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#23 一寸先は闇(4)

 彩世はカーペットの上で目が覚めた。起き上がると頭がずきずきと痛んだ。ウォーターサーバーに向かい、グラスに水を注いで飲んだ後、冷蔵庫からウコンの瓶を取り出して飲んだ。諭が他の男とホテルに入るのを見てから、自分の感情の制御が出来ていなかったことに気付き、一緒に入っていった男と諭が寝ていることを想像するだけで、心が落ち着かなかった。彩世の視界に学生カバンが目に入り、現実に引き戻された。時計を見る六時を指し示していた。彩世は自分の部屋に向かった。剛の学生服がハンガーにかかっているのを見つけるとハンガーごと手に持ってリビングに向かった。彩世はテーブルの上にあった携帯を取って、連絡帳から剛の連絡先を見つけて、電話を掛けた。8コール程、鳴ったところで、電話が繋がった。
「剛。俺。…昨日はごめんな」と彩世は言った。
電話口から5秒ほど経って、「…知多です」と聞こえてきた。
「知多ちゃん?ってことは、剛は知多ちゃんの家にいるのか?」
「…剛はいますけど、まだ寝ています」
「そうか。昨日、剛が制服とカバンを忘れて行ったので、届けたいんだけど、今から行ってもいい?」
「わかりました。お待ちしています」
「じゃあ、また後で」
彩世は携帯を切って、剛の制服とカバンをショップバッグに入れてマンションを出た。


 知多は電話を切り、傍に居た剛に声をかける。
「これから彩世さんが制服とカバンを持って、こっちに来るけど、どうする?」
剛は首を左右に振った。
「じゃあ、私が受け取るわ」
15分後、知多の携帯が鳴った。
「もしもし」
「知多ちゃん?今、家の前に着いたから。悪いんだけど、下まで降りてきてくれる?」
「はい、わかりました」
知多は携帯を切り、マンションの入り口に向かった。マンションの入り口に行くと、ピンク色の髪をした男性がショップバッグを持って、立っているのが見えた。
「朝早くにごめんね。これ、剛に渡しておいてくれる」
知多は彩世からショップバッグを受け取った。彩世はそのまま向きを変えて歩き出そうとした。
「あの…」と知多は彩世に声を掛けた。
「私が…こういうことを言う立場じゃないんですけど、剛、昨日の夜、震えてました。………なんで、あんなことをしたんですか?」
彩世は知多から自分に向けられる真っ直ぐな瞳に釘付けになった。
「…実は、自分でもよく分からないんだ。どうして、あんなことをしてしまったのか。……謝っても何にも変わらないけど、俺にできることはしたいと思っている」
「…だったら、剛に優しくしてあげてください」
「もちろん、そのつもりだよ」
知多は彩世の腕を掴んだ。
「え?知多ちゃん?」
「うちに来てください。」
「剛は俺に会いたくないんだろう?」
「でも、今、会わなかったら、いつ会えるか分からないですよ」
「…お兄様はいる?」
「諭さんは居ません」
「そう。じゃあ、一緒に行くよ」
彩世は知多の後について、マンションに入った。知多は彩世を諭の部屋に案内した。
「彩世さん!?知多…どうして?」
剛は彩世と知多を交互に見た。彩世は部屋には入らず、その場で正座をした。
「剛…謝っても許してもらえないと思うけど、昨日は本当にごめん」
彩世は両手を床につけて、頭を床につけるように上半身を前にかがめた。
「彩世さん、頭を上げてください」
彩世は頭を上げて剛を見つめた。
「彩世さんの思いは伝わりました。…だけど、何で昨日、あんなことになったのか、理由が知りたいです」
彩世は剛を見つめたまま、黙っている。
「話してくれないと、何も分からないし、俺は彩世さんの理解者で居たいんです!」
「…わかった。話すよ。知多ちゃん、悪いけど、剛と二人きりにしてくれないか?」
「わかりました」
知多は部屋から出てから、彩世は部屋に入りドアを閉めた。
「……前に俺が枕をやめたって話をしたの、憶えてるか?」
「はい」
「……常連だったお客がお店に来なくなって、俺の売り上げ、落ちてるんだ。最近、太客になってくれた女が居て、昨日、抱いて欲しいって言われたんだけど、断った。その後、メールは送ったけど、連絡なくて……それでお酒を飲みすぎて、自暴自棄になっていたというか…本当にすまない」
「そうだったんですね」
剛はベッドから起き上がり、彩世の手を取った。
「話してくれて、ありがとうございます。俺じゃ、お金は工面できないけど、彩世さんの力になれることは何でもしますから」
「ありがとう」
彩世は剛の手を軽く握り返した。その時、ドアをコンコン叩く音がして、知多が顔を出した。
「剛…もう準備しないと、遅刻するわよ」
「わ、もうこんな時間!彩世さん、制服とカバン持ってきてくれて、ありがとうございます」
「彩世さんはどうしますか?途中まで私たちと一緒に行きますか?」
「もし良かったら、休ませてもらえないかな?飲み過ぎで頭が痛くて…」
「わかりました。諭さんは帰ってこないと思うので、そこ、使ってください」
知多は諭のベッドを指し示した。
「あ、彩世さん、俺が着ていたTシャツと短パンを返しますね」
剛は制服に着替えて、彩世にTシャツと短パンを渡す。
「悪い」
「彩世さん、家の鍵を机に置いておくので、帰る時にポストに入れておいてください」と知多が言った。
「ありがとう」
彩世は知多と剛を玄関まで見送り、ドアを閉めた。彩世は諭の部屋に入る。諭の部屋を見回すとベッドしか置かれていなかった。部屋のクローゼットを開けると、いつも着ている白いTシャツが5つと黒いジャケットが3つ、ジーンズが3つハンガーにかかっていた。彩世はクローゼットを閉めてから剛が着ていた服に着替え、ベッドにうつ伏せになった。シーツから諭の匂いがした。剛に言ったことは全て、本当のことだったけれど、諭のことは言うことができなかった。自分自身でも食べたものが消化できないような感じで胃の辺りが重く感じる。ただ、今は頭が痛かったので、彩世は布団を肩まで被り、体の体制を横向きに変えて眠りについた。


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