも見捨てられず、今に至るのはとても幸運なことだと思うんです。だから今度つくる本の長屋は、その幸運――自分が与えられたものを、みんなにお返しするような場にしたいですね。

(つづきます→「『余分』といわれているものに目を向ける」

※写真はすべて友人である写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudio によるものです

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