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1、横浜・副流煙裁判・冤罪事件     ~これまでの経緯~

【平成28年 (2016年)】


◆9月6日◆
A夫訪れ、直後A妻がバラバラに訪れた。将登(まさとう)、タバコのサンプルを渡す。将登が換気扇の下で実験を行うが、A家族3名は臭いを確認できず。

◆9月22日◆
組合員T氏の立会いの元、相手方夫妻と藤井将登・敦子の5名が面談。9月6日からこの日まで将登は禁煙したにもかかわらず「その間も臭った」とA夫妻が言ったため、将登は自分に原因がないと安堵。
他言しないと約束。録音あり。

◆10月 5日◆
居住する団地の2号棟の前で敦子がA夫妻に遭遇。A夫から(煙草の件で)コ ミュニケーションをと言われたが、9月22日でその件は終わったと断る。

◆10月29日◆
A夫妻が我が家の玄関先に押し寄せる。他言した旨を敦子が怒る。自分から押しかけながらA妻から「警察を呼ぶ」と言われ面食らう。

◆10月31日◆                  
A家族3名、くらた内科を受診。A夫、過去の喫煙を告げずに診察を受ける。日本禁煙学会所属・倉田文秋医師が出した裁判資料(甲51-1)には「既に警察介入あり」との記載があるが、刑事が初めて来るのは翌年の8月であり、この段階では警察の介入など無い。にもかかわらず、「こじれすぎている。診断書を作成しても役に立たない。訴訟にまで進まないと問題解決できない可能性が推測され、『診断書が必要な段階になれば作成する』と説明」と甲50-1にはある。結局、倉田医師は診断書を書かなかった。

◆11月23日◆ 
A夫が来訪。敦子が対応。A夫は臭わないと言う。「謝罪に来た。空気清浄機代 払うから、あなたの座っているこの横に置かせて欲しい」と言われ断る。「出来ることがあれば協力する」と、ダメ元を条件に「夫に国産に変更・自宅で吸わない旨」をお願いしてみると伝える。 

◆11月29日◆ 
バス停わき歩道沿いに吸い殻が大量(14本・4銘柄)に落ちており、A夫に電話。さらに翌日、膨大な量を橋のたもとに発見(トップ写真)。これらの吸い殻はその後、本人訴訟で私達が写真提出するまで1年2か月ものあいだ放置されることとなる。裁判提出後、誰かにより一週間で吸い殻は掃除されてしまう。そして、まもなく吸い殻が落ちていない写真をAらが出したあと、「(このページトップの『吸い殻が散乱した様子』は)被告が意図的に大量に投棄し、その様子を撮影したのではないかとさえ疑われるのである。」と書かれるのだ(原告準備書面8-11ページ)。

【平成29年(2017年)】


◆1月 2日◆
敦子の喫煙が住民らの健康を害しているとの怪文書が投函。

◆2月14日◆
岡本光樹弁護士がA宅を訪問。ゴミ漁りを指示。

◆3月 8日◆
そよ風クリニック宮田幹夫医師 A娘に診断書交付 「化学物質過敏症」

◆3月28日◆
くらた内科 A夫に診断書交付 「受動喫煙症レベル3」

◆3月29日◆
くらた内科 A妻・A娘に診断書交付 共に「受動喫煙症レベル3」

◆4月12日◆
日赤・作田学医師 A妻に診断書交付 
「受動喫煙症レベル4・化学物質過 敏症」               (緑十字クリニック松下医師から紹介状あり)
「1年前から団地の1階にミュージシャンが家にいて、、、」との記載

◆4月19日◆
 ①作田医師 A夫に診断書交付 「受動喫煙症レベル3」 
(緑十字クリニック松下医師から紹介状あり)
過去25年に及ぶ喫煙歴を隠した可能性あり。A夫は証人尋問にて日赤の問診票には過去の喫煙を問う欄がなかったと(実際にはある)。作田氏は平成31年4月の審議で追加意見書を提出。その中で、「(喫煙を)止めて1年以上経過していて、しかも喫煙者側の喫煙が歴然と認められる以上、タバコの副流煙を生じさせているものが8割以上であり、過去の喫煙歴のあるA夫について、2割程度の寄与割合と考えることが合理的である。(甲43、5~6頁)」と述べている。

②作田医師 A娘を実際に診察しないで診断書を発行。
「受動喫煙症レベル4・化学物質過 敏症」
・母親への委任状 ・本人直訴の手紙 
・くらた内科の診断書 ・宮田幹夫医師の診断書
⇒第1審横浜地裁にて医師法20条違反と認定。
上記は「診察」と認められなかった。実際に受診した人間がいないにもかかわらず、プログレスノート・カルテが日赤にて作成されており、初診料も国民健康保険から日赤に払われている。

◆4月20日◆
 山田義雄弁護士より内容証明が藤井将登宛に届く。
そこにはA妻の診断内容が張り付けられていた。
また、自宅内での禁煙を求む、さもなければ法的措置も辞さないと。

◆8月18日◆
 喫煙マナー遵守について管理組合広報が団地階段下に掲示される。約10日後「あなたの煙を吸わない人に吸わせていませんか」ポスター切替わる。

◆8月13日◆
A妻が、1回目の神奈川県警元本部長斎藤実氏(のちに警視総監)への陳情を行う。

◆8月25日◆
 青葉署の望月勇人刑事・浅川将也刑事を含む刑事ら4名が取り調べに来る。

◆9月15日◆
 山田弁護士より藤井将登あての文書が届く。藤井家からの煙草の煙から隣の虹ヶ丘団地に退避していたが、すすき野団地に戻ってくるとの内容。

◆11月21日◆
 A家族3名が原告として藤井将登を提訴

◆12月 5日◆
 藤井家に訴状が届く。数日後、弁護士に依頼する。

◆12月21日◆
A妻と山田義雄氏が2回目の神奈川県警元本部長斎藤実氏(のちに警視総監)への陳情を行う。

◆12月27日◆
 望月刑事の指示で、浅川刑事ら2名が再度藤井家を取り調べに来る。

◆12月28日◆
藤井敦子、青葉警察署に乗り込む。記録あり。

【平成30年(2018年)】


◆1月10日◆
第1回口頭弁論

◆1月15日◆
浅川刑事より保健関係をあたるよう勧めを得て、今後何かがあれば、団地民生委員⇔福祉保健課運営企画係長⇔高齢障害課係長の間で繋いでいく体制を作る。

◆2月◆
第2回目口頭弁論にて、甲16・17号が相手側から提出され、前年に刑事らが複数2度にわたり来たのは、神奈川県本部長への陳情によるものだとわかった。斎藤実氏。現警視総監である。

◆9月◆
・元隣人(A家族の階下に何十年も住んでいた)が書いた「A夫の何十年にわたる喫煙の目撃地図」を提出する。
・マイニュースジャパンに告発。黒薮哲哉氏が担当につき取材に訪れる。

◆10月18日◆
 黒薮哲哉氏がA代理人山田義雄弁護士の取材を行う。録音テープあり。「これを契機に作田学先生の受動喫煙症・宮田幹夫先生の化学物質過敏症を啓蒙としてお書き頂けるなら、、、。」との山田氏によるコメントあり。

◆10月26日◆
元隣人(30年以上にわたり真下に住んでいた)の出したA夫の喫煙目撃情報(地図)により、A夫が過去の喫煙の事実を認める陳述書を提出。大腸がんの再発まで我が家からの副流煙のせいであるとの示唆に愕然とする。

◆11月10日◆
 横浜地裁が方針を変更。その後合議制となる。

◆11月◆
弁護士の解任を決意。自由に闘うことを決める。

◆12月21日◆
作田学氏に診断書の訂正を求める内容証明(乙8号証の1)を送付。

◆12月25日◆
A家族3人にメディア黒書に掲載された横浜・副流煙裁判の記事を送る。


【平成31年(2019年)】


◆1月18日◆
 弁護士を解任。本人訴訟となる。

◆2月 1日◆
本人訴訟となり初の口頭弁論

◆2月
青葉署・望月刑事と110分電話で話す。録音はないが、青葉警察としては扱う気はなかったが、「上から指示が来て。警察は縦社会だから」と認めた。この年の8月30日にも同旨を認め、録音し公表している。https://www.youtube.com/watch?v=O_XMbht9OM4

◆4月2日◆
甲3号証として提出されたA娘の診断書と「同一」と称して、押印のない病名の異なる2枚目の診断書(甲46-6)がA側から提出。
「化学物質過敏症レベルⅣ・化学物質過敏症」
化学物質過敏症にレベルはない。
医師法20条違反と一審で認定された「診断書」に、さらに別の一枚が存在するという事実。公文書である診断書をいかに弄んできたかの証しである。

◆4月16日◆
口頭弁論

【平成31年(2019年)→5月1日から令和元年】

◆5月
岡本圭生医師、事件の翻訳

◆6月18日◆
証人尋問(A夫妻および被告・藤井将登)A娘の尋問はなしとの判断。

◆7月◆
知人で本当にタバコの煙に弱いM氏に、作田医師を受診してもらう。まずは地元の日本禁煙学会所属・ユミカ内科小児科ファミリークリニックを受診。作田氏へ無事紹介状を書いてもらえたが、病名は「受動喫煙症」ではなく「高血圧」。

◆7月17日◆
M氏、日赤受動喫煙外来・作田学医師を受診。
https://www.youtube.com/watch?v=jnG6qOWdiQM&t=576s
受付から手渡された問診票には過去の喫煙を問う欄があった。A氏は尋問にて嘘をついた。またM氏は「ユニクロの繊維で咳込む」と強く伝えたにもかかわらず、作田氏により「受動喫煙症レベル3、咳、痰、不整脈~上記の症状はタバコの煙の無いところでは全く症状が起こらない」と診断書に書かれた。録音はYoutubeで公開されている。書式はA家族と全く同じ。即日発行、三文判、ワード打ち(日赤のオリジナルフォーマットなし)印鑑なし。受付に行き、これでは本当に作田氏が出した診断書かわからないと告げると、診断書が入っている封筒を指しながら受付の人は「大丈夫ですよ、封筒に『日赤』って書いてありますから。作田先生の診断書ですよ。」と。

◆8月30日◆
青葉署・望月刑事との電話録音。
https://www.youtube.com/watch?v=O_XMbht9OM4
控訴人が「被害届・告訴状を出していない」との証言を得る。正規のあり方ではなく、上の指示で動いた。自分達現場の刑事は板挟みだったと。

◆9月19日◆
結審

◆11月28日◆
判決公判。我々の勝訴。
横浜地裁による重要認定事項は下記(判決文より)。
①作田医師は、原告A娘について「受動喫煙症レベル4・化学物質過敏症」と診断していいるが、その診断はA娘を直接診察することなく行われたものであって、医師法20条に違反するものと言わざるをえず(以下略)。
②受動喫煙症の基準が、受動喫煙自体についての客観的証拠がなくとも、患者の申告だけで受動喫煙症と診断してかまわないとしているのは、法的手段をとるための布石とするといった一種の政策目的によるものと認められる。そうすると、原告らについて、日本禁煙学会が提唱する診断基準に従って「受動喫煙症」と診断されてはいるが、その診断が、受動喫煙自体を原告らの主訴のみに依拠して判断し、客観的裏付けを欠いている(以下略)。

◆12月10日◆
 日赤に下記を求める文書を送付
・A娘の診療報酬請求は認められないので修正を申告し返還すること。
(国民健康保険から初診料の7割が日赤に支払われているため)
・初診料徴収の有無など関係資料の情報開示。
・記者会見などを開き冤罪事件に関して被告の夫と家族に謝罪すること。
・作田学医師の処分。

◆12月27日◆
 日赤より返事。
・診断書作成のプロセス及び診療報酬に係る資料の開示は、患者の個人の情報に該当するため、開示することはできない。
・作田への処分等についての指摘については、調査を行ったうえで対応を検討する。
⇒これを受け、3月末で作田医師が除籍となった可能性が高い。しかし、この件についての日赤の責任は重い。無診察による診断書はあくまでも日赤が交付したものであり、作田氏は雇われの身だ。収益も日赤に入っている。作田氏とともに受動喫煙外来の運営を行い、安易な受動喫煙症の診断書発行を日常的に行っていた日赤の責任は重い。下記は日赤の責任を問うた動画である。(2020年4月8日)
https://www.youtube.com/watch?v=p7nZYvUMCfQ&t=261s


【令和2年(2020年)】


◆1月23日◆
 控訴状届く(令和元年12月10日付け)控訴理由書の提出期限は1月29日。

◆2月7日
控訴理由書届かず。山田弁護士に内容証明で2月15日を期限とし催促する。

◆2月15日◆
 控訴理由書届かず。

◆2月17日◆
控訴理由書の督促を求める上申書を、東京高等裁判所に提出。

◆2月28日◆
控訴理由書が届く。300ページにもわたる量である。私達に残された時間は40日。極めて悪質である。

◆4月7日◆
控訴答弁書を裁判所・控訴人弁護士に送る。
4月16日開催予定の公判はコロナにより延期。

◆6月3日◆
日赤に疑義照会を行う。窓口は横浜市青葉区保険年金課だが、横浜市健康福祉局保険年金課と繋ぎ、疑義照会の書面はその後の調査で、この段階で東京都福祉保健局指導監査部第3課に送られていたことがわかる。この段階で、日赤にレセプトが返戻されていたのである。
※作田医師はA娘を診察しなかったので、日赤が国民健康保険に請求した診療費の7割分は不正請求であると私は主張した。それが通ったのである。つまり日赤はそのお金を国保に返金したということ。→(A)

◆8月20日◆第一回口頭弁論、結審

◆10月28日◆判決 完全勝訴

◆11月
梅田なつき氏、労働審判を起こす。再度、受動喫煙症診断書が裁判所に行使される。のちに日本禁煙学会・岡本光樹氏(受動喫煙担当弁護士、当時・都民ファースト議員)がかかわっていたことが判明。

HPを作成し、https://atsukofujii.com/
その中でカンパを募集する。その費用で弁護士を依頼する。

【令和3年(2021年)】

◆1月
上記(A)については知らなかったので、東京都福祉保健局指導監査部第3課の担当である林氏に事実確認を行うが教えてもらえない。

次に横浜市福祉保健局保険年金課に連絡すると、前年の6月に私が提出した日赤に対する疑義照会は東京都福祉保健局指導監査部第3課に事実連絡したとの回答を得た。

再度、林氏に連絡。情報開示請求をかける。

◆2月
情報開示請求の結果、医師法20条違反であるとか、レセプト返戻であるとか重要箇所については全て黒塗りをせずに開示してくれた。これを受け、多くの物事が前進することとなる。

林氏に連絡。今後日本禁煙学会や受動喫煙症診断書に関する必要と思われる情報について提供していくこととなる。

関東厚生局M氏に連絡。すでに上記にまつわる全ての情報は報告が上がっていた。

梅田なつき氏、落選運動(千代田区補選)

◆5月28日◆
作田学医師・山田弁護士・A家3名に対する告発状(虚偽診断書行使罪)が神奈川県警青葉署に受理される。が、最終的に取り調べを受けたのは作田氏と山田弁護士。A家は関与していなかったと判明したので外される。その替わりに捜査を受けたのは日本赤十字医療センターである。

◆6月
日赤・田川氏と電話で話す。警察の捜査が入ったことで対応を軟化。

◆7月
岡本光樹氏、落選運動(都議選)

◆8月
松沢成文氏、落選運動(横浜市知事)

関東厚生局M氏に連絡。M氏を通じ厚生労働省健康局のタバコ対策専門官である荻野氏に繋いでもらう。荻野氏と数度にわたりやりとりを行い、横浜副流煙裁判に関する重要書面および日本禁煙学会についての情報提供を行った。

黒薮哲哉氏が横浜副流煙事件についての記録本の執筆を行う。

◆10月
日本禁煙学会の医師100名に対し、受動喫煙症の診断書を書いているか否かについての調査を実施。結果はほぼ半分の医師らが書いていないと述べた。横浜副流煙事件を理由に挙げた医師もいた。

◆11月
日赤への本格捜査開始。
別件(インターネットにおける侮辱的投稿について)で新たに警察に相談を開始する。

◆12月4日◆
文化庁の申請が通り、映画【窓】の撮影実施。我が家での撮影は【5街区管理組合】から許可を得た。A家の撮影は隣の【8街区管理組合】から許可を得た。ほとんどの撮影は8街区で行った。

【令和4年(2022年)】

◆1月15日◆
「ニコチンなくそう日本」の副代表で元岡本光樹弁護士の私設秘書であった西條瑞樹氏が我が家を訪問。臭わないことを確認。支援の会にも会う。

◆1月20日◆
作田学医師、横浜地検に書類送検。厚労省記者会見

◆2月1日◆
黒薮氏が横浜副流煙事件を記録として執筆した【禁煙ファシズム】が鹿砦社より出版される。

◆2月13日◆
黒薮哲哉氏、ニューソク通信(須田慎一郎氏)に出演

◆2月14日◆
【禁煙ファシズム】アマゾン「事件」の1位に。

管理組合に掲示物を剥がすよう申し入れる。

◆3月14日◆
作田学医師・A家3名に対して民事訴訟を提起。

◆3月15日◆
刑事事件について横浜地検が作田医師を不起訴処分になる。これを受け、作田医師は自身のアメーバブログにて、藤井敦子の言っていることは虚偽なので、7月から侮辱罪について刑法が改正されるので、「皆さんよろしく」と日本禁煙学会のメーリングリストに流したことがわかっている。

◆3月18日◆
横浜地検、岡田万祐子氏に連絡。医師法20条のことはわからないから厚労省に聞いたとの驚きの返事。

◆3月21日◆
検察審査会に作田氏不起訴は不当であると、岡本圭生医師・黒薮哲哉氏・藤井敦子の3名で申し立てる。

◆3月22日◆
藤井家にてニューソク通信(須田慎一郎氏)取材。支援会代表・石岡淑道氏・黒薮哲哉氏・藤井敦子出演。その際に、検察審査会から電話が入る。そのときに「不起訴判断にNOと言うために申し立てただけで、時効が4月16日なので間に合わないことはわかっている」と担当者に告げる。

◆3月末
インターネットの侮辱的投稿について担当していた刑事が異動。作田学医師を捜査した刑事が新たに担当に。

◆4月14日◆
検察審査会が、検察庁が作田医師を不起訴にしたことは不当であると決議。4月16日が時効であったため、その2日前の劇的な出来事であった。このことは神奈川新聞と読売新聞にも掲載された。検察審査会から通知が来たのが4月20日、その日に読売新聞の取材を受ける。

時効のため再捜査は形骸的。再び不起訴処分が4月21日に下る。

◆4月26日◆
作田氏がブログの半分を削除(私を提訴するよう働きかけるような文言について、黒薮氏が記事を書いた直後のこと)

◆5月6日◆
刑事と会う。

◆5月10日◆
第1回期日 横浜地裁609号法廷

◆6月
映画【窓】英語字幕つける

◆6月7日◆
自分の住む団地である【5街区管理組合】にて謝罪の掲示が為される。A家のみの主張を聞き、我が家に話を聞くことなく一方的に貼られた掲示物は4年半を経て剥がされることに。特別に1ヶ月の掲示となる。

◆6月16日◆
第1回弁論準備

◆6月20日◆
作田氏がブログの前段を削除

◆6月21日◆
作田氏がブログ全体を削除

◆7月29日◆
青葉警察署、情報開示申請(斎藤実氏の経緯について)→黒塗り

◆8月3日◆
第2回弁論準備。この日に作田氏代理人・片山律弁護士から「作田医師の書いた診断書で何か損害があったのか」と言われたことをきっかけに、一ヶ月間をかけて陳述書を作成。提出は12月。

◆8月5日◆
東宝スタジオ。その後、日赤・田川氏と会話。

◆9月◆
映画【窓】のクラウドファンディングが開始する。

花王裁判の人に絡まれる。膨大なツイート量が送られ作業に支障が出たため、黒薮氏に相談しブロックすることに。記事を作成。

◆9月28日◆
第3回弁論準備、平田裁判官がもう終結させると示唆。どうせ前の裁判で出したのと同じものしか出さないのだろう、よって時間は2か月、と言うので、日赤を含む新しい未公開の証拠が沢山あるので3か月時間が欲しいと主張。が、通らず、期限は12月となった。8月に陳述書を作成しておいてよかった(56頁にわたるものとなった)。

◆9月30日◆
スチール撮り参加。料理担当。

◆10月11日◆
映画【窓】試写会

◆12月
すすき野の町にポスターを貼る。どこも断られるところはなく二つ返事でオッケーがしてくれた。地元本屋でも大きく貼りだしてくれた。撮影のほとんどを行った【8街区管理組合】では各階段下に掲示してくれた。

鹿砦社「紙の爆弾」裏表紙にて映画【窓】の宣伝

◆12月7日◆
第4回弁論準備 
私の56頁にわたる陳述書を提出。
日本禁煙学会からの内部告発がある。舩越典子医師が受動喫煙症の診断書のあり方がおかしいとして陳述書を提出。

◆12月15日◆
弁護士とともに日赤・医療安全推進室の田川論氏と面談(裁判所に報告書を提出するための面談)

◆12月16・17日◆
映画【窓】の公開、舞台あいさつ。池袋ヒューマックス・シネマズにて
17日には取材を受ける。寺澤有氏、三宅勝久氏、須田慎一郎氏(ニューソク通信)、山田稔氏(日刊ゲンダイ)、黒薮哲哉氏。
16日には林克明氏、赤旗の徳永氏などが観に来る。

【令和5年(2023年)】

◆1月5日◆
映画最終日

◆1月6日◆
ニューソク通信(須田慎一郎氏)のYouTube番組にて、宮田医師に対する告発動画が放映される。10万視聴数を突破。大きな反響を呼ぶ。

◆1月18日◆
日赤・医療安全推進室の田川論氏の報告書を裁判所に提出

◆1月20日◆
鹿砦社の新年会に呼ばれる。黒薮氏と参加。全出席者に【禁煙ファシズム】が配られる。会の冒頭で事件について黒薮氏とともに説明する機会を得る。森奈津子氏、寺澤有氏、探偵の方などに会う。

◆1月24日◆
第5回弁論準備、A夫が証人尋問に立てないと主張。家族3名はいずって生活していると山田弁護士の苦しい説明。裁判官が診断書を提出することを求めるが、翌日には身体障害者手帳1級の写真とともに、どうかこれで欠席させてくださいとの文面が山田弁護士から届く。

作田医師陳述書提出、藤井敦子は売名目的、喫煙者の可能性ありと。

日赤が報告書を提出、作田氏が病院の想定外のことを行い、個人情報保護法や医師の倫理規定に反してA家のカルテを病院外に持ち出していたことについて糾弾。

◆1月29日◆
インターネットにおける侮辱的投稿について、令和3年(2022年)11月から警察に相談していたが、ついに告訴状が受理される。調書にサイン。捜査開始。

◆2月
行政に連絡を行い、横浜副流煙裁判の資料が適切に保管され、今後担当者が替わっても引継ぎに問題が生じないかを確認する。全て適切に保管されていた。
・関東厚生局
・横浜市福祉保健局保険年金課
・東京都福祉保健局指導監査部第3課→新体制になっても問題なし。

◆2月9日◆
作田医師と藤井敦子の証人尋問が行われる。横浜地裁、609号法廷。
・A夫は車イス生活なため参加できないと山田弁護士が主張。我が弁護士は「歩けないとの診断書を提出すべき」と主張したが、平田裁判官は車イス生活との説明に断念し、欠席を許可してしまう。
・作田氏が私を「喫煙者」と指さす。
・日赤の報告書を裁判官が却下。
・作田医師が機器を持ってきているので、自分が喫煙者ではないとの証明を行うテストをするかと、尋問で片山律弁護士に聞かれたので「はい、受けます」と答えた。にもかかわらず、法廷終了後、受けるように申し出ると逃げるように去っていった。向こうから私を疑い「検査に応じる」と言ったのに非常に失礼なことである。後日、医師の立ち合いのもと、コチニン尿検査を行うことを決意。

◆2月16日◆
上記事態を受け、探偵に相談をし、A夫の歩行動画を撮影することにする。A夫が歩いていることは夫も見ているし、近隣でも頻繁に確認されている。
2月14・15・16日の午後12時から3:30まで張り込み、3日中2日、撮影に成功。家族3名はいずって生活しているから証人尋問に裁判所まで来れないと山田弁護士は主張していたが、A妻は2日外出。A夫は16日に外出。杖はついているものの普通に歩いていた。動画を裁判所に提出。

◆2月
宮田幹夫医師がそよ風クリニックを閉鎖との情報を得る。化学物質過敏症の人達に動揺が走る。

◆2月19日◆
第二回目調書、警察にて

◆2月22日◆
陸運局にA夫の車の所有証明書をもらいに行く。裁判のことを告げるとすぐに発行。

◆2月22日◆
日赤・田川氏に作田氏が尋問で述べたクリアファイルについて確認。

◆3月4日◆
医療機関でコチニン尿検査を行い、陰性の証明書をもらう。

◆3月31日◆
日本赤十字医療センターに本人調書を送付(尋問で発言した内容を一字一句文字起こししたもの)

◆5月1日◆
横浜地裁に平田晃史裁判官の忌避の申立てを行う。

◆5月22日◆
横浜地裁、平田晃史裁判官の忌避の申立てを却下

◆5月31日◆
即時抗告

◆6月12日◆
東京高裁に抗告理由書を提出する
酒井久男氏が作田学氏に内容証明を送付

◆6月22日◆
作田学氏が内容証明を受け取ったとの配達証明が届く

◆8月3日◆
酒井氏による告訴状を、神奈川県警青葉署が受理

◆8月31日◆
作田学氏を名誉毀損で民事提訴

2024年(令和6年)
◆2月14日◆
進行協議(忌避で止まっていた反訴が再開するにあたり、
A夫の本人尋問をどうするか話し合うため)
⇒A夫が尋問に出れないのであれば、A妻の尋問を行うこととする。

◆2月15日◆
最高裁から忌避棄却との連絡あり

◆6月19日◆
作田氏、検察に書類送検
酒井氏に対する「日赤にて会計を通っていない」という告訴受理されていた件について





 

このような冤罪は誰に身にも起こります。信頼すべき医師が診断書を悪用し捏造を生み出し、弁護士が提訴する。今後この様な事の起こさぬよう私達は闘います。本人訴訟ではなく弁護士と共に闘っていくため、カンパをお願いします(note経由で専用口座に振込み)。ご理解の程よろしくお願い致します。