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#20 一寸先は闇(1)

  彩世は菫とクルーズ船に乗っていた。船は大さん橋国際客船ターミナルを出港し、みなとみらい方面へと向かっている。横浜のランドマークタワーや観覧車が輝いて見える。
「わぁ~…綺麗」と菫が言う。
「夜景と同じくらい菫も綺麗だよ」と彩世は菫に微笑んで言った。
ドアをノックする音がして、ウェイターが入ってきた。ウエイターは、料理を菫と彩世のそれぞれのテーブルに置いた。
「前菜の盛り合わせでございます。右から天使海老のチリソース添え、牛タンのオイスタソース添え、フカヒレの煮凝りでございます。お好みでソースをつけてお召上がりください」と言い、部屋から出ていった。
彩世と菫はシャンパングラスを片手に持ち、合わせた。
「乾杯」
彩世と菫はシャンパングラスを口にした。
「うん。美味しい」
「あんまり飲みすぎるなよ」
「分かってるわよ。でも、本当に嬉しい。彩世はお店じゃ、ほとんど相手にしてくれないから」
「そんなことないだろ」
「じゃあ、私がお店に居る時は、ずっと一緒に居てくれる?」
「…お前に寂しい思いをさせていることを分かっているから、今日、一緒にいるんだけどな」
「他の子にも同じことをしてるんでしょ?」
「ここには初めて来たよ。お店の話は止めようよ。俺、今日は菫の彼氏として、ここに居るんだから」
「分かった」
その後、彩世と菫は横浜の夜景を見ながら、食事を楽しんだ。
最後にデザートが来た段階で、彩世はタバコを吸いに行くと言い、部屋を出た。船外の喫煙所でタバコを吸った後、ウエイトレスに声をかけた。しばらくすると、ウエイトレスが赤い薔薇の花束を持って現れ、彩世に手渡した。彩世は花束を持って、部屋に戻る。菫に気づかれないよう、花束を後ろに隠して、部屋の中に入った。
「遅いよ」と菫が言う。
彩世は菫の座っている席に向かって歩き、赤い薔薇の花束を差し出した。菫は両手を口元に当てて、驚いた。
「気に入ってくれた?」と彩世が聞くと、「うん」と言い、花束を受け取りつつ、彩世に抱きついた。
「今夜はずっと一緒に居たい…」
「俺も一緒に居たいけど、また今度な」
彩世は菫を抱きしめながら、言った。
「どうしたら、私を抱いてくれるの?」
「俺、枕はしない主義なんだ」
「私がお店に来なくなってもいいの?」
「それは……菫は俺に会えなくなって良いの?」
「いやだよ。でも…彩世が他の子と一緒にいるのを見るのが辛い」
彩世は心の中で、もう潮時かと思った。
「選ぶのは菫だから俺は止めないよ」
その時、ウエイトレスが部屋のドアを開けた。
「今日はロイヤルウイングをご利用いただき、ありがとうございました。大さん橋に着きましたので、ご案内させていただきます」
彩世と菫はお互いに離れ、荷物を持って、外に向かった。彩世はタクシーを呼び、菫を乗せた。彩世は菫を見たが、泣きそうな表情をしていた。
「今日は楽しかったよ。またお店で待ってる」と彩世は笑顔で言い、手を挙げた。
タクシーは横浜方面へと走り去り、彩世はそれを見送った。
彩世は大さん橋国際客船ターミナルの喫煙所に向かい、スーツの胸ポケットからタバコを取り出し、火を付けて吸った。
これで何度目だろうと、彩世は思いにふけった。枕営業を止めてから、なかなか女性を繋ぎとめることができない。それが自分の実力だと言えば、それまでだが自分ができることは、やってきたつもりだった。彩世は携帯を開き、菫にメールを送った後、受信メールを確認する。諭からのメールは無い。諭と最後に会ってから、二週間が経過していた。自分が会わないと言ったにも関わらず、日を追うごとに会いたいと思う気持ちが強くなっていく。彩世は、タバコを吸いながら、女の子たちから来ているメールに返信した。全てのメールを返信し終えると、タクシー乗り場に向かい、タクシーの運転手に新宿御苑駅へ行くようにお願いした。


 彩世は、新宿御苑駅でタクシーを降り、新宿二丁目に向かって歩き出した。以前に諭と偶然出くわしたゲイバーへと向かう。彩世がドアを開けると、ママが声をかけてきた。
「彩ちゃ~ん、久しぶりぃ~。あら、元気がないわね。なんか、あったの?」
「疲れてるだけだよ。ウイスキーの水割りちょうだい」と言い、カウンターに座った。
ママはグラスに氷を入れ、ウイスキーと水を入れてマドラーでかき混ぜて、彩世に差し出した。
「かんぱ~い」とママが言い、彩世はママとグラスを合わせて、ウイスキーの水割りを一気に流し込んだ。
「ちょっと、大丈夫?そんな飲み方して」
「今日は飲みたい気分なんだ。もう一杯ちょうだい」と彩世は言う。
ママは彩世のグラスにウイスキーを注いで水を入れた。
「あのさ、諭って、最近、来てる?」
「あの子はね~最近、見かけないね。なに?彩ちゃん、狙ってるの?」
彩世は軽く笑った。
「狙ってないよ。因みに…アイツ、誰かと一緒に居たことある?」
「何よぉ、やっぱり、狙ってるんじゃない!」
「ちょっと聞いただけだよ」
彩世はウイスキーの水割りを少し飲んだ。
「…見たことないわよ」
「え?」
「だから、見たことないって言ってるの。私も誘ったんだけどねぇ~…あの子、ネコだったから…残念」
「そうなんだ」
「綺麗な顔してるから、声は、かけられてたけど、一緒に出て行ったのは見たことないわね。まぁ…ここに来る男が好みじゃなくって、他のお店に言ってるかもね」
「その言い方、トゲがあるなぁ~…」
「あんたは、男でも女でもできるんだから、あの子の相手は無理よ」
「何で?」
「恋愛対象が男だけじゃなくて女もだと、やきもちやく相手が倍になるのよ。そんなの、耐えられないでしょ?」
「まぁ、確かに間口は広いけど、俺、結構、査定厳しいよ」
「そんな感じするわね。さとちゃんを選ぶあたり…」
ママは彩世に意味ありげに笑みを返す。
「あの子を手なずけるのは、大変だと思うわよ」
「だから、そんなんじゃないって」
「今日は、私にしておきなさいよ~」
「気が向いたらね」と彩世は微笑んだ。
「もう!絶対に私を選ばないくせに」
「そんなことないよ」
「じゃあ、今日、私を選んでよ。離さないんだからね」とママが彩世の腕を両手で掴む。
「ママ、もうその位にしておいたら」とチーママのカズが声を掛けた。
「何で邪魔するのよぉ~さてはあんたも彩ちゃんを狙ってるわね」
「…今日は将生さんが来るって言ってたよ」
「えっ?ホント?っていうか、何であんたが知っているのよ?」とママが彩世の手を放し、にカズに歩み寄る。
「さっき、お店に連絡があったんだよ。ママの携帯にも連絡入ってるんじゃないの?」
ママはカウンターの脇にある携帯を手に取って確認した。
「やだ~、電話きてる!気づかなかったわ~。ごめんね。カズ。疑っちゃって」
「俺も流石にママの相手に手は出さないよ」
「じゃあ、ママ、俺は帰るよ」
「えっ?彩ちゃん、もう帰るの?来たばかりじゃない」
「今度、また来るよ」

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