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黒豆パンとパチンコ狂

Aさんが、そういえばと話し始めた。

そういえばぼく、学生時代に旅館でバイトしていて。布団を上げたり配膳したり。そこにおなじくバイトに来ているおばさんになんだかんだと話しかけてもらっててね。仕事終わり、おばさんはぼくに時々パンをくれたんだ。アンパンでもない、黒豆パン。でもその当時ぼくは黒豆の入ったパンをそこまで好きじゃなくて、あまり嬉しくなかった。

ある日を境に突然、その黒豆パンのおばさんが来なくなってね。
周りの人に、あのひとどうしたんですかって聞いたんだ。

あのひとね、パチンコ狂いだったみたいで、変なところからもお金借りて、借金がかさんで、ドラマみたいな借金取りがここにも来てね。で、逃げたんだ。って、別のおばさんが教えてくれた、とAさんが言う。

その別のおばさんめちゃくちゃ人の事情喋るね、とわたしがつい口を挟む。
そうなんだよね、その別のおばさん、黒豆パンのおばさんって若いころ芸者か何かやってたくらいだったんだけどねとも言ってた、とAさんが返す。

別のおばさん、人の過去とか隠していそうなこととかへの興味が純粋に隠せないタイプなんだろうな。でも黒豆パンおばさんも聞かれてほいほい全部答えちゃうんだもんな。黒豆パンおばさんも別のおばさんも自分の中に抱えたものを抱えたまんまにできない型おばさんなんだろうな。
きっと。たぶん。

芸者をやるくらいきれいなおばさんが黒豆パンをかじりながらパチンコ台の前でぼーっとしているところを想像する。熱海とか、小樽とか。おいしいパン屋のある町のパチンコ屋で、ぼーっとしている。

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