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11月20日「黒人意識の日」と漫画アンゴラ・ジャンガ

11月20日は毎年、何か書こうと思いながら、ブラック・ライヴス・マター運動の時も、ブラジルの「黒人意識の日」である11月20日も、何も書くことができませんでした。「黒人意識の日」前夜にポルトアレグリのスーパー・カルフールでガードマンに取り押さえられた黒人男性が殴打された末に死亡し、サンパウロのカルフールには市民のボイコットによって火が放たれました。副大統領は「ブラジルには人種差別は存在しない」とコメントしています。

 11月20日はブラジルは「黒人意識の日 Dia de consciência negra ジーア ジ コンシエンシア ネグラ」という記念日です。ブラジルの黒人活動において5月13日の奴隷解放記念日と並んで重要な日で、1695年11月20日は、逃亡奴隷のコミュニティ、キロンボ・ドス・パウマーレスのリーダー、ズンビが政府の命によって殺害された日です。ズンビは今なお黒人運動の中で抵抗の象徴でありつづけています。ブラジルでは様々な黒人文化を表象するイベントが開催され、この日は一段とアフロブラジル文化への敬意と、人々の団結が強まる日でもあります。

日本ではカポエイラ漫画「バトゥーキ」がヤングジャンプで連載中で、漫画の中でもズンビのことが描かれています。ブラジルではマルセロ・デサレッチがキロンボを描いた漫画「アンゴラ・ジャンガ」を描いています。今回はこの作品について少しご紹介しようと思います。(ブログの再掲です)

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「アンゴラ・ジャンガ」とはキンブンド語で「小アンゴラ」という意味で、16世紀以降、奴隷としてアフリカ大陸からブラジルへ連行されてきた人々が、強制労働に従事させられていた農園を逃げ出し、山奥に形成した自治集落・コミュニティのことを呼ぶ呼び方のひとつです。

マルセロ・デサレッチはこの本のために11年かけて調査研究をしました。他でもなくこの作品にはズンビのことが描かれています。

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※政府軍の侵攻を見張るズンビ

16世紀、ポルトガルは木の伐採とサトウキビの生産のためにブラジルを開拓し、幾万という黒人を売買し奴隷として働かせていました。
1570年のペルナンブーコには23の農園があったといいます。1583年には農園は66になり、17世紀の中ごろにはペルナンブーコだけで1年に4000人がアフリカから奴隷船で運ばれてきました。多くは非人間的で地獄のような航海で死にましたが、残り半世紀で、その数は年間8000人になりました。

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ひとびとは、現在のアンゴラ、コンゴ周辺国のかつての王国から連れてこられ、奴隷にされ、まるでもののように、“ペッサ・ジ・ギネー”、“フォーレゴ・ヴィーヴォ”などと呼ばれ(※製品などと同様の奴隷の意味)、一日12-16時間、へとへとに衰弱するまで働かさせられ続けました。ブラジルの高校教科書の記載では、ブラジルに着いたアフリカの人々の寿命は到着から7-10年だったといいます。

ストーリーは当時の歴史記録から集めた内容を基に進んで行きますが、ズンビの傍らにいたソアレスという男の逃亡史から始まります。
ソアレスはせっかくCarta de alforria(カルタ・ジ・アウフォヒア)という、解放奴隷を証明する書簡をもらえるところだったのに、不当にその機会を奪われてしまい、農園主の嫌がらせに耐えられずキロンボを目指して逃亡を試みます。

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現アラゴアス州セーハ・ダ・バヒーガ(セーハは“山地”の意味。バヒーガ山脈は当時はペルナンブーコに属していた)が、最大のキロンボ・パウマーレスの原点です。
1630年から1654年のペルナンブーコはオランダの侵攻を受け、サトウキビ農園の運営がうまくいかなくなっていました。権力がおぼつかなくなったことは、奴隷のアンゴラ・ジャンガへの逃亡にとっては好都合で、ソアレスのような多くの奴隷が奴隷小屋から逃亡しました。キロンボは山深い山脈の奥地にあり、手がかりもありません。
逃げる途中で、ソアレスは追っ手だけでなく森の蛇にも襲われ、仲間を失い、命からがら辿りついたパウマーレスですが、そこに安住があるわけではありませんでした。

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※逃亡奴隷コミュニティキロンボへの道には彼らにしかわからないしるしが

アンゴラ・ジャンガはさまざまなモカンボ(※モカンボはキロンボと同様の意味)で成っていました。マカーコ、アコチレニ、アマーロ、オセンガなどです。マカーコには6000人が集まっており、(1654年のヘシフェの街は人口8000人程度)20000人もの人たちがセーハにちりぢりになっていました。
パウマーレスの人たちはトウモロコシ、マンジオッカ芋、フェイジャォン(豆)、サツマイモ、サトウキビを農作し、鳥と豚を育てて自活していました。

何度も、何人も、植民支配者たちはキロンボ撲滅のために侵攻しました。オランダ軍との戦いで活躍したエンリケ連隊、バンデイランチ・パウリスタ(※バンデイランチは先住民族狩りを行う奥地探検隊)たちも、戦いを始め、直接的な攻撃だけでなく、和平交渉も試み、そのうちのひとつは当時のリーダー・ガンガ・ズンバによって受け入れられました。しかし、ズンビは協定を拒否、ガンガ・ズンバは仲間に毒殺されます。ズンビはリーダーの座に就き、実に14年の間、ペルナンブーコ州政府との間で抵抗を続け、キロンボを死守しました。

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※パウマーレスの討伐の先頭にたった、凶悪なドミンゴス・ジョルジュ・ヴェーリョが攻め入ります。

さて、アンゴラ・ジャンガには様々なキャラクターが登場しますが、ズンビを含め誰も「ヒーロー」ではなく、傷つき、逃げ、裏切り裏切られ、そして殺されるという、黒人たちの苦悶が淡々と描かれています。(なので読んでいて面白くないかもしれません)ソアレスは最後、ズンビを騙さざるをえなくなり、彼の裏切りによってズンビは殺害され、パウマーレスはリーダーを失い弱体化していきます。不滅だと思われていたズンビの死を知らしめるため、ズンビの首はレシフェに届けられ、さらし首になったといいます。

作品で描かれているのはズンビだけでなく、女性リーダーや、奴隷小屋の主人の子供、先住民との交流、パウマーレスの元リーダーガンガ・ズンバの政府との交渉や、キロンボの平和とは言えない暮らしについてなどで、ことさらズンビの功績をたたえた内容というわけではありません。
マルセロ・デサレッチの言葉によれば、「理想的なヒーローを描きたかったのではなく、複雑な人間と、歴史を描きたかった」と、人々の迷いや恐れを読者が感じてくれればとのことでした。確かに、抑圧する側も抑圧される側も非常に複雑な事情と感情と状況が渦巻いています。

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奴隷解放が行われた後も、依然として奴隷出自の人々の居住権や人権を奪おうとする動きは続いており、こうした黒人たちの状況はまだ可視化されていないとデサレッチはいいます。この「可視化されていない(=意識にもあがってこない)」ということそのものこそ、非常に強い偏見の戦略の中に私達が置かれていることに他なりません。

トーンが落ち込み気味ですが、「アンゴラ・ジャンガ」の一部ご紹介でした。書籍はこちらから。

私が山や渓谷に入りたくなるのは、やはり自分が解放された気持ちになれるからなのですが、自分にとっての安心できるキロンボがどこかの山脈の中にあるような気がしてしまいます。 はやくキロンボを建国したいなと思います…。マンジョッカも育てよう。


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