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#30 兼業生活「人生とキャリアの使い方」〜坂本 宣さんのお話(4)

異端児だから、経験できたこと

室谷 坂本さんは新卒で務めた証券会社で34年間働いたわけですが、どうして金融業界に入ったのですか。何か、きっかけがあったのでしょうか。

坂本 単なる偶然でしたね。就職活動の時期に、サークルの友達から証券会社のOB訪問に誘われて行ってみたら、話が結構面白くて。一緒に行った友達からも「合ってるんじゃないの?」といわれていくつか証券会社の試験を受け、2社から内定をもらいました。そのうち、飲みに連れて行ってくれるなど、面倒見のいいOBがいる会社を選びました。

室谷 強い希望があって入ったわけではないんですね。

坂本 ほかの業界を見ていないので、本当に合っていたかどうかだって怪しいですよ。試しにひとつ銀行も受けましたが、成績が優4個しかなくて留年もしていると、そもそも試験で先に進めなかった。それくらいの理由です。

室谷 私は前職で銀行のグループ会社にいたのですが、組織の規律や上下関係が強いカルチャーでした。坂本さんは最初に取材でお会いしたときから、すごくフラットですよね。金融業界で役職が上で、一介のフリーランスに対してこんなにフェアな方がいるのかと、正直、驚きました、

坂本 同じ金融業界でも、銀行と証券会社ではビジネスモデルが違います。銀行は、顧客に融資したお金を返済してもらわなければいけません。そのためにつくられた統治システムであり、上司に歯向かわないカルチャーも、貸金が焦げつかないための知恵なのだと思います。一方、証券会社はディールで利益を得ます。リスクを取って新しいことにもトライするし、意見があれば上司にもはっきりと言う。ですから社員の気質や考え方も、水と油くらい違います。

そんな証券会社の中でも、僕は少し変わっていたかもしれません。それこそ支店の課長になって初めて部下ができたときからずっと、新入社員も含めて「さん付け」で呼んでもらっていましたし。それは役員になっても同じでした。

室谷 日本の会社員は、まだまだ上司を「さん付け」することに抵抗がありますよね。ましてや、大企業で。

坂本 だから僕が例外で、メールで複数の宛先があると、上から順に「坂本さん、◯◯副部長、◯◯課長」って並ぶ(笑)。無理やりにでもそうしないと、彼ら、彼女らは一生、人を役職で呼ぶ経験しかできないかもしれません。何より、仕事にいい影響が出ます。お互いに「さん付け」を続けていると、コミュニケーションのレベルが会社員から、人間同士に変わっていくからです。もちろん、僕も社長をはじめ、上司にはすべて「さん付け」でしたよ。あと、社内ではスーツの上着を着ないし、ネクタイもしないのが定番でした。

室谷 それも独自路線だったのですね。

坂本 だって、そのほうが楽じゃないですか。文句を言う人には「スーツを着ればいい仕事ができるなら、いくらでも着ます」と言い返していました。さすがにお客さんへのTPOはわきまえているから、相手によってはネクタイもしました。でも社内では別に、スーツの上着は要りませんよね。

室谷 坂本さんはお仕事でも、形式主義に与しないスタイルでしたか。

坂本 ルールがあるから従うのではなく、何を満たすためのルールなのかを考えて行動する。それはおそらく、若いころからの気質ですね。あとは転機もあって、僕は一回、証券会社でのキャリアに折り合いをつけているんです。部長職の後に「本部長補佐」という肩書きになったのですが、通常、それ以上の出世はない。キャリアの中断を意味するポジションでした。

そこからは怖いものがなくなって、評価を気にせず、自分が会社にとっていいと思うことを実行していきました。そしたら意外にも、経営企画部長という重要な役職を任されることになった。周囲からはゴルフに例えて、「OBしたと思ったボールが木に跳ね返って、フェアウエイのど真ん中にきた」と言われました(笑)。

室谷 そんな証券会社時代から、スノーピークに転職して1年余り経ちましたが、いかがですか。

坂本 何より、社員が素直でまじめ。自分たちのミッションに対して、ひたむきな人が多いです。そこはやっぱり、「キャンプの力」でしょうね。会社のポテンシャルもすごく大きい。ただ、売り上げがどんどん伸びるなか、そのスピードに組織も人もついていけないという課題があります。そして、その課題解決を手助けするために、僕が入ったと思っています。

いちばん難しいのは、キャンプが大好きで、なおかつ成長を支えてくれる社員をどう確保するか。特にバックオフィスは専門知識が必要で、両方を満たす人はそう多くいません。

スノーピークはキャンプ好きが自然と集まる会社なので、これまですごく高待遇かというと、そうではありませんでした。社員の中には、スノーピークが大好きで働いていたけど、結婚して子どもができると転職してしまう人もいました。実際、スノーピークウェイで、僕の息子と同年代の社員が「もうすぐ彼女の家に挨拶に行くんです」と話すので、「結婚して子どもができても、うちの給与でやっていける?」と聞くと、「うーん……」となったりして。

そこで、かなり思い切った給与の改善策を提案しました。ベースアップをはじめ、住宅補助や営業手当、店長手当を充実させるというものです。この案はすでに実行され、社員の手取りがかなり増えました。とても喜ばれたし、今後の成長を考えたときに、必要な施策だったと思っています。

室谷 やりがいだけをモチベーションにするのでなく、金銭面で報いるというのは、大事なことですね。一方で、熱量のある会社が規模を拡大するにつれて「らしさ」が薄まり、従来のコアなファンにガッカリされるケースをよく見ます。薄く広く事業を世の中に浸透させるのか、熱量のあるコアなファンに絞って事業を維持していくのか。スノーピークはどっちでしょう。

坂本 それは完全に決まっていて、後者です。僕たちが売っているのは製品ですが、実際はスノーピークって、コアなキャンプファンが集まるコミュニティー・ブランドです。まずは店頭で、社員とお客さまがキャンパーとしてつながる。さらに定期的なイベントで、お客さま同士がつながる。クオリティーの高い製品はもちろんのこと、そこから生まれる強固なコミュニティーが、ハイブランドとしてのスノーピークを支えているのです。

いま、日本で培ってきたこのモデルが韓国と台湾で成功しつつあり、さらにこれから米国と中国で、どこまでいけるかをトライする段階に来ています。そのためには、5年後、10年後に会社が大きく成長したときに必要になる仕組みを、いまから整えておかなければいけません。

幸い、僕は前職で営業はもちろんのこと、調査や資本政策、コンプライアンス、人材育成、経営企画など、幅広いキャリアを積ませてもらいました。この経験を生かし、キャンプの力で人を幸せにするために全力を尽くしていきたい。

室谷 もうすっかり、スノーピークの一員ですね。

坂本 いまはスーツもないし、早朝出勤もないし、連日の接待もない。何もかも変わって、証券会社にいたころの自分とは別人です。でも人間の順応性って、すごいですよね。何歳になっても、新しい環境に入っていって楽しめるんですから。

(取材を終えて)
取材の日、東京は大雨でした。「こんな日に呼び出して申し訳ないな」と少し憂うつな気持ちで約束のカフェに向かったのですが、そこはキャンパー。坂本さんはスノーピーク製のおしゃれで軽そうなレインコートを着て現れ、「雨で仕事のアポがひとつキャンセルになったから、いくらでも付き合いますよ」と笑いました。

会社員である多くの人が「たくさんの可能性の中から、偶然この会社に入っただけ。特に必然性はない」と感じていると思うし、私もそうでした。だけど、たまたま導かれた場所で仕事にどう向き合い、人生に生かしていくかは、入社した「その後」次第。キャリアの入口は偶然でも、出口にはその人らしさがある。そんなことを考えたインタビューでした。お忙しい中、長いインタビューにお付き合いいただいた坂本さんに、感謝いたします。

(この回はこれで終わりです)

※写真はすべて友人である写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudio によるものです

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