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【2クール展開を想定したあらすじ 試案】

企画開発時のメモや、かすがまる氏のプロットなどからピックアップして、ストーリーの時系列順に(雑に)並べてみたもの。
かすがまる氏のノベライズは未完なので、読者はネタバレ注意。


1)「不死者狩り」

『不良少女セシルの新十字軍入り。ミッション系学園の生徒マリアの妊娠騒動。セシルは兄の名(エティエンヌ)を名乗り、学園への潜入捜査を開始。』

不良少女セシルの喧嘩沙汰。兄を失って以来、荒れている天涯孤独の少女セシル。 ある日、セシルは不良少年グループによるゾンビ狩りに誘われる。
不死臓器狩りの足として使われる不良少年グループは、不死臓器売買マフィアの予備軍的存在。彼らは指定された「隠れゾンビ」を生捕りにし、マフィアに献上することにより小金を得ていた。 

だが、今回のそれは非合法のゾンビ狩りを取り締まる新十字軍の囮捜査であった。
一斉検挙される不良少年たち。
留置場にて。面会に訪れたのは亡き兄の上司。彼はセシルに新十字軍入りを薦める。 
ゾンビの掃討戦が始まる。兄の仇のゾンビを討ち、その遺志を継げ、と。
セシルは失われた兄の人生を生きようと決意、兄の名であるエティエンヌを名乗る。

騎士叙任から数ヶ月後。エティエンヌは密命を帯び、実習生としてミッション系学園に潜入、女子生徒マリアの妊娠騒動の渦中へ。

2)「受胎告知」

『空の不死者降臨。マリアに処女懐胎の事実を告げる。兄の仇を目撃するエティエンヌ』

兄の仇を討つべく、対ゾンビ組織「新十字軍」に身を投じた少女、エティエンヌ。彼女の初任務は、ミッション系の女子学園に教育実習生として潜入し、一生徒マリアを看視、護衛せよというものであった。
マリアは妊娠している。まず子供の命が第一である。子供の正体については機密事項である、と。

目立たぬようにマリアに近づき、看視と身辺警護にあたるエティエンヌ。献血のお願いと称してマリアに近づくしつこい男を、手荒く撃退する。
礼を言うマリアに「あなたを助けたわけではない(お腹の子を助けたの意)」 
「・・・?」のマリア。
エティエンヌの冷淡な態度は、監視対象に情が移らないようにするため。

晴れた田園風景と、古びた宗教的建築物たる女学院。若い女性たちの声で活気がある。
対照的に体調不良に苦しむマリア、耐えきれずに保健室へ。マリアが席を外した途端、ゴシップに花が咲く。
マリアが私生児を妊娠しているらしいことが会話からわかる。父親不明。想像妊娠だという話も。
ミッション系の女子学生マリアの妊娠スキャンダルという、小さな日常の事件が学園を席巻している。身重のマリアを巡って下世話な噂が駆け巡る学園内。

平和な学園の日常に交じれない傍観者エティエンヌ。授業内でゾンビ禍についての一般的な解釈が説明される。十字軍主導で整えられた歴史。世界情勢についても言及。生徒たちは上の空。恋愛話や都市伝説(吸血王子様)でクスクス盛り上がる。エティエンヌは生徒たちと距離を置いているがマリアに対してだけは無愛想ながら関わる。監視している。近所で殺人事件があったということで日暮れに出歩かないよう教師が注意喚起。教師の手伝いと花壇の手入れ。饒舌なインディアン風農業顧問(潜入スカイウォーカー・ゴーストダンス)と一緒に作業。彼はマリアに百合の花を一輪献上する。

夕暮れの迫る中、西日差す礼拝堂を背景にスカイウォーカー降臨。マリアへの受胎告知。
周囲の草花が直立し、髪の毛が逆立つ描写。(重力を操るスカイウォーカーが現れる際の顕著な現象)
突如として頭上の雲が割れ、翼持つ者が鳴り物入りで降りてくる。
兄の仇であるゾンビをはじめて目撃するエティエンヌ。まさに天使そのものの姿に驚愕。

白い翼を優雅に羽ばたかせて、おめでとう、と、マリアに処女懐胎の事実と祝福を告げる天使もどき。
マリアは長い黒髪を風になぶらせて、激しく叫んでいた。そんなことはありえない!と。(ここは「どうしてそんなことがあり得ましょうか?」と、マリアが天使ガブリエルに反問したという故事に則る)
自らを苦しめてきた元凶を前にして、怒りが爆発するマリア。
絶対にあなた方の思うとおりにしない、言外に堕胎を語るマリアに、私たちにそれを止める力はない。地上への不可侵の約束があるがゆえに、と天使。
マリアはエティエンヌを一瞥し、だからこの人がいるわけね(セリフにはしない)と自らを取り巻く状況を理解する。

処女懐胎によってゾンビたちの主を孕まされたという、余人の想像力を遥かに越えた衝撃の事実が、マリア妊娠事件の真相であった。

マリアを取り囲む状況は深刻である。自分がどうなるのか、何をされるのかわからない恐怖。助けて、とは言えない。エティエンヌは自分を陥れている大きな力の尖兵でしかない。

マリアの脱走劇。
密室劇になりがちなのでロケーションを変えたい。看護師モイレインがマリアの逃亡を手助けする。
十字軍騎士たちは慣れたもので、車を走らせ駅へと直行する。トゥールーズ、マタビオ駅へ。聖母として選ばれた少女の行動パターンはわかっている。

マリアを探すエティエンヌに答えるように、曇天の雲間から一条の光が射し込み、人混みの中のマリアを照らし出す。
突然、スポットライトに照らし出されたミッションスクールのブルーの制服。衆目が集まる中、あわてて走り出すマリア。(地上に不干渉というのは建前らしい。自然現象と見せかけられることならなんでもやる)
余計なことを、と言いたげに空に向かって舌打ちし、次の駅に部下の車を先回りさせ、自らは動き出した列車に飛び乗るエティエンヌ。

偶然出会った友人を装い、マリアの座席の横に座るエティエンヌ。
どこへ?との問いかけに、医者へ行くと言うマリア。
穏便に連れ帰ろうとするも、次の駅までの不穏な会話。ゾンビの子を孕まされた云々、乗客の耳を気にしつつ。
命を軽々しく扱うのはよくないなどと常識論を無神経に語るエティエンヌに、マリアの怒りが吹き上がる。(エティエンヌの真面目さをユーモアに)

マリアにあるのは悪魔の子を孕まされた嫌悪感のみ。 一刻もはやく、胎内のエイリアンを除去したい一心なのだが、エティエンヌの監視がそれをさせない。
そうでありながら、ゾンビを宿した汚れた女という偏見を隠そうともしないエティエンヌにマリアは怒りをぶつける。(これはマリアの被害者意識)
ゾンビの不死の侵略を防ぐのが新十字軍の役割ではなかったのか?
私にゾンビの子を産ませるのは 利敵行為ではないのか?と、容赦なくエティエンヌの矛盾を突く。
これは授かりものなどではない。もっと恣意的なもの。人を喰らい血を啜ってでも生き延びようとする邪な執念がもたらしたもの。
世間には表沙汰にできない、ゾンビとの後ろ暗い決め事がもたらしたもの。
あなたはゾンビの手下でしかない。手厳しくも正鵠を得た指摘。耐えるエティエンヌ。

3)「聖母協定」


『新十字軍への疑念、マリアへの同情と任務との板挟みに苦しむエティエンヌ。誘拐されるマリア』

マリアを連れ帰ったのち、辞意を告げるエティエンヌ。
ゾンビのお産の手伝いは出来ない。
銀騎長は「聖母協定」に言及。戦いは大局を見よと説得する。

不死性とのトレードオフとして、不死者には生殖能力がない。 女が子を産めない石女(うまずめ)になってしまう。
(人口爆発を懸念した百年前の不死ウイルス設計者がそのようにセッティングした)
不死者の存続には、聖体拝領と呼ばれる血肉の摂取が必要であり、聖体を産み落とすには母胎が要る。
そこで、地上の女が必要となる。聖体を産む代理母として使用するために。
聖母協定——それは、地上の人々が代理母を提供する見返りとして、不死者は地上には降りてこない、不死の侵略を行わないとする密約であった。

マリアの周囲をうろつくマフィア(市井の人に扮する)の行動がよりあからさまに。献血のお願いから、白昼堂々の拉致の試みへとエスカレートする。
彼らはマリアから採血しようとするがどうにもそれが出来なかった。マリアの掌の聖痕は乾き切って血が流れることなく、腕に注射針を刺してもすぐに肉芽が盛り上がり、血の一滴も採取できない。

負傷しながらも、マフィア連中を退けるエティエンヌ。辞めると言いながら放っておけない。
あれはマフィアの御曹司だと、追加で護衛に派遣されてきた十字軍下っ端兵(サイモン&デヴィット)が指摘する。しかも「隠れ不死者」に違いないと。あの力は常人ではあり得ない。

「ここから助けに来た」御曹司の言葉がマリアの脳裏に引っかかっていた。

マフィアがマリアをつけねらうのは、聖母の情報が新十字軍からマフィアに横流しされているため。
背景には、ゾンビの不死の血をめぐってのブラックマーケットがあった。
臓器狩りビジネスが、ゾンビ狩りビジネスへ移行している裏社会。
ゾンビ禍から100年、ゾンビの血は世代を重ねてかなり希釈化しているものの、わずかな細胞賦活化の効果であっても高い需要がある。
ましてやゾンビの源である「聖杯」や、それに母子感染する「聖母」の純度100%の聖血には千金の価値がある。

マフィアの御曹司は、十字軍と内通するマフィアの情報力によって、聖母がこの地に現れるのを知っていた。
聖体のみが持つ最初にして最強の未分化不死ウイルス抗体を手に入れるために、マリアの到来を待ち構えていたのだ。
俺を無敵の男にしてくれ、とマリアに迫る御曹司。不死臓器の闇市の乱立による勢力争いや内紛からの暗殺の危険に日夜晒される、内憂外患、四面楚歌の身であり、このままでは長生き出来ない。
より強力な不死ウイルスの抗体産生細胞、つまりは聖杯を手に入れなければ未来は無い。必要なのは金剛不壊の肉体。

4)「不死のブラックマーケット」


『不死臓器売買マフィアによるゾンビ狩りの実態。十字軍とマフィアの癒着を疑う新十字軍騎士クラリス。』

小雨交じりの昼間。警察が殺人現場を調べている。老刑事は臓器売買マフィアの犯行を疑う。
「またぞろクーラーボックス入りの商品が増えるのか」。
先に到着していた新十字軍騎士クラリスに愚痴るところへ強権的な集団がやってくる。新十字軍の現場介入。警察は逆らえない。

不死臓器売買マフィアによるゾンビ狩りと断定。死体袋の中身はいずれもマフィアのもので、 ゾンビの抵抗の激しさを物語る。
ここでのゾンビとは、ランドウォーカーと呼ばれる、地に潜む「隠れゾンビ」、人間社会に紛れて暮らす不死者を指す。

マフィアとの遭遇。銃撃戦。なぜかクラリスが狙われている、と感じる。偶然にも一陣の風がクラリスをよろめかせ、事なきを得る。

クラリスは、新十字軍はマフィアのゾンビ狩りを黙認しているのでは、と、老刑事に耳打ちする。
マフィアと新十字軍は裏で手を組んでいる疑いがある。両者は共謀し、 不死臓器のブラックマーケットによる巨大な利権を私服しているのでは?

ここでのマフィアは、おおむね不死の闇商人とその組織を指す。コーザノストラなどの古い流れとは完全に断ち切れていて、関係がない。組織犯罪集団の代名詞として「マフィア」の呼称が使われている。

不死が合法ではない世界では、不死を闇で売りさばくマフィアが暗躍している。 不死の闇商売は、酒や麻薬以上の巨大な利権の温床となる。命は金には換えられないと、 大枚がはたかれる。
無闇に人の命を救ってはいけない、 と取り締まりを受ける現代のマフィア。
世渡りの下手なランドウォーカー(隠れ不死者)から密告され、ゾンビ狩りの餌食となっていく、という構造がそこにはあった。
気に食わない奴は陥れられて、いつの間にか居なくなる。昔の共産圏のような社会。 ゾンビに人権はない。魂を持たない、動く死人である。
彼らの血と肉と臓器はブラックマーケットにて高額の値で売られ、新たなランドウォーカーを産む。
それがまたもやゾンビ狩りの餌食となる需要と供給の円環。 人が人を喰う共喰い市場がそこにあった。
人類が総吸血鬼化した世界。
新十字軍とマフィアの癒着は、中世の教会権力と領主の癒着にも似て、人々をゾンビに仕立て上げ、その命と財産を収奪する構造が今もなお繰り返されている。現代の魔女狩り。

新十字軍と臓器売買マフィアの癒着、その上納金がどこかに上がっているとしたら。 「彼らは今も免罪符を売っているのだよ」と老刑事は皮肉を言う。
免罪符とは、金で買うことが出来る「救済」である。
今回のそれは「不死」という。

老刑事は何年も前から、ひそかに十字軍幹部や警察官僚の経歴を調べ上げ、「隠れゾンビ」が何名も潜んでいる事実を掴んでいた。 しかし公表したとしても握りつぶされるだろう。まことしやかなデマ、都市伝説の類に落としこまれるのがオチである。よくある陰謀論の類であると。
だが事実として、彼らランドウォーカーというべき「地に潜むゾンビ」は、 百年近い時間を外見や氏名出自来歴を変えて生き続けていた。

千里眼という特殊能力によって、十字軍騎士諜報要員として徴用されている クラリス。知りすぎた彼女の立場は危険水域に及びつつあった。

夜、寄宿舎の小火騒ぎ。発砲音を聞いて現場へ駆けつけるエティエンヌ。パニックの女子生徒たち。犠牲者が出てしまう。
マリアの前に、悪役の典型のような黒衣紳士が現れる。
マリアを所望する主よりの使いと名乗る彼。メフィストフェレスのような風体に、悪魔のコスプレかとマリア。先日、天使のコスプレにあったばかりだというのに。
「いいえ、死に怯え空へ逃げた者どもこそが生を貶め辱める悪魔。地にあり人間に塗れた私は良き隣人といえるでしょう。少しばかり乾いてはいますがね」
黒衣紳士はエティエンヌを歯牙にもかけずマリアを拉致する。

5)「地の塩」

 
『マリア、豪華な洋館で丁重にもてなされている。自分がこの地にいなければ彼女(顔見知りの生徒)が死ぬことはなかったと自らを責めるマリア。エティエンヌとクラリスはランドウォーカー(地の不死者)のサバト(血の交歓会)へ潜入捜査。地上の不死者達を束ねる者の噂。』

マリア、豪華な洋館で丁重にもてなされている。電話越しに聖杯王と会話。
「その身に聖杯を孕んだ君は、胎盤を通じて、聖杯との間に多くのものを授受している。与えたものは主に栄養で……得たものは不死だ。ウイルスと抗体産生細胞についての説明は省くけども」「君はその高潔と美貌をもって塵芥の中から救い出されたんだよ」
ここではじめて、自身の不死化を知るマリア。

エティエンヌとクラリスのチームでマリアを探索することに。老刑事の協力あり。 マフィアと誘拐犯らは繋がっている? 
不老長寿をもたらすという臓器売買について調査。
マリアは極上の商品になりかねないとの懸念。不死を否定しつつも不死が密かに望まれているという社会の歪み。マフィア拠点を強襲するも、そこで発見したのは十字軍幹部との癒着を示す証拠。では誘拐犯の正体とは? 未知の巨大な組織の予感。

老刑事はクラリスの協力を得て、映画「アンタッチャブル」のショーンコネリーのように、マフィアと内通する腐敗警官から、マリアを拉致した者たちの情報を引き出す。
地上の不死者達を束ねる組織「地の塩」の噂は真実であった。

しかし、マリア懐妊の時点で雲上に引き上げてしまうのが最も安全策であるはずなのに、スカイウォーカーは何故そうしないのか?マリアを餌として泳がせておいて、何が食い付いてくるのか見ようとしているのでは?クラリスの洞察。

サバト(血の交歓会)にて、学園の看護師モイレインを発見。
仮面はつけず、顔出ししているモイレイン。ゾンビ狩りなど怖くない。すべて返り討ちにしてきたという。
ゾンビ憎しのエティエンヌの態度に、だって明日死ぬかもわからない命じゃ困るじゃない。なによりいきなりいなくなったりしたら周りが困る。そんな迷惑はかけたくない、とモイレイン。うっかり死んでるわけにはいかないのは大人の責任感というもの。だから不死化は人が果たすべき義務なのだという。

明け透けなモイレインは、あっさりと情報を提供する。マリアに宿されたのは「ゾンビの救世主」。
その体は、聖体と呼ばれる不死の救いをもたらすワインとパン、つまり血と肉。
血と肉を喰らう聖体拝領に使われる、あからさまな生存欲の糧。
代々の代理母によってブロイラーのように量産され消費される血と肉。そんな膨大な骸のなかから身を興した者がいる。
ランドウォーカーを従えようとしている聖杯の存在を示唆するモイレイン。マリアは今、彼のもとにいると。

6)「ヘイルメアリー」 


『十字軍によるマリア奪還。激戦によりエティエンヌ死亡、マリアはエティエンヌに聖体拝領を施す』

洋館についてタレこみ。エティエンヌとクラリス、下調べをした後に十字軍に突入部隊を要請。
黒衣紳士の使役する怪物との激闘の末に倒す。黒衣紳士はランドウォーカーによる秘密結社「地の塩」の人員と判明する。
黒衣紳士を打倒するもエティエンヌ致命傷を負う。
何の結論にも達していなくとも呆気なく訪れる終わり。救出されたマリアを認識することもできず怨嗟を口にしながらエティエンヌは息を引き取る。

マリア奪還。だが激しい抵抗に遭いエティエンヌ殉職。
十字軍の謀略によって、彼女を謀殺する罠が仕組まれていた。
不死感染したエティエンヌは貴重な不死臓器のドナーとなる。これを労せずして掌中にする十字軍の計略であった。

エティエンヌを救えと促す新十字軍騎士。マリア自身の聖体拝領によって、それは可能なのだと。
聖痕から溢れ出る血が、この者の罪を贖い、死する運命を取り除く、と。
ならば是非もない。十字軍らしからぬ、不死を全肯定するセリフに疑問を持つ余裕はなかった。躊躇なく掌の聖痕から流れ出す血液をエティエンヌの唇に垂らすマリア。
時を置いて、再び眼を開くエティエンヌ。死者の復活の絵で、物語はプロローグを告げる。

エティエンヌはまだ、自分が一回死んだことに気づいていない。一時的に昏倒したぐらいに思っている。足の負傷が完治しスタスタ歩いているが気づかずにいる。 
思い返せばこの頃から、彼女の耳には兄の声が聞こえ始めていた。

全てはマリアという一少女に行き着く。刑事課権限でマリアを保護する老刑事。
その少女、マリアには、百年前に根絶されたはずのウォーカー(ゾンビ)の血が流れていた。純度100%のゾンビの血。オリジナル・シン(原罪)。最初のゾンビの血が。
「無原罪の処女の御宿り」を模倣した結果が、オリジナル・シン(原罪)と呼ばれるとは面白い。

聖母協定と呼ばれる、スカイウォーカーと十字軍との密約の存在を確信する老刑事。マリアは重要な生き証人である。
が、十字軍権限で、刑事課から身柄を移されてしまうマリア。エティエンヌの懸念が的中。「マリアは殺されるぞ」と、去り際のマフィアが放った捨て台詞が気になるとエティエンヌは言っていた。(聖母協定が一方的に破棄されることを彼は知っていた)
空を見上げ、死者たちが降りてくる、とつぶやく老刑事。

獄に繋がれたマリアの受難。鉄格子越しに鳥や小動物たち(不死人の使い奴)が話しかけてくるお伽話のような光景。

7)「背後の敵」 


『マリアの魔女裁判。同級生たちの証言「悪魔と踊るのを見た」。仕組まれた火刑判決。クラリス暗殺』

十字軍基地にて宗教裁判開廷。公開裁判という名の異端審問。
厳重な警戒の中、出廷する身重の被告人マリア。圧倒的な権威で下々を睥睨する審問官たち。中世返りした世界であることをひと目で分からせる。 大規模警護にあたる新十字軍の描写。マリアを猛獣のように警戒している。少女一人の裁判にこの大仰さは何事だろうか?と観客に思わせる。

マリアへの憎しみの目。先日の寄宿舎の小火騒ぎでは相当数の怪我人と死人が出た。彼女さえいなければ、このような惨事は起こらなかった。すべての責はゾンビと姦淫したこの魔女にある。スケープゴートを求める群集心理。

鳥や猫と話すのを見た、水の上を歩いた、空を飛ぶのを見たなど、あることないこと告発されるマリア。
悪魔(黒衣騎士)と踊るのを見たという生徒の証言。言わされている生徒たちに累が及ばないように、自らに不利な証言を行うマリア。

マリアは先日の寄宿舎の小火騒ぎの犠牲者を助けられなかった罪悪感にいまだ苛まれていた。自身の血に死者を復活させる力がありながら、あの時はそれを知らなかった悔しさ。

受胎告知の件が証言としてマリアの口から明かされる。
空から羽根の生えた人が降りてきました、という弁に傍聴席からは失笑が漏れる。
受胎告知などハナから信じない周囲の常識的な反応を描くことによって、マリアの言い分の突拍子のなさを浮き彫りにする。
マリアは狂っているのでは?と周囲に疑わせる。 そこから始めた方が、確固たる現実が崩れ去る瞬間が劇的となる。
マリアについた弁護人は、被告人はレイプ被害者に過ぎず、と現実的な話に持って行こうとする、が、マリアに「違います」と怒られる。

ジャンヌダルク裁判のような処女検査の結果が弁護側から提示される。
純潔が証明されるが、それを受けて、生贄に処女を求むるは悪魔に如かず、と 審問官。蛇の誘惑に堕ち、蛇をはらんだ淫婦には相応の裁きを。

このお腹の子こそ「聖杯」であると彼女は語り出す。
「生ける聖杯」は人々にあまねく「永遠」を注ぎ、死する運命から全ての人間を解放するだろう、 と。
聖杯伝承においては、騎士が聖杯を手に入れたとき、病んだ世界に慈雨が降り注ぎ、万物が生命を取り戻すという。そのときはすでに訪れた。もはや肉体は死の苦痛を盛る器ではない。不死を得た人間に、取り返しのつかない悲苦はない。今後、人に絶望はない、と。
「地上(ここ)より永遠に」が我らの合言葉。「聖杯」を注がれたものは朽ちることがない。「聖杯」は、生けとし全ての人々の苦痛を取り除き、命の渇きを癒すだろう、と。

マリアの口を借りた存在は、もはやそれを隠す気もないらしい。雄弁にマリアのよく通る声音を響かせる。

長年、救いという名の空手形を発行してきた詐欺師どもよ、聞くがいい。沈黙する神とやらに当て込んだその欺瞞は終わりのときを迎えた。我ら不死の民はここに在り、沈黙してはいない。お前達のように、この世の悲惨を放置することなく、死して消え去る運命をごまかすこともない。
我々は、求める者全てに不死のいのちを与え、生老病死の苦しみから救い出す。
この明確なる救いが現れた以上、神なる虚妄を隠れ蓑にしてきたお前たちは消え去るほかないのだ。

審問官はようやくマリアの背後の何者かと対峙しているのだと悟る。
聴いたか諸君、これぞ悪魔の言葉。神は虚妄だと、その汚れた口が吐き出すのを聴いたか!言質を取ったとばかりに得意満面に叫んだのち、座り込む審問官。
人間を破壊するこの不死の果実、この魔性の誘惑の種、この堕落を産み出す地獄への広き門を開かせては相ならん。
魔天へ帰るがいい 。灰となって。

火刑に処すとの判決。火あぶりという、まさかの判決に驚いたのは聴衆のほうだった。衝撃が声となって洩れ、傍聴席をどよもした。

ラストはところ変わって、いきなりのクラリス暗殺シーン。

(注。クラリスの直接の死の描写はせず、いきなり葬儀シーンにつなげて観客に「?!」と思わせた方が良いかも知れない。死の知らせとはそういうもので、ずっと生きていると思っていた人が、ある日いきなり棺に収まっている。
撃たれるシーンはテレビや映画で見慣れていて、フィクションになってしまう。)

8)「脱出行」


『解体処理寸前のセシル(エティエンヌ)。敵地と化した十字軍直轄の病院から脱出。亡き兄の声が彼女を導く』

マリアの火刑にあたって、ひそかに戦力を集結させる新十字軍。
聖母を火刑に処すと脅し、スカイウォーカーがどう出るかを試そうというのが、今回の作戦である。
だからマリアの身を心配することはないと説明するピガール・ノワ。 マリアは囮であり、交渉カードである。大事な囮を死なせることは決してない。
彼ら(スカイウォーカー)が聖母を何としても守り抜くことを想定、折り込み済みの作戦であった。

新十字軍は、ランドウォーカーの地下組織、「地の塩」と密かに接触し、情報と技術供与を受けていた。敵の敵は味方。 マリアの身柄を提供するという条件のもとに。

十字軍よろしく、彼らは聖地奪還を企てている。亡者どもに奪われた空と雲を、人間の許に取り戻さなくてはならない。これは新たなレコンキスタ(失地回復運動)である、と。
空へと侵攻し、雲上に眠る不死者の一掃と、天空の生活空間を我がものにする計略の端緒に、今、聖母協定を利用しようとしていた。

解体処理寸前のエティエンヌ。敵地と化した十字軍直轄の病院からの脱出行。
いつの間にか気を失い、手術台に寝かされているエティエンヌ。
聖杯の第一次感染者であるエティエンヌの血と臓器は上物であり高く売れる。滅多に手に入らない極上のブツである。
臓器移植と同じく、なるべく生きたドナーから新鮮な臓器を取りたいので殺処理はしない。
エティエンヌの肉体をマグロのように手早く解体、腑分けし、箱詰めし、売値をつけて出荷発送すべく、解体業者がおっとり刀でやって来る。

解体されようとする寸前、間一髪で覚醒し、手術着のまま格闘し逃げ出すが、場所は十字軍直轄の病院、警備は厳重であり、脱出するのは不可能に近い。
丸腰でピンチのエティエンヌ、あわやというところをセシルと呼ぶ兄の声に助けられる。 死者の呼びかけが主人公の窮地を救う、よくある感動的なシーン。
だが、兄がスカイウォーカーだと気付く。衝撃のエティエンヌ。
「亡き肉親の導き」という劇的な奇跡、その陳腐化。聖なるものの物質化コンセプトの一環。
仇敵スカイウォーカーとなって現れた兄が、エティエンヌの復讐心をなし崩しにする。亡き兄の仇を討つ物語が、むなしく虚構と化す。
「お前を空からずっと見ていた」感動的なはずの定型句がエティエンヌを打ちひしぐ。
もうエティエンヌを名乗る必要はない。兄の人生を生きなくても良いのだ、と言われて、名前と人生を一度に失うエティエンヌ、 もといセシル。肉体は不死としてよみがえったが、これは死の宣告に等しい。エティエンヌは二度死んだ。

「得物が要るはずだ」と兄の声。が、セシルは頑に拒否。ゾンビの助けはいらない。
「このまま死にたいのか?虚無の眷属に甘んじ、虚無に帰すことを選ぶのか?我らの敵は死だ。死に取り憑かれ、死をばら撒き、やがて死に逝く者たちだ。お前もまた死を奉ずる者のまま死んでいく気なのか?死にたくなければ我々を受け入れろ」

追い詰められたセシルはやむなく兄の支援を受け入れる。
フラゼッタの絵のように天から稲妻のようにおりてくる剣を掴むセシル。
エクスカリバーを抜くアーサー王のように、英雄が天意によって剣を授けられた象徴的な絵として印象付けたい。(ニセモノの「天意」だが、それゆえにスカイウォーカーはそういう演出を好む)映画とは観客の記憶に残る数枚の絵である、という観点から、やはりこの絵は残したい。 天佑神助を物質的かつ陳腐に描いた絵を。

脱出行の中、ようやく自らの不死性に気づくセシル。
初めて振るう剣を、達人の技で使いこなす不思議。遺伝子が記憶している技だと、兄の声が説明する。
剣をたしなむ先祖がいたようだな、と短いセリフ一本で。
先祖の修得した剣術が今、顕現しているのだという。
DNAには過去に生きた祖先の全ての記憶と経験が保存されているという。 (たしか「利己的な遺伝子」という本によれば)
スカイウォーカーはそれらを状況に応じて瞬時に検索し、抽出することが出来る。 死者の復活とはこのことを言う。個体の死によって失われるものはなにひとつないのだ、と。(真偽のほどは不明)

しかし、剣にはセーフティがかけられていて、人間が斬れない。
ライトセイバーの光が人体を検知して避けて通るため、鎧や衣服のみが斬れる漫画やアニメのような描写が再現される。
(全編に日本のアニメのパロディ、集大成の性格を持たせたい)
戦車などをまっぷたつにできる一方で、人間を斬れないライトセイバーに 、その甘さはやがて味方を殺すぞ、と空に向かって苦言を呈すセシル。

ありふれた葬儀の風景。飛び交うハトの白い群影。青空とのコントラストが 眩しい。
喪服の人々。神父の朗読。彼女は神に召されて永遠の生命を得た云々、と事務的な声が空へと溶けていく。
悄然と立ち尽くす弟シャルルと、残された父母の姿。
姉クラリスの葬儀から早々に退散する弟の描写。
死という名の不条理、人生の無意味さに、彼は苛立っていた。

夜、教会に安置されたクラリスの棺。 棺に納まるにはまだ若い、栗色の髪に彩られた白い小さな顔。
その死に顔に刻印された苦悩の色が消える明日はない。
自分の人生が突如として断ち切られ、失われていることに気づき、彼女はいまだ驚愕と混乱の中にあった。
もう目覚める朝は来ない、という事実は到底受け入れられるものではなかった。
それは過去、非業の死を遂げていったすべての人々の共通の想いであっただろう。 ある日突然にして地中深く埋められ永遠の闇に葬られてしまう、人間のこの末路、この永遠の業罰に私は耐えられそうにない。
"人にとって死のみが永遠なのか?"叫びにも似た、死に往く者の想念。

夜目にも白い一羽のハトが、棺のそばに舞い降りる。
月光を宿して宝石のように輝くハトの瞳。
重く垂れ込めた夜の教会の一隅が明るく照らされる、印象的な光景。
翼を広げ、死者に語りかけるハト。汝も翼を得ん。目覚めよと呼ぶ声が聴こえる。

常闇へとつながる死の牢獄から解放されたかのような白いハトの飛影が、月夜に浮かぶ。
鳥目なはずのハトだが、その不死の瞳は暗い夜闇を遥かに見通していた。
夜の命を得た鳥は、もはや夜の闇に迷うことはない。「もはや夜はない」という言葉どおりに。

(クラリス死後の勧誘に訪れたハトが月夜の空を飛ぶシーンは欲しい。夜目の効かないはずのハトが夜空を飛ぶ。夜の命を得た白い翼(天使)の、異様かつ象徴的なイメージ。「死者の魂が鳥になる」というのは歌や民話など世界的に共通することらしいので、一目でわかる視覚的イメージとして有効。)

9)「陳腐なる復活」 


『空の不死者たちは生前のクラリスに見せたいものを視せていた。透視の種明かし(奇跡の陳腐化の一環)。セシルもまた兄の声と葛藤する。牢獄のマリアと看守の交流』

クラリス、雲上での目覚め。
見当識喪失。ここが何処で自分が誰か分からない。
はるか下方に地表が見える。周囲は満開のお花畑。天国的風景。雲上カタコンベなのか、本当に死んで雲の上にいるのか、はっきりさせない演出。

雲上には、失われたパリの街が一部再建されていた。
人の記憶に残るものならいつでも何度でも復元可能。ナノテクノロジーによって全てのものが恢復する世界。ここでは失われるものは何もない。

一時的な記憶の消去は、死の衝撃を経た者に対する手厚いアフターケア。
ショッキングな死に方をした者がパニックを起こさないためのショックアブゾーバー。スカイウォーカーの長年の経験則からの措置。
それに家族や子供のことは忘れた方がクラリスのため。地上への不可侵は鉄則。

もはや死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものがすでに過ぎ去ったからである。馴染みの語句を引用してクラリスを諭す雲上人た ち。
死者が朽ちないものとなってよみがえる、という言葉が、今あなたの身に成就している。その体はもう、苦しみを盛る器ではない。
永遠を思わせる平穏なひと時。しかし何か重大なことを忘れている焦燥感が募るクラリス。

ひょんなことから記憶を取り戻したクラリス。
地上に戻りたいと訴えるが、家族への思いを断て、と諭すスカイウォーカー。地に繋ぎとめられた 不死者はランドウォーカーとなって地を這い回ることになる。
千里眼の素質あるクラリスを雲上人として迎えるべく今日まで腐心してきたスカイウォーカー。
実は、生前のクラリスの透視の暴走はスカイウォーカーによるものだった。
彼らにはそれを行う力がある。スカイウォーカーはクラリスに見せたいものを視せていた。
彼らの言い方を借りるなら、 クラリスは生前より天に嘉されていた。 嘉されたというべきか、操られていたというべきか見解の相違はあるが、クラリスにとっては衝撃。
これも奇跡の陳腐化コンセプトの一環。手品のタネ明かしのガッカリ感のように、霊験あらたかに見えたものが物質に、フェイクに、価値無きものに還元されていく。

弟や家族のためなら修羅にもなる。彼女が不死の誘いに乗ったのはそんな想いからだった。そうでなければ生き返りはしなかった。 雲上で全てを忘れて安穏に過ごすためではない。それでは死んだも同じ。 よみがえったのは再び地獄へと舞い戻るため。

説得を試みるも、最終的にはクラリスの意思を受け入れる雲上人たち。
彼らは個人の自由をいかなるときも尊重する。地獄に赴くのもまた自由。
クラリスはスカイウォーカーのコミュニオン(超常能力の連帯)から切り離され、地に降りてゆく。 お節介なスカイウォーカー(鳥型)が隠密裏にクラリスを追う。

セシルもまた兄の声と葛藤する。
兄との邂逅の際、真っ先に問うたのは両親の安否だった。兄の声を聞いた瞬間、父と母の顔が浮かんだ。
答えに窮した兄に、全てを察するセシル。ゾンビにならなくてよかったと思うべきか?ここは複雑なところ。

不死者となって生きていた兄。兄を殺したのはピガール。この二つの事実が明らかになったところで、「兄を殺したゾンビへの復讐」、この、セシルを支えてきた行動原理は無効となる。
そこに兄ゾンビは語りかける。
兄と家族を失った自らの運命をおまえは憎んでいたんだ。だがそれはもう終わった。その怒りを手放せ、と。
それでは死んだも同じ、とセシル。

10)「火の洗礼」

 
『マリアの火刑判決を聞き及び、セシルは公然と新十字軍に叛旗をひるがえす。だがマリア救出間に合わず、燃え上がる少女。そのとき天空に異変が』

火刑台上のマリア。場所は「落花」したかつてのパリ。
重力を操るゾンビによって、すり鉢上に押しつぶされたクレーター状の盆地のど真ん中。
放射状になぎ倒された無数の建築物や家々が、それぞれに歪み、ひねられして、奇怪なシュールレアリズムのオブジェを形作っていた。
悪夢に出てくる ような壮大な破滅の光景。

群衆の様々な顔。憎悪、同情、何事か起こるので はという期待。
中世の暗黒時代に逆戻りだという批判はすでに掻き消された。
後ろ手に縛られつつも、泰然としたマリア。
懺悔があれば慈悲を与えようという審問官の言葉にも耳を貸さない。
火刑台に火がかけられようとするその時、上空に異変が生じる。

人々が見上げた空の雲間から滑り降りてきたのは、金色に輝く巨大な二本の足であった。 雷光が間断なく閃き、生木を引き裂くような轟音をとどろかせながら、圧倒的な光輝をまとった巨大な神像が降りてくる。
蜘蛛の子を散らすように逃げまどう人々。

それは「不死の民」の動く総本山、やがて生まれ来る「生ける聖杯」の姿をかたどって建造された巨大神像であった。
遺伝子という設計図をもとに、どのような姿に成長するか計算され、デザインされた「聖杯」の巨大レリーフ。

産道を降りてくるように、雲の渦巻から降りて来る聖杯神像。
「神の降臨」という、スペクタクルを魅せる演出、物質科学によって再現された派手な奇跡、大掛かりな手品で観客をおおいに驚かせ、面白がらせたい。
「発達した科学技術は魔法や奇跡と見分けがつかない」というコンセプトを劇的に、最も効果的に見せる工夫をする。

ゾンビ禍から百年、新十字軍はおとなしくしているスカイウォーカーを甘く見るとともに、その実力を試そうという思惑があった。
対するスカイウォーカーは、火刑場の上空から巨大な聖杯大神像を降ろすという示威行動によって応える。

セシルはゴーストダンスとともにマリア救出に向かうが、間に合わず、真紅の炎の柱が勢いよく立ち昇る。マリアが架けられた火刑台は、電気的な人体発火システム。焚刑も近代化している。
マリアの黒髪が逆立つ様が垣間見えるが、一瞬にして見えなくなる凄まじい火勢。数多のゾンビ、かつての異端、そして幾万の魔女を焼き殺してきた紅蓮の炎。

刹那、ゴーストダンスにもらった百合の髪飾りが宙を舞い、ジャンヌダルクの火刑を模した袈裟懸けの鎖を一刀両断する。
不死の自由を奪う鎖と枷が、不死の力に断ち切られる。
不死を縛ろうとする手枷足枷からの解放。象徴的にカットを重ねる。
魔女を断罪する軛(くびき)を打ち破った史上初めての魔女、マリアが火刑台から降りてくる。炎に包まれながら。
大風が起きていた。マリアを中心に風が巻き上がり、炎をかき消してゆく。自然現象ではありえない。マリアから猛烈な旋風が巻き起こり、吹き荒れている。彼女の心象を示すかのように、風が荒れ狂う。

皮膚が焼け爛れていく痛みをこの身で味わったマリア。
驚異の再生能力で、 焼けた端から再生していったものの、 焼き殺されていった人々の痛みを己が身で体験した彼女は、怒りに心身を沸騰させる。
私の血はまだ煮え滾っている。魔女として焼かれていったすべての無実の女たちの無念を晴らす、と 苛烈な情動に取り憑かれる。

文字通り、彼女に火をつけてしまった現代の十字軍。
火刑以降のマリアは、 焦げた髪を剃って尼僧コスチュームにして雰囲気を変える。
(炎の中でも焼かれないヒロインは、ゲームオブスローンズのデナーリスと重なるが、こちらは髪まで燃やすリアリティで差別化したい)

11)「ここで会ったが百年目」


『聖杯大神像を中心とした聖杯騎士団が降臨。天使軍団が舞い降りる黙示録的光景。今回の暴挙をもって聖母協定の一方的破棄と見做す、と』

いたいけな十代の罪なき少女を生贄として計略に利用し、孕ませ、それを罪として断罪し、焼き殺そうとする我々は何者か?そんな主張をさせるキャラとして、金騎長ジャック・コナーに活躍の場を与えたい。
新十字軍の良心として。老刑事とのパイプ役あたりで。両者のキャラが引き立つように。
政治的軋轢に圧され身動き取れない指導者像。
教会との対立。万有引力など認めないのがかつての教会であった。重力を操るスカイウォーカーなど、更に認めがたい存在だろう。

聖母協定が反故となったら、再び「携挙」が始まるかも知れない。全世界的に。
救いの手が人々を空へと「携え挙げる」現象、「神隠し」が常態化するかも知れない、と新十字軍の暴走が招く危機的事態を懸念する金騎長ジャック・コナー。

セシルは、敵である自分の命を救ったゾンビたちに異議申し立てする。
全人類の不死化こそ我々の悲願であるがゆえに、と説明するスカイウォーカーの聖杯騎士団。
人間のあらゆる苦しみから脱するべく、文明は発達してきたのではないか?ならば人間の不老不死化は当然の帰結。あらがうべきではない。

なんと言われようとも、ゾンビにだけはなりたくないセシル。肉体はゾンビであっても魂までは売らないと言い放ち、スカイウォーカーを拒絶する。

そびえ立つ聖杯神像を見上げて、アレが貴方がこれから産もうとしている息子の姿ですよと、マリアに語りかける聖杯騎士団。
言われるがまま、聖杯神像の玉座に収まるマリア。

聖母を火にかけた時点で、聖母協定の一方的な破棄と認めざるを得ない。
地上への不可侵の約定は今、無効となった、と告げる聖杯騎士団。

協定は破られた。彼らは聖杯を生む聖母をすべて亡きものとする腹積もりを決めたのだ。聖杯の供給を断ち、兵糧攻めによって、我々、雲上のトランスレイス(トランスレーション(生きながらの昇天)した人種の意)を根絶やしにする魂胆であると。
空を指差し、我々は雲の上から全てを見ている。天網恢々、全てのはかりごとが見えるのだ、と豪語する。

「命を殺生せずとも生きられる。それが我々だ。
聖杯によって古い血を洗い流し、肉体を新生させたとき、人間の動物的属性は消え、食物連鎖の頂点からも脱することができる、と聖杯騎士団が地上に呼びかける。
暴力と死の連鎖は、不死の民の出現によって断ち切られた。
死による決着のない我々は、「殺戮の連鎖」の業を克服したのだ、と。
弱肉強食、死と暴力の歴史に終止符は打たれた。死のない世界はすでに到来している(雲上を指して)。
もはや我々の世界には死ぬものもなく殺すものもいない。
これぞ「人の革新」、「命の革命」の成就。
今より、原罪と名付けられた神の呪いを解く。人類の始祖の罪によって突き刺さったという死の棘を取り除き、人々を死する運命から解放する。」

「百年前にそうした新世界がこの地上にも訪れるはずだったのだが、知っての通り、失敗したのだ。無分別なお前たちの父祖の抵抗によって。
そんな彼らも今はもういない。そして我々は昔も今もこうして生きている。 勝者はどちらか?」

12)「人喰いどもの宴」


『上司ピガールと対決するセシル。 わずかな犠牲で大多数が生き延びることを得られるならば、マリアにそれをやってもらうほかはない。ピガールの不死性発覚』

セシル、陰謀の源であるピガールノワと対決する。
「兄に会った」と、兄の仇である男に告げる。それ以上の言葉は不要であった。

雲上から降りてきた剣「かまいたち」VS上司のスターウォーズ風ライトセイバー。
「かまいたち」とは、見えない刃が風のように空気を切り裂く、別名「無影剣」。
剣の切っ先が見えない、太刀筋が読めないので、よけるのもままならない。
遠当ての術のように、遠くの敵もピンポイントで狙える。
妖怪かまいたちのように、人を殺さない斬撃。
アニメ化の際は、斬撃の瞬間のみ断面を透過光エフェクトで光らせる画面処理に。
無音無風では面白くないので、風切り音のようなSEをつけて、衝撃波も加味。 が、熟達者ほど、空気を動かさず無音無風で切ることができる。
地味だが、 本当に怖いのはこういう侘び寂びを極めた達人である、とする。
セシルは初心者なので派手に風などが巻き起こる。光や風を派手に漏らすのは無粋だと達人に怒られたり。
十字軍も対抗して似たものをつくったが、それはそのままスターウォーズのそれで、ただの棒状の光剣では相手にならない。
あんなものは常時光ってるから格好の的だと、ライトセーバーの弱点を指摘。

アニメの剣戟は大体が念力合戦、本作は開き直ってそれをやる。
セシルの「かまいたち」の威力に吹き飛ばされる上司ピガール・ノワ。
しかしその不死身性から、上司もまたランドウォーカー(隠れ不死者)であるという驚愕の事実が明かされる。
ゾンビがゾンビ狩りを指揮していたという事実にあきれ返るセシル。

死なずに済むのに遠慮するバカはいない。お前もそのクチだろうが、と、ピガー ル。
皆、骨は拾ってやるという約束だからだ、と、新十字軍の死をも恐れぬ勇猛果敢の理由を語る。
骨を拾う、とはこの場合、死からの再生を意味する。 ランドウォーカーとしての復活を。
不死と戦うという大義がありながら、不死に転んでいた者たちが彼らだった。
不死の果実の誘惑には誰も抗えないとピガールノワは語る。

ゾンビ狩りと言っても、今は不死者からの臓器移植はあまりやらない。生かしておいて、血の供給量を最大化する。

ランドウォーカー(地に潜む不死者)を集めて、対スカイウォーカーの戦力にしようとする軍事的ミッションは、当然の成り行き。
とくにゾンビ狩りにおいて、思わぬ逆襲や反撃はしばしば見られるが、特に目覚ましい能力を示したランドウォーカーは得難い戦力として使える。血肉にしてしまうのは勿体無い。
家族や近親を人質としたとき、彼らは従わざるを得ない。それでも抵抗するなら、あるいは使い物にならなくなったら、いつでも潰して食材として売るなり喰うなりできる。
エティエンヌもまた、対スカイウォーカー用の強力な戦力とすべく、不死化を計画されていた。
マリアの目の前でエティエンヌを死なせれば、それは容易に達成される。マリアの自発的な聖体拝領によって。衆人環視のもと、偶然を装って。
雲上に気取られることなく、聖杯の第一次感染者を得ることが出来る。強力なランドウォーカーの同志を。
セシルよ、お前を見込んでのことだ、とピガールノワは言う。これは、地の塩(ランドウォーカーの地下組織)への招聘なのだと。
お前に目をかけてやったのはエティエンヌ(兄)への贖罪だったのだ、と口走るピガール。

マリアについて言及する銀騎長ピガール。
わずかな犠牲で大多数が生き延びることを得られるならば、マリアにそれをやってもらうほかはない。世の安寧のため。 そのようにして、古来より人身御供は行われてきたのだ。 生贄や人柱が必要なのは常なる世の習い。致し方ない。 生き物は生き物の犠牲がなければ生きられない 。
誰が生贄を選ぶのか?誰かが汚れ役を引き受けなければならない。
理不尽な死?死はいつだって理不尽なものだ。すべてが無に帰すのだから。理不尽でない死があろうか? 
だからこそ犠牲者は最小限に抑えねばならん。それが我々の大義である。

「小娘一人の命で済めば安いものだ、ということか」セシルは知ってか知らずか、ジャンヌダルクを見捨てたフランス王のセリフを引用していた。

聖杯の第一世代感染者であるエティエンヌには敵うべくもなく、遁走するピガール。(人間が斬れない不殺の剣なので逃がしてしまう)

スカイウォーカーは、聖杯を産むための代理母を逐次、地上から釣り上げるための「釣り堀」、「人間牧場」として、地上の人間の営みを許してきたのでは?とセシルは気づく。
ならば人間は、スカイウォーカーによって放し飼いにされている家畜、生き餌として、生かされているに過ぎない。
今日まで「不死の侵略」を行わなかった理由は、聖杯を作る元種がなくなると困るからだ。
「全人類の総不死化」を標榜しているのは建前であり、それを行うつもりはない。少数による不死の独占を崩すつもりはないのだ。
聖母協定などお題目に過ぎなかった。家畜である人間側の錯覚でしかない。家畜と飼い主の間に協定など存在し得ない。

13)「聖杯王の囁き」


『暴走するゾンビ狩り。クラリスの弟シャルルの受難。「人間を糺せ」とシャルルに迫る声』

不死ウイルスに汚染されたとして封鎖、隔離される街。
感染者は不老不死の ゾンビになり、人を喰うという。
いち早く感染経路をあぶりだして、これ以上の汚染拡大をくいとめる必要がある。広がる疑心暗鬼は魔女狩りの様相を呈する。
ゾンビに襲われる恐怖と強迫観念が各地で自警団の暴走を生む。
ゾンビを焼き払い、ウイルスの蔓延を断たねばならない。
燃える十字架(KKKのシンボル)が百年の時を経て、再び屹立する。
自警団(ビジランティ)による私刑(リンチ)が正義の遂行として容認されてきた州南部の土地柄の描写。(小説の舞台はフランス、ケルシー地方に変更)。

感染の疑いがある。それだけで町中の老若男女のすべてが殺処理の対象となる。
不死に至る病の根絶、という大義名分をかざして。
ゾンビは死人である。死人を始末しても殺人には当たらない。
牛やニワトリと一緒にするなと言われそうだが、分別、隔離、そして殺処分は致し方な い、とゲノムチェック端末を市民にかざす。
全ての人が生まれ死んでいく、正常な世の中を取り戻さなくてはならない。
不死の感染源は根元から焼き尽くさねばならない。
過去から現在まで、地上で行われたあらゆる殺戮と暴虐のモデル。

さらに、街にゾンビの群れが送りこまれる。ゾンビ映画を模倣した、急造の偽ゾンビが。スペアの肉体を作る技術があれば容易なことである。
隠れ不死者への恐怖を煽るため。虐殺への呼び水として。 呼び水はほんの少数のゾンビでよかった。あとは噂が噂を呼び、恐怖が憎悪を呼ぶ。
市民と警察による急ごしらえの自警団が、疑わしきは罰するとばかりに暴走し、街は魔女狩りの様相を呈する。
ゾンビといっても外見は普通の人間、行動のみがゾンビ。よって外見に騙されて犠牲者が相当数出てしまった、という噂。 火で焼くか頭を潰されなければ死なないため、撃たれ殴られするうちにズタボロのゾンビそのものになっていく。

百年前、不死人種の排斥運動がジェノサイドに至るまで時間はかからなかった。歴史は繰り返すが如く。
こうした新しい人種と再びあいまみえたとき、我々は理性をもって振る舞うことができるだろうか。彼らを新たな異端として、ディヒューマナイズ(非人間化)、ディモナイズ(悪魔化)してきた歴史を繰り返すのではないだろうか、という問題提起を行う。

民族浄化ならぬ人類浄化が世界規模で起こってしまった世の中を端的に描く。

弟シャルルの場合。 ゾンビか否かは吊るしてみればわかる、と面白半分に吊られたとき、彼は何を思ったか。
度し難い人間の行状を前にして、これを糾すべきと考えるのは、読者も意を同じくするはず。 「人間を糺せ」と迫る、その囁きを退ける理由があるはずもない。
この辺りはネガティヴな悪魔の囁きに見えないように気をつけたい。
「ここで終われば因果も応報もない。罪も罰もなく、回復されるべき名誉もない。お前はいなくなるからだ。死がすべてをチャラにする。それでいいのか?」と。
姉クラリスの死の圧倒的な無意味さも伏線に。

「死に様が悲惨なほど、復活が劇的になる」とは、ロボコップのオーディオコメンタリーでの監督のポールバーホーベンの言。
腕を撃ったりするのは、 明確にキリストの受難を意識したとのこと。

夜、ゾンビ狩りに遭遇する、クラリスの弟シャルル。魔女クラリスの血縁こそ格好のターゲットだった。
顔なじみの隣人たちが、人が変わったように憎悪と殺意を剥き出しにして追いかけてくる悪夢。
首に縄をかけられ引きずられてそのまま木の枝に吊るされるが、なんと、そこから復活する弟。
散弾銃さえかわし、超人的な力で暴徒達を撃退してしまう。 自らの体の異変に気づくシャルル。
不死ウイルスの感染?夢枕に立った姉は現実だったのか?
三つ目の黒猫が尻尾を立てて話しかけてくる。「おまえには、九つの命があっても足りない」

セシルはゾンビ狩りに狂奔する古巣の悪友たちと再び相見える。

農業顧問ゴーストダンスの活躍。その白シャツが銃弾をことごとく跳ね返す。
ゴーストダンスとは開拓時代のネイティブ・アメリカンの儀式。白シャツを着て踊ると不死身となり、白人たちの弾丸を防ぐと信じられた。だがそれ故に全滅した。かつて滅ぼされていったインディアンの不死への祈りが、今、彼ゴーストダンスの不死身の肉体となって結実していた。

スカイウォーカーの正体を現したゴーストダンスは、ハーメルンの笛吹き男のように学校の子供たちをどこかへ連れていく。
子供たちを災厄から守るため、空へと引き上げる。携挙(ラプチュアー)と称して。
雲上カタコンベ、スカイウォーカーの言うライトウェイへ子供たちを避難させる描写。聖母協定が一方的に破られた以上、こちらも遠慮することはない。
残された大人たちにとっては、子供たちの集団誘拐でしかない。

14)「謝肉祭」

 
『シャルルの復活。暴走する自警団を蹴散らし、マフィアの御曹司ヴァレンテインを倒す。』

自警団は、ほぼマスク着用。 白い三角頭巾ではなく、キック・アスやアベンジャーズのような、さながらマスクヒーロー大集合といった面立ち。

ゾンビ狩りを行う自警団の中には、なんとランドウォーカーもいた。
「ゾンビによるゾンビ狩り」もしくは「ゾンビによる人間狩り」という、ねじれ現象。これが局所的に、あるいは至る所にあった、とする。

復活したシャルルの前に立ちはだかり、人間離れした格闘によって不死性が判明する展開。急転直下でピンチに陥るシャルル。各々が正体を隠し潜んでいる隠れ不死者の実態が明らかとなる。

が、姉クラリスから感染した雲上由来の不死は、地上で変異を繰り返し劣化した不死ウイルスを上回っていた。
激闘の末、斃れたランドウォーカーのヒーローマスクを剥ぎ取るシャルル。
そこには見知った顔があった。 各種医療法人その他を営む大企業の御曹司、いや、裏では臓器売買による巨大な利権を一手にするマフィアの御曹司、シャルルの上級生であった。

不死の売人たる現代のマフィアは、まさしく膏血(人の脂と血)を搾り取り、肥え太ってきた。
より良質かつ強力な不死の血肉を手に入れ、それを隠し通せる身分、マフィアの御曹司ならば人類最強の男を目指しても不思議ではない。
彼はその特権的立場を利用して不死身性、超人願望を追求していた。 外見は少年だが中身は怪物化している。
マフィア組織の雛形のような不良少年グループを率い、狼藉の限りをつくす。 警察機構との癒着があるため、法権力も彼を抑えられない。
弱肉強食のマフィアの論理を、スカイウォーカーとの対比としてコントラスト鮮やかに。
シャルルには「人の生き血を啜り~許さん」とばかりに桃太郎侍化して欲しいところです。

こいつは何度でもよみがえってくる。頭を潰せ、と声が忠告するが、できないシャルル。その場を立ち去る。

マフィアの息子から奪ったヒーローマスクをかぶるシャルル。正体を隠して父母を暴徒から救出。マスク着用ならゾンビ化がバレないと思ったが、親の目はごまかせなかった。

15)「告別」 


『聖杯騎士団によるゾンビ狩り鎮圧。クラリスの家族に死別よりも深い亀裂が訪れる』

クラリスの弟がゾンビ化、人を襲い失踪したとの報を受けて、老刑事ギャバンは、クラリスの遺族を至急保護するように指示を出す。自らも警察車で遺族の家へ向かう。
保守的な南部社会(フランスに変更)の、黒人狩りならぬ魔女狩りの危険がクラリスの家族に迫る。
暴徒と化しつつある自警団の暴虐から守らなくてはならない。

なぜ、不死に感染性を与えてしまったのか?平等に分け隔てなく、万人に不死を与えようという善意からなのだが、善意が地獄を生むとはこのことだと嘆息する。
不老不死の夢がもたらしたのは、史上もっとも多くの死であった。

中世に猛威を振るった魔女狩りに言及。
かつての魔女狩りに同じく、異端つまりゾンビを自分たちが次々に生産するほどもうかるわけであり、ゾンビ狩りの内実は、十字軍、警察、マフィアが結託した殺人産業であった。
にわかに降り出した雨がフロントガラスを濡らす。償われることのない罪、あがなわれることのない悲劇の集積が人の歴史だ、と刑事人生の実感を吐露する。

令状を示す刑事に素直に従う遺族たちだったが、ひとり立ち止まるクラリスの母。その視線の先には亡き娘クラリスの姿があった。静かな口調で家族を制止するクラリスの生前のままの声。幽霊を目撃した驚愕ショックに凍てつく一同。
冥府に還れとばかりに、クラリスに向けてのいきなりの銃撃。死人はすべからく死体に戻れ、という明白な意志。塵は塵に。死人が平然とよみがえる狂った世界の到来を食い止めなくてはならない。 
身を盾に止めようとした老刑事がゆっくりと倒れていく。

そんな渦中に突然、仏像の迦楼羅(カルラ)像のような異様な風体がクラリスの盾のように出現。コマ落としで現れたとしか思えない唐突さであった。
くちばしを尖らせた鳥の風貌。眉間に縦に開かれた第三の目が、異形の眼光で男たちを凝視する。
激しい銃撃が、鳥人間一匹の如意棒によって一掃される、非現実的な光景。
全弾必中の訓練された射撃が、クラリスと聖杯騎士からことごとく逸れてゆくのを見て、狙撃者は確信する。ハリウッド映画のように主人公の攻撃は百発百中だが、敵の弾は決して当たらない空間が現出しているのだと知る。主人公補正とかプロットアーマーとかいう映画の不条理が今、現実となっている。そして今、主人公は彼女たちなのだ。

拳銃の銃身が、クラリスが触れただけで溶けた飴のように剛性を失い垂れ下がる。銃に象徴される男性原理が女性の繊手に敗北する、印象的な光景であった。
中世以来の魔女への迷信的恐怖、超自然的な闇への畏れが、はじめて現実のものとなる日が来た。現代に復活した魔女が、はじめて本来の魔的な力を行使したのだ。

その見覚えのある顔に得心するクラリス。彼女を手にかけた下手人の顔がそこにあった。
癒着と腐敗が警察組織に及んでいたのは周知のこと。なんら不思議はない。
過去、無実の罪で魔女として殺されて行った数多の女たちの怨嗟の声が、クラリスの口を借りて甦る。
闇から闇に葬られた犠牲者が墓からよみがえり、 殺人者を告発する。
もはや、死人に口なしの世ではなくなった。

瀕死の老刑事を復活させようと試みるクラリスだったが、瞳を瞬かせて中断する。 
クラリスの自前の遠感が、老刑事の内なる声を聴いたのだ。 ”先立った妻子のもとへ往く”と。
惑わされてはいけない。それは死にゆく者が見る幻覚の類だ。
かけがえのない命を生かすのが最善の道だとスカイウォーカーは言う。
すべての命は死という名の虚無から救われねばならない。人生の意味を「死」は 根こそぎにする。

あくまでも本人の意志を尊重するのが、あなたがたでは?と返すクラリス。
降りしきる雨に打たれながら、拝跪し胸で十字を切る生前の習慣、旅立つ死者への祈りの所作が自然に出るクラリス。死を悼み見送る者の礼儀。そんな人間の古来からの基本動作を美しく。
嫌なものでも見るかのように顔をしかめるスカイウォーカー。その祈りが届く先はないと語る。
スカイウォーカーは祈らない。彼らに祈りはない。祈りの対象はすべて虚無だと断じたのだから。
無力な祈りではなく、行動によって人を救うのが我々だ。不死の力によって。
不老不死の正当性を語るスカイウォーカー。 人命至上の人道的立場からは反論できない正論で観客を頷かせる。
「全ての命を死から救う」という理想を彼らは語る。よって、瀕死の老刑事を生かすか殺すかの判断を巡ってクラリスとぶつかる。判断の是非は観客に委ねられる。

クラリスの家族との断絶、別れを印象的に。
クラリスがゾンビとして復活したために、死別よりも深い亀裂が訪れる。
厳格なカトリックである母は、堕地獄に堕ちたとして、ゾンビと化した娘クラリスを責める。天の父に背を向けて、と嘆く母。
クラリスは母に告げる。最期の時、絶望の中で私は祈った。けれども天の父からの答えはなかった。私の祈りに答えたのは「彼ら」だった。
聖杯は注がれ、永らく人間を脅かしてきた「死」は、私の体から永遠に剥落し去った。
スカイウォーカーに反発しながら、頑迷な母にはそう言ってのける、揺れ動くクラリスの矛盾。

世界を二分する対立の構図が亀裂となって家族を引き裂く。
家族を救うために復活したクラリスは、それがため家族を失う。
彼岸を越えてしまった娘クラリスに別れを告げる父。「私達はそちらへは行けない」
亡骸になった私のもとに、白い鳩が降りてきたわ、と唐突に語るクラリス。
「鳥目の鳥が夜に飛べるのは、一度死んだから。だから鳥はもう闇夜に迷わない」鳥が飛び立つように、夜の雨空にかき消えるクラリス。

別案として。
娘のゾンビ化を嘆く母に、「クラリスは死んだ」と語るクラリス。
「彼女(クラリス)は我々の不死への誘いを断った。私は彼女の姿形を借りているスカイウォーカーに過ぎない」と語るクラリス。
母がそれを信じたかは定かではない。だがそれが両親への告別の言葉だった。
しかし、本当にそうなのかもしれない。
私はクラリスの人生を惜しみ、その姿と記憶を借り受けて、彼女の人生の続きを生きようとしているスカイウォーカーなのかもしれない。兄の人生を生きようとしたセシルのように。ふと湧いた思いだったが、それを否定しきれないクラリスであった。

街の惨状を見かねたスカイウォーカーが、百年ぶりに地上の争いに介入、鎮圧する。
聖杯大神像より、雷神のように降り立つ聖杯騎士たちとマリア。
マリアが、ゾンビのようにボロボロの死体の手を取ると、握られた手を通してみるみる再生していく、死人がよみがえる描写。
(マリアに宿された最新ver.の聖杯にはウイルス型ナノマシンが入っている?もしくは抗体産生細胞とのハイブリッド)

16)「死せる戦士たち」 


『古巣に戻ったセシルは自らが不死者であると明かす。十字軍の空への侵攻計画が明らかに。一方マリアは最後の聖母として大神像の玉座に』

古巣に戻ったセシルは、自らが不死者であると明かす。
肉体はいわゆるゾンビだが、魂まで売り渡してはいない。私は人間である。私は今も、十字軍騎士であると。
席を立つ、かつての同志達。半数は残る。そこには死んだはずのデヴィッドの黒い顔も。
あんたは黙っているべきだった、と忠告する一人の騎士。
銀騎長(ピガールノワ)が不死者だと、皆知らなかったと思うのか?
皆、触れないようにしていただけだ。それで表向きの平穏が保たれてきた。 ゾンビ禍は未だ終わっていない。この百年の間、ずっと。
地上の不死者が決して素性を明かさないのはなぜだ?亡者どもが殺到し、その体を引き裂き、血と肉と臓器を根こそぎ持っていかれるからだ。 毎夜の人喰いどもの宴こそ、この百年続けられてきた現実だ。

不死の恩恵に預かりおめおめと生き長らえながら、ゾンビに魂は売らない?
そんな道理があるか? ならば死を選ぶべきだろう。過去、殉教者たちはそうしてきた。潔く魂の救済を信じて消え失せていったのだ。と、セシルのダブルスタンダードを突く者もいるだろう。

ねつ造された噂などではない。百年前もゾンビはいた。
人を喰らい歩く死者の群れは実際にいた。そして、あっという間にいなくなった。ゾンビ狩りによって。
ゾンビは人間達によって意図的に作られたのだ。不死者たちを一蓮托生に葬り去るために。
それは病原体への免疫を作るための、ワクチン注射のようなものだ。ワクチンは少量で事足りる。
ほんの少数のゾンビが現れただけで、この社会に不死ウイルスに抵抗する免疫力、不老不死への抗体を作るには充分だった。
不死に対する「抗体」は、人々の心の中に作られる必要があったのだ。
恐怖という名の「抗体」を。
不死化はゾンビへの恐怖として人々の心に刻み込まれた。
百年経った今も、 その恐怖は消えていない。
我々の社会に植え込まれた、不死者を異物として攻撃、排除する「抗体」、 不死に対する免疫力はいまだ有効である。
その免疫システムの先鋒が、新十字軍ということだ。

ゾンビ憎しのセシルなら、
自らをゾンビ化したマリアを憎むべきだが、どうしてもそんな気にはなれない。むしろ逆である。
助かった、という思いである。いや助けられた・・事実としてマリアに命を助けられたのである。忌むべきゾンビの聖体拝領によって。
もしあそこで終わっていたら、命尽きる運命だったとしたら、運命ほど残酷なものはない。
自分は際限なく分裂している。限りない自己矛盾にさいなまれるセシル。

聖杯王がシャルルに語りかける。この世界はもともと狂っているのだと。神がいるとするならば、神は狂っている。
ならば人間がそれを正さねばならない。狂った世界を正す大事業に参画せよと。
この世にあるのはただ夥しい数の死だ。そして死と同じ数だけの絶望だ、と。
もったいなくも儚くも、毎日毎夜、夥しい数の命が死の谷底に叩き落とされて散っていく。大瀑布のように無数の命が飛び散っていく。毎日毎夜、怒涛の如く人は死んでいく。谷底の岩に叩きつけられて。毎日毎夜だ。滝の流れが尽きることないように。飛び散る水飛沫の一粒一粒がそれぞれ死の苦痛に悶えて散っていく、無数の痛みの水滴が飛び散って虹を作る、そんな世界を美しいと見るのが神なら、わたしは反逆する立場を取る。
失楽園みたいなことを言う聖杯王。

17)「兄帰る」

 
『地上に降りピガールを手にかけてしまう兄エティエンヌ。最大の禁忌を犯し、もはや空には戻れない。だが妹に兄の仇討をやらせたくなかった彼は、この結果に満足する』

エティエンヌか。 そう呟くピガールの正面顔からカメラ切り返すと、金髪碧眼の男の姿。
妹の先回りをして、兄エティエンヌがピガールノワの眼前に現れる。
この物語で初めて姿を現す、妹セシルの面影を宿したその面立ち。
この展開を予測していたピガール。聖母協定を破れば死者たちが降りてくる ことは必定。
余裕綽々のピガール。殺生をタブーとする以上、雲上人など脅威ではない。
そんな兄エティエンヌを腰抜け呼ばわりして憚らない。
私を殺してみろ、と。
闘うことをやめたとき、お前たちは終わったのだ。
石女(うまずめ)と、ほぼ種無しの集まり、それが生き物としての終焉だと百年たっても気づかないのか。子供が生まれて来ない種に未来はない。
我々不死人は、 人間の血を頼りに、人間社会に寄生して生きていくほかない。一代限りの 「死なない生」を。
いわゆる吸血鬼伝説は、過去の文明に造られた不死人種の末裔のことなのかも知れない。 歴史が繰り返されているだけかも知れない。諭すようにそんなことを言う。

不死者に受胎機能を与えることぐらい、その気になれば簡単にできるだろう。
しかし、死なない人間が産めよ増やせよとなったらどうなることか。
不死者の人口爆発なぞ、想像するだに恐ろしい。
つまり、不老不死化した我々は完全に詰んだのだ。

結果的に、兄エティエンヌはかつての上司ピガールノワを手にかけてしまう。
家族(妹)をどうこうすると挑発されたため。
男にそのようなことを言ってはいけない。ピガールは死にたかったのか。あるいは不殺の信念をあてにし過ぎたのか。
スカイウォーカー最大の禁忌を犯してしまった兄エティエンヌ。
破門となり、もはや空には戻れない。
一度でも手を汚した者を、雲上は受け入れないだろう。
だが、妹に兄の仇討ちをやらせなくて良かった。
自らの手で帳尻を合わせたこの結果に満足する。

長年の地上への不可侵条約は、雲上人にとっても利があった。
地と交われば 地に染まる。罪を犯さざるを得なくなる。
一国平和主義を貫かねば、やがて地の争いは、天まで届くだろう。
長老たちは再び地上を禁足地とすべきとして、議論を始める。再び鎖国せよ と。が、自由意志との相克もあり意見はまとまらない。

一点だけ、すみませんがラストのみ、ここは一対一でケジメをつけたいところです。 一人で全ての元凶のもとに赴き、一人でこれを断ち切り、誰に知られることなく去っていく。
任侠映画のように格好良く。最後に花を持たせたい。 ピガールの死は誰の仕業かもわからない。まさか兄が?ぐらいの疑い。

セシル兄の描写については、スカイウォーカーの平和主義、殺生の禁忌などが、ただの設定箇条書きに終わらないように、これを体現するキャラを作って読者に実感させたい狙いです。
具体的には、スカイウォーカーに対し、殺してみろ、などと挑発するシーンを作る必要性をずっと感じていたので、ここで消化したいところです。
そして平和主義が最後には破綻する。ある種のカタルシスを持って。

18)「死なずの戦い」

 
『聖杯王の意向を受け、聖杯大神像乗っ取り作戦の中心的役割を担うシャルル。姉クラリスとの邂逅。対立。頭部が吹き飛ぶ大神像。聖杯騎士団とランドウォーカーの戦い』

聖杯王の意向を受け、聖杯大神像乗っ取り作戦の中心的役割を担うシャルル。
それを阻止しようとする姉クラリスとの邂逅。対立。頭部が吹き飛ぶ大神像。聖杯騎士団と地の塩ランドウォーカーの戦い。 

不殺の信条に縛られる聖杯騎士団の限界が露呈する。
マリアを守ろうとして次々と散っていく聖杯騎士団は、まるで自らの死を演出しているようにも見える。
痛みを感じないスペア(予備の肉体)に乗り移って、戦場をゲーム感覚で楽しんでいる。
彼らの本体は安全な雲上の柩の中、夢見る者となって仰臥するのみ。レム睡眠特有の眼球運動で、閉じた瞼をクルクル動かしながら行う作戦行動は、彼らにとって白日夢に過ぎない。夢から覚めれば無傷で雲上へ戻って来られる。
やられた!と言いながら残機(予備の肉体)に乗り移って、再び地上へ降りていく姿は、ゲームのそれと大差ない。

即時転生輪廻だという冗談は笑えないクラリスであった。攻めてくるランドウォーカーの中に弟シャルルの姿を見つけた矢先に全滅してしまう。

スカイウォーカーの一部少数はデータ化され、記憶媒体の記録のみの存在に移行しつつあった。肉体は地上に降りる際にのみデータによって組成されて出現し、空に帰るときは分解される。
↑この辺り(仮想現実で永遠の生命を得るグレッグ=イーガン的設定)は保留↓。

スカイウォーカーの一部がすでに肉体を持たないという事実は、いずれ彼らには聖杯(聖体拝領による血の摂取)が必要ではなくなる可能性を意味していた。
聖杯は、地上に棲む人々の不死化のために必要なのだ、とゴーストダンスはセシルに語る。
人間の不死化が行われてすでに百年、我々は同じところに留まってはいない。
不死に段階あり、ということである。

地に住む「残された人々」を「死」から救うために、聖杯は今も必要とされている。
あくまで利他的行為であることを強調するゴーストダンス。

不老不死の肉体であっても、肉の身であるかぎり、事故などによる死の危険は常につきまとう。
肉体を失うリスクは、肉体を持つ限り付きまとう。命の持続性を極限まで追求するには、肉体そのものを排除しなくてはならない。
だがそれは、スカイウォーカーの民を共同夢(仮想現実)の中に閉じ込める結果となった。
人々の生命を守ることを極めた結果、人間を夢の中へ送り込む装置となってしまった世界。

だが仮想現実はごめんだという者達は、常に一定数いる。彼らは肉体を超人化させて、現実にとどまり続けている。
そんな彼らの中から、地上に降りたいと志願する者が現れる。リスクある冒険に身を晒したい者達は多い。
猿とガルーダと狼男が、聖杯のガーディアンを志願して降りてくる。変身能力を持つ超人三人組。(当然、彼ら肉体派のスカイウォーカーには聖体拝領が必要。定期的に)
彼らが産まれた赤ん坊(聖杯)を守る、映画「三人の名付け親」的な展開に持っていく。

19)「生きながらの昇天」 


『弟に殺されたクラリス、再び雲上にて目覚める、殲滅されたはずの聖杯騎士団と共に。もはや死は不可逆ではない』

弟シャルルに殺されたクラリス、再び雲上にて目覚める。殲滅されたはずの聖杯騎士団と共に起き上がる。彼らにとって、地上での死はゲームオーバーでしかない。

たまたま不死であったから、といって姉殺しの罪は消えるのか?とシャルルは自らに問う。

大量生産された聖杯の一人である彼、聖杯王。その出生の秘密が明かされる。
(ノベライズの序章に登場する赤子)
吸血され、喰われ、殺されてきた者たちの代表としての立場を明らかにする。
あたかも、異教や異端、魔女、悪魔として彼らに葬り去られてきたものたちが、墓から這い出てよみがえり、「物言うゾンビ」となって、彼らの罪を断罪するかのように。
聖杯王は「死を奉ずる者たち」の一掃を語る。不死の超人による哲人政治支配に向けて、まずは聖別を行うのだと。

「不死がなければ、善なんてない」と、ロシアの作家の小説にあるが、明日にも消え失せてしまう泡沫の命に善も悪もないのだ。われわれは明日のない地上のボウフラどもに正義をもとめるつもりはない。明日にもいなくなるボウフラに何ら責任を求める気もない。明日にも責任者不在となるのだからしようがない。早々に一掃するまで。池の水は清潔に保たねばならない。シャルルに語る聖杯王。

不死でない者は皆、死刑囚なのだ。執行日を知らされない死刑囚でありながら、しかるに、その牢獄の扉はとっくの昔に開かれているにも関わらず、そこから出ようとしない者ども、みずから死の奴隷でいようとする者を救う気はない。いや、救いようがないのだ。奴隷根性というやつさ。奴隷のままでいようとする人間を解放することはできない。
今日明日にも死刑執行は行われるかもしれないというのに、運命が今日明日にも当人を殺すかもわからないのに、牢獄から一歩足を踏み出すだけで、自由を得られるというのに、それが出来ないというならわたしが慈悲心をもって手を下そう。
この世の苦しみの総量は少ない方が良い。

聖杯王に乗っ取られた聖杯大神像にて。
マリアに、お腹の子は我が分身であると告げる聖杯王。我が子として育てよう。
私と、お腹の子と、この聖杯大神像は、同じ鋳型で作られている。

マリアに亡き母の面影を見る聖杯王。この局面に、母に似た少女を選んできた雲上の悪意に、ひとり憤る。

20)「聖杯喰い」 


『セシルとその同志たちが聖杯騎士団と共闘。マリアを奪還するべく』

セシルとその同志たちが聖杯騎士団と共闘。玉座のマリアを奪還するべく、聖杯王に奪われた聖杯大神像に潜入する。

聖杯を探し出しては体内に摂取し、その力を我がものとする「聖杯喰い」が彼、聖杯王であった。聖杯は己が一人でよい。スペアは不要である。

超人願望を己が身で体現する聖杯王は、ときにニーチェを引用する。「人間は克服されるべき存在なのだ」と。
「超人よ、この地上であれ、と。この地上に忠実であれ。地上を超えた希望を説く奴らの言うことなんか、信じるな。」など、そのまま使える。
「連中なんか、「永遠の生命」に誘い出されて、この地上の生から退場すればいい」
「病人や死にかけの人間は、みじめな状況から逃げ出したいと思った。星は遠すぎた。だからため息をついた。「おお、もしも天国の道があれば、ちがった人生や幸せのなかに忍びこめるのに!」──そこで考え出されたのが、抜け道であり、血のような飲み物だったのだ!」(←注、血のような飲み物とはつまり聖体拝領の欺瞞について語っていると思われる)
以上、ツァラトゥストラ(キンドルアンリミテッドで読めます)から引用。

不死者のダークサイドといっても、ダークには見せない。
より強靭な体力、生命力を得て、長生きしよう、という考え方を実践することであり、これほど健康的なことはない。
死を受け入れてほどほどに生きて従容と死んでいこう、という諦観の方がよほど暗い、ダークサイドなのではないか、と読者に思わせる。
長生きしたいという願望を素直に肯定し、生命の可能性をとことん追求しよう、生きられるだけ生きていこうと思う方がはるかに健全。人間やりたいことは無限にある、死んでいる暇などないのである。

火の洗礼を経たマリアの変貌ぶりに驚くセシル。
新十字軍の殲滅を語るマリア。そしてそれを支えてきた歴史的勢力を一層すると。
人間の死する運命を利用し、救済と称して人心を迷わせ、争わせてきた、その根源を断つ。これから始まる全人類の不死化とともに、それは行われるだろう。
セシルが十字軍騎士であり続けるなら、敵対せざるを得ない。

21)「からくり仕掛けの神」

 
『頭部を失った聖杯大神像がゾンビのように歩き出す。もう一体の聖杯大神像が降り立ち、これを止める。スペクタクル映画の様に』

ウイルスの感染爆発にも似た、ナノマシンの暴走の描写の一端を描く。
雲の上では今もナノテクノロジーによって増殖する建築群が、屋上屋を重ねるように自己増殖している。
空に壮大な雲上都市を作り上げた目に見えない無数の粒子(ナノマシン)が、やがて地上に降りてくる。その前兆としての聖杯大神像の暴走の描写。

頭部を失った聖杯大神像がゾンビのように歩き出す。マリアを玉座に据えたまま。
もう一体の聖杯大神像が降り立ち、これを止める。スペクタクル映画の様に。
マリアを巡って、天を衝く巨神同士のどつきあいが始まる。ユーモラスに。何事も絵にしてしまうと陳腐になる。
パンチ一つで大気が破裂し、大地が鳴動する。口からは炎を吐き、雲を呼び雷光を撃ち合う。怪獣映画さながらの光景。
天を摩する巨人二体の取っ組み合いに、地上の人々はなすすべもなく逃げ惑う。 そんななか、聖杯騎士団の人命救護は敵味方問わず、新十字軍にまで及ぶ。

聖杯神像をセシルが操縦する成り行きに。ジャンボーグAのような、体の動きをトレースする操縦法なので、格闘に長けたセシルが乗せられてしまう。
雲上側の聖杯神像が押され気味なのを見て、事情通のモイレイン辺りが「雲上人では弱過ぎる」と指摘。セシルに「あなた行きなさい」と背中を押しての選手交代が面白い。得意の蹴り技で圧勝するセシル。

追い詰められた聖杯王は、悪役の最期を飾るべく強大な力を発揮する。
二百三高地のように死体(スペア)の山を築く聖杯騎士団。

エネルギーの枯渇した聖杯王が、聖血を求めてマリアに迫る。いや正確には胎内の子の血肉を求めてマリアを追い詰める。吸血では満足できない。命をいただくのがもっとも力になるのだという。

聖杯喰いとしての正体をあきらかにした聖杯王vsマリア。
鬼子母神化したマリアが聖杯王を葬り去る。我が子を護るためなら母は鬼と化す。
倒れ込む聖杯王を抱き抱えるマリア。ピエタ像のように。
殺したわけではない。マリアは聖杯王を白痴化させ、無力化してしまったらしい。
自我を持たざる本来の「生ける聖杯」にもどしてしまった。
頑是ない幼児のようになってしまった聖杯王は、マリアを母と慕い、失われた「幸福な幼児期」に還る。
夢から覚めた幼な子は母に訴える。悪い夢を見ていたと。母が死んでしまう夢を。

ついに彼(聖杯王)に救いがもたらされた、と唸る聖杯騎士の姿に、すべては仕組まれていたのでは、と直感するマリア。
彼らが天網恢々と言ったのは伊達ではない。全ての成り行きを見通したスカイウォーカーは、最後の聖母となるだろうマリアに、火刑の灼熱にも灼かれず、暗躍する聖杯王を滅する力を有する、強力な「生ける聖杯」を仕込んだのだ。

22)「雲か大地か」

 
『シャルル、姉との訣別。自分は空に逃げることはしない。地に倒るる者は地によりて立つ。地の塩のごとく、地上の浄化に努めると』

細胞の培養では限界がある。不死の存続には、命を産み落とす力が必要らしい。
我々にとって、子を産み育てる母はすべて聖母のように見える。我ら不死の民は母を永遠に失ったがゆえに。マリアを護る聖杯騎士の述懐。

聖杯王という拠り所を失ったシャルルは、「地の塩」の残党とともに、超人思想の遺志を継ごうとする。
雲上に隠遁し、大切なのは己が命のみとして、白く塗りたる墓に立て籠もるような卑怯未練な生き方はできない。

雲上からの脱出組である不死者は、少なくない。
「生ける聖杯」という子供の犠牲のうえに成り立つ不死の桃源郷。この事実に耐えられずに歩み去る人々、「オメラスから歩み去る人々」は少なくない。

姉クラリスとの訣別。自分は空に逃げることはしない。地に倒るる者は地によりて立つ。地の塩のごとく、地上の浄化に努めると。

クラリスは、弟の危機にあたって、当人の許可なく不死化させてしまった責任を感じていた。だがそうしなければ弟シャルルは今ごろ生きてはいなかった。

聖杯騎士団が言うには、全人類の不死化にあたっての、救済のシンボルが必要なのだという。マリアがその役割を担うのだと。
地上にて、新手のマリア信仰を立ち上げようというのか。
聖杯大神像の玉座に鎮座するマリアは、剣ヶ峰に立たされている自らを自覚する。

23)「マリアの声」 


『頭部が再生しつつある聖杯大神像。その顔はマリアそのものに変化していた。神像の玉座を埋めるマリアは、段階的な人類総不老不死化を宣言。「火刑から生還した聖母」は強力なプロパガンダとなる』

”不死者はゾンビではない”
地上に潜む、すべての隠れ不死者たちの脳内に、マリアの大音声が響き渡った。
”不死者が逃げ隠れする時代は終わった”と。

マリアは不死者にそなわるコミュニオン(聖餐による交感の意)の増幅器を使って、ランドウォーカー(隠れ不死者たち)に思念で呼びかけていた。
彼ら不死の民は、聖餐、つまり不死の血によって意思を伝えあう。(進化した人類は大体テレパシーで意思疎通できるという新人類もののパターンを踏襲。)

コミュニオンによる脳内への直接的な指令は、催眠誘導にも似た強力な強制力を持つ。他律的に動き出すランドウォーカーたちの姿は、ゾンビのそれにも似ていた。

さらに大神像の口が開き、マリアの声が、不死であることの優位性を語る。これからは不死が地上をしろしめすのだと、地上の人々に呼びかける。
不死を万人に与え、死なずの新世界を建設すると、マリアの声は宣言する。
聖母が火刑から生還し、聖杯大神像が降り立ったこの地が、不死の時代の聖地となるのだと。
今日より、この地を聖地として数多の巡礼が訪れるだろう。真の聖体拝領による、死からの救済を求めて。
「地上(ここ)より永遠に」の号令のもと、新しき聖体による、新しき人となれ、と。

24)「不死の血盟」 


『新十字軍による「地の塩」の残党狩りが始まる。同時にマフィア連中を一斉検挙。軍事力にモノを言わせてカルテルを解体に追い込む。セシルら不死の騎士団は残党狩りの先鋒に立たされる。不死者同士の戦いは熾烈を極める。セシルはクラリスの意を受けシャルルを追う。死せる戦士たちの血盟はエインヘリアルのごとく。しかし彼ら、セシルとその同志たちは孤立する』

マリアのコミュニオン通信は、不死者であるセシルの耳にも届く。
”新しき聖母のもとに集いて、新しき聖体を拝領せよ”と。
しかし、セシルの耳には違うふうに聴こえた。「たすけて」と口に出せずにいた、かつてのマリアの姿とともに。

マリアの顔を持つ聖母大神像は、世界各地の主要都市に降り立っていた。
不死の命を求める者や、ゾンビ狩りに怯えて暮らしていたランドウォーカーたちが、十字軍や自警団の網を掻い潜り、聖母大神像へと逃げ込んでいく。かつて罪人や奴隷が、聖域である教会へ逃げ込んだように。

とりわけ、良質な聖体拝領の施しは、慢性的に血に飢えていたランドウォーカーにとって得難い恩寵である。
(一般に施されるのはバージョンダウンされた聖体とする)

新十字軍内部の「隠れ不死者(ランドウォーカー)」においては、「聖母の声」は猜疑心と疑心暗鬼をつのらせるのみであった。声に誘われるまま聖母大神像へ向かう「隠れ不死者」は叱咤され、連れ戻された。
不死人種が一枚岩になることなどあり得ない。すべての人間が一枚岩になることなどあり得ないように。
もともと、彼らの「空の不死者」への敵愾心は抜き難いものがあったのだ。同じ不死者であるという同族意識はない。

しかし、十字軍内部の隠れ不死者が可視化されてしまったことで(セシルのカミングアウトもあって)もはや、分断は避けられない事態に。

セシル達はまさしく「死せる戦士達」というわけで、不死の騎士団は北欧神話の「エインヘリアル」を彷彿する。
不死であることを公にした彼らの未来は?嵐の予感とともにプロローグは終わる。 不死の騎士団は、地上における不死者の人権確立、臓器売買の禁止、警察組織及び十字軍内部の浄化、さらには教会上層部の浄化を訴えるだろうが、これは前途多難。
腐敗をもってよしとしてきた新十字軍守旧派の抵抗は必至である。少数派である不死の騎士団は吊し上げられるだろう。

不死の騎士団は、中世のテンプル騎士団のような悲劇的末路をたどる未来しか見えない。

25)「血の掟」

 
『再びのヴァレンテイン。雲上由来の聖血が欲しい彼。弱肉強食のマフィアの論理を振りかざしシャルルにお礼参り。聖杯王からの血の契りを受けていたシャルル。それが弱点となって、御曹司の有利となる。クラリスが守護天使の如くこれを撃退する』

所詮この世はサバイバル。殺らなきゃ殺られる生存競争。ファミリーや一族郎党を守らなくてはならないのは男の義務。
世界をこのように作っておきながら、それを罪に問う存在(神)とは?マフィア息子ヴァレンテインの素朴な問い。
人間に原罪を背負わせたうえに更なる罪を重ねさせようと、この世は作られている。そしてこれを避ける選択肢はない。人生を降りる以外には。ならば、設(しつら)えられたこの道を往くのみ。

マフィア息子の急襲を受けるシャルル。
シャルルの体に流れる雲上由来の聖血が欲しい彼。血の掟、マフィアの論理を振りかざしシャルルにお礼参り。クラリスが守護天使の如くこれを撃退する。
クラリスと共に降り立ち、これを難なく平定する聖杯騎士団は、救済と称し、マフィアの息子に手を差し伸べる。

クラリスに、家族への思いを断て、と言う聖杯騎士団の一人。人間の争いの元はおおむねここにあるのだから、と。家族や国、そういったものを守るために無益な争いを繰り返すなら、なくした方がいい。
そんな話は到底受け入れられないクラリス。雲の上でひとりひとり棺におさまって永遠に夢でも見ていろというのか。

数ヶ月後、セシルは、訪れる巡礼たちに紛れて聖母大神像内部へ。
不死を求める巡礼へのテロが頻発しているため、周囲は結構な厳戒態勢。
マリアを見つけるべく上層部へ向かうが、当然、聖杯騎士団に見つかり一悶着。そこにマリアが降りてきたところで次回へ。

26)「降誕、あるいは堕天」


『マリア、子と別れる母の悲痛。最後の聖母が産み落とした最後の聖杯はセシルと共に行方不明に』

聖母神像内、謁見の間。
マリアの聖体拝領の施しに抗議してみせるセシルに「わたしが助けたわけではない」(お腹の子が助けたという意味)と返す尼僧姿のマリア。これは和解の言葉である。

聖杯王そっくりの赤ん坊を抱くマリア。クローンなのだから当然。
断末魔の聖杯王は言ったのだ。「その子はわたしになる」と。聖杯は百人つくられようともひとり。ひとつの存在なのだと。

マリアは赤子をスカイウォーカーには渡さないでしょう。
モーゼのように葦舟に乗せて川に流す神話を再現して、息子の幸運を祈って 俗世に、濁世に放流する。子と別れる母の悲痛。

赤子はセシルに託される。子連れの若い母を演じるセシルは逃亡の旅へ。天網恢々のごとき聖餐(コミュニオン)ネットワークの追跡を撹乱する術を駆使して。
必ず助けに来ると言うセシルに、もう来るなと念押すマリア。

あるいは、復活したムラクモの息子(ノベライズに登場)に託すのもいい。親の因果が子に報い。
マリアに母の顔を見た彼(もしくはセシル)は、お子さんの血には決して手をつけない、と誓約する。
では、と母マリアが餞別がわりに、掌の聖痕から流れ出す鮮血を杯に注ぐ。
赤く揺れ動くワインにも似た、マリアの血を湛えた聖杯を印象的に。騎士の誓いのように厳かに、血の聖体拝領を観せるラストシーン。
何らかの誓いや、命を賭した約束が入ると、即物的な聖体拝領が、途端に厳粛に、聖なる雰囲気を纏う描写。

こうして最後の聖母が産み落とした最後の聖杯は行方不明に。
現代の貴種流離譚が始まる、と見せてエンドマーク。


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