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#25 兼業生活「<しっくりくる感じ>を求めて」〜山下裕子さんのお話(3)

「勉強中」から、「これは仕事」へのステップ

室谷 「やりたいこと」が見つかっても、それだけで食べていくのはまた別の話ですよね。コロナがきっかけで金継ぎ中心の生活に移行したということですが、アクセサリーブランドの正社員をやめてから、金継ぎはどんなふうに続けていたのですか。

山下 最初はお友達や知り合いから頼まれて、少しずつやっていました。自分としては、細々とでも金継ぎで喜んでもらえるのがうれしくて。でも仕事にするにはもっと知識と経験が必要だと思っていたので、周囲には「勉強中です」という感じで言っていたんですね。

そうしたら、金継ぎをご依頼くださった方が修理した器を見て「これは仕事ですよ。そういうふうに、ちゃんと言ったほうがいい」とおっしゃった。「勉強中と言われると、お願いしたいなと思っている人も、まだなのかなと遠慮してしまう。ちゃんと周囲に言わなきゃ」と。そういう後押しもあって、会社員をやめてから1年半後位に「金継ぎ師」という肩書きの名刺をつくりました。

ホームページをつくったのも割と遅かったですね。人づてに紹介いただいて、知らない方からのご依頼が増えたときに、細かなことなど説明が難しくて。ご依頼を受ける窓口も必要になってきたので、それでようやくつくりました。だけど当時はSNSをまったく使っていなかったので、初めてホームページからご依頼を頂いた時に「どうやって辿り着いたんだろう」と。見つけて頂いたことが本当にありがたくて、嬉しかったですね。
(注:山下さんは今、Instagramを始めています)

室谷 自分でどんどん顧客を開拓したというよりは、周囲からの後押しがあって徐々に広がっていったのですね。でもそれはきっと、依頼主からの信用があったからだと思います。依頼されて器を直すときに、気をつけていることはありますか。

山下 器が持つ雰囲気を壊さないこと、持ち主の方のイメージや思いを大切にすることですね。金継ぎで直したいというくらいですから、依頼をくださる方はみなさん、器への思い入れを持っています。ですから「お任せします」という方であっても、ご提案とともに仕上がりのイメージなど必ず伺います。もちろん中には、イメージがはっきりしていてご希望の仕上げを決められている方もいらっしゃいます。

でも実際は、見た目以上にヒビが入っていることもあるし、器との相性によって、できること・できないことが変わってきます。例えばバラバラに壊れた器だと、どうしても継ぎの部分が多くなる。その場合、「継ぎを金色にしたい」というリクエストであっても、器の色味によっては「そうすると割と派手な印象になります。この色だとこういう雰囲気になりますが、どうですか」と提案して、加飾前の中塗りした状態の写真を見ていただくこともあります。カップの持ち手が取れたのを直すときは、補強するほうが安心だけど、繊細な器だと見た目が合わないことも。そんなときはその器に対して出来ることをきちんと説明して、修繕方法を決めることもあります。

骨董のものや揺らぎのあるデザインの器が、欠損していて元の形状がわからないものもあります。そのときは「どんな形だったんだろう?」と想像する時間も楽しいです。依頼主の方のお話を伺いやりとりを重ねて、持ち主の方の気持ちに寄り添った直しを心がけています。

室谷 それは独創性というよりは、職人的な作業でしょうか。

山下 どっちもあるでしょうね。しっかりお直しすることを前提に、器に合う仕上げを提案したり、より美しい継ぎ方を考えたりするので、創作の余地もかなりあります。そもそも破損の状態は全部違うので、毎回、1つとして同じものがない。だからこそ緊張感があって、面白いともいえます。お預かりした器とじっくり向き合いながら、より良い選択肢を考える時間が私は結構好きです。

漆は自然のものであり気温と湿度に状態が左右されるので、金継ぎしている器は必ず毎日確認します。そうしないと、様子が気になってしょうがない。そうやって4~5ヶ月一緒に生活していると、だんだん愛着がわいてきて、器に感情移入してしまいます。

だからお渡しするときは、いまでも毎回すごくドキドキします。喜んでいただけたときは心底ほっとする。どの方にも共通しているのは、大切な器が壊れて何かしらショックを受けているということ。その傷を直すという行為がとてもいいなと思うし、私自身も、金継ぎを通して癒やされているなと感じます。

(つづきます→「傷を直し、そこにあたらしい景色を見る」)

※写真はすべて友人である写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudio によるものです

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